〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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人質は重たかった――いや、体重の事じゃない。幾ら俺が最近碌な食事を摂っていないと言っても、四歳の女の子を抱えて行けない程、体力が落ちている訳じゃあない。寧ろこの子の方が物を食べてないんじゃないかと思う程、彼女は軽かった。
この不況で職を失い、再就職も儘ならず食いあぐねた挙げ句とは言え、金の為に幼い子供を攫ってしまったのだ。この子は俺の命綱でもあり、そして――もし、この子の親が金を出さなかったら……その時、俺はこの子を殺すのだろうか?
この不況で職を失い、再就職も儘ならず食いあぐねた挙げ句とは言え、金の為に幼い子供を攫ってしまったのだ。この子は俺の命綱でもあり、そして――もし、この子の親が金を出さなかったら……その時、俺はこの子を殺すのだろうか?
既にこの子が出て来た家には脅迫状を出してある。使い古された手だが、拾った古新聞から借用した切り抜き文字で、娘は預かった。無事帰して欲しければ五千万円を用意しろ云々。
相手は大手会社社長でかなりの資産家だ。五千万円位、一人娘の為ならはした金だろう。そうは思うのだが、支払いを拒否されはしないか、警察に通報されはしないか、俺は命綱をこの手に掴みながらも戦々恐々とした心持ちだった。
もしもの場合、この子を盾に逃げるか――何処迄? いつ迄?
俺には匿ってくれる様な後ろ盾も何も無い。そもそも金も無い。
第一、この小さな子供を盾に?――俺は隠れ家として選んだ廃工場の一室で、壁に凭れて座り込んでいる女の子に視線を流した。部屋の扉は蝶番が錆びているのか重く、子供の力では容易には開けられない。逃げようとした所で開け切る前に捕まえる事が出来る。だから俺は子供を拘束してはいなかった。
女の子は泣くでもなく、じっと俺を見詰めていた。怯えている様子も無いのは状況がよく解っていないのだろうか。そんな幼い子供の命に縋って、俺は逃げようと言うのだろうか。現状から。
そんな事をして一度は逃げおおせたとしても、その先がこの俺にあるのだろうか? 警察に通報したらこの子を殺す? そんな事が俺に出来るのか? 出来たとしてもそれは命綱を失い、代わりに誘拐殺人という逃れ得ない罪を背負う事だ。
警察から逃れられたとしても、俺自身からは逃れられない。俺は罪という重石を背負った儘、生き続けるのか?
いや、否定的に考えるのは止そう。この子の家が金を出し、俺がこの子を帰す。それで終わりだ。
顔の特徴を覚えられないよう、外では最低限の変装としてサングラスとマスクを着用し、此処に来てからは黒い覆面迄被っているのだ。俺の顔を覚えさえしなければ、この子を殺す理由は無くなる、と。
だが、それでももし、自分では気付かずに隠し忘れた特徴をこの子が覚えていて、俺個人が特定されたら? 癖や特徴は意外と自分自身が解らないものだ。
俺は真っ直ぐ、じっと見詰めてくる子供の視線に、いつしか恐怖を感じていた。
止めろ、見るな。俺を覚えるな――俺にお前を殺させるな!
どうして捕まえて車に乗せて直ぐ、目隠しをしなかったのだろう。極力、怖い思いをさせたくない、そんな気持ちはあった。こちらが顔を隠していれば、こんな幼い子供には何も出来はしない、と。だが、その甘い考えは結果的に今、俺を苛み、この子にとっても危険な事態を招きそうになっている。今更目を塞いだ所で、もう遅いだろう。それでも俺はその視線から逃れる様に、部屋に残された廃材の陰へと移動した。視線が付いてくるのを感じながら。
「止めろ……」いつしか声が出ていた。我ながら馬鹿な話だ。余計に俺を特定する情報を与えている様なものじゃないか。だが、口は動き続けた。「俺を、見るな!」
「そんなに嫌ならやめたらいいのに」舌っ足らずながらも愛らしい声が、俺の言葉を止めた。
「……もう遅い。俺はお前を誘拐してしまったんだ。罪人なんだよ――解らないだろうけど」
だが、女の子は丸で今迄の俺の懊悩を全て知っていたかの様に、こう言った。
「遅くないよ。おじさんは未だあたしの妹には手を出してないもん」
やっぱり解ってないんだな、と俺は頭を振った。お前に手を出した時点で既にアウトなんだ、と。第一、あの家には……。
だが女の子は、更に続けた。
「あのね、あの家でちゃんと生まれたのは双子の妹だけなの。私はお母さんのお腹の中で……」
何を馬鹿な事を言っているんだ? この子は。自分が幽霊だとでも?
