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〈2007年9月16日開設〉 これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。 尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。 絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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「この建物ね、昔はホテルだったんだ。でも、どこかの部屋で――小学校一年生位だったかな?――男の子が殺される事件があって、お客さんが来なくなっっちゃったんだって。幽霊が出るから……って。だから閉めちゃったんだってさ。もう三十年位前の話らしいけどね」
 妙にあっけらかんとそんな事を言う、まさに小学校一年生の男の子を、孝也は薄気味悪そうに横目で見遣った。この状況でよくそんな話が出来るものだと。
 兄貴、早く戻って来ないかな――心細げにそんな事を思う――交渉が長引いているんだろうか。やっぱり俺も一緒に付いて行けばよかったなぁ。少なくともこんな薄気味の悪い場所に、気味の悪い事を言う子供と一緒に居るよりはマシだっただろうに。
『僕、一人になったら逃げるよ?』交渉に出掛けようかと二人が席を立った所で、そう言い出したのもこの子供だった。
 何で態々見張りを要求するみたいな事を言うんだよ。俺、もしかして舐められてるのか? しかし実際、二十二にもなって子供の話ごときで既にそわそわと浮き足立っているのだから、舐められても仕方ないのかも知れない。
 そんな内面の懊悩をよそに、子供の声が二人の他に誰も居ない建物内に響く。

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 虫のが辺りを支配する……。
 どれ程人里を離れてしまったのだろう。
 遠くにぽつりと灯っているのは、見渡す限りでは最後の、文明の証。人家の門灯なのか、街灯なのか、はっきりとはしないけれど。
 月が照らす下界を歩き、草葉を揺らす度に、虫達の音色は音調を変える。足元で跳ね、逃げる虫が微かな音を立てる一方、遠くの虫は素知らぬ風で音を奏で続けている。
 
 こんな所に居てはいけない、と私は上空を見上げた。この眼に映るのは天の光、それだけでなくてはならない。
 私を自由にする為に、彼等は献身的な世話を焼いてくれたのだ。
 時には追っ手から私を匿い、それらに知れぬように食料を運び、救ってくれた。傷を洗い、手当てをし……。私が再び自由を得る為のリハビリも手伝ってくれた。
 そして……泣きながら見送ってくれた。
 別れるのが私の為だから、と。
 共に居ては自由になれない。それは私にも解っていた。彼等と私は、住む世界が違う。
 怪我が治った今、別れるのがお互いの為だったのだ。
 二度とあの追っ手の様な者達に捕まらないで――それが彼等との約束だった。
 大丈夫。私は自らの身体に宿る力を感じつつ、頷いた。二度と捕まらない。二度と、人間達の傍へは寄らない。
 私には人工の明かりなど無くともよく見える眼とよく聞こえる耳、鋭い爪と嘴、そして音もなく飛翔する翼があるのだから。

 一度は猟師の銃弾に傷めた翼に力を撓め、私は一度、二度と風を掻いた。
 森へ、空へ……私の自由に帰る為に。

                      ―了―

 や、特に意味はありません(^^;)
 因みにフクロウさんだよ。

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「本当ね? 本当に彼を殺せば、私を助けてくれるのね?」ヒステリックに上擦った声で、女は叫んだ。
 その彼女の目に映るのは容赦なく照り付ける太陽と、それを更に反射してギラギラと輝く広大な海原。自分達が乗ったオレンジ色の小さな救命ボート。そして、彼女の伸ばした腕の先で、他ならぬ彼女自身の手でボートの縁から落とされようとしている、恋人。
 本来なら到底彼女の細腕でどうにか出来る相手ではなかった。背が高く、力強い所に、彼女は惹かれたのだから。
 だが、死に物狂いと言うか火事場の馬鹿力と言うか、彼女の手は万力の様に彼の首を捉えていた。
 それと言うのも……。
「嘘は申しませんとも。一人を助けるには一人の命――それが代償です」揺れるボートの上にありながらそれに翻弄される事なく超然と佇む男が一人。泣いているのか笑っているのか解らない、道化の様な表情をした男だった。「私共、悪魔との契約の……」
 確約を聞いて女の手に更に力が込められる。
「お願いよ、あなた。私、もううんざりなのよ。この照り付ける太陽も潮の匂いも、この小さなボートも、いつ抜け出せるとも解らない飢えと渇きも……!」最早縁からお互いの身を乗り出す様な状態になりながら、女は叫ぶ。「この悪魔が私一人なら助けてくれるって言うの。だから……私を助けて?」
 ふっ……と抵抗がなくなった。
 悲鳴と、最期迄彼女の凶行が信じられないという表情を残して、彼は遠ざかって行った。
 
