〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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昨日は何故、あの負けず嫌いの夜霧が、新しい画風に挑戦しなかったんだろう?
何の気なしに僕がそう呟くと、自分の机で本を読んでいた京が肩を竦めた。どうせいつもの気紛れだろう、と。
しかし、僕はいまいち腑に落ちなかった。
確かに夜霧――美術の夜原霧枝先生――は気紛れだ。その言動はかなり、気分次第。
けれど、それと同じ位に、負けず嫌いでもあった筈なんだけど……。
元はと言えば、夜霧が顧問を務める美術部の二年生の作品が、とある賞を受賞した事による。賞と言っても、まぁ、狭い地方レベルのものだけれど。それでも、認められるというのは大したものだと、学園では彼を誉めそやした。
けれど、問題は彼の作品そのものだった。
彼独特の、抽象的な画風。時にどぎつい色使いをも敢えて用い、見る者の目を捉える。正直、抽象的過ぎて、何が描かれているのか、僕には解らなかったけれど。
しかし、これは夜霧の指導とは正反対の作品でもあったのだ。
何の気なしに僕がそう呟くと、自分の机で本を読んでいた京が肩を竦めた。どうせいつもの気紛れだろう、と。
しかし、僕はいまいち腑に落ちなかった。
確かに夜霧――美術の夜原霧枝先生――は気紛れだ。その言動はかなり、気分次第。
けれど、それと同じ位に、負けず嫌いでもあった筈なんだけど……。
元はと言えば、夜霧が顧問を務める美術部の二年生の作品が、とある賞を受賞した事による。賞と言っても、まぁ、狭い地方レベルのものだけれど。それでも、認められるというのは大したものだと、学園では彼を誉めそやした。
けれど、問題は彼の作品そのものだった。
彼独特の、抽象的な画風。時にどぎつい色使いをも敢えて用い、見る者の目を捉える。正直、抽象的過ぎて、何が描かれているのか、僕には解らなかったけれど。
しかし、これは夜霧の指導とは正反対の作品でもあったのだ。
元々夜霧は写実的な画風の水彩画を得意とし、生徒達にも先ずは正しいデッサンをと指導していた。
自分なりの画風を身に付けるのはいい。誰でも描ける絵よりも、自分にしか描けない絵を描く、それが画家のアイデンティティという奴だろう。
けれど、十代半ばで自分なりのものを確立出来る者は、居たとしてもごく一部だろう。自分が何を表現したいか、それを明確に出来る者も。
それが出来る迄の間に、先ずは基礎的な画力を付けなさい、と夜霧は言うのだ。
表現したい物がはっきりと頭の中で形になった時、その画力が追い付かなかったら、描き出せなかったら、何ともどかしいだろう、と。それならば今、少々もどかしい思いをしても基礎的な力を付け、いつか描きたい物をちゃんと描ける様になって置きなさいと。
この生徒も普段の部活では、その指導に基いてデッサンや写実的な絵を描いていた。ところが、学校単位で賞にエントリーするに当たり、彼が自信満々に出して来たのは抽象画。夜霧はこれでいいのかと問いつつも、生徒の同意を得て提出したそうだけれど。
ところがそれが賞を取り、美術部では――ちょっとした抽象画ブームとなっていた。
「それで結局、抽象画だか、落書きだか判らない絵が氾濫したんだったな」嘆かわしい、と京は嘆息してみせる。「まぁ、元々一般の人間には理解し難いカテゴリーではあるが……」
「京は解る? 抽象画」
しまった、眉間に皺が寄った。
「俺の好みじゃあない」一言の元に斬り捨てる、京。
まぁ、理路整然、単刀直入が好みの京の事。見る者の見様によっては受ける印象も違ってくる抽象画は、やはり何か、理解出来そうで出来ない、そんなもどかしさがあるのだろう。
僕も同感だけれどね。
