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〈2007年9月16日開設〉 これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。 尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。 絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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 薄暗い納屋の中は、強い日差しに白く照らされた庭よりもずっと涼しく、少年はふぅ、と吐息をついた。
 母の実家は広く、あちこちが屋根の付いた渡り廊下で繋がれていて、十歳ばかりの少年が探検するには持って来いだったが、庭にぽつんと佇む納屋はそれ以上に彼の好奇心を刺激した。納屋と言っても街中の彼の家一軒程もある。何が収められているのか――彼は吸い寄せられる様に、庭の日差しの中に出て行った。
 鍵が掛かっているかと思ったが、誰かが居るのか、それとも何かを出し入れしてその儘にして行ったのか、南京錠は外され、傍らの釘に掛けられていた。そっと戸を引き開けてみると、中は暗く、人の気配は無かった。
 保管を考慮してか窓は無く、情報に小さな換気口が何箇所かあるだけ。
 戸口からの日光を頼りに窺い見れば、古色蒼然とした和箪笥や長持が整然と並べられている。右手には二階に続く階段があり、上階にも様々な物が収められている様だ。
 濃茶、銀鼠、藍……昔ながらの色が更に影の色を帯びて、しんと眠りに就いていた。
 そんな中にぽつり、不釣合いに鮮やかな白が、彼の目を引いた。

「冷蔵……庫……?」家人に間違って戸を閉じられないよう、そして視界を確保する為に、傍らにあった箱を支えにして開け放しにし、彼は奥にありながらも目立つそれに近付いた。彼の身長程しかない、ドアも一枚しか無い旧式ではあるが、それはどう見ても冷蔵庫だった。然も何処からか電気を引いているらしく、低い唸りを発している。「使われてる?」
 余りにも不釣合いなそれに、彼の手は自然と伸びた。取っ手に指が掛かる。
 が、引いた手には抵抗があり、ドアは開かなかった。
 よくよく見れば、上方に鍵穴の様な――いや、確かに鍵穴があった。
「冷蔵庫に鍵?」少年は首を傾げた。昔の冷蔵庫にはそれが当たり前だった事など、知る由もないのだから。「変なの。大体何でこんな所に冷蔵庫が……」
 勿論母屋の台所に冷蔵庫はあるし、家人も皆それを使っている筈だった。例え庭仕事をしていて喉が渇いた時の為だとしても、勝手口から入れば台所は直ぐ。こんな納屋の奥で、然も鍵の掛かった冷蔵庫に頼る必要など、少年には無いと思われた。
「何が入ってるんだろう?」
「気になるの?」不意に掛かった声に、少年の心臓は跳ね上がった。

「誰? 君……」振り返った少年の前、戸口から見える白い庭の中に立っていたのは、彼と同い年位の少女だった。茶色の髪に青いリボン、青い服がよく似合う少女だった。だが、この家の人間ではない――見た事も無い少女だった。
「ありす」とだけ、彼女は名乗った。
「何処の子? 此処は……」更に尋ねようとした彼の言葉を、彼女はさらりと無視して納屋の中に入って来る。
「涼しいわね、此処」笑顔で、彼女は言った。尤も、暑い中に居た割にその肌には汗の玉一つ、浮かんではいない。「その中も……さぞ涼しいでしょうね」
 視線が白い冷蔵庫を捉える。
「涼しいどころじゃないと思うけど……」ぼそりと呟きながらも、少年も視線を転じた。白い戸口から、白い冷蔵庫へと。
「開けてみたい?」悪戯っぽく、少女は訊いた。
「それは、開けてみたいけど……鍵掛かってるし、やっぱり勝手に開けるのは……」
「あら、納屋に勝手に入った癖に」ころころと、少女は笑う。そして、腰のベルトから様々な鍵の連なった鍵束を外した。「この中に……あるかもね?」
「真逆」そう言いながらも、少年の目は形状の合いそうな鍵を探した。余り大きな鍵じゃない。そんなに長くもないだろう。古そうな冷蔵庫だけど、流石にこんな緑青の浮いた鍵は違うだろう……。
 そうして絞り込んだ一本の鍵を、少女は彼に手渡した。
「何が入ってても知らないけれどね」そう言って上目遣いに笑う顔は可愛くもどこか彼の思い及ばぬものを秘めている様で……彼は鍵穴へ向かい掛けた意識を彼女へと戻した。
「本当は知ってるんじゃないの?」
「さあ?」笑みに細められた目には何の色も映し出されていない。
「……やっぱり、返す」少年は突き出す様に、鍵を差し出した。
 が、少女は鍵を受け取らず、くるりと踵を返した。
「お、おい、君! ありす!」慌てて追うが、少女は捕まらない。
 只、白い戸口に立って振り返り、不可思議な笑みを見せた。苦笑とも嘲笑とも、そして慈愛の微笑みともつかない、不可思議な笑み。そして一言――。
「じゃ、また今度にするのね」とだけ残して、庭を照らす日光に溶け込む様に姿を消した。
 鍵を握った儘茫然とする、少年を残して。

