『誘うもの』

　ジジ……ジジジ……。
　音を立てて点滅する古びた街灯に、蛾の影が舞う。
　時折消えては周囲を闇に溶かすその街灯の足元に、ぽつりと一体の彫像が置かれていた。時折白く浮かび上がる、石膏像の様だ。
　小学校低学年位の女の子の等身大の姿。二つ結びにした髪、秀でた額、僅かに微笑んでいる様な未だあどけない表情、セーターとスカート姿で両手を胸の前で組んでいる。細部に迄わたって造り込まれた、人の映し身。
　だが、こんな住宅街の外れの寂しい道に飾るものではないだろうに、と高校からの帰宅を急ぐ舞子は思った。

「吃驚した……」点滅する街灯の下に彫像を見付けて、思わずぎくりと脚を止めた舞子は小さく呟いた。薄暗い明かりの中では何者かが蹲っている様にも見え、昨今の――普段は余所事と考えている――物騒な事件が頭を過ぎったのだ。
　だが点滅する明かりの元、窺い見れば、それは小さな女の子、それも彫像だった。
　周囲は何処かの地所なのか片側を板塀、片側を畑に挟まれた道。その板塀側に立った街灯の下に、件の少女像はあった。
「何でこんな所に……？」もう少し先の住宅街ならば、家の前庭にガーデニング用の小さな塑像を飾っている所も見受けられる。だが、こんな所に誰が飾ると言うのだろう？
　それでも、捨ててある様には感じられなかった。街灯の下に、その光線の及ぶ範囲を考えて安置した様に見える。尤も、この街灯の古さ迄は計算外だったのか、然して効果的なライティングとは思えなかったが。
　時折ジジッと音を立てて暗くなる街灯は、寧ろ不吉な想像を舞子に与えた。

　――昔読んだ探偵小説とかだと、この中に本物の女の子の死体が入ってたりするのよね。
　ぶるり。
　自分の想像に身震いする舞子。
　――現実にはそんな事、ある訳ないじゃない。馬鹿ね。
　――でも、例えばあの白い表面を削ってみると、パラパラと崩れた後から蒼白く血の気の失せた肌の色が覗いたり……。
　――だから、そんな事ないってば！
　頭を振って、舞子は想像を掻き消し、歩き出そうとした。早く帰らなければ。
　点滅する街灯の下に白く浮かび上がる彫像の前を通る。両手を胸の前で組んだ少女は、自分に何かを懇願している様に、一瞬見えた。通り過ぎ、思わず脚を速める。
　――何処かの変わり者の彫刻家が作品を発表する場も無くて、こんな所に置いてみただけよ。きっと。
　確かによく出来てはいたが、少女象はモデルが居るものかどうか、服装、ポーズ共に余りに地味だった。あどけない少女は可愛くはあるが、所謂華が無かった。
　それだけに、これが果たして飾るべき作品として造られた物なのか、舞子はふと気になって、再び脚を止めていた。振り返り、街灯の下に見る少女像はやはり芸術品としては地味で、それでいて妙に生々しく見えた。
　――少しだけ、削ってみようか。
　ゆっくり、脚が戻る。
　――もし……もしこれが、ああいったものだったら、これは事件だし……。ううん、真逆そんな事無いと思うけど……！
　――後ろの、見えない所をちょっとだけ削ってみて、おかしな所が無ければさっさと帰るのよ。こんな所に置いてるんだもの、どうせ高価なものじゃないわ。
　舞子は、点滅する街灯の下、少女象の後ろの闇に回り込んだ。
　そして、気付いた。
　少女像の背中側には穴が開き、そこに街灯の光も照らせぬ闇が蟠っている事に。
「!?」想像が見事に裏切られた事よりも、その闇の濃密さに本能的な危険を感じて、舞子は直ぐ様踵を返した。
　だがそれは僅かに遅く――ジ……と音を残して街灯が消えた道に、彼女の悲鳴と何ものかののたくる様な音だけが響いた。

　翌朝、通勤や登下校でこの道を通る人々の前に例の彫像は無く、古びた街灯の下には只、明かりに誘われる儘に近付き過ぎた一匹の蛾が、骸（むくろ）を晒しているのみだった。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―了―

---

　多分、今クーンツのホラー読んでる所為。