ともあれ、美術部では夜霧の指導そっちのけで抽象画を描く者が増え始めたのだった。
始めは苦笑していた夜霧も、流石に指導が行き渡らないとなると笑ってもおられず、部員を集めて一喝したらしい。
ところが、件の生徒を始めとした数人が――。
『描きたい物が描けるようにっていうのが、先生の指導なんでしょう? なら、ちゃんと抽象画も指導して下さい。先生が写実専門だから出来ないと言うのなら、自分達の好きにやらせて下さい』と言い出した。
……何て言い草だよ、君達。
好きにやった結果を見たけれど、あれは僕でも解る、落書きだったぞ。
それはさて置き、そこ迄言われては夜霧の堪忍袋の緒も切れる。元々切れ易い緒だけれど。
なら、抽象画位描いてやる! と相成った訳だけど……。
「何で挑戦しなかったんだろうね? 夜霧」僕は再び、首を捻った。
翌日の放課後、夜霧は美術準備室で絵を描いていた。窓から見える、校庭の木々を。
部員達は美術室で思い思いに絵を描いたり、彫像を作ったりしている。
真逆、生徒達の言い分に屈した訳じゃないだろう、と僕と京は夜霧に尋ねてみた。勝負はどうなったのかと。
「勝負?」夜霧は苦笑を浮かべた。「芸術に勝ち負けなんてないわよ。それは他人からの評価はあるけれど、それは絶対的なものじゃない。尤も、私が描かなかった事で、あの子達は勝ったと思ってるみたいだけどね」
視線の先は美術室へのドア。
「勝った負けたと言ってる内は、未だ未だね」夜霧は肩を竦める。「芸術家は描きたい物、表現したい物を描く者。他人の評価が上だろうと下だろうと、それに媚びて描きたくもない物を描いてたら……それが負けなのよ。まぁ、たかが高校の一教師が語れる事でもないけどね」
「それで……先生は勝ったんですね?」と、愁眉を開いて、京は言った。
「そうね。一応、描こうとは思ったのよ? でも、やっぱり抽象画は合わないみたいで……描きたいって気分にならなかったのよね」
描こうと思えばそれなりに綺麗に見える抽象画位、夜霧には充分、描けたのだろう。実際、今彼女が画材に乗せている色は一見ばらばらながらも調和して、見事に晩秋の景色を描き出している。
けれど、生徒に媚びる様に描いた絵は、本当の彼女の絵じゃあない。それはどんなに出来がよく見えても、彼女にとっては悔いの残る、失敗作なのだろう。
「まぁ、ブームなんていずれは過ぎるものだし」と、夜霧は笑う。「あれで高校の何年間か潰して、いざ描きたいものが出来た時に力不足で泣いても自業自得という事で」
『…………』僕達は顔を見合わせた。
夜霧、やっぱり怒ってるんじゃないのか?
ともあれ、夜霧本人の弁によって僕の疑問は氷解した。
その後、某君の作品は更に上位の展覧会に持ち込まれたそうだけれど、そこでは一部の評価に留まったらしい。そして俄か抽象画家も徐々に鳴りを潜め始めた。本当に描きたいものが抽象画だった訳ではなく、只流行に乗ってみた、そんな連中が離れ出したのだろう。それでも本当に抽象画の面白さに目覚めた生徒も居た様で――そういう生徒には、知人の抽象画家を通じて夜霧もちゃんと対応していた。
「結局、これを表現したいという明確な思いも無い儘にブームに乗っかってた連中が一番の負け、なのかもな」と、京は言った。
けれど、それを経験として新たなものを作り出していければ、彼等は勝者にもなり得るんじゃないかな。
勝った負けたと言ってる内は、未だ未だね――夜霧の言葉が脳裏に木霊し、僕は思わず苦笑した。
―了―
長くなるー。眠いー。
自分なりの画風を身に付けるのはいい。誰でも描ける絵よりも、自分にしか描けない絵を描く、それが画家のアイデンティティという奴だろう。
けれど、十代半ばで自分なりのものを確立出来る者は、居たとしてもごく一部だろう。自分が何を表現したいか、それを明確に出来る者も。
それが出来る迄の間に、先ずは基礎的な画力を付けなさい、と夜霧は言うのだ。