だが苦笑を浮かべる俺を余所に女の子は立ち上がり、服の埃を払う仕草。埃など全く付いてはいないのに。
埃が付いていない?――俺は自分の服を見下ろした。先程迄少し座っていただけで、埃まみれだった。当然だ。掃除もしていないこんな廃工場、汚れが付かない訳がない。実体のある人間なら。
「……」俺が改めて震える視線で見下ろすと、女の子は不意に笑みを見せて言った。
「そういう事。だからおじさん、未だ大丈夫よ」
その足元が、色が解ける様に闇に紛れていく。色の分解は膝、腰、腹と進み、遂には笑顔だけを残し……。
「でもね、妹に手を出したら……」言葉はそこで途切れたが、消える寸前に豹変した眼が、言っていた。
ユルサナイカラ――と。
俺はその場に腰を抜かし、暫し女の子の消えた跡、何も残らぬ床を見詰め続けた。
結局脅迫状が届いた時には件の妹は家に居たらしく、質の悪い悪戯として処理された様だった。一応、彼女と取り違えて誘拐された女の子は居ないか、調査はされたそうだが、勿論、そんな子は居なかった。悪戯となれば執拗に捜査する程警察も暇じゃない。
俺は――それでも、彼女に感謝しながら警察署に赴いた。
勿論幽霊を誘拐したなんて言った所で信じちゃくれない。それでも、悪戯程度のお叱りだとしても、俺はけじめを付けたかった。その上で、今の状況から出立したかった。
あの子に受けた恩の重みを抱えながら。
―了―
夜霧が「重い人質」なんぞと抜かしやがりました(--;)
本当にどの記事から言葉を拾ってるんだか。私にも検討が付きません(苦笑)
相手は大手会社社長でかなりの資産家だ。五千万円位、一人娘の為ならはした金だろう。そうは思うのだが、支払いを拒否されはしないか、警察に通報されはしないか、俺は命綱をこの手に掴みながらも戦々恐々とした心持ちだった。
もしもの場合、この子を盾に逃げるか――何処迄? いつ迄?
俺には匿ってくれる様な後ろ盾も何も無い。そもそも金も無い。
第一、この小さな子供を盾に?――俺は隠れ家として選んだ廃工場の一室で、壁に凭れて座り込んでいる女の子に視線を流した。部屋の扉は蝶番が錆びているのか重く、子供の力では容易には開けられない。逃げようとした所で開け切る前に捕まえる事が出来る。だから俺は子供を拘束してはいなかった。
女の子は泣くでもなく、じっと俺を見詰めていた。怯えている様子も無いのは状況がよく解っていないのだろうか。そんな幼い子供の命に縋って、俺は逃げようと言うのだろうか。現状から。
そんな事をして一度は逃げおおせたとしても、その先がこの俺にあるのだろうか? 警察に通報したらこの子を殺す? そんな事が俺に出来るのか? 出来たとしてもそれは命綱を失い、代わりに誘拐殺人という逃れ得ない罪を背負う事だ。
警察から逃れられたとしても、俺自身からは逃れられない。俺は罪という重石を背負った儘、生き続けるのか?
