〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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その差出人、宛先共に不明の手紙を見た途端に顔色を変えたのは、姉の沙代子だった。
薄いグリーンの封筒。先述の通り宛名も無ければ、差出人の名前も住所も無い。切手も貼られていない。どうやら直接、うちのポストに入れられた様だ。悪戯か広告の類かと思いつつも、その場に捨てる訳にも行かず、他の郵便物と共に持って来たのだが……。
「姉さん、何か知ってるの?」私は首を傾げて尋ねた。
何も書かれていない封筒。当然、そこに見知った筆跡を見付けたという事もないだろう。薄いグリーンという色以外、全く特徴もない封筒を見て、姉は何を思ったのだろう?
姉は黙った儘、封筒を手に取り――ビリッ! と音高くそれを引き破った。
驚いた私が止める間も無く、それは散り散りにされていく。
「ど、どうしたって言うの? まぁ、悪戯か下らない広告だろうけど、そこ迄怒らなくても……」
そう尋ねる私にも構わずに、姉は自分の部屋へと引き返して行く。
「ちょっと! どうしたのって訊いてるんじゃない!」流石に私も声を荒げた。「何、無視してるのよ?」
すると姉はやっと立ち止まって振り返り、こう言った。
「ごめん。直ぐにこの家も出なくちゃならないから。荷造りを急がないと」
そして直ぐ、部屋へと引き取ってしまった。ドアの前に立てば中からは遽しげにクローゼットを開け閉てする音、バッグのファスナーを開け閉めする音が聞こえてくる。本当に、急拵えで荷造りしている様だ。
でも、何故? 姉は先日、突然下宿先から戻って来て、大学にも休学届けを出したと言って両親に問い詰められた所だった。答えはちょっとした五月病だから、気分転換をしたいだけ、というものだったけれど、両親も私も、納得はしていなかった。頑張り家の姉が、それ位で実家に帰って来たりするだろうか、と。
そして今度は慌てて、この家を出て行くと言う。
本当に何があったの?――私は居間に戻ると、姉が散らかした封筒を掻き集めた。問題の鍵はきっと、これにある筈だ。
読まれる事すらなく砕片にされた、やはり薄いグリーンの便箋を、兎に角インクの乗っている部分を選り分けていく。
そして切断面も曖昧なそれらをジグソーパズル宜しく繋いでいった。
果たしてそこには、一つの言葉が浮かび上がった。
『逃がさない』
何の目的で、こんなものをうちに投函したのか。それは解らないけれど、只一つ想像出来るのは、姉はこれで悩んでいるのだという事。きっと実家に帰って来たのも、これの所為なのだ。
悩みの種はストーカーだろうか。下宿では姉は一人部屋。大家さんは近くに居るとは言っても、心細いに違いない。
でも、それなら何故、誰にも相談しないの? それは私では頼りにならないかも知れないけれど、両親だって付いているのに。
私は段々、姉に対して腹が立ってきた。悩んでいるのに何も言ってくれない。それは私達を家族として認めてくれていない様に、感じられたのだ。そして同時に、姉のメッセージを読み解けない自分自身にも、腹が立った。
足音高く、私は姉の部屋に向かった。
いつの間にか音の聞こえなくなった部屋のドアを、ノックも無しに些か乱暴に開ける。
そして、そこで固まってしまった。
「姉……さん?」茫然とした、渇いた声が漏れる。
姉は部屋の中央に倒れていた。どこから湧いて出たのか、薄いグリーンの、見覚えのある無数の手紙に埋もれて。
私は慌てて救急車を呼び、担ぎ込まれた病院で意識を取り戻した姉から、あの手紙が何なのかを聞いた。ここ迄来ては誤魔化し切れないと、姉も思った様だ。
「あれはね……大学に入ってから文通を続けていた友達からなの。他の友達にも言えない事迄、お互い色んな事を相談したり、励まし合ったり……大事な人だったわ。けれど、今月の初め、事故に遭って……あの人は居なくなってしまった」
「それって……亡くなったって事?」私はごくりと息を呑む。死んだ人から手紙? そんな馬鹿な。
けれど、姉はこくりと頷いた。
「本当に大切な人だったのよ? お互いにそう思っていた筈……少なくとも私はそう思っていたわ。けれど、あの人が亡くなってから、あの手紙が届き始めたの。いつも、直接郵便受けや、私の目に付く所に置かれてあって、文面はいつも――『逃がさない』の一言。今日だってうちに届いたばかりか、部屋のクローゼットの中からも大量に……。あの人が寂しがって私を誘っているんじゃないかと、怖くなって実家に戻って来たけれど、此処に迄現れるなんて……」
