〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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「これが欲しいの?」道端にしゃがんで囁く様にそう言っている少女を、男が目に止めたのは夜遅くの事だった。
茶色の髪に青いリボン、青い服がよく似合う十歳程の可愛らしい少女。
こんな時間に出歩いてていい歳じゃないだろう、と男は僅かに眉を顰める。親は何をしてるんだ。
更に奇異な事に、彼女の話し相手の姿は無かった。誰も居ない所に向かって、小さな鍵を差し出している。
独り遊びだろうか? それにしては余り幼さを感じさせない、不思議な少女。
やがてふと、少女が顔を上げた。男と目が合う。
そしてふっと、笑った。
「これは貴方に上げてって」立ち上がり、歩み寄って来ると彼女はそう言って、件の鍵を差し出した。小さい以外は然して特徴もない鍵。玩具だろうか?
男は途惑いながらも、彼女の遊びに付き合う心算で、笑って鍵を受け取った。
だが、少女は直ぐ様身を翻し、何処へともなく駆け去った。
「え、君……! この鍵は……?」男は慌てて後を追うが――角を曲がった先に少女の姿は無く、その足音さえも響いてはいなかった。鍵を返すにも返せず、男は途方に暮れた顔で、暫し街路に立ち尽くしていた。
茶色の髪に青いリボン、青い服がよく似合う十歳程の可愛らしい少女。
こんな時間に出歩いてていい歳じゃないだろう、と男は僅かに眉を顰める。親は何をしてるんだ。
更に奇異な事に、彼女の話し相手の姿は無かった。誰も居ない所に向かって、小さな鍵を差し出している。
独り遊びだろうか? それにしては余り幼さを感じさせない、不思議な少女。
やがてふと、少女が顔を上げた。男と目が合う。
そしてふっと、笑った。
「これは貴方に上げてって」立ち上がり、歩み寄って来ると彼女はそう言って、件の鍵を差し出した。小さい以外は然して特徴もない鍵。玩具だろうか?
男は途惑いながらも、彼女の遊びに付き合う心算で、笑って鍵を受け取った。
だが、少女は直ぐ様身を翻し、何処へともなく駆け去った。
「え、君……! この鍵は……?」男は慌てて後を追うが――角を曲がった先に少女の姿は無く、その足音さえも響いてはいなかった。鍵を返すにも返せず、男は途方に暮れた顔で、暫し街路に立ち尽くしていた。
「一体何だったんだろう?」家に帰り、何と無くポケットにしまっていた鍵を、妻の今晩の夕食は云々のメモが残されたテーブルの上に置きながら、男は呟いた。「何処の鍵だ? これ。あの子、困らないのかな? ちゃんと帰ったんならいいんだけど……」
見た所、家の鍵などではない様だ。小さくて、無愛想で……小物入れの鍵? ポストの鍵?――小動物の、ケージの鍵?
いつしか男はかつて飼っていた、小型犬を思い出していた。彼があの少女よりも小さい、子供の頃の事だ。
確か雑種だった。父が友人の家で生まれた子犬を、里親にと頼み込まれて貰ってきたのだ。クリッとした目とふわふわの毛が愛らしく、彼が構うといつ迄でも遊びをせがんで来た。
小さな彼の、一番の遊び相手だった。
夜はケージに戻される子犬と、いつ迄も遊んでいたくてケージの鍵を隠した事もあった。尤もそれは直ぐに母親に見付けられて、結局いつもよりちょっと遅く迄、子犬と遊んでいられただけに終わったのだけれど。
「そう言えば、あの鍵に似てないか? これ」遅い夕食もそっちのけで矯めつ眇めつしながら、男は呟く。「真逆な。あの鍵は――どうしたんだっけ?」
