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〈2007年9月16日開設〉 これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。 尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。 絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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 カーテンの隙間が気になって仕方がない――私はベッドを降りてカーテンをちゃんと引き直すべきか、この儘薄い夏蒲団を頭から被って朝を待つべきか、もう長い事思案している気がした。尤も、実際には大した時間ではないのは、未だに午前二時過ぎを差している時計の針を見れば解る。ベッドに入ってから未だ五分と経っていない。

 寝る前、それもこんな深夜に怖い話なんて聞くんじゃなかったと、後悔しても当然、それは手遅れだった。
 カーテンの隙間、部屋の隅、ベッドの下……そこ此処に横たわる闇が何かを内包している様で、いつもの自分の部屋だと言うのに落ち着かない。眠くなるどころか、目は冴えるばかりだった。
 これも多恵子の所為だわ――結局ベッドを降りる勇気も出ない儘、私は布団の中で寝返りを打った。ベッドの下は引き出し式の収納になっていたけれど、その下には私の手も入らない程の隙間がある。足を下ろした途端にそこからある筈もない手が……そんな想像が勝手に湧き出でる。
 多恵子とはついさっき迄、携帯電話で話をしていた。どうやら彼女は他の友人達数人と肝試しと称して、山の手に残された廃病院に立ち入ったらしい。そして迷惑な事にそれを私に実況してくれたのだった。
 いや、私の方も楽しんでいなかったとは言えない。そうでなければ早々に電話など切っていただろう。
 多恵子はラジオのレポーターさながらに、病院内の探検の様子を微に入り細を穿って、中継してくれた。私は部屋に居ながらにして、三階建ての病院のロビーの荒れ果てた様子、朽ち掛けた階段の危険な様、残された手術台の一種儀式場めいた、しかし不気味な様子を、逐一聞いていたのだった。
 そして時折、他の友人の上げる短い悲鳴が、その雰囲気を盛り立ててくれる。その原因は見間違いだったり、古びた施設へのごく自然な驚きだったり、他愛のないものだった様だ。
 破れた硝子窓から吹き込む風がカーテンを揺らし、床板がぎしり、と音を立てる。圧倒的な闇を掃うには力量不足の懐中電灯は、却って催眠的な効果を、彼等に齎した様だった。徐々に緊迫感が増して行くのが、電話を通しても伝わって来て、私は携帯を持つ手を変えては幾度もその手に滲んだ汗を拭った。
 結局、午前二時を前にして、携帯のバッテリーが切れそうだと多恵子が言い出し、私への中継は尻切れとんぼに終わったのだけれど……多恵子達はもう帰途に着いたのだろうか?
 私は分け与えられた興奮と不安を抱いた儘、ベッドに潜り込んだ。

 そして今、私はなかなか進まぬ時計の針を睨みながら、朝が来るのを待っていた。
 何かが、携帯の電波を介してこの部屋に訪れたのではないか――そんな妄想が頭から離れない。ああ、この部屋はこんなに暗かっただろうか?
 寝付かれぬ儘、しかし布団から這い出る事も出来ぬ儘、私は闇に目を瞑って、夜を過ごした。

 翌朝、いつの間にか眠りについていた私は携帯電話の呼び出し音で起こされた。
「おはよう、奈々子。昨夜はよく眠れた?」多恵子だった。
「何が、よく眠れた? よ」彼女の明るい声にほっとしながらも、私は文句を言った。「多恵子達のお陰で睡眠不足だよ。あれから部屋の隅の暗い所とか、気になって気になって……!」
「よし、成功!」何故か彼女は嬉しそうだった。
「は?」私は訝しく思って訊き返す。
「昨夜のね、私達が作ったラジオドラマだったの。どう? なかなか真に迫ってたでしょ。本当に行くんだったら、奈々子も誘うって」
 あっけらかんと笑う多恵子の鼓膜も破れよとばかりに、私が怒鳴ったのは、言う迄もない。

                      ―了―

 や、私は怪談聞いた後も平気で寝付きましたが(笑)

