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〈2007年9月16日開設〉 これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。 尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。 絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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 昨日、長年の禁を破って迄、飲酒したかったのが嘘の様に、私は酒に興味を失っていた。
 尤もかつて友人に勧められて一度飲んだ切り、酒から離れた私にとっては既に今が常態で、昨日の酒への渇きが異常だったのだ。
 ワイン、ブランデー、日本酒、焼酎……何でも構わなかった。兎に角「酒が飲みたい!」と強く思ったのだ。どうにか、堪えたけれど。
 目の前にずらりと酒が並んでいた訳でもない。無論、匂いさえ嗅いでもいない。
 だのに、一体何が引き金となったものか、私は酒を欲したのだ。
 危うくもう少しで母にあの忌まわしい言葉を言う所だった。
 それを言いたくない――言う様な男になりたくなくて、付き合いの悪い奴と言われつつも酒を断ったのに。

「酒を買って来い!」それが父の口癖の様なものだった。所謂アル中で、仕事から帰れば酒、そして酒が切れると機嫌が悪くなる。かと言って飲んでいれば酒乱のどうしようもない男だった。母や私は昼夜を問わず、酒を買いに走らされ、彼の暴力に怯えていた。
 そんな彼は反面教師でもあったのだろう。
 早く父の元から母を伴って離れる事を目標に私は勉学に励み、就職した。
 母はそれでも父を一人にする事をかなり渋っていたが、私はそれを説き伏せて、安アパートではあったが心安らかに過ごせる新居へと、二人で移った。
 父を捨てて。
 そんな人間が居た事さえ忘れようとする様に、私は仕事に励み、母と共に幸福な暮らしを享受した。

 だのに、私の中には確かにあの男の遺伝子が潜んでいたらしい。
 若い頃、友人に誘われて飲んだ酒の席で、私は醜態を晒してしまったのだ。尤も、あろう事か正体を失くしてしまい、私自身は覚えさえなく、翌日の周囲の冷めた目と、友人からの忠告で知ったのだが。酒には気を付けた方がいいぞ、と。
 以来、私は酒を断った。
 少し位なら、とは友人達も言ってくれたのだが……私にとっては、あの男の様になる事は最も忌むべき事態だった。例え一夜の事であっても。

 そう、あれ以来、私は酒への興味を失くした。
 元々父への反感があり、父を狂わせる酒への反感もあった所為だろう、私には禁酒は容易かった。
 その私が何故今になって……。

 そう、首を捻っている私に、母が朝の挨拶もそこそこに――友人から聞いた話だけれど、と前置きしつつ――告げた。
 昨日、父が死んだ、と。昔、三人で住んでいたあの家で。
 偶々訪ねた友人氏が遺体を発見し、通報してくれたそうだ。死亡推定時刻は、昨日私が酒を欲したのと同じ頃合いだったと言う。
「そうか……。父さんが……」私は茫然と呟いた。
 言葉にし切れない、この心の中にあるのは何だろう? 完全に縁が切れたという安堵? 彼を捨てた事への後悔? 一人寂しく死んだであろう父への嘲り? それとも憐み?
 そして……恐怖?

 出席そのものは断った葬儀の日、私は納骨も済み、人影の去った墓所で、父の墓に酒を供えた。
「あの日……あの酒への欲求は父さんのものだったのか? 俺を依り代にして、未だ酒を飲む心算だったのか? 俺を……自分みたいな男にしたかったのか?」
 父の墓を前にしての蔑みの声音。私だとて、たった一人の父の墓前なのだ、もっと別の事を話したい。だが、碌な思い出がないのも事実だった。何より、あの日のあれは……。
「俺は父さんにはなれない。代わりに飲む事も出来ない」私はきっぱりと告げた。「さようならだ、父さん」
 そうして背を向けた私の耳に、ぽつり、と届いた言葉が一つ。

〈最期に一度だけ、お前と飲みたかったなぁ……〉

 一瞬だけ立ち止まり、しかし私は振り返る事なく墓所を後にした。
 それ以来、酒への欲求はまた完全に私の中から去った。
 しかし……最後の最後迄、彼に応える事の出来なかった私は親不孝者だろうか?
 

                      ―了―
 


 暗い?(--;)

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無題
お父さんの最後の(いつが最後?)一言はぐっときますね。頑張って禁酒を続けてほしいものです。

こんなこといったら偏見みたいだけど、
おやじみたいにはなりたくないって
いってた人に限って、どこかで足を踏み外すと
おやじの二の舞になっちゃうことが多いんですよね。
私も母みたいになりたくないって思ってたのに
どんどん似てくるしーw
moon URL 2009/12/13(Sun)00:59:03 編集
Re:無題
その傾向はあるかも!(>_<)
寧ろ自分にも親に似た所があるから、余計に無意識の内に二の舞になりたくないと思うのかも?
巽(たつみ)【2009/12/13 21:39】
こんにちは♪
最後に一緒に酒を酌み交わす!
う~ん、それ言われると弱いねぇ~、
で一緒に酒を酌み交わしたら豹変してしまって、
あぁ~飲ませなけりゃ良かったって事になりそう
だしねぇ~!

私は酒乱ではないけど記憶が途切れた経験がある
もので怖いです。
クーピー URL 2009/12/13(Sun)15:07:32 編集
Re:こんにちは♪
記憶途切れる迄飲んじゃ駄目ですよ~(^^;)
酒は百薬の長とも言いますけど、やっぱり何事も程々☆
巽(たつみ)【2009/12/13 21:41】
こんちは
>私醜態
↑これ、どう読むの?

またしても、これは私のことか?(笑)
実は、私の父も、酒に溺れた人で・・・。

荒れてはいなかったけどね。
一緒に旅行したこともなければ、外食したことも無い。
キャッチボールもしたことが無い。
二十歳の時に死んだので、一緒に飲んだこともありません。

でも、特に禁酒はしてないけどね~。
割りと酒には強いし。

ただ一度だけ、正体を失って、家まで担ぎ込まれたことがある。
以来、過度の飲酒は断っておりまする~。
afool 2009/12/13(Sun)15:51:44 編集
Re:こんちは
うおう!∑( ̄□ ̄;)
助詞が抜けてる(汗)

>またしても……。
あれ~?(^^;)

過度の飲酒は酒乱の気がなくてもお控え遊ばせ~☆
巽(たつみ)【2009/12/13 21:44】
こんばんは!
父親って言うのは息子と飲みたいものらしいですよ。
私にはよくわかりませんが…
しらふで言えない何かがあるのかもしれませんね(^^ゞ
つきみぃ URL 2009/12/13(Sun)23:14:28 編集
Re:こんばんは!
そうかも知れませんね(^^;)
うちは女ばかり、然も父は殆ど飲まない人だったので私にもよく解りませんが(笑)
巽(たつみ)【2009/12/14 21:35】
こんばんは
アル中って、寂しがりの人が多いみたいだからね~~って言い訳にはならないか。

でも息子も醜態さらすようなら、飲まなくて正解かも。
私は酔わないが、随分飲んでない~(*~ρ~)/C□
冬猫 2009/12/14(Mon)01:21:06 編集
Re:こんばんは
アルコールに弱い、もしくは飲み出したら正体失くす程飲んでしまうって自覚してるなら、控えないとね~。況して醜態晒すとなると。
大事な席でやらかしたら、翌日以降の周囲の目が痛かろうし(笑)
巽(たつみ)【2009/12/14 21:38】
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