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〈2007年9月16日開設〉 これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。 尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。 絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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 新築のマンションなのに、湿気が酷いのよ。まぁ、今度来て見てよ――転居したばかりの友人からのそんな電話に、週末に訪ねてみた私は、納得すると同時に唖然としてしまった。
 三階建てのちょっと洒落た外見のマンション。女性の入居者を意識しているのか、入って直ぐに観葉植物の鉢の並べられた、小さいながらも緑溢れたエントランス。そしてその奥にまたオートロック式のガラスドア。照明は全て間接照明で、廊下を淡く照らしている。
 なのに、それらの全てを、湿気、と言うか黴臭さが台無しにしていた。
 見れば観葉植物の茎や鉢の土を覆っているのも、趣のある苔などではなく、黴。
 けれど、同時に消毒薬の臭いもする事からして、放置されている訳ではない様だ。手入れをしているのに、この状態なのだろうか?
 兎も角、と私は友人の部屋に通じるインターホンを押した。

「凄かったでしょ、あれ」開けてくれたガラスドアを通って一階の彼女の部屋へと行き着くと、私の顔色を見たのか彼女は苦笑してそう言った。「此処に来た人、先ずあれで面食らうのよね。外見は綺麗なのに、中の手入れは……って眉を顰める人も居るわ」
「手入れはしているみたいだったわ」お土産のケーキをテーブルに置いて、私は言った。「なのにあんなに黴が生えるなんて……」
「病気だろうって、一度全部取り替えたそうなのよ、あの鉢。私が引っ越しを考えて此処を見に来たのが丁度その頃。だからその時は綺麗だったんだけど……。一週間としない内に入った頃にはまた……。本当に湿気が酷いんだから」
 そう言われて見回せば、窓ガラスにも曇りが生じているし、何より、肌にじめっと纏わりつく様な湿気を、確かに感じる。
「水周りに限らず、黴との戦いよ」
「管理人さんには? 入ったばかりで言い難いかも知れないけど……」
「既に前から居る入居者が、何度も連絡済み。その度に共用部分にクリーニングが入ったり、水周りの検査が入ったりしたらしいんだけど、一向に改善されないんだって。先に言ってよって感じよねぇ」彼女はそう愚痴りながらも手際よく珈琲を淹れてくれる。インスタントだけれど。その瓶が自棄に小さいのも、大瓶は買わない方がいいという先住者からの教えに従ったらしい。使い切る前に湿気でがちがちに固まってしまうから、と。
 ちょっと気味が悪い――彼女には悪いが私はそう感じ、上目遣いに窺う様に、改めて天井の四隅や細かい所を見ていく。恐らくは通常の掃除では手が及ばないであろう、そんな場所には、案の定黒いシミが出来つつある。健康にも悪そうだなぁ、と私は軽く眉を顰めた。
「水周りにも問題がないんだとしたら、こんなに湿気が出るなんて、おかしいんじゃない?」
「気味の悪い事言わないでよ」顔を顰めた彼女に、流石に言い過ぎたかと私は口を噤んだ。
 けれど、彼女が不快感を表したのは、自身も思っている事――思っていながら出来るだけ無視しようとしている事――を、私に口に出されたからの様だった。何と言っても彼女は引っ越して来たばかり。余程の事でもなければ、また直ぐに引っ越しなんて、資金的にも難しいだろう。

「実はね、気になって図書館で昔の記事を調べてみた事はあるのよ。この辺りで何か無かったかって」ややあって、彼女はそう切り出した。「でも、別に此処の土地は埋立地でもないし、近くの川を埋め立てたなんて事も無かったわ。只……このマンション以前に建っていたアパートが、火事に遭って全焼したそうよ」
「水じゃなくて、火……?」私の意外な思いから出た呟きに彼女は頷いた。
「まぁ、火事の鎮火後は水浸しだったろうけどね」そう言って彼女は笑い、ふとそれを引っ込める。「何人かは……亡くなったそうなんだけど」
「……」私は黙って、ケーキを口に運んだ。