 波飛沫を受けながら、彼女はゆっくりと半身を起こした。顔に、ゆっくりと、狂気じみた笑みが広がっていく。
「これでいいのよね? これで、助けてくれるんでしょ?」悪魔を振り返り、念を押す。
「勿論ですとも。これで貴女は今夜以降、ベッドにも食べ物にも困る事はないでしょう」にたぁり、道化の口元にも笑みが広がる。「申しましたでしょう? 私共悪魔は嘘は申しません。只……」
 女の胸に不安がざわめきを作る。
「只、何?」
「人を惑わします」泣き笑いの道化顔が更に気味悪く歪む。「この様に……」
 男が手を一振りすると、景色が変わった。
 そこは最早海原ではなく、何の変哲もないアパートの一室――彼女が恋人と共に住んでいた部屋だった。絶え間なく聞こえていた波音は、街のざわめきに変わる。いつもは煩く感じるそれが、甲高いサイレンの音でさえも懐かしく感じられた。
 戻って来た! 助かった!――そう驚喜したのはほんの一瞬。徐々に意識が醒め、彼女は全てを思い出した。
 自分達は元々海になど出てはいなかったのだと。
 元より、フリーターで毎日の生活に追われていた二人には、そんな金銭的な余裕もなかった。行けたらいいね、そんな願望を口にした事はあったが、当分実現の予定もない事は互いに解っていた。
 そう、いつか二人で行けたら……。
 なのに何て事を……!?
 手に残る感触に嫌な胸騒ぎを感じて、彼女は自分の背後に位置する窓辺を振り返った。恐る恐る、四階から下を覗き込む。
 そこには人集りと赤色灯。男の墜落死体。そしてこのアパートに向かって来る数人の警官の姿。
 よろり、と女は窓辺から身を退いた。

 海も太陽も全ては幻。
 只、彼女が自分一人が助かりたい一心で、その手で恋人を死に追いやった事だけは事実だった。
 この儘では殺人犯として逮捕、拘束される――悔恨と激怒でぐちゃぐちゃになった頭に、悪魔の声が静かに響いた。
「申しましたでしょう? ベッドにも食べ物にも困る事はありませんよ。自由はありませんが」
 泣き笑いの道化の姿は最早その場にはなかった。

                      * * *

「私の囁きに乗るか突っ撥ねるか――それが彼女に与えられた最大の選択の自由だったのに……。ともあれ、これを以って契約は完了致しました。詐欺紛い? いえいえ、彼女は二人での暮らしの中、確かに飢えと渇きを感じていたのですよ。私はそれを解り易く見せて差し上げたに過ぎません。決して嘘は申しませんとも」

                      ―了―

 囁きには要注意……☆

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 幼い頃から祖父に言い聞かされてきた事がある。
 蔵には近付くな、と。
 古い日本建築の母屋の裏手にひっそりと、蔵は建っていた。今夜の様な月の明るい晩には白い壁がぼんやりと光っているかの様に浮かび上がり、周囲に蟠る闇を更に際立たせている。
 祖父は死の床に於いてさえ、蔵には近付くなとうわ言の様に呟いていた。
 だから、本当ならばあの蔵には一切手を付けるべきではないのだろう。
 だが、祖父の死後五年の年月が経ち、母屋も蔵もその分、老いた。壁にも亀裂が目立ち、母屋の床もぎしぎしと鳴る始末。蔵の中はどうなっている事か解らないが、やはり老朽化が懸念された。
 この際改築を考えるべきだと、母は主張した。母屋も、蔵も。勿論それには資金が要る。もしかしたらその足しになる物が、蔵に眠ってはいないかとも考えている様だった。
 祖父は一時、古美術品に凝っていた時期があった。とは言え、ほんの齧った程度の知識で、まともな目利きが出来る筈もない。またがらくたを買い込んで、と頬を膨らませていたのは母自身だったのだが。
 それでももしかしたら、という欲が働いたのだろう。
 父も母の言い分を聞き入れ、明日、蔵を開けてみる事となった。
 

