〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
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居なくなっちゃった――そんな、ちょっと寂しげな呟きが耳に入ったのは閉館時間を迎えた図書館を出た所だった。
何が?――あるいは誰が?――と斜め下を見ると、一緒に出て来た良介君が道路の向かいの電柱の辺りをじっと見詰めていた。そして私は、何と無く納得してしまった。
何の変哲もないコンクリート製の電柱。だけどその下には、もう十年程前から新しい花の絶えた事がない。今もやや変色を始めたピンク色のカーネーションがほんのり、色を添えていた。名前迄は覚えていないけれど、女の子が飲酒運転の車に撥ねられるという事故があった所だという事は私も知っている。
「もしかして……ずっと、居たの? あそこに……」痛ましい様な寂しい様な……そんな思いで私は尋ねた。
良介君はこくりと頷いた。
図書館の外に出るようになって直ぐ、良介君とその女の子――みわちゃん、と良介君は呼んだ――は出会ったらしい。それはまぁ、お向かいに居ればねぇ。
七歳でこの世を去った良介君よりも、みわちゃんは更に幼かった。小さい手を開いて五歳、と無邪気に笑ったそうだ。
「見た目はね、もうそんな……事故に遭ったって感じも薄れてて、普通の女の子だったよ。時々、すっごく寂しそうな顔をするのを除けば」帰り道、良介君はぽつぽつと語った。「そんな時はいっつも……みわちゃんのお母さんが来てたんだ」
「え? お母さんが来てるのに、寂しそうだったの?」私は意外に思い、声を上げる。
実は何度か、その母親らしき女性が電柱の足元に花を供え、長い時は小一時間も跪いている姿を、私も見た事があった。細身の、と言うよりは痩せぎすに近い、四十代位の女性。本当はもっと若いのかも知れない。けれどその暗い表情や抑えた服装は、何よりもその根源たる悲しみは確実に彼女の容色を蝕んでいた。
でも、それだけいつ迄も自分を想ってくれる母親が来てくれているのに寂しそう?
「みわちゃんね、お母さんには自分の声が届かないって、寂しがってた。いつも来てくれるけど、笑ってくれないって」
「……」胸を衝かれる思いで、私は思わず元来た道を振り返っていた。
生前、大好きだっただろう、お母さんの笑顔。でも、毎日来てくれるお母さんは泣くばかりで笑ってはくれない。それは、そこで娘を亡くしたから……仕方ないんだろうな。みわちゃんは五歳。もしかしたら彼女が連れている時に事故に遭ったのかも知れない。目の前で、娘を亡くしたのかも……。
笑えないお母さんの気持ちも、笑って欲しいみわちゃんの気持ちも、解ってしまった。けれどそもそも、お母さんにはみわちゃんの声が届かない。注意を引こうとおどけて見せても、我が儘を言っても。
「それでね」良介君が話を続けていた。「夢の中でなら会い易いって言うじゃない? 夢枕とかさ。でも、みわちゃんはあそこから放れられなかったから、この間、僕が言いに行って来たんだ」
「ええ?」流石に私は声を上げてしまった。
亡き人が夢枕に立つ――昔から聞く話だけれど、良介君、普段は私にしか見えないのに。
「それで、巧く行ったの?」
「うん。みわちゃんの言いたい事はきっちり伝わったみたい」言って、良介君はにっこりと笑った。
「みわちゃんの言いたい事……」
「うん、笑って……そして、もう来ないでって」
「もう、来ないで?」それはやはり顔を見る度に寂しくなるからだろうか。それ位ならいっそ来ないでくれた方がいいと。
「だって、お母さんはもう十年もあそこに通ってて、来る度に痩せていく様だって、みわちゃんは言ってた。あの儘じゃお母さんが蝋燭みたいに細くなって消えちゃうって。そんな事はないけど、僕が見てもやっぱり顔色も悪かったし」
「お母さんの身を案じた訳か」
「うん。みわちゃんがそんな心配してるよって言ったら、お母さん、泣き笑いしてた……。それから僕からも一言、最後のお供えはみわちゃんの大好きだった花にしてって」
「それ、もしかして……さっき見たカーネーション?」
良介君はこっくりと頷いた。
「ピンクのカーネーション。これ迄、色の所為か持って来てくれた事、無かったんだって。だから、もしちゃんと言葉が伝わっていたら、そして信じてくれたなら、それを最後に飾って欲しいって」
そして二日前のカーネーションを最後に、彼女はあの場所に現れなくなったそうだ。ややぎこちない、それでも精一杯の笑みを見せて。
そして、みわちゃんも居なくなった――成仏したのかな?