 その夜、泊まって行けと言う彼女に断る理由も無く、私は一泊する事となった。
 積もる話もあれば他愛ない話もあり、私達は夕食後も夜遅く迄リビングで喋り、用意してくれた床に就いたのは午前二時を回っていた。
 しかし慣れない部屋と寝具、そして纏わりつく湿気に寝付けず、私は水を頂こうと静かに部屋を出た。
 そして、暗い廊下の電気を点けようとスイッチに手を伸ばした時――その廊下に何者かが居るのに気付いて、息を止めた。
 それは寝巻きをだらしなく着崩した老婆。余程慌てて寝具から這い出した様な有り様だ。そして髪を振り乱し、何事か喚きながら……手にはバケツを抱えている。なみなみと水の入ったそれを振り回しては辺りに水をぶちまけ――不思議と何かを掬う様な動作をした後にはまたなみなみと水が溜まっているのだ――更に幾度もそれを繰り返す。
 なのに、音や声は全く、私には聞こえなかった。何かを懸命に喚き、叫び、あんなに水を撒き散らしているのに。
 その様は何処か滑稽にも見えて――けれど、ちらりと覗いた老婆の顔には悲壮な迄の真剣さ。
 そしてふと読めた口の動きは……。
『火事だ!』
 見ていられず、私は電気のスイッチを入れた。途端に、老婆の姿は光に解ける様に消え去って行った。

 かつての火事で亡くなった誰かだったのかも知れない。
 火事に気付いて、消防が到着する前に少しでも火を消そうとしたのか、火に閉ざされ、逃げ場を求めての行動だったのか。
 彼女の居た辺りの廊下は、ひんやりと、そしてしっとりと水気を含んでいた。
 私はこのマンションに湿気が多い理由が解った様な気がした。
 最期迄水を求めた彼女が、今もああして水を撒き続けているからなのだろう、と。

 事の次第を聞いた友人は、結局近々引っ越す事にしたらしい。
 今度は土地の履歴迄よく調べるんだと言っていたけれど……友よ、有史以来何者も亡くなっていない土地なんて、先ず無いと思うわよ?

                      ―了―

 何かじめじめ~(--;)

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 今日迄背負ってきた罪と、永遠の睡眠に没する心算だった。
 でも、昨日夜霧が漂う中で、私を揶揄した彼の言葉が今も頭の中に木霊して眠らせてくれない……。

「逃げる為に人を殺して、更にその罪からも逃げる為に今度は自分も殺すのか。それとも、今度は俺を殺す算段か?」 
 夜霧に包まれた湖面に突き出した桟橋。その突端で手の中の小さな瓶をじっと見詰めていた私は、そう声を掛けられてはっと我に返った。
「大きな声で言わないでくれる? そんな事」精一杯の虚勢で笑顔を作り、私は振り向いた。「人に聞かれたら、始末する相手が増えちゃうじゃないの」
 彼は大袈裟な仕草で肩を竦め、この小さな湖を囲む、霧に包まれた森からゆっくりと出て来た。朧気だった輪郭が急激にはっきりとして、私は思わず一歩、後退った。

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「またサボりか。しようのない奴だな」
(あれ? それだけなんだ?)

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 ねぇ、殺したら逃げられるとでも思ったの?
 確かに私と貴方の縁は貴方の親が決めたもの。そこには私達の意思なんて存在しなかった。
 それでも、私は私なりに、貴方にお仕えしようと決めていたのよ?
 なのに貴方は私が近付こうとすると逃げ回り、名前を呼ぶのさえ怯えた声音。

 私の面倒を見るように――そう、お父様に言われたでしょう?
 なのに貴方はお散歩にさえ、誘ってはくれなかった。お食事だって、お母様に言われて渋々……。
 私は寂しく、遊びに出て行く貴方の後ろ姿を庭先で見送るだけだったわ。それ以上は追って行く事も出来ずに、鼻を鳴らして。それでも貴方は振り返りもしなかった。

 そんなに、私が嫌いだったの?
 私の水に殺虫剤を混入する程。

 でも、生憎ね。そんな怪しい臭いのする水、飲む訳ないじゃない。
 貴方の数万倍は鼻が利くのよ? 私。
 貴方のご両親が、小さな貴方の情操教育の為とか言って飼う事に決めた、犬なんだから。

                      ―了―

 短めに行くわん∪・ω・∪

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「隣の家、また誰か住むの?」中学からの帰りしな、自宅の玄関をちょっと通り越して停まった引っ越し業者のトラックを目にした悟志さとしは、帰宅早々、母にそう尋ねた。
「ええ、午前中にご挨拶に見えたわ」その時に持って来たらしいクッキーの詰め合わせをおやつにと開けながら、母が答えた。「未だ若いご夫婦よ。お子さんは未だみたい」
「そう。それにしても、隣の家は出入りが激しいよね」リビングの窓から生垣越しに隣の家を眺めつつ、クッキーを一つ摘もうとして――母の目が「手を洗ってないでしょ」と言っているのに気付いて、渋々洗面所へと向かう。
 洗面台横の小窓は換気用に開け放たれていて、引っ越し作業中の隣家の音や会話が途切れ途切れ、零れてきた。

