〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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立ち入り禁止――そう書かれた看板を無視して、男は申し訳ばかりの鉄製の門扉を乗り越えた。
手に残ったざらついた感触に、門扉の古さと、此処が放置されてからの年月を感じ、思わずじっと、手を見下ろす。その視線の更に先の運動場も、全く手入れがなされていない所為だろうか、罅割れ、草が生え放題。蔓草に巻き付かれ埋没した、鉄棒や地中から半分だけ顔を出したタイヤ、登り棒……。その雑草の海の向こうに、彼がかつて通った小学校の分校の校舎が、虚ろな姿を残していた。
木造二階建ての校舎に塗られていた薄い緑のペンキは疾うに剥がれ、壁板さえも朽ち落ちている所もある。窓硝子の殆どが割れているのは、人為的なものなのか、それとも窓枠――ひいては校舎――の歪みに、硝子が耐えられなくなった結果なのか。
その窓から差し込む初夏の日差しも、どこか気だるげに見える。
寂しさに思わず顔を歪めながらも、男はその校舎へと、歩き出した。
手に残ったざらついた感触に、門扉の古さと、此処が放置されてからの年月を感じ、思わずじっと、手を見下ろす。その視線の更に先の運動場も、全く手入れがなされていない所為だろうか、罅割れ、草が生え放題。蔓草に巻き付かれ埋没した、鉄棒や地中から半分だけ顔を出したタイヤ、登り棒……。その雑草の海の向こうに、彼がかつて通った小学校の分校の校舎が、虚ろな姿を残していた。
木造二階建ての校舎に塗られていた薄い緑のペンキは疾うに剥がれ、壁板さえも朽ち落ちている所もある。窓硝子の殆どが割れているのは、人為的なものなのか、それとも窓枠――ひいては校舎――の歪みに、硝子が耐えられなくなった結果なのか。
その窓から差し込む初夏の日差しも、どこか気だるげに見える。
寂しさに思わず顔を歪めながらも、男はその校舎へと、歩き出した。
此処に通っていたのは、もう三十年以上も前になるだろうか。
彼の三学年下の後輩が、この分校に最後に入学した児童となった。その子が居なくなると同時に、この過疎の村にはこの分校に通う子供が居なくなり、此処は閉鎖された。当時は、それが一時的なものになるか、永続的なものになるかは未定だったのだが、その後も過疎化は進み、また子供達の親も町の小学校への進学を望み、結局此処が開かれる事はその後、なかった。
人が通う事のなくなった校舎は、一時は色々と再建計画も取り沙汰されたのだが、結局いずれも計画倒れに終わった。山間部の盆地を見下ろす様に建てられたこの分校の土地、村に残った年寄りが利用するには些か不便に過ぎたのだ。
ひやり――校舎に入った途端、日差しが遮られた所為だろうか、男はその冷えた空気に身を震わせた。
やはり硝子が割れ落ち、用をなさなくなったた玄関ドア。入るのは容易だった。壁際には靴箱が並んでいる。
真っ直ぐに伸びた廊下、その右手に戸口を並べる教室、その全てに覚えがあるのに、そこはもう、彼が知っている場所ではなくなっていた。皆が毎日、手分けして掃除していた廊下も侵入した砂埃に埋もれ、吐息で曇りを作っては指で絵や字を書いてまた拭いて、を繰り返していた窓硝子はその埃の下。教室内の小さな木製の机や椅子も、風や紫外線に侵食され、表面がぼこぼこになっている。
じゃりじゃりとした感触を足下に、男は歩を進めた。
廊下の一番端には二階へと続く階段があったが、それはやはりと言うべきか、所々朽ち落ちて、とても大人の体重を支えられる状態ではなかった。どの途、彼が通っていた頃から、二階の教室は殆ど使われる事もなくなっていた。それを必要とする程の人数が、もう居なかったのだ。学年を問わず、一つの教室に集められ、数人の先生が交代で見る。それで事足りていたのだ。二階へは休憩時間に暑い夏の日差しを避けて、遊びに行った位か。
男は反転し、当時彼等が使っていた教室のドアを潜った。
ぽつりと残された一組の椅子と机、一段高くなった教壇の上の教卓、黒板……。
壁に貼られていた時間割は日に焼け、風化し、最早知らない者にはそれが何だったのか判別不可能。止まった時計も表面に埃がこびり付いている。
本当に、これがかつて自分が通っていたあの分校なのか――男は何とも言えない寂しさに唇を噛み締めた。
