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〈2007年9月16日開設〉 これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。 尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。 絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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 曇った窓からの薄ぼんやりとした日差しの帯の中、埃が舞い踊る。
 時折光を反射するその様は意外にも美しく、そして退廃的だった。
 少年は日差しと影の縞模様に彩られた廊下を進み、突き当りの部屋の前へと辿り着いた。精巧に彫られた扉のレリーフにも埃は積もり、真鍮のドアノブの光も曇っていた。床に積もった埃も、最近その扉が開けられた気配が無い事、開けようと近付いた者も無い事を物語っていた。
 今そこにあるのは、彼――五歳ばかりの小さな少年の足跡のみだった。
 そしてその手に余る程の大きさの、重厚な造りの鍵。彼は一つ、息を飲むと、その鍵を扉の錠に差し込んだ。
「もう居ないと……解っているのにな」年恰好に似合わぬ諦めの声音で、そう呟きながら、鍵を捻る。「それでも……会いたい……」
 扉の先は、光と暖かさの溢れるサンルームだった。

 街外れの洋館の前に立ち尽くす――物心付き、その身が意の儘になるようになってから、少年が繰り返してきた事だった。
 勿論、直ぐに探しに来た両親に連れ帰られたり、迷子として保護された。彼自身が何と言おうとも、今の彼は五歳の幼児に他ならない。保護されるべき対象でしかないのだ。
 それに、洋館には門、玄関、そして各部屋と、全てに錠が下りていた。その鍵を持たない彼には、そこに立ち入る事は出来ない――いや、出来ずにいた。
 この日、不意に後ろから声を掛けられる迄は。

「此処に入りたいの?」振り返れば十歳ばかりの少女。栗色の髪に青いリボンがよく似合っている。青い服も。
 彼はこっくりと頷いた。
「どうして?」少女は訊いた。
 何と無く、その答えを彼女は知っているのではないかと感じながらも、少年は答えた。
「会いたい人が居る――いや、居た」過去形への言い直しに、彼の幼い顔が苦渋に歪んだ。
「でも、鍵がかかっているわね。それに、その人はもう居ないんでしょう?」
「解っている!」自分でも思いがけず、強い反駁の声が出て、彼は恥ずかしさに顔を染めた。「済まない、怒鳴ってしまって……」
「解っていても、行きたいのね? この中へ……」少女は気にした風もなく言い、微笑した。「いいわ。鍵を上げる」
「上げるって……君は一体……」途惑う少年の手に、三本の鍵がついた鍵束が渡された。
「それだけあれば充分でしょ? 行ってらっしゃい」笑って少年の背をぽんと押し、彼女は手を振った。
 途惑いながらも、彼は一本目の鍵――門の鍵を握り締めた。
 二本目の玄関の鍵を手に握り込んだ時、思わず振り返った視界にはもう少女の姿は無かった。何者だったのか、疑惑が頭をよぎる。
 しかし、それらの鍵が、間違いなく彼の求める物である事を、彼は知っていた。
 彼は意を決し、二本目の鍵を使った。

 そして三本目の鍵――サンルームの鍵を使った彼の目の前には、彼の記憶と相違わぬ光景が広がっていた。
 美しく磨かれた硝子には曇一つ無く、冬の日光を余す所なくこの部屋に集めていた。
 広い部屋の中央にはグランドピアノ。それを囲む様に配置されたソファ。壁際には品のいい花瓶に活けられた生花が彩りを与えている。
 そして部屋に流れるノクターン……。全てがあの日の儘だった。
 ピアノの前の、長い髪を結い上げ、シンプルながらも上品な白いドレスを纏った彼女も。
「会いたかった……」感極まった様子で、少年は彼女に歩み寄った。
 だが――ピアノを弾く指を止めた彼女は、寂しげな顔で振り返って頭を振った。
「駄目よ」優しく、しかしきっぱりとした拒絶の言葉。「私は未だ此処から離れられないでいた。でも、貴方は違う。もう……生まれ変わったのだもの。既に私とは世界が違うの」
「そんな……!」彼は悲嘆に暮れる。「僕には未だかつての記憶がある。この家で君と一緒に暮らし、笑い、君のピアノを聴いた……!」
「でも、私達は死んだわ。流行り病に罹り、先ず私が……。そして貴方も……」
「しかし……!」
 すっと歩み寄り、彼女は腰を屈めて小さな少年の頬に手を添えた。
「前世の記憶なんて……後生大事に取って置くものじゃないわ」微苦笑を浮かべる。「覚えていてくれたのは嬉しかった……。でも、それで貴方が進めなくなるのなら――忘れて」
 