表現したい物がはっきりと頭の中で形になった時、その画力が追い付かなかったら、描き出せなかったら、何ともどかしいだろう、と。それならば今、少々もどかしい思いをしても基礎的な力を付け、いつか描きたい物をちゃんと描ける様になって置きなさいと。
この生徒も普段の部活では、その指導に基いてデッサンや写実的な絵を描いていた。ところが、学校単位で賞にエントリーするに当たり、彼が自信満々に出して来たのは抽象画。夜霧はこれでいいのかと問いつつも、生徒の同意を得て提出したそうだけれど。
ところがそれが賞を取り、美術部では――ちょっとした抽象画ブームとなっていた。
「それで結局、抽象画だか、落書きだか判らない絵が氾濫したんだったな」嘆かわしい、と京は嘆息してみせる。「まぁ、元々一般の人間には理解し難いカテゴリーではあるが……」
「京は解る? 抽象画」
しまった、眉間に皺が寄った。
「俺の好みじゃあない」一言の元に斬り捨てる、京。
まぁ、理路整然、単刀直入が好みの京の事。見る者の見様によっては受ける印象も違ってくる抽象画は、やはり何か、理解出来そうで出来ない、そんなもどかしさがあるのだろう。
僕も同感だけれどね。
ともあれ、美術部では夜霧の指導そっちのけで抽象画を描く者が増え始めたのだった。
始めは苦笑していた夜霧も、流石に指導が行き渡らないとなると笑ってもおられず、部員を集めて一喝したらしい。
ところが、件の生徒を始めとした数人が――。
『描きたい物が描けるようにっていうのが、先生の指導なんでしょう? なら、ちゃんと抽象画も指導して下さい。先生が写実専門だから出来ないと言うのなら、自分達の好きにやらせて下さい』と言い出した。
……何て言い草だよ、君達。
好きにやった結果を見たけれど、あれは僕でも解る、落書きだったぞ。
それはさて置き、そこ迄言われては夜霧の堪忍袋の緒も切れる。元々切れ易い緒だけれど。
なら、抽象画位描いてやる! と相成った訳だけど……。
「何で挑戦しなかったんだろうね? 夜霧」僕は再び、首を捻った。
翌日の放課後、夜霧は美術準備室で絵を描いていた。窓から見える、校庭の木々を。
部員達は美術室で思い思いに絵を描いたり、彫像を作ったりしている。
真逆、生徒達の言い分に屈した訳じゃないだろう、と僕と京は夜霧に尋ねてみた。勝負はどうなったのかと。
「勝負?」夜霧は苦笑を浮かべた。「芸術に勝ち負けなんてないわよ。それは他人からの評価はあるけれど、それは絶対的なものじゃない。尤も、私が描かなかった事で、あの子達は勝ったと思ってるみたいだけどね」
視線の先は美術室へのドア。
「勝った負けたと言ってる内は、未だ未だね」夜霧は肩を竦める。「芸術家は描きたい物、表現したい物を描く者。他人の評価が上だろうと下だろうと、それに媚びて描きたくもない物を描いてたら……それが負けなのよ。まぁ、たかが高校の一教師が語れる事でもないけどね」
「それで……先生は勝ったんですね?」と、愁眉を開いて、京は言った。
「そうね。一応、描こうとは思ったのよ? でも、やっぱり抽象画は合わないみたいで……描きたいって気分にならなかったのよね」
描こうと思えばそれなりに綺麗に見える抽象画位、夜霧には充分、描けたのだろう。実際、今彼女が画材に乗せている色は一見ばらばらながらも調和して、見事に晩秋の景色を描き出している。
けれど、生徒に媚びる様に描いた絵は、本当の彼女の絵じゃあない。それはどんなに出来がよく見えても、彼女にとっては悔いの残る、失敗作なのだろう。
「まぁ、ブームなんていずれは過ぎるものだし」と、夜霧は笑う。「あれで高校の何年間か潰して、いざ描きたいものが出来た時に力不足で泣いても自業自得という事で」
『…………』僕達は顔を見合わせた。
夜霧、やっぱり怒ってるんじゃないのか?