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 立地条件が悪いとも思えないのに、どんな店が入っても次々と潰れて、主が変わる店――どこの街にもそんな店舗が一軒はある様な気がする。
 例えば僕の街にも……。
 古物商――婦人服店――ギフトショップ――レンタルビデオ店――ここ数年の内にそれだけの店がこの店舗を借り、そして出て行った。その度に改装されたり建て替えられたり、この駅前の角地の風景も、移り変わってきた。
 そして今現在はコンビニが入っている。
 この僕がバイトしている店が。

「有難うございましたぁ」精一杯愛想よく客を送り出して、僕はぐっと伸びをして肩の凝りを解した。時刻は深夜二時。流石に客は一段落ついていた。駅前だけに通勤通学時間帯が一番の稼ぎ時であり、そしてまた、修羅場だ。
 客の入りは悪くないんだよなぁ――僕は、昼間悪友から聞いた話を思い出して首を捻った――何で次々と潰れるんだ? 此処。それはコンビニと今迄の店とでは客層も違うだろうから、一概には言えないけど。

「何でもな」と、悪友は言っていた。「古物商が二箇月かそこらで閉店、然もそこを住居にしていた主はさっさとどこかへ行っちまった。婦人服店は二年程。こっちの主人は隣街の人間らしいんだけど、此処を引き払って以降、この街で見た者は居ない。ギフトショップは一年半位だったかなぁ。これも主は何処かへ転居。レンタルビデオ店は……一箇月で辞めちまった。それで暫くして、そのコンビニが入った訳だ」
 絶対何かあるぜ、と奴は笑う。
「俺、ビデオ店の会員だったんだけどさ、閉店のちょっと前に見たんだよな。カウンターの奥に隠して、盛り塩がしてあるの。噂を知ってたから、やっぱりって思ったよ」
 これからその跡地で深夜帯のバイトだと言うのに、縁起でもない事ばかり吹き込んでくれる奴だ。
 僕が渋い顔をしていると、奴は尚更相好を崩した。
「ちょっと訊くけどさ、その古物商の前は何の店や建物も無かったのか? その場所」
「さぁ? そこ迄は知らないな」奴は目をぱちくりさせた。「やっぱり色々入れ替わってたのか、何も無かったのか……。駅前の角地だもんな。何も無かったとは思えないけど」
「何だよ、中途半端な情報だなぁ」僕は態とらしく肩を竦めて見せる。
 案の定、奴はムキになった。
「お前がバイトしてる間に調べといてやるよ。俺の情報収集能力を舐めるなよ?」
 実の所、僕は舐めてなんかいない。試験の範囲から遊びの穴場迄、奴の情報網には世話になっている。只、働かせるにはちょっとだけ、コツが必要なのだ。
「まぁ、兎も角、何か出たら、写メでも送ってくれや」そう言って、奴は出掛けて行った。

 こんな回想をしていても問題がない程、店内はガランとしていた。奥の事務所に居る筈の店長も、一人で充分と思ってか、出ても来ない。
 それでも、監視カメラで勤務態度を見られているかも知れないし、と僕は棚の商品の前出しにと動いた。
 と――ドアが開き、人の入って来る気配がした。反射的にいらっしゃいませと言おうとして、ふと感じた違和感に言葉が立ち消える。
 チャイム、鳴ったか?
 ドアが開けば電子音のチャイムが鳴る。コンビニなら当たり前の事だし、当然この店だってそうだ。
 ドアが開いたと思ったのは聞き間違いだったのだろうか。僕は棚の間から顔を出して、店頭を確認した。
 聞き間違いではなかった様で、何処か古めかしい服装をした紳士が一人、佇んでいる。顔は何だか影が差していてよく見えない。こんな時間帯には似つかわしくない客だが、お客様はお客様。僕はさっき飲み込んだ「いらっしゃいませ」を愛想二割増しで発した。
 紳士は店員には清算時以外は用が無いとでも言うのか、僕を無視して辺りをきょろきょろと見回している。何かを探している様だった。それにしても――と、僕は天井を見上げた――照明、こんなに暗かったっけ? 深夜には無駄な位に明るい白熱灯なのに、丸で昔の蛍光灯の様だ。これでは客も探し物がし辛いだろう。
 そんな事を思いながら視線を戻してみると、そこにはもう、紳士の姿は無かった。
「え……?」思わず間の抜けた声が漏れる。今度はチャイムばかりか、ドアの開閉音さえしなかった。かと言って、然して広くもない店内のどこにも、彼の姿は無い。脳裏に、悪友の言葉が蘇る。
 取り敢えず写メを撮る時間はなかったな――他愛もない事を考えながらも、ちょっと一息ついて落ち着こうとカウンターに戻る。気付けば店内の明るさも元に戻っている。
 と、カウンターに戻った僕はマナーモードにした儘の携帯にメールが入っている事に気付いた。確認してみると、奴からだった。何か解ったのかと、僕は本文を表示させた。

