〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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視界は最悪だった。
どれだけワイパーが頑張ろうとも、雨粒は瞬く間にフロントガラスに飛沫の花を散らし、夜の風景を歪める。
対向車が無いのをいい事にライトをハイビームにするが、黒いアスファルトに溜まった水に反射して、却って白線をも隠してしまいそうだった。
早く帰りたい、と直也は思った。傘は持っていたものの、会社の屋外駐車場では停めた車に乗り込む迄にすっかり雨に濡れてしまい、身体は冷えている。ドライブは嫌いではないが、こんな雨の夜は御免だ。早く帰って家でテレビでも見ていたい、と彼は最近は使っていない、しかし通い慣れた近道に車を乗り入れた。
と、五十メートル程先の路面に影が差した――様に見えた。
真逆、人? 直也はブレーキを軽く踏む。
しかし、雨に流される視界の中、傘を差している様子もない。それに現れ方がおかしかった。道路際から歩いて現れたのでもなく、それは丸で路面から湧き上がり、伸び上がった様な黒っぽい何か。
そしてそれは、直ぐに消えた。
もうどれだけ目を凝らしても、人の姿は見付からなかった。ライトの反射で何が書かれているのか判らない看板がある位だ。
きっとライトの反射もあって、夜の闇が更に濃く蟠って見えたのだろう。直也はそう判断し、再びアクセルに足を乗せた。
そして影を見たと思った場所に差し掛かった、その時――がくり、と車のスピードが落ちた。
「!?」どれだけアクセルを踏み込んでも、一向にスピードが上がらない。丸で重い何かを引き摺ってでもいる様な……。真逆、と直也は慌ててブレーキを踏み、今通過した場所を振り返った。「真逆、本当に人が居たんじゃ……!」
車の背後、赤いブレーキランプに照らされた路面に人の姿は無い。
真逆、この下に……直也は恐る恐る、足元を見遣る。何かを轢いた様な衝撃はなかった。しかし、あの影と言い……。急なエンジントラブルなら未だいいが。
こうしていても仕方がないと、直也は震える手で、ダッシュボードから小型の懐中電灯を取り出した。どうせ車の下を覗き込んだりしていれば濡れるのは必定と、傘は持たずに降りる。
幸か不幸か対向車も後続車も無い、山を切り開いて作られた暗い田舎道。頭上では木々が風雨にざわめいている。
どくどくと脈打つ胸を押さえ、直也は車の周囲を照らした。
何も無い。
自分の車を照らしても、一箇月前に買い換えた愛車には何処にも破損した箇所も無ければ、血の跡も無い。尤もこの雨では血痕など、一目見ただけでは判るまいが。
いよいよ、と車の下に光を伸ばし、息を止めて覗き込む。
「何も……無い……」そこに只の黒い路面を認めて、直也はほっと息をついた。自分が轢いた誰かの遺体が、恨みがましい目付きをこちらに向けていたらどうしよう――真逆とは思いつつもそんな想像をしてしまっていた彼は、怯えていた自分が可笑しくなり、緊張から解かれた反動もあってか激しい雨の中、思わず笑い出していた。
ふっ……と、その視界が歪んだ。
「え……?」呆けた声を上げた彼の目の前、車との間に、何かが佇んでいた。
しかし車のライトは変わらず、やや滲んだ光を彼の足元に投げ掛けている。見慣れた車の前面も、見える――何れも丸で水面を通した様に、揺らいではいるが。
彼の前に佇むもの……それが人の大きさ程の水の塊だと気付いた時には、彼はそれに取り込まれていた。
「!!」もがき、足掻くが水を掻くばかりで抜け出せない。それを殴ろうとして振り上げた懐中電灯は、しかしそれを摺り抜け、車のフロントにぶつかって割れた。
辺りにも、彼の意識にも闇が訪れた。
* * *
「起きて」と、直也を揺り起こす、女性の声。
直也は汗だくで、ベッドに身を起こした。未だ息が荒い。
「酷くうなされていたわ。悪い夢でも見たのね」
「あ、ああ……。そうか、夢……」徐々に、意識が現実に戻り、更に急上昇して行く。「夢だったんだ! 何だ、あんなものが居る筈がないと思ったんだ! 道理で……!」
ところで――と、今度は急激に彼の意識は冷め始めた。
「君は……誰だ?」知らない女が何故、自分の部屋に居る? そんな意味も含めての問いに返ってきたのは、くぐもった声音……。
「看板を見れば判るわ――貴方が、やった事……」
ごぼっ……声は次第にそんな音に飲み込まれ、同時に彼女の姿も崩れ始めた。氷像が急激に溶ける様に。
「うわああああっ!」直也は悲鳴を上げて飛び退り――それから朝迄、カーペットに残された水溜りを見据えてまんじりとも出来ずに固まっていた。
朝、彼は夢で見た通勤路を走り、看板を確認した。
そしてその儘、最寄の警察署に出頭した。
看板で情報提供を呼び掛けられていた、一箇月前のある雨の夜の、女性轢き逃げの犯人として。