私は逡巡した末に、御祓いを勧めた。
鰯の頭も信心から。例え形だけの気休めに過ぎなかったとしても、姉がその人への思いを振り切れさえすればいい。成仏したのだからもう寂しくないと、姉を誘ったりはしないのだと、確信さえしてくれれば。
その人を失って、姉がどれ程ショックだったのかは想像に難くない。
だから、その人が寂しがっている、自分を必要としている――そう思いたかったのだ。
何しろ、その友人から届くと言う手紙の字は、紛れもなく、姉自身の字――姉の周りのどこに湧いて出ても不思議ではない。恐らくは精神的な乖離を起こしているのだろうか、姉は自分で、その人の手紙を作り出していたのだ。
彼女はその人に呼ばれる事を望んでいた――それ程、その人が大事だったのだろうか。
例えそれが見当違いだったとしても。
本当に大事な人なら、死を望む訳ないじゃない――日暮れた河原で、私は薄いグリーンの手紙の束に、火を放った。
―了―
眠いっす(--;)
薄いグリーンの封筒。先述の通り宛名も無ければ、差出人の名前も住所も無い。切手も貼られていない。どうやら直接、うちのポストに入れられた様だ。悪戯か広告の類かと思いつつも、その場に捨てる訳にも行かず、他の郵便物と共に持って来たのだが……。
「姉さん、何か知ってるの?」私は首を傾げて尋ねた。
何も書かれていない封筒。当然、そこに見知った筆跡を見付けたという事もないだろう。薄いグリーンという色以外、全く特徴もない封筒を見て、姉は何を思ったのだろう?
姉は黙った儘、封筒を手に取り――ビリッ! と音高くそれを引き破った。
驚いた私が止める間も無く、それは散り散りにされていく。
「ど、どうしたって言うの? まぁ、悪戯か下らない広告だろうけど、そこ迄怒らなくても……」
そう尋ねる私にも構わずに、姉は自分の部屋へと引き返して行く。
「ちょっと! どうしたのって訊いてるんじゃない!」流石に私も声を荒げた。「何、無視してるのよ?」
すると姉はやっと立ち止まって振り返り、こう言った。
「ごめん。直ぐにこの家も出なくちゃならないから。荷造りを急がないと」
そして直ぐ、部屋へと引き取ってしまった。ドアの前に立てば中からは遽しげにクローゼットを開け閉てする音、バッグのファスナーを開け閉めする音が聞こえてくる。本当に、急拵えで荷造りしている様だ。
でも、何故? 姉は先日、突然下宿先から戻って来て、大学にも休学届けを出したと言って両親に問い詰められた所だった。答えはちょっとした五月病だから、気分転換をしたいだけ、というものだったけれど、両親も私も、納得はしていなかった。頑張り家の姉が、それ位で実家に帰って来たりするだろうか、と。
そして今度は慌てて、この家を出て行くと言う。
本当に何があったの?――私は居間に戻ると、姉が散らかした封筒を掻き集めた。問題の鍵はきっと、これにある筈だ。
読まれる事すらなく砕片にされた、やはり薄いグリーンの便箋を、兎に角インクの乗っている部分を選り分けていく。
そして切断面も曖昧なそれらをジグソーパズル宜しく繋いでいった。
果たしてそこには、一つの言葉が浮かび上がった。
『逃がさない』
何の目的で、こんなものをうちに投函したのか。それは解らないけれど、只一つ想像出来るのは、姉はこれで悩んでいるのだという事。きっと実家に帰って来たのも、これの所為なのだ。
悩みの種はストーカーだろうか。下宿では姉は一人部屋。大家さんは近くに居るとは言っても、心細いに違いない。
でも、それなら何故、誰にも相談しないの? それは私では頼りにならないかも知れないけれど、両親だって付いているのに。
私は段々、姉に対して腹が立ってきた。悩んでいるのに何も言ってくれない。それは私達を家族として認めてくれていない様に、感じられたのだ。そして同時に、姉のメッセージを読み解けない自分自身にも、腹が立った。
足音高く、私は姉の部屋に向かった。
いつの間にか音の聞こえなくなった部屋のドアを、ノックも無しに些か乱暴に開ける。
そして、そこで固まってしまった。
「姉……さん?」茫然とした、渇いた声が漏れる。
姉は部屋の中央に倒れていた。どこから湧いて出たのか、薄いグリーンの、見覚えのある無数の手紙に埋もれて。
私は慌てて救急車を呼び、担ぎ込まれた病院で意識を取り戻した姉から、あの手紙が何なのかを聞いた。ここ迄来ては誤魔化し切れないと、姉も思った様だ。
