『猫の領分』

　ご無沙汰してますぅ。Ｚ家の同居猫その三、ミトンです……ぐぅ。
　………………。
　はっ！　ごめんなさい。ホットカーペットという底無し沼に取り込まれて早三時間、眠気との戦いに連敗中なのよ。まぁ、出来ればこの儘完敗でもいいんだけど……。
「ミトン、起きたかな？」あたしの顔を覗き込んでいるのは、しらは。この部屋に住んでいる、あたしの弟。
　無毛猫スフィンクスのママの血を受け継いだのか白い体毛は薄くてぽわぽわ。その分寒さにも弱いし紫外線にも弱いって言うんで、この喫茶『らんぽ』に引き取られて以来、箱入りにゃんこもいい所。
　うちのＺったら未だホットカーペット出してないのよ？　そろそろ炬燵出すか、なんてぶつぶつ言ってはいたけど。早くしてよね、全くもう。
　それであたしは度々しらはの所に温もりを求めて来てるんだけど、如何せんこの部屋の下、一階は喫茶店の店舗。基本動物禁止なんだけど、猫が欲しいって言った娘さんの希望で薄毛のしらはが選ばれたのよ。詰まり、あたしみたいな白黒斑の艶々した毛が自慢の猫はこの家には本当は入っちゃいけないの。
　それでも来ちゃうんだけど。
　あ、勿論只暖を取りにだけ来る訳じゃないのよ？　弟の顔も見たいし。
　それにこの間ね……。

「近所に狭い公園があったの覚えてる？　あんまりに小さくて人が来ないんで、格好の遊び場だったんだけど」言いながらちょっと失言だったかな、と思う。紫外線直撃し易いしらははあんまり外に出られないんだ。
　それでもしらはは頷いた。特に気分を害した風も無い。
「夜中に行った事はあるからね。偶に集会開いてたね。そこがどうかしたの？」
「それがね、何かよく解らないんだけど、今度取り壊される事になったんだって。何か知らないけど新しい施設を作るんだとか」
　そうなったらあたし達の遊び場が一つ減っちゃうじゃない。人が来なくて、公園を囲む樹が丁度いい隠れ場所になって、少ない遊具も雨宿り位は出来て、いい所だったのに。
　あたしがそうぼやくと、しらはは小首を傾げて言った。
「だからじゃない？」
「だからって、何がよ？」
「人が来ない、樹や遊具が目隠しになる――僕達にとってはいい環境だけど。公園を作った人間には、望んだのとは違う結果になってるんじゃないかな」
「どういう事？」
「木陰に猫が隠れてる位なら、人間からしたら大した問題じゃないだろうけど、もしそこに隠れてるのが人間の所謂『不審者』だったら？　然も殆ど人も来ない、周りからは木陰で遮断されてる。そんな所で子供を遊ばせようなんて親、居ないよね。だから余計に利用者も居なくなり、人目も届かなくなり……悪循環だよね」言って、しらははお気に入りの揺り籠に入って目を細める。
　むぅ――あたしは唸った。要するにその不審者とやらの所為なのか。
「まぁ、実際に被害が出ているのか、被害が予想されるから予防的に、なのかは解らないけどね」しらはは一つ欠伸を洩らすと、揺り籠に丸くなった。
「何とか……ならないか、こればっかりは」あたしは項垂れた。もし現実に不審者が居て、そいつが捕まったとしても、人間は第二の不審者の可能性を考えて、やはり公園を取り壊すだろう。実際、あたしだって稀に散歩に来るお爺ちゃんお婆ちゃんや子連れのお母さんに何かあったら嫌だ。飲んで管巻いてる酔っ払いは……まぁ、自分の身と財布は自分で守って頂戴。
「ま、何が出来るのか解らないけど……新しい施設が悪いものだと決め付けるのも早いんじゃないかな？」ぽそりとしらはが言い、それは寝息へと移行して行った。

　そして数週間後。
　公園から遊具が撤去され、掘り起こされ、何やら新しいけどよく解らない物が運び入れられるのを遠巻きに見ていたあたし達は――結局そこに戻って来た。
　公園の周りを囲んでいた樹は全て余所に移植され、見通しはよくなっていたけれど、枝分かれした樹の様な金属製の置物は太陽光線を浴びて気持ちよく温まっていたし、木の棒が複雑な形に組まれた置物は隠れ家にも遊び場にもなった。他にも何だか探検し甲斐のありそうな物が色々……人間には到底入れない大きさだけどね。
「何かね、面白い所になったよ！」少々興奮気味にそう報告すると、しらはは小首を傾げた。
「結局何の施設になったのかな？」と。
　あたしは字は読めないけど、背広を着た人間が言うのを聞いていた。
「えっとね、確か『前衛芸術・オブジェの森』だってさ」
「なるほど」しらはは苦笑した。
「ところで『芸術』って何？」
　あたしはこの後、しらはに「猫に小判」っていう言葉を教わった。
　失礼ねぇ。猫だって綺麗な物位解るわよ。
　でも、あそこにあるのは……やっぱり、面白い物、だと思うな。
　そう呟いて、あたしはまたホットカーペットの上に伸びた。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―了―

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　久し振りシリーズ！（←おい）
　前衛芸術……人間でさえ解らんのに、猫ならば何をかいわんや（笑）