数日前、この校舎の取り壊しが正式に決定した。老朽化の為、かねてからの懸案ではあったのだが、出入りする者が事実上居ない事、そしてそれ以上に資金面の問題で、延び延びになっていたのだ。
此処が殆ど地域外の人間に知られる事もなく、怖いもの見たさや好奇心で近付く若者達も近寄りもしない程辺鄙な場所だったのは、幸いだったのだろうかと、男は苦笑する。お陰で少なくとも心無い落書きや新しいゴミの類が、この場所を汚す事はなかった。
そして何より――男は教壇の横の板の一枚を外した――此処に隠した、三つ下の後輩を切ったカッターナイフという物証が見付かる心配もなかったのだから。
大人達の目を逸らす為、休み時間に後輩と一緒に此処で遊んでいて見知らぬ男に襲われたと、態と付けた右腕の傷が疼く。
すっかり錆びて朽ちたカッターの刃――男の目はそこに鮮血を見た。
―了―
居なくなった=卒業とは言ってません(^^;)
う~む、何か某事件を思い出す様な内容になってしまったかなぁ(汗)
彼の三学年下の後輩が、この分校に最後に入学した児童となった。その子が居なくなると同時に、この過疎の村にはこの分校に通う子供が居なくなり、此処は閉鎖された。当時は、それが一時的なものになるか、永続的なものになるかは未定だったのだが、その後も過疎化は進み、また子供達の親も町の小学校への進学を望み、結局此処が開かれる事はその後、なかった。
人が通う事のなくなった校舎は、一時は色々と再建計画も取り沙汰されたのだが、結局いずれも計画倒れに終わった。山間部の盆地を見下ろす様に建てられたこの分校の土地、村に残った年寄りが利用するには些か不便に過ぎたのだ。
ひやり――校舎に入った途端、日差しが遮られた所為だろうか、男はその冷えた空気に身を震わせた。
やはり硝子が割れ落ち、用をなさなくなったた玄関ドア。入るのは容易だった。壁際には靴箱が並んでいる。
真っ直ぐに伸びた廊下、その右手に戸口を並べる教室、その全てに覚えがあるのに、そこはもう、彼が知っている場所ではなくなっていた。皆が毎日、手分けして掃除していた廊下も侵入した砂埃に埋もれ、吐息で曇りを作っては指で絵や字を書いてまた拭いて、を繰り返していた窓硝子はその埃の下。教室内の小さな木製の机や椅子も、風や紫外線に侵食され、表面がぼこぼこになっている。
じゃりじゃりとした感触を足下に、男は歩を進めた。
廊下の一番端には二階へと続く階段があったが、それはやはりと言うべきか、所々朽ち落ちて、とても大人の体重を支えられる状態ではなかった。どの途、彼が通っていた頃から、二階の教室は殆ど使われる事もなくなっていた。それを必要とする程の人数が、もう居なかったのだ。学年を問わず、一つの教室に集められ、数人の先生が交代で見る。それで事足りていたのだ。二階へは休憩時間に暑い夏の日差しを避けて、遊びに行った位か。
男は反転し、当時彼等が使っていた教室のドアを潜った。
ぽつりと残された一組の椅子と机、一段高くなった教壇の上の教卓、黒板……。
壁に貼られていた時間割は日に焼け、風化し、最早知らない者にはそれが何だったのか判別不可能。止まった時計も表面に埃がこびり付いている。
本当に、これがかつて自分が通っていたあの分校なのか――男は何とも言えない寂しさに唇を噛み締めた。
数日前、この校舎の取り壊しが正式に決定した。老朽化の為、かねてからの懸案ではあったのだが、出入りする者が事実上居ない事、そしてそれ以上に資金面の問題で、延び延びになっていたのだ。
此処が殆ど地域外の人間に知られる事もなく、怖いもの見たさや好奇心で近付く若者達も近寄りもしない程辺鄙な場所だったのは、幸いだったのだろうかと、男は苦笑する。お陰で少なくとも心無い落書きや新しいゴミの類が、この場所を汚す事はなかった。
そして何より――男は教壇の横の板の一枚を外した――此処に隠した、三つ下の後輩を切ったカッターナイフという物証が見付かる心配もなかったのだから。
大人達の目を逸らす為、休み時間に後輩と一緒に此処で遊んでいて見知らぬ男に襲われたと、態と付けた右腕の傷が疼く。
すっかり錆びて朽ちたカッターの刃――男の目はそこに鮮血を見た。
―了―
居なくなった=卒業とは言ってません(^^;)
う~む、何か某事件を思い出す様な内容になってしまったかなぁ(汗)
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こんばんは♪
ありゃ~!そういう事だったのですか!
