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〈2007年9月16日開設〉 これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。 尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。 絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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「本当にこんな山の中に、人の住む家があったの?」手にした木の枝で下生えを掻き分けて進みながら、真由美は言った。
「本当、本当」軽い口調で、しかしはっきりと武雄は請け負う。「然も山小屋みたいなんじゃなくて、お屋敷って言っていい様な奴。去年見付けたんだ」
「去年? 取り壊されもせずに未だあるか? 無人だったんだろ?」と、雅人。
 幼馴染の、いつもの三人組。それぞれ違う大学に進学した今でも、時折集まってはドライブを楽しんだりしていたのだが……今日は最悪のドライブとなっていた。
 山の中だと言うのに乗り合わせていた雅人の車がエンストし、然も運の悪い事に携帯は圏外表示。今時圏外などあるのかと、三人は驚くやら呆れるやら。しかしそうしてもいられないと近くに民家か公衆電話を求めたのだが、何れも影さえも無かった。間の悪い事に、他の車さえ通り掛らない。
 そうする間にも陽は翳り、一先ず車に戻った一行は忍び寄る寒さに震える事となってしまった。当然ヒーターは使えない。膝掛け用に置いていた毛布がある位だ。
 その毛布を真由美に渡して、もう一度先程とは別方向へ探索に出ると雅人が車を降りた時、武雄が言ったのだった。
 電話は通じていないだろうが、一先ず暖を取れそうな空き家がこの辺りにある、と。
 山の陽はどんどん傾き始めている。エンジンも掛からない車の中では山の夜の冷え込みは防げない。助けも呼べないのであればいっそその家で夜を明かして、朝早くから麓の街を目指そう。
 その武雄の主張は妥当な選択に思えた。兎に角、家の中なら車内よりはマシだろう。食料は街を出る時に買ったスナックやドリンク類がある。三人は手分けしてそれらの手荷物を纏め、車を後にした。

「誰か通り掛かって見てくれたかなぁ」真由美は時折、後ろを振り返ってそう言った。
「通り掛りさえすれば、誰かが目に留めてくれてるさ」と、雅人。「と言うか、俺の愛車にあそこ迄したんだ。そう願いたいよ」
 残して来た白の車体に、真由美の口紅でべったりと、書置きをしていたのだ。
 エンストの為に放置している事。夜明かしの為に付近にあるという家に向かった事。もしこれが目に付いたら、助けを呼んで欲しいという事を。
 今日の日付、歩き出した時刻も記しておいたから、あるいはあれから直ぐに通り掛かった誰かが彼等を捜してくれているかも知れない――そう期待して、時折振り返る為に真由美の足は鈍りがちだった。
「真由美、置いて行くぞ」武雄がそんな彼女に苛立ちの混じった声を上げる。「早く着いて、出来れば灯を確保しないと……」
「あ、そうね」真由美は慌てて、足を速める。「蝋燭でも残っているといいわね」
 幸いと言うべきか、雅人は喫煙者。それ故にライターは手放した事がない。いつもは嫌煙権を巡ってもめている真由美だが、今日だけは煙草を許してもいい気になっていた。
 やがて、三人の前に古めかしい屋敷が姿を見せた。

 こんな所にどうやって建てたんだろう?――それが真由美が真っ先に考えた事だった。
 意外にもそれは石造りの洋館で、窓硝子は所々破れているものの、往時の姿をしっかりと留めていた。二階建てで部屋数も十二分にある様だった。
 此処迄辿って来た道を振り返り、真由美は首を捻る。しかし、きっとこの屋敷が建てられた当時はちゃんとした道があったのだろう。一旦、屋敷の外周をぐるりと回った時には、他にも道らしきものはなかったけれど。
「寒い寒い。兎に角、中に入ろうぜ」武雄が率先して、玄関の重々しい扉に手を掛けた。鍵も掛かったいなかったそれは意外にも、すんなりと彼等を招き入れた。蝶番の軋む重苦しい音だけが、その年月を物語ってはいたが。
 寒さから逃れる為に扉を閉めると、埃に曇った窓からの心許ない日差しだけとなってしまった。雅人がライターを取り出し、火を点す。
「兎に角、蝋燭だな」
「蝋燭と言えば台所かな。こっちこっち」武雄が雅人を導いて歩き出す。
「こっちって、お前中に入った事もあるのか? と言うか、そもそもどうして見付けたんだ? 道からも結構あったぞ、此処」
「いいからいいから」
 果たして武雄が彼等を引っ張って行った先には、旧式の竃さえも備えた台所がかつての煤もその儘に、存在していた。真由美と雅人が見回す間にも、武雄は残されていた食器棚に取り付き、その抽斗を漁っている。やがて有った、と笑顔で振り向いたその手には確かに二本の蝋燭。彼は更に手際よく、それを半ば崩れたテーブルの上にあった燭台に立て、雅人に差し出す。言われる儘、雅人はそれにライターの火を点けた。
 二人は途惑いながらも、兎も角灯は確保出来たと、ほっと息をついた。