―了―
交通安全祈願~(-人-)
どれだけワイパーが頑張ろうとも、雨粒は瞬く間にフロントガラスに飛沫の花を散らし、夜の風景を歪める。
対向車が無いのをいい事にライトをハイビームにするが、黒いアスファルトに溜まった水に反射して、却って白線をも隠してしまいそうだった。
早く帰りたい、と直也は思った。傘は持っていたものの、会社の屋外駐車場では停めた車に乗り込む迄にすっかり雨に濡れてしまい、身体は冷えている。ドライブは嫌いではないが、こんな雨の夜は御免だ。早く帰って家でテレビでも見ていたい、と彼は最近は使っていない、しかし通い慣れた近道に車を乗り入れた。
と、五十メートル程先の路面に影が差した――様に見えた。
真逆、人? 直也はブレーキを軽く踏む。
しかし、雨に流される視界の中、傘を差している様子もない。それに現れ方がおかしかった。道路際から歩いて現れたのでもなく、それは丸で路面から湧き上がり、伸び上がった様な黒っぽい何か。
そしてそれは、直ぐに消えた。
もうどれだけ目を凝らしても、人の姿は見付からなかった。ライトの反射で何が書かれているのか判らない看板がある位だ。
きっとライトの反射もあって、夜の闇が更に濃く蟠って見えたのだろう。直也はそう判断し、再びアクセルに足を乗せた。
そして影を見たと思った場所に差し掛かった、その時――がくり、と車のスピードが落ちた。
「!?」どれだけアクセルを踏み込んでも、一向にスピードが上がらない。丸で重い何かを引き摺ってでもいる様な……。真逆、と直也は慌ててブレーキを踏み、今通過した場所を振り返った。「真逆、本当に人が居たんじゃ……!」
車の背後、赤いブレーキランプに照らされた路面に人の姿は無い。
真逆、この下に……直也は恐る恐る、足元を見遣る。何かを轢いた様な衝撃はなかった。しかし、あの影と言い……。急なエンジントラブルなら未だいいが。
こうしていても仕方がないと、直也は震える手で、ダッシュボードから小型の懐中電灯を取り出した。どうせ車の下を覗き込んだりしていれば濡れるのは必定と、傘は持たずに降りる。
幸か不幸か対向車も後続車も無い、山を切り開いて作られた暗い田舎道。頭上では木々が風雨にざわめいている。
どくどくと脈打つ胸を押さえ、直也は車の周囲を照らした。
何も無い。
自分の車を照らしても、一箇月前に買い換えた愛車には何処にも破損した箇所も無ければ、血の跡も無い。尤もこの雨では血痕など、一目見ただけでは判るまいが。
いよいよ、と車の下に光を伸ばし、息を止めて覗き込む。
「何も……無い……」そこに只の黒い路面を認めて、直也はほっと息をついた。自分が轢いた誰かの遺体が、恨みがましい目付きをこちらに向けていたらどうしよう――真逆とは思いつつもそんな想像をしてしまっていた彼は、怯えていた自分が可笑しくなり、緊張から解かれた反動もあってか激しい雨の中、思わず笑い出していた。
ふっ……と、その視界が歪んだ。
「え……?」呆けた声を上げた彼の目の前、車との間に、何かが佇んでいた。
しかし車のライトは変わらず、やや滲んだ光を彼の足元に投げ掛けている。見慣れた車の前面も、見える――何れも丸で水面を通した様に、揺らいではいるが。
彼の前に佇むもの……それが人の大きさ程の水の塊だと気付いた時には、彼はそれに取り込まれていた。
「!!」もがき、足掻くが水を掻くばかりで抜け出せない。それを殴ろうとして振り上げた懐中電灯は、しかしそれを摺り抜け、車のフロントにぶつかって割れた。
辺りにも、彼の意識にも闇が訪れた。
* * *
「起きて」と、直也を揺り起こす、女性の声。
直也は汗だくで、ベッドに身を起こした。未だ息が荒い。
「酷くうなされていたわ。悪い夢でも見たのね」
「あ、ああ……。そうか、夢……」徐々に、意識が現実に戻り、更に急上昇して行く。「夢だったんだ! 何だ、あんなものが居る筈がないと思ったんだ! 道理で……!」
ところで――と、今度は急激に彼の意識は冷め始めた。
「君は……誰だ?」知らない女が何故、自分の部屋に居る? そんな意味も含めての問いに返ってきたのは、くぐもった声音……。
「看板を見れば判るわ――貴方が、やった事……」
ごぼっ……声は次第にそんな音に飲み込まれ、同時に彼女の姿も崩れ始めた。氷像が急激に溶ける様に。
「うわああああっ!」直也は悲鳴を上げて飛び退り――それから朝迄、カーペットに残された水溜りを見据えてまんじりとも出来ずに固まっていた。
朝、彼は夢で見た通勤路を走り、看板を確認した。
そしてその儘、最寄の警察署に出頭した。
看板で情報提供を呼び掛けられていた、一箇月前のある雨の夜の、女性轢き逃げの犯人として。
―了―
交通安全祈願~(-人-)
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こんばんは
一ヶ月前に買い替えた車…??