いや、否定的に考えるのは止そう。この子の家が金を出し、俺がこの子を帰す。それで終わりだ。
顔の特徴を覚えられないよう、外では最低限の変装としてサングラスとマスクを着用し、此処に来てからは黒い覆面迄被っているのだ。俺の顔を覚えさえしなければ、この子を殺す理由は無くなる、と。
だが、それでももし、自分では気付かずに隠し忘れた特徴をこの子が覚えていて、俺個人が特定されたら? 癖や特徴は意外と自分自身が解らないものだ。
俺は真っ直ぐ、じっと見詰めてくる子供の視線に、いつしか恐怖を感じていた。
止めろ、見るな。俺を覚えるな――俺にお前を殺させるな!
どうして捕まえて車に乗せて直ぐ、目隠しをしなかったのだろう。極力、怖い思いをさせたくない、そんな気持ちはあった。こちらが顔を隠していれば、こんな幼い子供には何も出来はしない、と。だが、その甘い考えは結果的に今、俺を苛み、この子にとっても危険な事態を招きそうになっている。今更目を塞いだ所で、もう遅いだろう。それでも俺はその視線から逃れる様に、部屋に残された廃材の陰へと移動した。視線が付いてくるのを感じながら。
「止めろ……」いつしか声が出ていた。我ながら馬鹿な話だ。余計に俺を特定する情報を与えている様なものじゃないか。だが、口は動き続けた。「俺を、見るな!」
「そんなに嫌ならやめたらいいのに」舌っ足らずながらも愛らしい声が、俺の言葉を止めた。
「……もう遅い。俺はお前を誘拐してしまったんだ。罪人なんだよ――解らないだろうけど」
だが、女の子は丸で今迄の俺の懊悩を全て知っていたかの様に、こう言った。
「遅くないよ。おじさんは未だあたしの妹には手を出してないもん」
やっぱり解ってないんだな、と俺は頭を振った。お前に手を出した時点で既にアウトなんだ、と。第一、あの家には……。
だが女の子は、更に続けた。
「あのね、あの家でちゃんと生まれたのは双子の妹だけなの。私はお母さんのお腹の中で……」
何を馬鹿な事を言っているんだ? この子は。自分が幽霊だとでも?
だが苦笑を浮かべる俺を余所に女の子は立ち上がり、服の埃を払う仕草。埃など全く付いてはいないのに。
埃が付いていない?――俺は自分の服を見下ろした。先程迄少し座っていただけで、埃まみれだった。当然だ。掃除もしていないこんな廃工場、汚れが付かない訳がない。実体のある人間なら。
「……」俺が改めて震える視線で見下ろすと、女の子は不意に笑みを見せて言った。
「そういう事。だからおじさん、未だ大丈夫よ」
その足元が、色が解ける様に闇に紛れていく。色の分解は膝、腰、腹と進み、遂には笑顔だけを残し……。
「でもね、妹に手を出したら……」言葉はそこで途切れたが、消える寸前に豹変した眼が、言っていた。
ユルサナイカラ――と。
俺はその場に腰を抜かし、暫し女の子の消えた跡、何も残らぬ床を見詰め続けた。
結局脅迫状が届いた時には件の妹は家に居たらしく、質の悪い悪戯として処理された様だった。一応、彼女と取り違えて誘拐された女の子は居ないか、調査はされたそうだが、勿論、そんな子は居なかった。悪戯となれば執拗に捜査する程警察も暇じゃない。
俺は――それでも、彼女に感謝しながら警察署に赴いた。
勿論幽霊を誘拐したなんて言った所で信じちゃくれない。それでも、悪戯程度のお叱りだとしても、俺はけじめを付けたかった。その上で、今の状況から出立したかった。
あの子に受けた恩の重みを抱えながら。
―了―
夜霧が「重い人質」なんぞと抜かしやがりました(--;)
本当にどの記事から言葉を拾ってるんだか。私にも検討が付きません(苦笑)