「成仏って僕もよく解らないけどね」それはそうでしょう。未だこの世に留まってるんだから。「あそこに繋がれた鎖は解かれたみたい」
みわちゃんを繋ぎ止めていたのは、お母さんの涙の鎖だったのかも知れない。余りに重い涙は錨(いかり)となり、死者の旅立ちを妨げてしまうのかも。
「どっちにしてもみわちゃんは解放されたのなら、今度は自分でお母さんの夢枕に現れるかもね。カーネーション持って」
私と良介君は笑って顔を見合わせ、初夏の宵の道をゆっくり歩いた。
―了―
ちょっとお久の図書館。このシリーズ、やっぱり怖い幽霊は出ないのか!?(^^;)
七歳でこの世を去った良介君よりも、みわちゃんは更に幼かった。小さい手を開いて五歳、と無邪気に笑ったそうだ。
「見た目はね、もうそんな……事故に遭ったって感じも薄れてて、普通の女の子だったよ。時々、すっごく寂しそうな顔をするのを除けば」帰り道、良介君はぽつぽつと語った。「そんな時はいっつも……みわちゃんのお母さんが来てたんだ」
「え? お母さんが来てるのに、寂しそうだったの?」私は意外に思い、声を上げる。
実は何度か、その母親らしき女性が電柱の足元に花を供え、長い時は小一時間も跪いている姿を、私も見た事があった。細身の、と言うよりは痩せぎすに近い、四十代位の女性。本当はもっと若いのかも知れない。けれどその暗い表情や抑えた服装は、何よりもその根源たる悲しみは確実に彼女の容色を蝕んでいた。
でも、それだけいつ迄も自分を想ってくれる母親が来てくれているのに寂しそう?
「みわちゃんね、お母さんには自分の声が届かないって、寂しがってた。いつも来てくれるけど、笑ってくれないって」
「……」胸を衝かれる思いで、私は思わず元来た道を振り返っていた。
生前、大好きだっただろう、お母さんの笑顔。でも、毎日来てくれるお母さんは泣くばかりで笑ってはくれない。それは、そこで娘を亡くしたから……仕方ないんだろうな。みわちゃんは五歳。もしかしたら彼女が連れている時に事故に遭ったのかも知れない。目の前で、娘を亡くしたのかも……。
笑えないお母さんの気持ちも、笑って欲しいみわちゃんの気持ちも、解ってしまった。けれどそもそも、お母さんにはみわちゃんの声が届かない。注意を引こうとおどけて見せても、我が儘を言っても。
「それでね」良介君が話を続けていた。「夢の中でなら会い易いって言うじゃない? 夢枕とかさ。でも、みわちゃんはあそこから放れられなかったから、この間、僕が言いに行って来たんだ」
「ええ?」流石に私は声を上げてしまった。
亡き人が夢枕に立つ――昔から聞く話だけれど、良介君、普段は私にしか見えないのに。
「それで、巧く行ったの?」
「うん。みわちゃんの言いたい事はきっちり伝わったみたい」言って、良介君はにっこりと笑った。
「みわちゃんの言いたい事……」
「うん、笑って……そして、もう来ないでって」
「もう、来ないで?」それはやはり顔を見る度に寂しくなるからだろうか。それ位ならいっそ来ないでくれた方がいいと。
「だって、お母さんはもう十年もあそこに通ってて、来る度に痩せていく様だって、みわちゃんは言ってた。あの儘じゃお母さんが蝋燭みたいに細くなって消えちゃうって。そんな事はないけど、僕が見てもやっぱり顔色も悪かったし」
「お母さんの身を案じた訳か」
「うん。みわちゃんがそんな心配してるよって言ったら、お母さん、泣き笑いしてた……。それから僕からも一言、最後のお供えはみわちゃんの大好きだった花にしてって」
「それ、もしかして……さっき見たカーネーション?」
良介君はこっくりと頷いた。
「ピンクのカーネーション。これ迄、色の所為か持って来てくれた事、無かったんだって。だから、もしちゃんと言葉が伝わっていたら、そして信じてくれたなら、それを最後に飾って欲しいって」
そして二日前のカーネーションを最後に、彼女はあの場所に現れなくなったそうだ。ややぎこちない、それでも精一杯の笑みを見せて。
そして、みわちゃんも居なくなった――成仏したのかな?