 兎に角暖の取れる部屋を探そう――真由美がそう提案した時にも、武雄はこっちだと言って暖炉のある部屋を案内した。
「武雄、あんた絶対この中入った事あるでしょ。真逆独りで来たの?」
「ん? うん、まぁ、独りで」残されていた薪に火を焚き付けつつ、武雄は頷いた。
「危ないじゃないの!」途端、真由美は怒鳴った。「案外しっかりした建物だけど、廃屋に独りで入ったりしちゃ駄目でしょ!? 崩れたりしたらどうするの!」
 それに対して武雄はちょっと吃驚した顔をしたものの、大丈夫大丈夫、と笑う。
「でも、心配してくれてありがとな。真由美」笑みが、穏やかで深いものに、いつしか変わっていた。「お前も、雅人も、いい奴だよ。だから、死なせる訳には行かない」
「何、言い出すのよ……?」真由美は眉を顰める。
 雅人も何か不穏なものを感じたか、口を挟む。
「此処に居て替わりばんこに火の番していれば、凍死の心配も先ずないよ。屋敷も崩れそうって程の傷み方じゃないし。いちいち大袈裟なんだよ、お前は」
「そうだな」武雄は苦笑して、スナック類の詰まった袋を取り出した。「取り敢えず、侘しい晩餐としようか」
 質、量的には侘しい、けれど賑やかな晩餐を経て、彼等は明日に備えて休む事にした。
 最初は真由美、そして雅人、最後に武雄が、火の番に付く事になった。
 何事もなく夜は更け、武雄を起こして雅人が眠りに就く。
 真由美を頼んだぞ――眠りに落ちる直前、武雄の声を聞いた気がした。

 翌朝、二人は寒さで目を覚ました。
「あれ、火が消えたの? 武雄は?」目を擦りながら顔を上げた真由美は、しかし一瞬で目を覚まして、強張った身体を起こした。「何、此処……何処?」
 辺りには石造りの屋敷など無い。林の中にやや開けた野原があるだけだ。その野原で真由美と雅人は、不思議そうに顔を見合わせていた。
「武雄は!?」見回せばやや離れた草叢に見慣れた姿が横たわっていた。
 しかし、彼は起きて来る事はなかった。
 恐る恐る、脈を探った雅人は沈痛な面持ちで頭を振った。
「どうして!?」真由美は悲痛な声を上げた。「どうしてよ? 昨夜は安全な家で……暖炉があって……暖かくて、皆一緒で……何で、武雄だけ!?」
 涙が、溢れてくる。あれが夢だったとでも言うのだろうか。確かに今此処にあの家も無ければ暖炉も無い。食事をした跡はあったし、真由美には毛布が掛けられていたものの、燭台さえも無い。
 この山の夜から朝に掛けての冷え込みでは、凍死していても不思議ではない。
 だが、それなら何故自分達は無事なのだ?――確かに冷えてはいるけれど、身体の奥にはどこか温かい部分が残ってさえいる。もし一晩中、此処にこうして寝ていたのだとしたら、真由美達も武雄と運命を共にしている筈ではないのか?
 と、雅人が武雄の傍らに、彼の携帯電話を見付けた。フラップが開けられた状態のそれを、何気なく弄ってみると、メールの作成画面が開かれていた。食い入る様に、彼はそれを読んだ。