彼が高校の受験勉強に追われ出した頃、犬は天寿を全うした。
脚が弱り、殆どケージから出る事もなくなった犬は、しかし彼の姿を見ると、懸命に尻尾を振っていた。それは彼を応援してくれている様で――犬が死んだ時は嘆き悲しんだものの、その応援を無駄にはすまいと、彼は精一杯勉強に力を入れ、志望校へ合格を、写真立ての中の犬に報告した。
その勉強の最中にもケージは片付けられ、彼の家に犬が居た痕跡は徐々に薄れていった。大量の写真と、小さな首輪、大好きだった玩具を何点か残して。
「そうだ、あのケージは……誰かに貰われて行ったんだったかな? それとも、捨ててしまったんだろうか?」
あれだけ一緒に遊んで、時には無言の表情で励まして貰ったのに薄情なものだ、と男は自嘲し、最早両親も去り、新たな家族を迎えた家の中を見回した。
そう、確かあの角にケージを置いて、夜遅く迄その前に寝そべって、いつしか寝てしまった事もあった。伸ばした指を舐められて目覚め、心配げな顔で鼻を鳴らす犬と顔を見合わせた事も。
あの日々が楽しかっただけに、それ以降犬を飼おうという気にはならなかった。どうせまた先立たれる――その思いもあったのだろう。
けれど……。
先日、今年小学校に上がった息子が犬を飼いたいと言ってきた。普段我が儘も言わない、大人しい子だ。妻の入れ知恵だろうが色々と調べて、自分がちゃんと世話を出来るか、よくよく考えた上での事だった様だ。
だが、全くその気の無かった男は、それを却下した。
犬は確かにあの子のよき友になってくれるかも知れない。だが、ほぼ確実に、あの子を残して行くのだ。かつて、彼を残して行った様に。そう語ったものの、息子と彼の応援者の妻は不服そうだった。今思えば、それもよく考えた上での、申し出だったのだろう。
「犬、か……」男は一つ、深い息をついた。
確かに彼等とは寿命が違う。事故でもない限り、人間は置いて行かれる。だが、その思い出は、時にこうしてありありと思い描ける……。
と、彼の気配を察したのだろうか。寝惚け眼の妻が部屋に入ってきた。
「あなた? まだ夕食も食べてないの?」仕方のない人ね、という声ながらも、彼女は冷蔵庫の前に立った。「待ってね、直ぐ温めるから。真逆、外で食べて来たとか言わないでしょうね?」
「いや、頼むよ」彼は苦笑して答え、暫し考えた後に、言った。「なぁ、犬、飼おうか」
彼女は笑顔で振り向いた。
「ご苦労様」小さな鍵を鍵束に繋ぎ、少女は呟く様に言った。
その足元に小さな犬。クリッとした目にふわふわの体毛。彼女を見上げて尻尾を振っている。
「いつ迄も君とのお別れを辛い思い出だと思って欲しくなかったのかな?」しゃがみ込んで、少女は言った。「お別れは辛いけど……楽しい思い出があったからこそ、辛くなったんだものね。全部忘れたり、仕舞い込んじゃったりするのは、勿体無いわよね」
況してこれから十何年も先に起こるだろうお別れを今から憂うなんて、と少女は苦笑する。
「出会いと別れは表裏一体、いずれ自分達だって子供の元を去るのにね。まぁ、それ迄に沢山の思い出を残す事は出来るけど」そう言って、どこか寂しげに笑う少女の手を、犬が舐めた。「慰めてくれてるの? お別れなんてもう、慣れちゃったわよ。さ、お行きなさい」
犬が姿を薄れさせ、消え去るのを見送ると、少女もまた身を翻し、何処へともなく姿を消した。
―了―
珍しく犬で(^^;)
見た所、家の鍵などではない様だ。小さくて、無愛想で……小物入れの鍵? ポストの鍵?――小動物の、ケージの鍵?