「焦らなくても、鍵を手にした以上、開けてみたくなるのは人の性(さが)よ」昼の熱が残る月夜に、少女の声は歌声の様に流れた。「いずれ彼はあの箱を開けるわ。ある意味、彼にとってのパンドラの箱を」
 庭に立つ彼女の前には、庭木に隠れる様にして小さな影が佇んでいた。
「それには……そうね、彼はもう少し成長してからの方がいいかも知れないわ。貴女の目的を果たすには」
「何で?」か細い、舌っ足らずの声が尋ねた。「今、駄目なの?」
「貴女は『弟』に見付けて貰って、ちゃんとしたお墓に入りたいんでしょ? それには……子供じゃ巧く出来ない事も多いのよ」諭す様に、少女は言った。「だからもうちょっと、待ってみましょ。彼も理解するには色々大変だろうし」
 こくり、と影は頷いた。そして夜の闇に滲んで行った。
「それにしても、幾ら初産の子を死産したからって――それも母親一人だったからって――実家の納屋で冷凍にして遺体を保存しようなんて……狂ってるわね」
 それだけ大事に育んでいたのかも知れないけれど、その愛は歪んでいる――痛ましげに眉を顰める少女の視線の先では、件の納屋に独り籠もり、白い冷蔵庫に頬擦りする母親の姿がひっそりと、あった。
 昼間の少年が鍵を開けるのはいつになるだろう? そして彼は耐えられる?
 冷たい柩で一人眠るあの子の為には早く開けさせたいけれど……珍しく迷いを引き摺りつつも、少女は月光に蒼白く浮かぶ庭を去った。

                      ―了―

 ちょっとすっきりしない終わり方になったかも。
 実際十歳程度の子供が開けちゃったら……トラウマだろうなぁ。いや、何歳になってもか……。

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こんにちは
意味が分からずに読み返しちゃった。
うん、アリスの話にしちゃあ、ちょっとスッキリしないかなぁ。
少年時代を回想シーンにして、大人になった男の子の前にアリスが登場するとかだったら、どうだったんだろうね。
afool URL 2008/07/09(Wed)12:29:29 編集
Re:こんにちは
なるほどー。
大人になって再びあの時の儘のありすに出会う……とか。
ありす、今回手加減気味でしたねー。らしくない(笑)
巽(たつみ)【2008/07/09 18:17】
こんにちは♪
う~ん・・・そうだねぇ~一寸スッキリしないかなぁ~・・・・・

しかし、大人になってもショックだろうなぁ!
いっそ母親の夢の中にでも出て、何とかしろぉ~!
ちゃんと供養しないと祟るぞぉ~~!と脅かしちゃえば!
それじゃアリスさんの出る幕がないかぁ!
ヾ(´▽`;)ゝ ウヘヘ
クーピー URL 2008/07/09(Wed)14:39:42 編集
Re:こんにちは♪
お母さんは歪んじゃってるので……夢枕に立っても多分肝心の話は聞かずに姿見て喜ぶだけだろうなぁ。
後、弟に自分の存在を知って欲しかったり……。
巽(たつみ)【2008/07/09 18:20】
こんにちは~
昔の冷蔵庫って鍵付きだったんですね。
ビックリです。

開けたら、トラウマどころの話じゃなくなるでしょうね…
母親との関係も…
子供も母親も耐えられないでしょうね。
開ける日はくるのかな…?
ふわりぃ URL 2008/07/09(Wed)15:50:18 編集
Re:こんにちは~
昔は鍵付きだったそうですよ。流石に実物見た事無いけど(^^;)
開けたら……まさにパンドラの箱だなぁ。
しかし、箱はいずれ開けられる……かも?
巽(たつみ)【2008/07/09 18:23】
こんにちは
そうですね~、しっくりこない・・

でも、弟じゃなく母親でもだれでも大人でいいじゃん。

なっち URL 2008/07/09(Wed)17:22:53 編集
Re:こんにちは
母親はある意味――歪んじゃってるから――論外なので……(^^;)
と言うか、実家の納屋に電気引いて置いてるんだもの。普段納屋を使用する、他の住人だって承知の上ですよ。あの子以外は。
巽(たつみ)【2008/07/09 18:45】
怖いね怖いね
多分…と思ってたら。きゃあああぁ~
置いてある場所もそうだけど、冷蔵庫に鍵穴って時点でドキドキよね
冬猫 URL 2008/07/09(Wed)22:17:45 編集
Re:怖いね怖いね
もう、こんな所にしまってある箱ってだけで、多分……でしょ(笑)
直ぐに想像つきそうだからってのもあるのよね、開けなかったの☆
昔はやっぱり食べ物も貴重だったからなのかなぁ。冷蔵庫に鍵
巽(たつみ)【2008/07/09 22:45】
無題
どもども!
うわぁ~、冷蔵庫の中に埋葬しちゃってたんですか。。。
ありすの話は不思議なのが多いけど、これは年端も行かない子供には開けさせたくないっすね。
猫バカ1番 URL 2008/07/09(Wed)22:36:37 編集
Re:無題
やっぱりこれは……子供に開けさせるのはねぇ(^^;)
大人でもうわぁ~、ですけど★
はてさて、彼はいつか開けるのでしょうか?
巽(たつみ)【2008/07/09 22:48】
こんばんは。
納屋に冷凍保存された遺体…。
お、恐ろしいです(((( ;゚д゚))))…!!
失いたくない気持ちはわかるけど、これは怖いです;
夜起きて冷蔵庫開けるのが怖いですよぅ…(泣)
涼長 URL 2008/07/10(Thu)23:03:37 編集
Re:こんばんは。
考えたらちょっとホラーですねぇ(^^;)
そう迄して手元に置いておこうとする精神状態が怖いかも★
巽(たつみ)【2008/07/11 19:21】
おはようございます!
母親の気持ちもわからんではない!
そして、『姉さん」の気持ちもね。
10年以上見つかってないのはちょっと不思議かな(^_^;
というか見つけようとしない、かな
つきみぃ URL 2008/07/11(Fri)09:42:16 編集
Re:おはようございます!
見付かっていないと言うより……彼以外の家の人には周知の事実だったり。
でなければあんな目立つ物、隠せる筈もないし(^^;)
巽(たつみ)【2008/07/11 19:38】
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