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思えば、裏庭の池を埋め立てると聞いた時の、まどかの様子はおかしかった。
父の言葉に、ふぅん、と無関心を装いつつも笑みを噛み殺している様な表情を僅かに覗かせた。それでいて時折、寂しさを含んだ、妙にしみじみとした視線を、裏庭の方へと向けてもいたのだ。
「本当はもっと早く埋め立てるべきだったのかも知れないけどねぇ」と、母は言っていた。「埋め立てにはお祖母さんが反対だったから……」
「ああ、あの池には昔、神様だか何だかが祀られていたから、迂闊に手を出しちゃいけないって話だね?」僕は祖母の存命中に幾度も聞かされた話を思い出していた。「でも、名前も由来も解らないって話だったし、何もしてなかったけど」
「そうそう。だから余計に薄気味悪くてねぇ。それでなくても水草が繁っていて、見通しは悪いし、何だか全体的に暗いし……。何より、まどかが小さかった頃、落ちて溺れたじゃないの。あの時はよっぽど、反対を押し切って埋めようかと思ったわよ」
そうだった。妹、まどかは三歳の時にちょっと目を放した隙に裏庭に降り、池に落ちてしまったのだ。幸い、発見が早く、大事には至らなかったのだけれど。
それでも祖母は、命があったのは件の神様の御陰だとして、埋め立てを断固として阻止した。
「まぁ、いいじゃないの、お母さん」まどかが言った。「これですっきりするじゃない。私も池を見る度に思い出してたから……、うん、安心したわ」
笑みを噛み殺す様な表情は、危うく自分を溺死させ掛けた池が無くなる事に対しての暗い喜びを、表に出すまいとしていたのだろうか? だけど、それなら普通に喜べばいいのでは……?
そもそも、どうして池に落ちる様な事になったのか、まどかは覚えていないと言う。
無論、あれから十年も経っているし、何より三歳の頃の事なんて、僕自身、覚えていない。
只、直前迄居間で僕と遊んでいたまどかの突然の消失と、ほぼ間を置かずに上がった池での悲鳴。それが何か質の悪いマジックを見せられていたかの様で、未だに僕の記憶に、棘となって刺さっている。
引き上げられたまどかの蒼い顔。お気に入りだった髪留めは遂に見付からずじまい。
目を放さなければよかった――そんな罪悪感と共に。
ともあれ、件の池は埋め立てられるのだ。もう誰も嵌る事はない。暗くて冷たい水に、もがく事もない。
そう、まどかが言う様に、安心だ。
数日後、埋め立て前の予備調査とかで潜った業者の人が、未だ小さな人骨を見付けたと、大騒ぎになった。
人知れず落ちた子供が居たのではないかと、取り急ぎ周辺地域での行方不明の幼児の調査がなされたけれど、結局該当する事件はなかった。どこか、遠くから来て事故に遭ったのか、それとも運ばれて来たのか……。
只、引き上げられた頭骨に僅かに残った頭髪に絡んでいた髪留めは確かに……まどかの物だった。
だが、まどかは池に落ちたものの無事、帰って来たのだ。彼女の筈がない。偶々、もがく内に外れた髪留めが、問題の遺体の髪に絡んだのだ――そう、思い込もうとしている自分に、気付いた。
「吃驚したな、まどか……」そう呼び掛けようとして振り返れば、その姿がない。辺りは僕を含めた野次馬でごった返していて、妹がいつ自分の傍を離れたのか、解らなかった。
そしてそれ以降、まどかを見た者は居ない――。
今でも時折、思い出すのは深い緑に濁った水面。周囲の木立の葉陰落ちる、取り分け暗い水面で、ぱしゃりと水音を立てて蠢いていたのは、あれは本当に魚だったか?
あの池には神様だか何だかが祀られていたと祖母は言っていた。
名も由来も解らない、それは本当に神様だったのか?
人を水に誘い込み、それと入れ替わる――そんな妖だったのではないか?
まどかは――事故後十年間、妹として暮らしてきたまどかは、本当に僕の妹だったのか?
それらの疑問の全てが、深く濁った水面の向こうに、どろどろと渦巻いている様で……埋め立てられた池は今も、僕の心の中にねっとりとした水を湛えている。
―了―
眠い……(--)zzz
怪奇現象?(^^;)
そう言えば河童等の妖怪も、昔の神様の零落した姿だとかいう説も聞きますねぇ。祀られる事なく、力落ち……自らが何者かも忘れた、何か、かも?
んにゃ、まどか(?)はずっと居たよ~。
只、それが本当にまどかだったのかどうか……?( ̄ー ̄)