「あれはね……大学に入ってから文通を続けていた友達からなの。他の友達にも言えない事迄、お互い色んな事を相談したり、励まし合ったり……大事な人だったわ。けれど、今月の初め、事故に遭って……あの人は居なくなってしまった」
「それって……亡くなったって事?」私はごくりと息を呑む。死んだ人から手紙? そんな馬鹿な。
けれど、姉はこくりと頷いた。
「本当に大切な人だったのよ? お互いにそう思っていた筈……少なくとも私はそう思っていたわ。けれど、あの人が亡くなってから、あの手紙が届き始めたの。いつも、直接郵便受けや、私の目に付く所に置かれてあって、文面はいつも――『逃がさない』の一言。今日だってうちに届いたばかりか、部屋のクローゼットの中からも大量に……。あの人が寂しがって私を誘っているんじゃないかと、怖くなって実家に戻って来たけれど、此処に迄現れるなんて……」
私は逡巡した末に、御祓いを勧めた。
鰯の頭も信心から。例え形だけの気休めに過ぎなかったとしても、姉がその人への思いを振り切れさえすればいい。成仏したのだからもう寂しくないと、姉を誘ったりはしないのだと、確信さえしてくれれば。
その人を失って、姉がどれ程ショックだったのかは想像に難くない。
だから、その人が寂しがっている、自分を必要としている――そう思いたかったのだ。
何しろ、その友人から届くと言う手紙の字は、紛れもなく、姉自身の字――姉の周りのどこに湧いて出ても不思議ではない。恐らくは精神的な乖離を起こしているのだろうか、姉は自分で、その人の手紙を作り出していたのだ。
彼女はその人に呼ばれる事を望んでいた――それ程、その人が大事だったのだろうか。
例えそれが見当違いだったとしても。
本当に大事な人なら、死を望む訳ないじゃない――日暮れた河原で、私は薄いグリーンの手紙の束に、火を放った。
―了―
眠いっす(--;)
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Re:こんにちわ
そそ、質悪い~(苦笑)
無題
>開け閉てする
これ、なんて読むの?(笑)
『逃がさない』←昨日のお返し(笑)
なるほど、自分でか。
それにしても、そんだけの量を書こうと思ったら、結構時間掛かるだろうに、気付いたらクローゼットに一杯って、ちょっと可笑しくないかい?
これ、なんて読むの?(笑)
『逃がさない』←昨日のお返し(笑)
なるほど、自分でか。
それにしても、そんだけの量を書こうと思ったら、結構時間掛かるだろうに、気付いたらクローゼットに一杯って、ちょっと可笑しくないかい?
Re:無題
>>開け閉てする
>これ、なんて読むの?(笑)
「あけたて」だよ~ん☆文字通り、開け閉め。
用例:戸の開け閉てにも気を遣う。
手紙はその場で書いたとは限らないよ~ん。ファスナー開け閉めしてたバッグ一杯に詰まってたかも?(笑)
>これ、なんて読むの?(笑)
「あけたて」だよ~ん☆文字通り、開け閉め。
用例:戸の開け閉てにも気を遣う。
手紙はその場で書いたとは限らないよ~ん。ファスナー開け閉めしてたバッグ一杯に詰まってたかも?(笑)
Re:こんばんは
そうそう。本当にお互い大事な人なら、死に誘ったりしないものね。
本当に寂しいのはお姉さんの方。
本当に寂しいのはお姉さんの方。
Re:こんばんは
ちゃらんぽらんっすか(^^;)
真面目で頑張りやな人程、鬱病とか発症し易いって言うし……。程々に力抜くのが一番っすね。
真面目で頑張りやな人程、鬱病とか発症し易いって言うし……。程々に力抜くのが一番っすね。
こんにちは♪
昨夜は安定剤のせいで、ボ~~としてたので、
読み逃げしちゃいました<(_ _)>すいません!
こういうのも思い込みが発端なんだろうねぇ!
二重人格とまではいかなくても、自分の中に
別人格を作り上げて逃避するって事もあるよね!
読み逃げしちゃいました<(_ _)>すいません!
こういうのも思い込みが発端なんだろうねぇ!
二重人格とまではいかなくても、自分の中に
別人格を作り上げて逃避するって事もあるよね!
Re:こんにちは♪
読み逃げ上等(笑)
所謂多重人格も、自分の中に複数の人格を作ってしまう事から始まる訳で……。それも一種の精神的防御策なんでしょうけれどね~。
所謂多重人格も、自分の中に複数の人格を作ってしまう事から始まる訳で……。それも一種の精神的防御策なんでしょうけれどね~。