『二人共、無事か? 
 俺は多分、無事じゃないだろうな。
 この家、何処で見付けたんだって、結局言わない儘だったよな。中に詳しい理由も。
 実はこれ、俺が建てた家だったんだ。尤も、空想の中で。
 お前ら、知ってるだろう? 俺が小さい頃からこういう、ちょっと廃屋じみた家に憧れていた事。建築学科に進んだのだって、本当はこういう家を自分で建ててみたかったからなんだ。年月迄は、どうしようもないけど、それっぽく見せてさ。
 でも、それはあくまでも「それっぽい」ものだ。
 風化した石の風合い、日に焼けた壁、それらはどれだけ似せようとしても、真似出来ない。
 それで……俺は丸でそこにあるみたいに、ありありとその家を想像出来るようになっていた。俺にとっては本当に、現実みたいに。
 昨夜は正直、賭けだった。あの儘車に居れば俺達は助からない。だから……お前達を俺の建てた空想の家に招いたんだ。空想の家で本当にお前達を護れるのか、自信は――いや、俺は自分を信じるしかなかった。俺が信じなかったら空想は空想の儘、露と消えてしまう。
 俺、頑張って信じたよ。
 でも、信じるって大変な事なんだな。火の番を交代して、二人が寝付いた時、俺はほっとしたよ。この時間ならもう大丈夫、と。俺はもう疲れ切ってたし……何より、俺自身は家が空想だと知っていたから、雅人が寝た頃にはもう身体がガチガチで、気付かれないようにするのに必死だったけどな。
 だからきっと、朝のの挨拶は出来ないから……こうして打ち込んでおく。

 おはよう。
                     さようなら』

 真由美は武雄の身体に取り縋って一頻り号泣し、雅人は天を仰いで、泣いた。

 やがて、車を置いて来た道の方から、人の気配が近付いてきた。朝早く通り掛かったトラックの運転手が口紅のメッセージに気付き、この辺りに家など無いと、慌てて彼等を捜してくれたのだった。一人は可哀想な事をしたが、よく二人が無事だったと感心する運転手に、真由美は言った。
「私達は……彼の安全な家に護られていましたから」と。

                      ―了―


 寒い~。暗い~(--;)

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こんばんは
可哀相だわ~
こんな友達想いの良い子が若死になんて、可哀相。


空想癖は有るけれど、館までは作り出せないな~(笑)
冬猫 2010/01/30(Sat)03:24:47 編集
Re:こんばんは
不思議哀しい話になってしまいました(^^;)
巽(たつみ)【2010/01/30 21:09】
こんにちは♪
うわぁ~ん可哀そう!
なんて友達思いなんでしょう!

しかし空想で館を作り出すとは凄い!
ありったけのエネルギーを使って
疲れ果ててしまったんだねぇ・・・
クーピー URL 2010/01/30(Sat)13:49:02 編集
Re:こんにちは♪
エネルギーと言うか生命力削っちゃったんですね~。
巽(たつみ)【2010/01/30 21:11】
お久ぁ~!
お久しぶりです。

メールありがとう。
ご心配かけて申し訳ありません。m(__)m

で、久しぶりに来てみたら、長いこと。(笑)

『水の信念、岩をも穿つ』だっけ?
そんな力があったら良いね。(いや、よくないか?)

他の人のブログは、一応、全部読んだけど、巽さんのは無理だな。
まぁ、追々ね。(苦笑)
afool 2010/01/30(Sat)17:16:47 編集
Re:お久ぁ~!
ああ~! afoolさんだ!(@@)
元気にしてましたか~?
最近短めだったんだけど、長い時に来合わせたね(笑)
まぁ、ぼちぼち(^^;)
巽(たつみ)【2010/01/30 21:14】
こんにちはっ
自分を信じて
友達を守りたい気持ちが
空想を現実にしたんでしょうね。
ふわりぃ URL 2010/01/30(Sat)17:49:17 編集
Re:こんにちはっ
空想を現実にする程の思い、現実にはなかなか持てませんなぁ(--;)
巽(たつみ)【2010/01/30 21:15】
(T.T)
なんていう精神力w

こういう人を友に持つっていうのは嬉しいことなのだろうけど…
悲しすぎる結末です(T.T)
つきみぃ URL 2010/01/31(Sun)21:18:12 編集
Re:(T.T)
悲劇になってしまいましたA^^;)
巽(たつみ)【2010/01/31 21:38】
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