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 満員電車を乗り継いで、一年振りに帰り着いた実家は、どこか様変わりしている様に感じられた。
 何だろう? と首を傾げる。
 道路との境を示すブロック塀も、コンクリート製の門柱も、その奥に建つ築四十年にもなる木造の二階家も、この一年で汚れや傷みはあるだろうが、然程変わった点は見受けられない。
 では一体……?
 私は鉄製の門扉を開いて、庭に踏み込んだ。そして、あっと声を上げた。
 我が家の庭は大した広さはないが、今でも母が手入れを続けている、小さな植物園だった。春には春の花、夏には夏野菜、秋には秋の彩り、冬には薄い雪化粧の中草花が芽吹くのを待っている。そんな四季を通じて、門扉近くに緑を添えていた柊が無くなっていた。私が物心ついた頃からそこにあって、すっかり我が家の景色の一部だったのに。今はぽっかりと、土が覗いている。
 枯れたのだろうか。去年の帰省の時には全くそんな兆候は無かったけれど、
 時が経てば色々と変わる事もある――解ってはいながらも何かしら寂しい思いを抱え、私は我が家のドアを開けた。

「庭の柊? ああ、それがね、おかしいのよ。今年の冬頃から急に枯れ始めて……。肥料を上げたり色々してみたんだけどねぇ。寿命だったのかしらねぇ」私の問いに、母は首を捻ってそう答えた。母の事だ。本当に色々と手を尽くしてはみたのだろう。それでもどうにもならない様な病気だったのか、寿命だったのか。
「もう植えないの?」
「それがね、これもおかしいんだけど、あの柊のあった場所、何を植えても根が着かなくて……。雑草さえ生えてなかったでしょ。別に除草もしてないのに。変よねぇ」
 私は土の覗いた地面を思い出した。確かに、小さな雑草の芽さえ、そこにはなかった。
「何かしらね?」首を傾げる私に母は更に言い募る。
「それからね、柊が枯れてしまった頃からかしらねぇ、何だかこの家、寒くなった様な気がしてねぇ。夏だって言うのに長袖の服が仕舞えないのよ」そう言う母は、確かにこの夏の盛りだと言うのに、薄いながらも長袖を着ていた。
 そう言えば私も、帰宅早々母が出してくれた冷たい麦茶を未だ半分程飲み残している。途中で干からびるんじゃないかと思う程かいていた汗も、早々に引いていた。
「柊が枯れた頃……今年の冬頃って、何か変わった事はなかった?」私は尋ねた。
「今言った以外には特に……。ああ、そう言えばお隣のお爺ちゃんが亡くなったわね。うちとは土地の境界線の事で散々な付き合いだったけど、ご近所さんが亡くなるとやっぱり寂しいものだわねぇ」
 そうかしら?――私は内心で肩を竦めていた。あんな強欲爺、居なくなったって……。
 土地の境界に関しては疾うに解決済みだった。だのにいつ迄もぐちぐち言っていたのはその爺さんだけ。顔を合わせる度に子供だった私に迄嫌味を言っていた爺さんの顔を思い出すと、寂しいとはとても思えなかった。

 その夜、一年振りの両親と一緒の夕食を終え、二階の自室に引き取った私は何気無く、窓から庭を見下ろした。私の部屋の窓は隣家の方角へと開いている。
 初盆だからだろう、隣家の一階の部屋にはぼんやりとした明かりが絶えず灯されていた。回り灯籠だろうか。淡い赤や青の色が障子に映ってはその姿を変えてを繰り返している。
 ふと、その明かりに照らされて人影が立った。
 その骨張ったシルエットに、私は慄然とした。去年の夏、家を発つ間際に見て、係わり合いにならない内にとそそくさと立ち去った記憶が蘇る。
「死んだんじゃあ……?」私は目を逸らせず、死んだ筈の隣の爺さんと思しきシルエットを見詰め続ける。
 それは徐々に障子に近付き、それを開ける事もなく擦り抜け出たのは――蒼白い人魂だった。
 人魂は丸で私が見ている事を知っていてそれを嘲笑っているかの様に、ゆらゆらと揺れながらも一直線に、こちらを目差して飛んで来た。
 よくよく見れば――見たくはなかったがやはり目を逸らせなかったのだ――人魂の表面には件の老人の顔が浮かび、しかもそれは嫌味ったらしい笑みを浮かべていて……私は切れた。
「いい加減にしなさいよ! 死んで迄土地が欲しいの? うちの土地に入って来るんじゃない!」
 怒鳴った途端、見えない境界に弾き飛ばされる様に、それは跳ね返り、そして霧散した。
 後には隣家の回り灯籠が静かに色を投じ続けるだけ。
「どこ迄……強欲なのよ……!」どくどくと脈打つ鼓動を鎮めながら、私はそう吐き出した。