ともあれ、夜霧本人の弁によって僕の疑問は氷解した。
その後、某君の作品は更に上位の展覧会に持ち込まれたそうだけれど、そこでは一部の評価に留まったらしい。そして俄か抽象画家も徐々に鳴りを潜め始めた。本当に描きたいものが抽象画だった訳ではなく、只流行に乗ってみた、そんな連中が離れ出したのだろう。それでも本当に抽象画の面白さに目覚めた生徒も居た様で――そういう生徒には、知人の抽象画家を通じて夜霧もちゃんと対応していた。
「結局、これを表現したいという明確な思いも無い儘にブームに乗っかってた連中が一番の負け、なのかもな」と、京は言った。
けれど、それを経験として新たなものを作り出していければ、彼等は勝者にもなり得るんじゃないかな。
勝った負けたと言ってる内は、未だ未だね――夜霧の言葉が脳裏に木霊し、僕は思わず苦笑した。
―了―
長くなるー。眠いー。
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Re:無題
その論法だと、大概の人は「堅物」に分類されるかも(笑)
私も解らん( ̄▽ ̄)
私も解らん( ̄▽ ̄)
Re:こんばんは
そう言えば昨夜、マタタビを~(爆)
Re:おはようございます♪
夜霧、大人の対応なのか、描きたくないもんは描きたくないんじゃー! という我が儘なのか(笑)
かなりの割合で、後者(爆)
かなりの割合で、後者(爆)
こんにちは
昔、ギターを弾いていて思ったんだけど、多分、本当に巧い人は、模倣の天才なんだと思う。
人を真似ることから始まって、頂点まで行った所に壁があり、初めてそこからスタイルを崩す作業が始まるんだと思う。
ピカソも初期の作品は、写実的なものだったらしいしね。
まぁ、本当の天才なら、軽くその一線を超えてしまうのかもしれないけどね。
私も抽象画は苦手だす。(^_^;)
人を真似ることから始まって、頂点まで行った所に壁があり、初めてそこからスタイルを崩す作業が始まるんだと思う。
ピカソも初期の作品は、写実的なものだったらしいしね。
まぁ、本当の天才なら、軽くその一線を超えてしまうのかもしれないけどね。
私も抽象画は苦手だす。(^_^;)
Re:こんにちは
なるほど。
やっぱり何事も最初は他人がするのを見て「自分もあんな風に出来たら♪」って思いに始まりますしね~。それを模倣し、消化して自分のスタイルを作っていく……いけるかなぁ?(^^;)
やっぱり何事も最初は他人がするのを見て「自分もあんな風に出来たら♪」って思いに始まりますしね~。それを模倣し、消化して自分のスタイルを作っていく……いけるかなぁ?(^^;)
Re:こんにちは♪
マトモで「どうしちゃったのかな」と言われる夜霧先生!(爆)
抽象画の価値って、はっきり言って全く解りません(^^;)
主題が何かすら解らない……それが抽象画なのかも知れませんが☆
抽象画の価値って、はっきり言って全く解りません(^^;)
主題が何かすら解らない……それが抽象画なのかも知れませんが☆
Re:こんばんわっ
そうですね~(^-^)
やはり写真でも、撮る人によって捉えたい瞬間、光景の好みが表れるんでしょうね。
ふわりぃさんの写真はいつも優しくデグーさん達やなのぴんを捉えていて、好きです♪
やはり写真でも、撮る人によって捉えたい瞬間、光景の好みが表れるんでしょうね。
ふわりぃさんの写真はいつも優しくデグーさん達やなのぴんを捉えていて、好きです♪