『結論から言おう。そこでは昔、写真屋が何十年にも亘って、営業していたらしい。写真屋――要するに撮影スタジオだな。記念写真とかを撮ったりする。爺さんが一人でやってたらしいんだが、五年前にその爺さんが死んで、店は人手に渡ったらしい。
 俺はこの爺さんが化けて出てるんじゃないかと思ったんだが、近所の人の話ではなかなか評判のいい人物でな。未練たらしく店の跡地に出るとは、イマイチ思えないんだよなぁ。
 何でもな、娘夫婦とちょっとした諍いから絶縁してしまった友人が居て、その友人は目に入れても痛くない程可愛がっていた孫娘にも会えなくなっちまった。それでその友人の為に、それとなく娘夫婦に取り入って――って言うと何か言葉悪いけどさ――まぁ、巧い事毎年、孫娘の記念写真をその店で撮るように仕向けた訳だ。そしてそれをウインドーに飾った。友人がいつでも見に来られるように。
 毎年、毎年。その友人が先立った、その翌年迄。その翌年の写真って言うのは、友人がいつかは見たいって言っていた、孫娘の花嫁姿だったんだそうだ。結局、見る事なく行っちまった訳だけど。
 そんな爺さんがいつ迄も迷って迷惑を掛けてるとは思えないしなぁ。
 ま、そんな所だ。』

 僕は黙した儘、返信を送った。
 どうにか、その花嫁姿の写真が手に入らないか、と。店も人手に渡った位だから、難しいだろう。
 だが――きっとあの紳士は、それを探しに来ているのだ。どうしても一目、孫娘の花嫁姿を見たくて。
 奴からの返信はやはり困難さを感じさせる文面だったけれど、訳を説明すると何箇月も掛かるかも知れないけれど、と請け負ってくれた。
 僕はその何箇月かの間、幽霊に恐れをなした店長がこれ迄の店主達の様に店を閉めてしまわないように尽力する事となり――すっかり深夜帯の主と化してしまった。
 悪友よ、写真を早く見付けてくれ。

                      ―了―

 何が入っても潰れる店、ありますよね(^^;)
 近所では電気店→ビデオ店→コインランドリー→現在入居者募集中な所があります☆ 

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 夜になると廊下の窓に張り付くヤモリを見る度に、幼い頃の私は気味悪がって声を上げたものだった。
 ヤモリは家守、守り神さんなんだからそんな声を上げちゃ失礼だよ――祖母は苦笑しながらも、優しくそう言い聞かせてくれた。それでも生理的な嫌悪感はなかなか薄らがなかったけれど、見ない振りをする程度の妥協は覚えた。
 その祖母も今は冷たい墓石の下に眠り、私は未だ、ヤモリを見ないようにしながら実家で暮らしている。母はこの家の一人娘だった。そして父を婿養子に迎え、成した子供は私一人。両親は気にする事はないと言うけれど、私が嫁ぎでもすればこの家は絶える。
 家守さん、本当にこの家を守ってくれてるの?
 私は庭の外灯が障子に映し出す影に、皮肉な問いを投げ掛けた。影は当然答える事無く、時折身をくねらせて位置を変えるだけだ。その動きに、私の嫌悪感が弥増す。
 両親が言うように、この家を捨てるべきだろうか。
 広さはあるものの、古く暗い日本家屋。親子三人となった今では、実質その半分も使用していない。台所と、玄関近くの二、三の和室。それだけで充分な程だ。それ以外の部屋は物置と化しているか、もしもの来客用の寝室となっている。来客など、もう長く、訪れてはいないのだけれど。
 