 後に調べた所によると、柊などの常緑樹は一種の魔除けでもあったらしい。冬でも瑞々しい緑を保ち続けるその生命力が、魔を退けると考えられたのだろうか。
 門という土地の入り口に柊が植わっていた我が家は知らず知らずの内にそのお陰に預かっていたらしい。只、私達家族には意識もされていなかった為に、孤軍奮闘という状態になっていた様だ。
 その柊を枯らしてしまう程に、隣の爺さんの残した念は強かったのか……。
 門はお祓いをした後に、再び柊を植える事となった。
 今度は私達も守るから大丈夫――未だ若い柊は濃い緑の葉で、夏の日差しを力強く反射した。

                      ―了―

 暑い~。

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 昨日内海と一緒に、警報を発すればよかったのだろうか?
 そうすれば皆が信じてくれて、結果、今の様な事態にはならなかったのだろうか。同級生でも内海は僕と違って真面目な正直者で通っている。彼の言葉なら先生達も信じたかも知れない。
 でも……僕は僕の言葉を、信じて欲しかったんだ……。

 大型の低気圧が運んで来た雲はうんざりする程の雨を降らせて行った。
 郊外に建てられたこの施設も、数日間に亘って雨に閉ざされ、僕達は退屈し切っていた。
 此処は小規模だけど、所謂孤児や、訳ありの子供達を保護している施設だった。中学二年生の僕や内海は今では古株だろうか。今迄にそれぞれの居場所を見付けて巣立って行った上級生達が僕達にそうしてくれてきた様に、僕達は先生を手伝って幼い子供達の面倒を見る。
 でも、僕は内海程には真面目な子供ではなかった。
 やっと雲が切れた昨日、ちび達の世話を内海に任せ、僕は久し振りの探検を楽しんだ。
 探検――そう言いたくなる程に、施設の裏手に迫った山は起伏に富んで、食べられる実を付ける植物も繁茂していて、僕達には格好の遊び場だった。
 長雨に打たれた葉は未だ重たそうに頭を垂れ、雫を落としていたけれど、僕は態とそれを揺らして降り掛かる雫を天然のシャワーの様に楽しんだ。見上げると抜ける様な青空に雫がキラキラと光り、綺麗だった。
 服が濡れてしまった事もあり、汚れても構うものかと僕は泥だらけの斜面に迄脚を伸ばした。此処は施設の真裏に位置するものの、雑木林を挟んでいる為に殆ど見えない。そこに立つ小さな崖には綺麗な縞模様の地層が浮き出ていて、時には貝の化石が見付かる事もある。それはちび達へのちょっとしたお土産にもなった。

 その斜面と崖に違和感を感じて、僕は脚を止めた。
 長雨の所為で地面は水を含み、崖も所々洗われてしまっている。それはいつもの雨上がりの光景だったけれど……あんなに濁った水が崖の面から染み出していただろうか?
 僕は眉を顰めて崖を見上げた。慣れた遊び場の筈なのに、覆い被さってくる様な威圧感と危機感を感じる。僕の脳裏を、この時期に耳にする事の多いニュースが去来した。
 もし、この崖が崩れたら? 大量の水を含み、それを支え切れずに……。此処は施設の真裏だ。此処が崩れれば……。
 僕は一目散に、施設に取って返した。