「成仏って僕もよく解らないけどね」それはそうでしょう。未だこの世に留まってるんだから。「あそこに繋がれた鎖は解かれたみたい」
みわちゃんを繋ぎ止めていたのは、お母さんの涙の鎖だったのかも知れない。余りに重い涙は錨(いかり)となり、死者の旅立ちを妨げてしまうのかも。
「どっちにしてもみわちゃんは解放されたのなら、今度は自分でお母さんの夢枕に現れるかもね。カーネーション持って」
私と良介君は笑って顔を見合わせ、初夏の宵の道をゆっくり歩いた。
―了―
ちょっとお久の図書館。このシリーズ、やっぱり怖い幽霊は出ないのか!?(^^;)
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Re:こんばんは
有難うございます(^^)
母の日、お母様に何かして上げますか?^^
母の日、お母様に何かして上げますか?^^
こんばんは♪
なるほどねぇ~!
そういうものかも知れないねぇ・・・・
あまりにも激しく嘆き悲しんで、生き返って欲しい等と強く願うと、それが鎖になって繋ぎ止めちゃうんだろうねぇ・・・・・
悲しくても、安らかに眠ってください!
と見送ってあげるのが良いんだろうねぇ・・・
そういうものかも知れないねぇ・・・・
あまりにも激しく嘆き悲しんで、生き返って欲しい等と強く願うと、それが鎖になって繋ぎ止めちゃうんだろうねぇ・・・・・
悲しくても、安らかに眠ってください!
と見送ってあげるのが良いんだろうねぇ・・・
Re:こんばんは♪
悲しくて寂しくて、でも諦めなきゃいけない事ってありますよね……。
諦める⇒明らかに認める事、と以前、何かの本で読んだなぁ。
「諦める」と言うと想いが途絶するイメージがあるけど、そうでなく「明らかに認めた」上で先を見据える。
だから先に進める……事もある。
諦める⇒明らかに認める事、と以前、何かの本で読んだなぁ。
「諦める」と言うと想いが途絶するイメージがあるけど、そうでなく「明らかに認めた」上で先を見据える。
だから先に進める……事もある。
こうなると
ますます、良介くんの成仏について考えてしまいますが、それは言わない約束かな?続き書けなくなっちゃいますものね。
みわちゃんの思い。お母さんの思い。
みんなみんな優しいねぇ~
思いやりってやつ?うん。いいわ~
みわちゃんの思い。お母さんの思い。
みんなみんな優しいねぇ~
思いやりってやつ?うん。いいわ~
Re:こうなると
良介君は果たして成仏するのか? する気があるのか!?(^^;)
最早佐内さんも気にしなくなってきてるしなぁ(笑)
やっぱり子供ってお母さんには笑っていて欲しいですよね(^^)
最早佐内さんも気にしなくなってきてるしなぁ(笑)
やっぱり子供ってお母さんには笑っていて欲しいですよね(^^)
無題
どもども!