 ――そう言えばこの家、つい一箇月程前、出て行くのを担当したなぁ、俺。
 ――え? 俺は二箇月前に入居するのを運んだんだけど……。
 ――たったの一箇月で出て行ったって事か? 確か賃貸じゃなくて買ったって言ってたけど……。勿体ないなぁ。

「そういう家なんだよ」誰にともなく、悟志は呟いた。彼の一家が越して来た十年前から、いや、近隣の話ではそのずっと以前から、隣の家には人が居着かないのだ。
 駅に近い住宅街の一画で、小中学校も近い。そして売り家としては値段も破格に安い。だからこそ将来性も考えてか、若い家族が次々と入るのだが……出て行くのも早いのだ。一箇月と待たずに出て行った夫婦も居た程だ。
 今回の夫婦は子供が居ないそうだから、夜泣きにこっち迄煩わされる心配はないな――そんな事を考えながら、悟志はリビングに戻る。三箇月程前に住んでいた家族は幼い子供が二人居て、それが代わる代わる、外に漏れ聞こえる程の大声で夜泣きをしていたのだ。それも態々この家に面した窓の近くだったので、悟志としては転居して行った時にはほっとしたものだった。子供特有の疳の虫だったのか、それとも……。
 今度こそクッキーにありつきながら、悟志は母に言った。
「今度は何箇月、もつと思う?」
「そんな事言うもんじゃないわ」軽く眉を顰めたものの、母も隣の出入りの激しさはよく知っている。「いい加減、いい人に居着いて貰いたいものだけどねぇ……」そう言う口調は、然して長い付き合いにはならないだろうという想像を物語っていた。
「それにしても……何があるんだろうね? お隣。実はちょっと昔の新聞とか、図書室で調べてみた事があるんだけど、それらしい事件とか、何にも出なかったよ」
「近所の奥さんの話でも、これといったものはないのよね。只、出入りが激しいってだけで。まぁ、住んでみないと解らない使い勝手とかもあるし……。隣の家が幽霊屋敷だなんて考えたら気味悪いから、止めましょうよ」
「そうだね」

 その夜、隣家から女性の甲高い声が上がった。
 悟志が自室のカーテンを開けて見ると、かつて幼い子供が泣いていた窓辺で、女性がこちらの家を見て、顔を引き攣らせていた。恐ろしいものでも見たかの様な顔で。
 何だよ、幽霊屋敷はそっちの家じゃないか――薄気味悪いものを感じながらも、悟志は窓を開けて声を張り上げた。
「どうかしたんですか!?」
 女性はびくりと飛び上がり、やがて彼の顔に目の焦点を合わせると、こう告げた。
「そ、そちらの家の壁一面に……人の顔が……!」
 言うなりカーテンを閉ざしてしまった女性に、悟志は茫然としながらも、言葉に釣られる様に窓の下の壁を見下ろし――絶句した。
「……うち、何で気付かなかったんだろう?」
 隣家に面した壁一面に無数に浮き出た白い顔に、悟志はこの家こそが隣人の居着かない原因だったのだと知った。

                      ―了―

 今日も蒸し暑い~♪(←ヤケ気味)

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 夜の海には近付いちゃ駄目だよ――幼い頃から幾度も祖母に言われた言葉だ。
 その祖母ももう、その海の向こうに行ってしまった。西の海の果てにあると伝えられた、極楽浄土へと。
 だから僕は時折、遠くから海を眺める。
 大好きだった祖母への郷愁と夜の海への好奇心、そして祖母の忠告を守らねばという心理的な制約を、同時に満たせる場所。
 生まれ育った街を眼下に見下ろす、ハイウェイの展望台――僕のお気に入りの場所だった。