 内海に相談する事を、僕は考えた。彼ならこの漠然とした不安感を巧く言葉にし、先生達に伝えてくれるかも知れない。何より、僕の言葉では先生達が信じてくれるかどうか……。
 いや、今だけでも信じて欲しい。信じてくれるだろう――僕は思い切って、一人で先生の元へと走った。
「どうしたの? その格好は」僕を一目見るなり、先生はそう言って眉を顰めた。
 けど、僕には泥だらけの靴や濡れた服なんかより、最優先すべき事があった。
「先生! 裏山から水が出てるんだ。もしかしたら崩れるかも知れない!」
「裏山? またあんな所迄行っていたのね。弟や妹達の世話は内海君に押し付けて」
 違う、今はそんな事を話したいんじゃない。お説教なんか後で聞くから――僕はもどかしさに身動ぎして、更に声を上げた。
「先生! 裏山が……! この間からの雨の所為だよ、きっと! 早く逃げないと……!」
「そんな事が貴方に解るの?」失笑を含んだその声に、僕は口を噤んだ。「あの雨の後だもの、地下に滲み込んだ水が染み出してる事もあるでしょうよ。だからって直ぐにそれだけで崩れるなんて……。いつも言ってるでしょう、人騒がせな言葉や、嘘はお止めなさいって」
 
 僕は内海程には真面目な子供じゃなかった。
 先生達や皆の気を引きたくて、ちょっとした事で大騒ぎしたり、嘘を言った事もあった。先生が読書の時間に「おおかみ少年」の話を読むと、皆がこっそり僕を見て笑っていた――そんな子供だった。
 けど、それでも信じて欲しかったんだ。真剣な言葉なら、信じてくれるって思いたかった。
 でも……。

 僕はテレビの前で、昨日迄暮らしていた施設の空撮映像を見ていた。それは土砂に覆われ、屋根と、二階の壁が辛うじて確認出来る程度だった。皆で遊んだ運動場や、実に野菜を育てていた小さなビニールハウス、そんなものは影も見えない。
「見ているのは辛くないかい?」夜中に施設を出て歩いてる子供を保護してくれたお巡りさんが、そっと気遣ってくれた。施設裏の崖は真夜中過ぎに、崩れたらしい。崩落を確認したのはこのお巡りさんだった。「保護した事を施設に連絡しようとしたら通じなくて、どうした事かと見に行ったら……。いや、不幸中の幸いだったと言うべきだろうな――君達、子供だけでも全員が助かったのは」
 僕は夜中に無理矢理起こして連れ出した所為だろう、テレビのニュースどころじゃなく眠りに落ちているちび達の寝顔を眺めて、ふっと微笑んだ。
 僕に焚き付けられて訳が解らない内に子供だけの避難を手伝わされた内海は、どこか非難する様な目で僕を見ていたけれど。

                      ―了―

 や、日頃の信用は大事ですな☆

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 俺、祭りの屋台で売ってるお面って奴、苦手なんだよね。
 何でかって言われると、何となく、なんだけど……強いて挙げるなら、やっぱり顔が見えないからかな。
 暗い境内に夜店が一杯立ってて、遠くから見てる分には、ああ、明るいな、楽しそうだなって思えるんだけどさ、中に入っちまうと、何でかこう……闇が際立つんだよね。
 いつもと違う境内、裸電球の明かりの届かない薮、ビニールテントの陰、明かりに釣られて来た蛾の落とす影、石畳の継ぎ目……色んな所に蟠ってる。
 そんな中で顔の見えない人間に囲まれるなんて、ぞっとしないか?
 え? そんなに皆が皆お面を被っちゃいないだろう?
 まあ、な。
 けど、俺は一度だけ、そんな光景に出会った事がある。一度だけ、だ。何しろそれ以来、夜店になんか行ってないからな。

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 砂漠の「漠」という字は水を表すさんずいに、ないを意味する莫で水が無い事を意味するんだったっけ――そんな現時点ではどうでもいい事を、僕の頭は勝手に思い出していた。意識の方は最早朦朧として、何かを考える気力もないと言うのに。
 いや、その意識にも只一つだけ、今の僕の行動力の源とでも言うべきものがあった。
「水……」渇き切った喉から出たのは自分のものとは思えない程に嗄れた声。いや、寧ろ声になったのが不思議な位かも知れない。
 それ程に、僕は渇き切っていた。
 砂がどこ迄も広がる砂漠ならぬ、とある山中の廃屋の地下に伸びる道を彷徨い歩きながら。
 