 そんな事を悩んでいたある日、私はその閉ざされた客間に風を通そうと、障子とその更に外側の硝子戸を開け放った。手入れはしているもののどこか黴臭かった和室に、涼やかな風が流れ込む。夏の日差しは強く、庭を白っぽく照らし出しているものの、張り出した屋根の下は影が落ち、涼しくて心地よかった。
 私は暫し畳に脚を伸ばして、涼風を楽しむ事にした。
 その内、うとうとと居眠りをしてしまったのだろう、はたと気付けばどれ程時間が経ったのか、薄く橙色を帯びた日差しが畳に伸ばした脚を照らし始めていた。
 何故か、それがひやりと冷たい。
 夕方近いとしても、夏の陽光が冷たい事などあるのだろうか。私は落ち着かないものを感じて脚を引っ込めた。ひんやりしていて当然の影迄、にじる様にして下がる。
 橙の陽光は徐々に部屋を侵食していく――思いの外、速くはないか? 丸で私を追うかの様に、それは腕を伸ばし……。
 と、その先にするりと、一匹の大きなヤモリが進み出た。短い悲鳴が私の口から漏れる。
 だが、そのヤモリの登場と同時に、陽光の侵食は止まった。いや、それどころか後退している? そんな馬鹿な!
 私の目は長く伸びた光の影の先端を追った。間口一杯に広がって伸びていたそれは徐々に細く色濃い光の束に纏まり、更に後退して行く。明らかに、通常の陽光などではなかった。今や燃え立つ様な橙ながら、暖かさを感じない――先程のひやりとした感触が、肌に蘇り、私は身震いした。
 やがてそれは縁側の端で止まり――不意に、空気中に解ける様に、橙色は消え去った。
 目を丸くしてそれを見送った後、私はまだ太陽が中天にある事に気付いた。
 陽光と見えたあれは、開け放たれているのをいい事にこの家に入り込もうとした、何か異質なものだったのか……。もしあれが入っていたら、どうなっていたのだろう? あの冷たい感触は、何かよくないものを予感させる。
 ちょろり、視界の隅で動くものを目で追えば、先程のヤモリだった。それは一仕事終えたとばかりに、縁側へと出て行き、縁の下へと潜り込んで行った。

 ヤモリは家守、祖母の言った事が少し、解った気がした。彼等は窓や戸に張り付いて、この家に入ろうとするものを追い払ってくれているのだろうか。
 あんな得体の知れないものを相手にしているのでは、うちの中の事に迄手が回る筈もない――私は苦笑を浮かべて、先の問いを撤回した。彼等はちゃんと守ってくれている。けれど、中の事は自分達でどうにかするしかない。この家が栄えるのも廃れるのも、自分達次第なのだろう。
 今宵も障子には彼等の影が映っている。
 生理的に好きにはなれないけれど、私はそっとその影に目礼した。

                      ―了―

 昔住んでた家の隣の家の窓によく張り付いてたなぁ。

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 参ったな――突然の滝の様な雨に、家を出る時には爽快な迄に晴れていた空に気を許して天気予報も何のその、傘を持たなかった事を後悔しながら、誠也は校舎入り口に佇んでいた。
 通常の授業のある日ならば、同じ方向の友人の傘に入れて貰うという手もあるのだが、生憎と今は夏休み。美術部の部活で今日中に仕上げてしまいたい作業の為だけに、誠也は出て来ていた。その部活も出ていたのは結局、作業が遅れがちだった彼を含めた三人。然もその中でも誠也は手間取ってしまい、他の二人は先に帰ってしまったのだ。作品の手直しを手伝ってくれと言う訳には行かないから、居て貰っても気が散るだけと、誠也が帰した様なものなのだが。
 きょろきょろと見回してみるが、暗く沈んだ校舎には、目に付く限り人影はない。作業中、煩い程の歓声を上げていた運動部の生徒達も、この雨に早々に撤退し、どこかの教室になりを潜めているのだろう。
 夕立の様なものだから、直ぐに止むか――溜め息を一つつくと、誠也はそれ迄時間を潰そうと携帯を取り出し、校舎入り口に並ぶ下駄箱の一つに寄り掛かった。先程迄居た美術室は施錠して、鍵も職員室に返却済みだ。態々雨宿りに教室を使うj事もないだろう。
 時折の強風に煽られて玄関先に迄降り込む雨に校舎奥へと追い込まれる様に、彼は徐々に凭れ掛かる位置を変えて行った。

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プロフィール
HN:
巽(たつみ)
性別:
女性
自己紹介:
 読むのと書くのが趣味のインドア派です(^^)
 お気軽に感想orツッコミ下さると嬉しいです。
 勿論、荒らしはダメですよー?
 それと当方と関連性の無い商売目的のコメント等は、削除対象とさせて頂きます。

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