ホント、お互いの気持ちが分かってしまうと悲しいっすよね~。
事故で亡くなってしまった娘を思う母
亡くなってからも母を気遣う娘
このまま怖い幽霊なんか出さず、感動路線で行きましょうよw
ホント、お互いの気持ちが分かってしまうと悲しいっすよね~。
事故で亡くなってしまった娘を思う母
亡くなってからも母を気遣う娘
このまま怖い幽霊なんか出さず、感動路線で行きましょうよw
Re:無題
このシリーズ、最早怖い幽霊が想像出来なくなってきましたよ(笑)
だって幽霊が怖いのは、半ば言葉がまともに通じないから、不可解で理不尽だから、っていうのがあると思うんですけど……良介君を介して言葉や想いが佐内さんにも解っちゃいますものね(^^;)
怖いのは寧ろ思念だけが固まってて、話も出来ないタイプかも。
だって幽霊が怖いのは、半ば言葉がまともに通じないから、不可解で理不尽だから、っていうのがあると思うんですけど……良介君を介して言葉や想いが佐内さんにも解っちゃいますものね(^^;)
怖いのは寧ろ思念だけが固まってて、話も出来ないタイプかも。
Re:所謂
守護霊、それもアリかも知れません(^-^)
みわちゃん、お母さんの笑顔の為ならやりそうです。
みわちゃん、お母さんの笑顔の為ならやりそうです。
Re:無題
まぁ、良介君の方が幽霊としてのキャリアも上だし(笑)
やっぱり会えるのにその人が笑顔を見せてくれないって寂しいでしょう。まぁ、子供を亡くした現場で笑顔って難しいでしょうけど。でも十年間、そうして通われたら、みわちゃんも可哀想。
でも、もう鎖も外れたし、今度は自分で行けますよ、きっと^^
やっぱり会えるのにその人が笑顔を見せてくれないって寂しいでしょう。まぁ、子供を亡くした現場で笑顔って難しいでしょうけど。でも十年間、そうして通われたら、みわちゃんも可哀想。
でも、もう鎖も外れたし、今度は自分で行けますよ、きっと^^
こんにちは
そうだねぇ、どっちも気持ちも分かるだけに、切ないよねぇ。
もう来ないでかぁ。
1年に一回ぐらいは来ても良いんないでしょうかぁ?
まぁ、何時までも悲しんでいて欲しくないかもなぁ。
しかし、人のお母さんの枕元に立つって、凄いなぁ。^^;
アンタも成仏しなはれ。(爆)
もう来ないでかぁ。
1年に一回ぐらいは来ても良いんないでしょうかぁ?
まぁ、何時までも悲しんでいて欲しくないかもなぁ。
しかし、人のお母さんの枕元に立つって、凄いなぁ。^^;
アンタも成仏しなはれ。(爆)
Re:こんにちは
それでは年一回カーネーションをドバッと(苦笑)
夢枕……はっ、それ以前にこれ使えば山名さんとも話出来るじゃん、良介君(笑)
>アンタも成仏しなはれ。(爆)
その内する……か!?(しないかも……^^;)
>
夢枕……はっ、それ以前にこれ使えば山名さんとも話出来るじゃん、良介君(笑)
>アンタも成仏しなはれ。(爆)
その内する……か!?(しないかも……^^;)
>
Re:無題
お互い相手を想うが故の悲しみ、という事で。
でも、夢枕で会えると思う(^^)
でも、夢枕で会えると思う(^^)
Re:こんにちは
考え中^^;
現金が一番いい様な気もする(笑)
現金が一番いい様な気もする(笑)
良いわ~!
死んだ人を想うって仕方ないけど・・・
やっぱり生きてる人には、元気で笑って暮らして欲しいよね。
もし、亡くなった人の想いが聞けるなら・・・
聞きたい人が居る!
いつも、私からの一方通行だからね~
江原さんに聞きたいわ^^
やっぱり生きてる人には、元気で笑って暮らして欲しいよね。
もし、亡くなった人の想いが聞けるなら・・・
聞きたい人が居る!
いつも、私からの一方通行だからね~
江原さんに聞きたいわ^^
Re:良いわ~!
やっぱり大好きな人には笑っていて貰いたい、元気でいて貰いたい……例え死に分かたれようとも。
死者の言葉も怖いものから愛しいもの迄様々ですね。
死者の言葉も怖いものから愛しいもの迄様々ですね。
Re:無題
有難うございます(^^)
お母さんも自然に笑える日が来る筈です。きっと。
お母さんも自然に笑える日が来る筈です。きっと。
Re:親より
取り敢えず立ち止まっちゃってるのが一番辛い気がするの☆
いつ迄も安らがないし、先に進めないし。
いつ迄も安らがないし、先に進めないし。