 事の起こりは夏の夜の暑さに辟易し、友人に誘われて廃屋探検などと子供じみた事を目論んだ所為だった。
 兼ねてから噂には聞いていた山中に打ち捨てられた廃屋。勿論、幽霊が出るなんて話は信じちゃいない。本当に信じてたら行けるもんか。只、空気の澄んだ山中なら排気ガスに覆われた街中よりは涼しいだろうという事と、やはりちょっとした刺激を求めて、僕らはそれを決行してしまったのだ。
 元は別荘か何かだったと思われる二階建ての洋館。今では僕等の様な不心得者の仕業だろうか、残された家具も壊され、壁にも落書きが一杯。こんな所に来る馬鹿は自分達だけじゃないんだと、友人と顔を見合わせて苦笑した。
 こんな時、何故人は同じ様に名前を刻みたくなるのだろう? 誰も見やしないだろうに、自分も怯える事なく来たぞと主張したいのか、釣られるのか。
 傍らのテーブルに、誰かが忘れて行ったものか未だ充分に使えるマジックがあったのも、僕を愚考に走らせた要因かも知れない。
 ともあれ僕は友人が見付けた比較的名前を記す余地がありそうな壁の前に立ち、彼の持つ懐中電灯の小さな明かりの中、マジックのキャップを取り――直後に起こったのは足元の床が瓦解する音と、突然の浮遊感、それに続く抗えない落下感。
 そして激しい痛みと共に、僕は意識を失った。 

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 今日敦美は、一泊しなかった。
 例年なら夏休み中に幾度か、我が家に来ては泊まって帰っていたのに。ほんの数時間顔を見せただけの日帰りは初めてで、私と妻は物足りない様な、寂しい様な思いで夕空に彩られたその背を見送った。
 子供はいつか離れて行く。
 孫だって幼い頃はお祖父ちゃん、お祖母ちゃんと懐いてくれても、自分自身の人間関係が広がるにつれて、いずれはこの田舎屋にも来なくなる――それは解っていた筈だったのに。
 高校に上がって、未だ来てくれるのならいい方だよと、友人達は彼等の孫を引き合いに出す。来たとしてもお祝いだとか、お年玉を貰える時だけ、ちらっと顔を見せるんだ、まぁ、独り暮らしの老人の家なんて面白い物も無いからなぁ、と。
 私もそう考えて自分を慰める。あの子にだって友達も居れば、何かと用事もあるだろう。高校二年生ともなれば尚更、夏休みと言えども遊んでいられないのかも知れない。その中で時間を作って来てくれたのだと思えば、短時間の滞在でも、あの子の優しさに触れる気がした。
 
 その敦美から、帰宅後に電話が一本入った。
〈お祖父ちゃん、今日はごめんね。何だか急いで帰っちゃって〉
「いやいや、あっちゃんももう高二だし、何かと忙しいんだろう?」
〈まぁ……ね。あ、お祖母ちゃんにね、貰って帰った稲荷寿司、いつも通り美味しかったって伝えて〉
 孫が来ると、妻はいつも稲荷寿司を作る。いつもはそれが夕食なのだが、これからおかずの支度を、と腰を上げた矢先に敦美が帰宅を告げたのだ。今日も泊まるものと思っていただけに妻は残念そうな顔をしながらも、作ってあった稲荷を容器に詰めて、彼女に持たせたのだ。
〈それで……ね、また、落ち着いたら行くからね。その時は、私が稲荷寿司作って行って上げる。お祖母ちゃんには敵わないけど……〉
「おお、それは楽しみだ」本心からそう言いながら、私は孫の声に異変を感じていた。
 泣いている?――感情を押し殺し、明るい声を作ろうとしている様だが、時折混じるしゃくり上げる様な音が、それを窺わせた。
「何か、あったのか?」もしかしたらそれが、今日の帰宅へと繋がったのかも知れないと、私は訊いてみる事にした。
 敦美は一瞬、ひゅっと息を吸う音を残して、呼吸を止めた。
 そして、やはり笑い泣きの声で、こう言った。
〈ううん、何でもないよ。また行くからね……お祖父ちゃんが落ち着いた頃に〉