単に思い出に浸る為だけではないだろうなぁとは
思ったんですけど・・・・・
そう言えば、そんな事件がありましたっけね!
殺人者になってしまった子は、ずっと後悔し
続けるんだろうねぇ・・・・
単に思い出に浸る為だけではないだろうなぁとは
思ったんですけど・・・・・
そう言えば、そんな事件がありましたっけね!
殺人者になってしまった子は、ずっと後悔し
続けるんだろうねぇ・・・・
Re:こんばんは♪
そういう事で(^^;)
後悔……しなくなったら、人間として終わりだろうなぁ。
後悔……しなくなったら、人間として終わりだろうなぁ。
こんばんは
ラストの部分
鮮血を見た→男の手や身体が傷ついた→風化した刃の為に破傷風→自業自得→少年の幽霊が死にゆく男を見つめる
…なんて風に想像膨らませちゃった~違ったね(;^_^A
情況情景描写が見事ですね~♪
鮮血を見た→男の手や身体が傷ついた→風化した刃の為に破傷風→自業自得→少年の幽霊が死にゆく男を見つめる
…なんて風に想像膨らませちゃった~違ったね(;^_^A
情況情景描写が見事ですね~♪
Re:こんばんは
有難うございます(^-^)
破傷風……なるほど!
只その場合、破傷風の病原体の潜伏期間、少年の霊はずっと監視してないといけませんな。何日位だったかな?(・・?
破傷風……なるほど!
只その場合、破傷風の病原体の潜伏期間、少年の霊はずっと監視してないといけませんな。何日位だったかな?(・・?
こんにちは
なるほど、そういう話だったのか。
しかし、ちょっと無理があるな。
そんな辺鄙な所じゃ、みんながのんびりしていて、お互いに顔見知りだったりして、事件って起こり難い。
ましてや、子供数人の学校なら、人目が行き届かないってことも考え難く、大きな学校でもないだろうから、不審者が入りこむことも難しそう。
子供のついた嘘程度だったら、すぐにばれるんじゃないかな?
しかし、ちょっと無理があるな。
そんな辺鄙な所じゃ、みんながのんびりしていて、お互いに顔見知りだったりして、事件って起こり難い。
ましてや、子供数人の学校なら、人目が行き届かないってことも考え難く、大きな学校でもないだろうから、不審者が入りこむことも難しそう。
子供のついた嘘程度だったら、すぐにばれるんじゃないかな?
Re:こんにちは
顔見知りゆえの軋轢があったりして……( ̄ー ̄)
田舎=のんびりしてるとは限らないよ~?
山の中ゆえに不審者が逃げ隠れする場所には事欠かないのさ~。
田舎=のんびりしてるとは限らないよ~?
山の中ゆえに不審者が逃げ隠れする場所には事欠かないのさ~。
Re:こんばんわ~
思い出に浸りつつ、証拠隠滅(^^;)
まぁ、もう三十年も前の事、という設定なので、もし取り壊しの時にカッターが発見され、それが彼の物と特定されたとしても、法的な拘束力はない訳ですが……。社会的な責任というのは何年経ってもついて回るものねぇ。
まぁ、もう三十年も前の事、という設定なので、もし取り壊しの時にカッターが発見され、それが彼の物と特定されたとしても、法的な拘束力はない訳ですが……。社会的な責任というのは何年経ってもついて回るものねぇ。
Re:最近
事件はフィクションの中だけでいいよねぇ(--;)
これからの長い人生、どうするんだろう……。
これからの長い人生、どうするんだろう……。