いつしか男はかつて飼っていた、小型犬を思い出していた。彼があの少女よりも小さい、子供の頃の事だ。
確か雑種だった。父が友人の家で生まれた子犬を、里親にと頼み込まれて貰ってきたのだ。クリッとした目とふわふわの毛が愛らしく、彼が構うといつ迄でも遊びをせがんで来た。
小さな彼の、一番の遊び相手だった。
夜はケージに戻される子犬と、いつ迄も遊んでいたくてケージの鍵を隠した事もあった。尤もそれは直ぐに母親に見付けられて、結局いつもよりちょっと遅く迄、子犬と遊んでいられただけに終わったのだけれど。
「そう言えば、あの鍵に似てないか? これ」遅い夕食もそっちのけで矯めつ眇めつしながら、男は呟く。「真逆な。あの鍵は――どうしたんだっけ?」
彼が高校の受験勉強に追われ出した頃、犬は天寿を全うした。
脚が弱り、殆どケージから出る事もなくなった犬は、しかし彼の姿を見ると、懸命に尻尾を振っていた。それは彼を応援してくれている様で――犬が死んだ時は嘆き悲しんだものの、その応援を無駄にはすまいと、彼は精一杯勉強に力を入れ、志望校へ合格を、写真立ての中の犬に報告した。
その勉強の最中にもケージは片付けられ、彼の家に犬が居た痕跡は徐々に薄れていった。大量の写真と、小さな首輪、大好きだった玩具を何点か残して。
「そうだ、あのケージは……誰かに貰われて行ったんだったかな? それとも、捨ててしまったんだろうか?」
あれだけ一緒に遊んで、時には無言の表情で励まして貰ったのに薄情なものだ、と男は自嘲し、最早両親も去り、新たな家族を迎えた家の中を見回した。
そう、確かあの角にケージを置いて、夜遅く迄その前に寝そべって、いつしか寝てしまった事もあった。伸ばした指を舐められて目覚め、心配げな顔で鼻を鳴らす犬と顔を見合わせた事も。
あの日々が楽しかっただけに、それ以降犬を飼おうという気にはならなかった。どうせまた先立たれる――その思いもあったのだろう。
けれど……。
先日、今年小学校に上がった息子が犬を飼いたいと言ってきた。普段我が儘も言わない、大人しい子だ。妻の入れ知恵だろうが色々と調べて、自分がちゃんと世話を出来るか、よくよく考えた上での事だった様だ。
だが、全くその気の無かった男は、それを却下した。
犬は確かにあの子のよき友になってくれるかも知れない。だが、ほぼ確実に、あの子を残して行くのだ。かつて、彼を残して行った様に。そう語ったものの、息子と彼の応援者の妻は不服そうだった。今思えば、それもよく考えた上での、申し出だったのだろう。
「犬、か……」男は一つ、深い息をついた。
確かに彼等とは寿命が違う。事故でもない限り、人間は置いて行かれる。だが、その思い出は、時にこうしてありありと思い描ける……。
と、彼の気配を察したのだろうか。寝惚け眼の妻が部屋に入ってきた。
「あなた? まだ夕食も食べてないの?」仕方のない人ね、という声ながらも、彼女は冷蔵庫の前に立った。「待ってね、直ぐ温めるから。真逆、外で食べて来たとか言わないでしょうね?」
「いや、頼むよ」彼は苦笑して答え、暫し考えた後に、言った。「なぁ、犬、飼おうか」
彼女は笑顔で振り向いた。
「ご苦労様」小さな鍵を鍵束に繋ぎ、少女は呟く様に言った。
その足元に小さな犬。クリッとした目にふわふわの体毛。彼女を見上げて尻尾を振っている。
「いつ迄も君とのお別れを辛い思い出だと思って欲しくなかったのかな?」しゃがみ込んで、少女は言った。「お別れは辛いけど……楽しい思い出があったからこそ、辛くなったんだものね。全部忘れたり、仕舞い込んじゃったりするのは、勿体無いわよね」
況してこれから十何年も先に起こるだろうお別れを今から憂うなんて、と少女は苦笑する。
「出会いと別れは表裏一体、いずれ自分達だって子供の元を去るのにね。まぁ、それ迄に沢山の思い出を残す事は出来るけど」そう言って、どこか寂しげに笑う少女の手を、犬が舐めた。「慰めてくれてるの? お別れなんてもう、慣れちゃったわよ。さ、お行きなさい」
犬が姿を薄れさせ、消え去るのを見送ると、少女もまた身を翻し、何処へともなく姿を消した。
―了―
珍しく犬で(^^;)
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Re:無題
お疲れ様です!
遅くなった時はその分お疲れでしょうし、無理に巡回しなくても誰も怒りませんよ?(^-^)
でも、来てくれて有難う♪
遅くなった時はその分お疲れでしょうし、無理に巡回しなくても誰も怒りませんよ?(^-^)
でも、来てくれて有難う♪
こんばんは♪
(T∇T) ウウウ・・・思い出しちゃったぁ!