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Re:ふーむ
謎(^^;)
果たして成長するのか、それとも……って、今回の話じゃ、成長してないと困る訳ですが(笑)
あれ……? 成長してない幽霊が図書館に……(汗)
果たして成長するのか、それとも……って、今回の話じゃ、成長してないと困る訳ですが(笑)
あれ……? 成長してない幽霊が図書館に……(汗)
Re:こんばんは
幽霊をどうやったら誘拐出来るのかは謎(←おい)
まぁ、あの子にその心算があったからですが。
まぁ、あの子にその心算があったからですが。
Re:こんばんは♪
幽霊だったんですよ!(笑)
うん、結果的に犯人にとっても好結果かと(^^;)
人間、真っ当が一番です☆
うん、結果的に犯人にとっても好結果かと(^^;)
人間、真っ当が一番です☆
Re:こんばんはその2
まぁ、危険な時だけ出てくる……のかな?(^^;)
犯人も葛藤しまくりですね(笑)
や、葛藤を抱かない犯人だったら展開がブラックに……(--;)
犯人も葛藤しまくりですね(笑)
や、葛藤を抱かない犯人だったら展開がブラックに……(--;)
Re:無題
誘拐の上に殺人迄犯したらどうなる事やら★
幽霊の誘拐罪は……う~ん、裁き様がにゃい(^^;)
幽霊の誘拐罪は……う~ん、裁き様がにゃい(^^;)
Re:彼は・・・
幽霊を誘拐しました! なんて言ってもねぇ(笑)
誘拐未遂……にはなるのかな。よくて悪い悪戯で誤魔化す(←おい)
運ぶ時……軽かったらしいっす(笑)
誘拐未遂……にはなるのかな。よくて悪い悪戯で誤魔化す(←おい)
運ぶ時……軽かったらしいっす(笑)
Re:こんにちは
「はぁ!? 幽霊を誘拐した!? 本官をからかっているのか!」(笑)
まぁ、どっちにしてもお叱りは受けますな(^^;)
まぁ、どっちにしてもお叱りは受けますな(^^;)
こんばんは
身体の重みと罪の重み。
どちらも軽い方が良いよね~~
たかだか三万円とかの為に、人を殺す馬鹿がいる昨今。正義感有る幽霊さん達には是非とも活躍の場を増やして頂ければ幸いなんですがね…。
あ。幽霊への報酬は何にしたら良いんだろうね…?
どちらも軽い方が良いよね~~
たかだか三万円とかの為に、人を殺す馬鹿がいる昨今。正義感有る幽霊さん達には是非とも活躍の場を増やして頂ければ幸いなんですがね…。
あ。幽霊への報酬は何にしたら良いんだろうね…?
Re:こんばんは
うん。軽い方がいいね~(しみじみ)
全くねー。三万円の為に自分の人生も棒に振る事になるって言うのに(--;)
人の命を何やと思うてんねん(怒)
幽霊への報酬ですか。ん~、お線香でも上げときます?(^^;)
全くねー。三万円の為に自分の人生も棒に振る事になるって言うのに(--;)
人の命を何やと思うてんねん(怒)
幽霊への報酬ですか。ん~、お線香でも上げときます?(^^;)
Re:お久です。
一応ハッピーエンド、かな?(^^;)
うん、犯人にとっても重罪を犯さずに済んだという事で、僥倖ですな。
でも、妹に手を出したら……(((゜Д゜∥)))
夜霧、相変わらず怖い事を口走っております(--;)
うん、犯人にとっても重罪を犯さずに済んだという事で、僥倖ですな。
でも、妹に手を出したら……(((゜Д゜∥)))
夜霧、相変わらず怖い事を口走っております(--;)
Re:無題
ありすを誘拐したら……廃工場に閉じ込められちゃうかも(^^;)
もしくは危ない鍵を渡される?
取り敢えず予防線を張るお姉ちゃん(幽霊)でした☆
もしくは危ない鍵を渡される?

取り敢えず予防線を張るお姉ちゃん(幽霊)でした☆