 今夜も満天の星空の下、僕は穏やかにたゆたう海を見ていた。黒い海原は月明かりや星の瞬きを映している。
 梅雨末期の蒸し暑さはあるものの、穏やかな夜だった。
 と、海の遥か遠くに、ぽつりと青白い灯が点った。
 船の灯だろうか? この近くに漁港などは無いし、こんな夜中に漁をする時期だっただろうか? それにそんなに眩しい灯でもない。
 それに船の灯にしてはたった一つしか……いや、二つ、三つ、それはどんどん数を増やしていった。
「何なんだ?」僕は更に目を凝らした。
 漁船の灯ならば数は知れているし、場所も定まっている。多少の揺れはあっても灯同士の間隔そのものは変わらないから、直ぐにそれと判る。
 しかしこの灯は一つ一つがばらばらで……。
「鬼火?」かつて祖母から聞いた昔話が脳裏に蘇る。
 鬼火、不知火、七人みさき、船幽霊……そんな魑魅魍魎が僕の頭を舞台に跋扈する。
 そんな馬鹿な。きっと漁船の灯が海への反射や何かで怪しげに見えているだけなのだ。僕はそう、自分を納得させようとする。
 けれど、灯の一つが――たった一つが――群れを離れ、海岸へと急接近を始めた。船ではあり得ないスピードで。然もそれは丸で僕を一直線に目差しているかの様で……。
 僕は慌てて踵を返した。道路際に停めたバイクへと急ぐ足は、しかし情けない事に震えが来ていて、思う様に走れない。
 足をもつらせながらもどうにかバイクに取り付いた時――ぱぁっと、背後が明るくなった。
 真逆、と振り向いた僕の目の前には、青白い灯と……その中心で、怒った様な困った様な顔で僕を見詰める、祖母の顔。真夜中に此処に居る事、海を見ていた事を怒っている様な、険しくも僕への心配が窺える、懐かしい顔。
「お……祖母ちゃん……?」呼び掛けた僕に、今一度険しい一瞥を投げて、祖母の顔の灯はまた、海へと飛んで行ってしまった。

 周囲が再び夜の闇に埋め尽くされ、海上の灯も一つ、二つと消え失せると、僕はのろのろとバイクを走らせて、帰宅した。
 そしてまんじりとも出来ぬ儘、夜を明かし――窓の外が明るくなり、母が我が家の一日を動かし始める物音が聞こえると、取り掛かったのは例年なら両親に任せ切りのお盆の支度。
「珍しいわねぇ」色んな意味を込めて母が声を上げた。こんな時間に起き出した事も、盆の行事に積極的に参加しようとした事も、僕自身、珍しいどころか初の快挙じゃないかという気がする。
 そう、いつもならこんな行事、形だけじゃないかと蔑ろにしていた。
 けれど――。
「お祖母ちゃん達が帰って来るからね。年に一度、遥々帰って来るんだから、ちゃんと迎えてあげないと」走馬灯の灯を点しながら、僕はそう言って笑った。
 そう、あの暗い海を越えて帰って来るのだから、迷わないように灯を――。

                      ―了―

 暑い~。眠い~。
 皆様、夜は安眠出来てますか?(--;)

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「ねえねえ、しゅう君、お祖母ちゃん今度新しいテレビを買おうかと思ってるの」そう笑顔で話す祖母に、修は毎度の様に顔を顰めた。
「またぁ? お祖母ちゃん、テレビは去年買い換えたばかりじゃなかった? もう壊れでもしたの?」
「真逆。半年で壊れる様な物なんて、買いやしないよ。でも、この間もっといいのを見付けてねぇ」ころころと笑いながら嬉しそうに、祖母はどこがどういいのかを滔々と説明する。
「今のはどうするの? 壊れてもいないのに。今のご時世、処分するだけでもお金掛かるんだよ?」
「それは下取りしてくれるって言うから大丈夫。それとも、修君の部屋に置く?」
「僕の部屋のは今年買ったばかりだよ」修は溜め息をつく。「お祖母ちゃん、もうちょっとよく考えなよ」
 物心ついた時から一つ屋根の下、両親に代わって面倒を見てきてくれた祖母だが、この新しい物好きと言うか浪費癖はどうにかならないものかと、彼は頭を痛めていた。既に故人となった祖父はかなりの資産家だったらしく、その遺産で何不自由なく暮らしてはいけるのだが、それでも限度はあるだろうに。