ひいてしまった自覚があって車を買い替えたのではなくて、買い替えた車で女性をひいて、その自覚や記憶がなかったって事?
うにゃ…頭悪いから解らないわ~
とりあえず、ドライバーの皆様、安全運転でね~
ひいてしまった自覚があって車を買い替えたのではなくて、買い替えた車で女性をひいて、その自覚や記憶がなかったって事?
うにゃ…頭悪いから解らないわ~
とりあえず、ドライバーの皆様、安全運転でね~
Re:こんばんは
や、やっちまった後で証拠隠滅~とばかりに買い換えたのが一箇月前。勿論、自覚があったから買い換えた。
解り難かったかな? 看板とか、余りヒント出すと直ぐばれるし(^^;)
解り難かったかな? 看板とか、余りヒント出すと直ぐばれるし(^^;)
Re:こんにちは♪
ね~(´・ω・`)
即行で通報して救急車呼ぶのがベター。
注意して事故を起こさないのがベスト☆
即行で通報して救急車呼ぶのがベター。
注意して事故を起こさないのがベスト☆
こんにちは
確かにちょっと分かり難いね。
とりあえず、轢いたのは一ヶ月前なんだよね。
だから、車を買い替えて、使い慣れた道も使っていなかった。
ってことは、轢いた自覚があって、誰にも見られていないことを良いことに、黙っていたという事で良いのかな?
「看板を見れば判るわ――貴方が、やった事……」
の部分で、轢いた自覚が無かったのかな? って、ちょっと思ったけど。
とりあえず、轢いたのは一ヶ月前なんだよね。
だから、車を買い替えて、使い慣れた道も使っていなかった。
ってことは、轢いた自覚があって、誰にも見られていないことを良いことに、黙っていたという事で良いのかな?
「看板を見れば判るわ――貴方が、やった事……」
の部分で、轢いた自覚が無かったのかな? って、ちょっと思ったけど。
Re:こんにちは
う~む、解り難かったか(--;)
買い換えた車とか、最近使ってない道とか、看板とか、ヒント出し過ぎると直ぐに見抜く人が居るからなぁ(^^;)
「看板を見れば――」は「誰だ?(どうして此処に居る?)」という問いへの答えでもあります。
買い換えた車とか、最近使ってない道とか、看板とか、ヒント出し過ぎると直ぐに見抜く人が居るからなぁ(^^;)
「看板を見れば――」は「誰だ?(どうして此処に居る?)」という問いへの答えでもあります。
無題
どもども!
今回の記事、やたらと真逆が多くないっすか?w
雨の日の運転ってのは、ただの反射だと分かっていても不気味な影が見えたりするんだよね~。
まぁ自分で轢いた記憶もあるみたいだし、それは見間違いじゃないんだろうけど(笑)
今回の記事、やたらと真逆が多くないっすか?w
雨の日の運転ってのは、ただの反射だと分かっていても不気味な影が見えたりするんだよね~。
まぁ自分で轢いた記憶もあるみたいだし、それは見間違いじゃないんだろうけど(笑)
Re:無題
確かに真逆多過ぎ(爆)
一昨日、仕事の帰り道、実際反射で路面に影が見えて、スピード落としつつじっと目を凝らしてみたり……。雨の所為で視界悪かったし。何も無かったけど。その後、冒頭の二行位、考えながら運転してた(←おい)
一昨日、仕事の帰り道、実際反射で路面に影が見えて、スピード落としつつじっと目を凝らしてみたり……。雨の所為で視界悪かったし。何も無かったけど。その後、冒頭の二行位、考えながら運転してた(←おい)
Re:無題
その手もあったか(笑)
まぁ、自分を轢き殺した人と、死後の道行きも御免被りたかったのかも知れませんが(^^;)
まぁ、自分を轢き殺した人と、死後の道行きも御免被りたかったのかも知れませんが(^^;)
Re:こんにちは♪
うおおおお! 幽霊が怖くならねぇー!!(爆)
そそ、視界が悪いし、いつも以上に安全運転を心掛けないとね!
そそ、視界が悪いし、いつも以上に安全運転を心掛けないとね!