 私はいつでも落ち着いている心算だった。
 どんな時でも、どんな事があっても。
 しかし、受話器を置いて、独りの部屋を見渡し、仏壇の線香の香りに、はっと我に返った。
 仏壇の中には妻の遺影――そうだ、彼女は今年の春に死んだのだ。
 だのに私はそれを受け入れられず、丸で妻が今でも生きているかの様に、生前の彼女がそうしていた様にご飯の支度をし、掃除をし……たった一人で会話をした。おい、とか、ええ、とか、恐らくは本人同士にしか解らない様な、簡潔でかつ親しみの籠もった会話。彼女としか、成立し得ない会話を。
 苦い笑いが込み上げてきた。
 今日、孫の前でも私はそうしていたのだ。妻が作っていた見様見真似で稲荷寿司を作り、夕餉の支度をと妻に声を掛け……。敦美は気味悪く思ったのか、それともこの老人を哀れに思ったのか――恐らくは後者であろう。
 だからこその泣き笑いだったのだろう。
 そして、妻を喪った事を受け入れられずにいた私の顔にも、同じ笑いが今、浮かんでいるのだろう。
 頬を伝うものがそれを、教えてくれていた。

                      ―了―

 暑い~(--;)
 集中力がねぇ~☆

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 縁も所縁ゆかりも無い者に情けを掛けるものではないと、生前の祖母はよく言っていた。
 当時、幼かった僕はその度に首を傾げて、不満げに頬を膨らませたものだった。そんなケチな事を言わなくてもいいじゃないか、と。
 けれど、決して祖母は吝嗇りんしょく家ではなかった。小規模ながらも畑を作っていたから、そこで採れた物を近所の人にお裾分けして回ったりなんて事も、よくしていた。困った人が居れば親身に相談に乗ってもいた。そのお陰で、孫の僕も近所の人には可愛がって貰っていたものだ。
 只、車に撥ねられでもしたのか、道端で息絶えている動物を見付けた僕が、可哀相に、と手を差し伸べようとしていると、先の台詞が出てきたものだった。それと、暑い夏の墓参り、縁者が居ないのか碌に手入れもされていない墓に、そっと花を供えようとした時なども、やはりそう言われた。

「お祖母ちゃんはどうして死んだ人や動物には情けを掛けちゃ駄目って言うの?」一度、そう訊いてみた事がある。「お礼を言ってくれないから?」
 馬鹿だねぇ、と祖母は苦笑した。
「お礼なんてどうでもいいんだよ。そりゃ、礼儀として言って貰えた方が気分はいいけどね。自分がやりたいからやってるだけなんだからさ。只、死んだ者は……縋ってくるからね」
「縋ってくる?」その言葉の意味が解らなくて、僕は首を傾げた。
「どこ迄もついて来る、追って来る……助けを求めてね。道端の動物も、無縁墓の仏さんも飢えてるからね……」
「助けてあげればいいじゃないか」
「死んだものにはね、限りがないんだよ。例えば優太がおやつを持っていて、それを欲しいって言ってきたら上げるだろう? でも、おやつは無限じゃない。けど、死んだものはそれを全部上げても、未だ未だ欲しいって言って来るんだ。理屈なんて通じやしないからね。それに……欲しがるのはおやつじゃ済まないからね」
 当時の僕に向けて噛み砕いてくれた言葉に、僕は何となく頷いたものだった。
 けれど、それでも僕はそういったものを完全には無視出来なくて……。

 馬鹿だねぇ、優太は――三年程前、死の床で祖母はそう言って苦笑した。
「あの世が近い所為かねぇ、お前に縋っているものが見えるよ。よくまぁ、こんなに……。言う事を聞かない、悪い子だよ、お前は。けど……優しい子だよ」
 そして、連れて行くからね、と一言告げて、祖母は息を引き取った。

 三年前、自身の死を考える程に肉体的にも精神的にも弱っていた僕は、それ以来徐々にだけれど回復していった。思えばあれは、おやつどころじゃない何かを、縋ってきたものに知らぬ内に上げていたのだろうか。
 祖母はその連中を引き連れて行ってくれたのだ。
 だから、それを無駄にしない為にも、僕は真っ直ぐ、祖母の眠る我が家の墓だけを目差す。
 陽も差さない木陰に潜む様に立つ、苔生した誰かの墓を見ないようにして。

                      ―了―

 や、夏ですね(--;)

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プロフィール
HN:
巽(たつみ)
性別:
女性
自己紹介:
 読むのと書くのが趣味のインドア派です(^^)
 お気軽に感想orツッコミ下さると嬉しいです。
 勿論、荒らしはダメですよー?
 それと当方と関連性の無い商売目的のコメント等は、削除対象とさせて頂きます。

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