 無駄な事にお金を使わないでくれないかな――中学生の部屋としてはかなり広い和室で寝転びながら、修はこれ迄を思い返す。
 テレビ、冷蔵庫、電気ポット、オーブン……様々な家電製品。
 そして歳を取って身体の節々が痛み出したと、様々なサプリメント。
 無論、身の回りを飾る衣類にもそれは及ぶ。
 勿論、身体を労わるのはいいし、老人にも使い勝手のいい道具も便利だ。いつ迄も小奇麗にしていたいというのも解る。けれど、次々に買い替えを続ける祖母に、修はどこか冷たさを感じていた。これはいい、とどれ程気に入っていた物でも、新しい物が来ればお払い箱。そこには全く愛着とか郷愁とかいったものは感じられなかった。彼女の持ち物で一番古い物は何だったろう? この家の中でさえ、どんどん塗り替えられていく。
 もしかしたら、この部屋だけが、こっそり残された聖域なのかも知れないと、そんな気さえしてくる。
「あーあ」畳の上で大きく伸びをし、その反動で上体を起こす。机の上の写真立ての中で微笑む両親と目が合った。
 思えば両親の事を訊いた時も、祖母には冷淡さを感じたものだった。
 物心ついた時から、家族は祖母一人。余所の家の子供と付き合う年頃になると、その家庭環境の違いに首を傾げ、祖母に問い質したのだ。どうしてうちにはお父さんやお母さんが居ないの? と。
 居なくなっちゃったの――それが祖母の答えだった。それだけを言って、もう全てを説いたとばかりに幼い修に背を向けた。
 当然修は食い下がった。どうして居なくなったの? どっか行っちゃったの? それとも、死んじゃったの?
 祖母は丸でその問い掛けが意外なものであったかの様に目を丸くし、逆に尋ねた、そんな事、気になるのかい? と。
 当たり前だよ、という言葉は口の中で溶けて消えた。子供の直感だろうか。祖母には言っても解らない、そう悟ったのだ。

 そんな事を思い出しながらも、修は決して自分が祖母を嫌いではない事も解っていた。何と言っても、身近に居るたった一人の肉親だ。彼に対しては何くれとなく世話を焼いてもくれる。
 その祖母にきつい言い方をしてしまった――祖母の浪費癖に注意した後には、修は必ず自己嫌悪に陥る。金の無駄遣いを諌める。それはもしかしたら彼自身の為にも、という打算が無意識に働いているのではないかと。
 大人になれば勿論遺産を当てにする事無く自立し、これ迄の恩を返したいとも思っている。けれど、今の彼は只の中学生だ。未だ未だ誰かの庇護を必要とする。その庇護には金も必要な訳で……無駄遣いを許せば自分に掛けられる金額も減る、そんな打算が一切無いと言い切れるか? あるいはこれは人間の子供が身を守る為の自衛本能の様なものなのだろうか?
 彼は自問し、苦悩する。
 そして結局は、さっきはごめんと祖母に頭を下げに行く。何度も繰り返された光景だった。

 ところが今日は少し、違った。
「あ、ねえねえ、修君」祖母は先程の事は忘れたかの様に上機嫌で、話し掛けてきた。「お祖母ちゃん今度……新しい孫を買おうかと思ってるの。さっきもっといいのを見付けてねぇ」
 朗らかな顔から紡ぎ出される言葉は、渇いて冷たく――修の心はそれを解きほぐすのに暫しの時間を必要とした。
「でも巧く行くかしら……。前に新しくてもっとよく出来た息子と嫁を買おうとした時には突っ撥ねられちゃって、おまけにお古にも逃げられちゃったのよね。孫だけはどうにか手元に残したけど」
 先程の言葉に対する意趣返しの悪巫山戯――ではない様だった。いつもの、本気で買い替えを考えている時の、新しい物に対する期待に満ちた笑顔がそこにはあった。
 眩暈のする頭を抱えながら、修はふらつく脚で部屋へと戻った。遠くに住み、滅多に会った事もないもう一組の祖父母に電話を掛け、泣き崩れる。
 それしか、出来ない自分が歯痒かった。

 数日後、修は大きな荷物を抱えて家を出た。
 後日子供の声の絶えたのに異変を感じた近所の住人が彼女に尋ねた。お孫さんはどうなさったの? と。
 居なくなっちゃったの――それで全てを説いた様に彼女は踵を返した。

                      ―了―
 


 こんな婆ちゃん、嫌だ(--;)

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プロフィール
HN:
巽(たつみ)
性別:
女性
自己紹介:
 読むのと書くのが趣味のインドア派です(^^)
 お気軽に感想orツッコミ下さると嬉しいです。
 勿論、荒らしはダメですよー?
 それと当方と関連性の無い商売目的のコメント等は、削除対象とさせて頂きます。

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