私も子供の頃に犬を飼っていたんだけど、
その犬が交通事故で死んでしまってねぇ・・・
(私がリードを離してしまったせいで)
もう大泣き!学校も休んでしまったの!
それ以来、どうしても犬だけは飼う気に
なれなくて・・・・
最も大型犬はマンションでは無理だし、
大型犬好きだって事もあるんだけどネ!
ヾ(´▽`;)ゝ ウヘヘ
私も子供の頃に犬を飼っていたんだけど、
その犬が交通事故で死んでしまってねぇ・・・
(私がリードを離してしまったせいで)
もう大泣き!学校も休んでしまったの!
それ以来、どうしても犬だけは飼う気に
なれなくて・・・・
最も大型犬はマンションでは無理だし、
大型犬好きだって事もあるんだけどネ!
ヾ(´▽`;)ゝ ウヘヘ
Re:こんばんは♪
そうでしたか(ノ_;)
やっぱりペットは家族ですもんねぇ。先立たれると悲しいです。
でも、その分大事な思い出も貰ってるんですよねぇ。
やっぱりペットは家族ですもんねぇ。先立たれると悲しいです。
でも、その分大事な思い出も貰ってるんですよねぇ。
Re:こんばんは
有難う♪
何しろ外見十歳その実……ですから(笑)
何しろ外見十歳その実……ですから(笑)
Re:動物
これは慣れる事はないよねぇ(ありすは「慣れた」なんて口では言ってるけど)
同じ種類の犬や猫を飼っても、その子達それぞれに思い出があるんだから。その分、それぞれの別れがあるし……(T-T)
同じ種類の犬や猫を飼っても、その子達それぞれに思い出があるんだから。その分、それぞれの別れがあるし……(T-T)
こんにちは
私もどっちかって言うと、こっち派だな。
知識が無かったこともあるけど、余り熱心に世話したことが無くて。
前にも、何処かで書いた覚えがあるんだけど、祭りの露店で買ったうずらのひよこが、翌日には死んでしまってね。
夏だったのに、ぶるぶると震えていて、電球を近付けると寄って来て、でも暑いからすぐに離れちゃって。
そんなにしながらも、とりあえず籠に入れて、タオルなどで保温したんだけど、翌朝になったら死んでいてさ。
それまでにも、金魚とかカブトムシとか簡単に死なせてしまったこともあって、それ以来、動物は飼わないようにしようってさ。
自信ないんだよね、動物飼う。
知識が無かったこともあるけど、余り熱心に世話したことが無くて。
前にも、何処かで書いた覚えがあるんだけど、祭りの露店で買ったうずらのひよこが、翌日には死んでしまってね。
夏だったのに、ぶるぶると震えていて、電球を近付けると寄って来て、でも暑いからすぐに離れちゃって。
そんなにしながらも、とりあえず籠に入れて、タオルなどで保温したんだけど、翌朝になったら死んでいてさ。
それまでにも、金魚とかカブトムシとか簡単に死なせてしまったこともあって、それ以来、動物は飼わないようにしようってさ。
自信ないんだよね、動物飼う。
Re:こんにちは
動物を飼うのはその動物の命に責任を持つ事ですからねぇ。
私も昔ハムスター飼ってて、一時は九匹位居たんですけど、段々減って……。平均寿命2~2年半って、短いよねぇ(T-T)
それ以来、飼いたいなって思う時もあるけど、なかなか踏ん切りがつきません。
私も昔ハムスター飼ってて、一時は九匹位居たんですけど、段々減って……。平均寿命2~2年半って、短いよねぇ(T-T)
それ以来、飼いたいなって思う時もあるけど、なかなか踏ん切りがつきません。
Re:無題
やっぱり一度失うとなかなかねぇ。
まぁ、逆にその子の分迄……と、直ぐに新しい犬を引き取って面倒見るってタイプの人も居るでしょうが。どちらにしても、その子が好きだったんだよねぇ。
まぁ、逆にその子の分迄……と、直ぐに新しい犬を引き取って面倒見るってタイプの人も居るでしょうが。どちらにしても、その子が好きだったんだよねぇ。