 忘れて――その一言が小さな彼の胸を押し潰しそうだった。
 物心付いてから、彼女の記憶を意識してから、こうして会うのをどれ程望んでいた事か。
 こんな事なら――彼は手の中の三本の鍵を握り締めた。壊れてしまえとばかりに――いっそ、外から眺めている間の方が良かった! と。
「泣かないで」彼女は言った。「これで私も逝けるのだから。こうして貴方が……私の死を認めてくれたから」
「僕が……!」胸が詰まり、言葉が巧く出て来ない。「僕が君を此処に縛り付けていたのか!?」
 彼女は寂しげな微笑を以ってそれに答えた。
「会えてよかったわ……」立ち上がりながら、彼女は言った。「これで……もう寂しくないわ」
「……っ! 僕は……!」
「次に逢う時迄」彼女の言葉は彼の涙の反駁を封じ込めた。
「次……?」茫然と呟く、彼。
「貴方が生まれ変われたんだもの。私だって――此処を離れさえすれば――いつかは、ね」彼女は笑う。「いつになるかは解らないけれど……また、逢いましょう」
 再会の約束を最後に、彼女の姿は薄れ、その姿が消え失せた時、サンルームは本来の時間の流れを取り戻した。
 曇った硝子は所々罅割れ、床にもピアノにも家具にも、厚く埃が積もり、枯れた生花さえ失った花瓶はどこか寂しげだった。
 気が付けば、涙をぐいと拭った手に握っていた筈の鍵もまた、失せていた。
 すっかり寂れてしまった部屋を見回して、彼はぽつりと呟いた。
「忘れるよ。君の事も、この家の事も――また、逢える日迄」

「ご苦労様」三本の鍵を束に繋ぎ、少女は言った。
 傍らには白いドレスの女性。寂しげな微笑みを浮かべながらも、どこか満足そうだった。
「本当、前世の記憶なんていつ迄も抱えて置くものじゃないわね」少女は肩を竦めた。「挙げ句それが貴女を繋ぎ止めていたなんて……。それだけ想いが深かったとも言えるけれど」
「でも、過去は過去……戻れない時ですから」寂しげに、女性は微笑む。
「そうね。兎に角、次に進むのね。貴女も、彼も」
 こっくりと頷いて――女性は本当に、この世から姿を消した。
 黄昏の空を見上げ、少女は呟いた。
「私は……忘れない。忘れられない。この鍵達と共に……」
 金属の触れ合う音だけをその場に残し、いつしか少女の姿は消えていた。

                      ―了―

 前世の記憶って、あると思いますか?(書いといて何を言う)
 私は……あったら面白いかな(^^)
 でも、抱え込んでしまって今が生きられなくては……ね。

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無題
どもども!
前世治療とかヒプノとかに興味があるんで、きっと前世の記憶も頭のどこかに眠ってると思いますよ!
愛する人の想いに縛られ、生まれ変わる事も出来なかった彼女が開放されたのはハッピーエンドなんじゃない?
ちょっと巽さんらしくないかもしれませんがw
猫バカ1番 URL 2009/01/10(Sat)00:25:39 編集
Re:無題
ハッピーエンドは私らしくありませんか!?(爆)
ほほう、猫バカさんは意外にも(?)ヒプノとか興味があったんですね〆(。。)メモメモ
巽(たつみ)【2009/01/10 21:36】
こんばんは
途中まで五齢にしては言葉使いが変だよなぁと思ったから、指摘しようと思ってたの。
なるほどね。騙されたよ

うん。過去に捕われてたら駄目よね。
解ってはいるんだけど……なかなか難しいものですよ。

そうそう。有栖川先生の『幻の娘』を思い浮かべちゃった。。ピアノ弾いてる人が違うし内容は違うんだけどね。何となくね
冬猫 2009/01/10(Sat)01:01:37 編集
Re:こんばんは
はい、意識が大人だから、あの言葉遣いでした。
誤字は兎も角、そんな設定部分で抜かりませんよ♪ 
巽(たつみ)【2009/01/10 21:42】
こんにちは♪
5歳にしては大人びた口のききかたをする子だなぁと思ったら生まれ変りでしたかぁ!

そのくらいの年齢までだと結構、前世の記憶が残っているらしいですよね、
家は母親が難産だったみたいなので、前世の記憶はまったくないですけどねぇ~!
残念だなぁ・・・あったら一寸面白いかもネ♪
クーピー URL 2009/01/10(Sat)13:27:34 編集
Re:こんにちは♪
はい、見た目は子供、中身は大人……な五歳児です^^
前世の記憶、あったら面白いかな。それに惑わされてたり、逃げ込んでたらあかんけど。
巽(たつみ)【2009/01/10 21:55】
こんばんは!
おぉ、そういうことだったんですね、彼の言葉遣い。。
前世の記憶を引き継ぐのは何かと辛いでしょうねぇ・・・^^;
私は前世(何代か前ですが)で淳仁天皇だったらしいですが、幽閉された場所(淡路島)を見ても何も思い出しませんでしたw
今の職場の店長がその住職さんだったとか云々・・・。
いやぁ、結構近くに転生するとは言いますけどねぇ。。
わりとどうでもいい話でした←オイ
らすねる 2009/01/10(Sat)21:59:37 編集
Re:こんばんは!
袖擦り合うも他生の縁と申します。やはり某かの因縁があるのやも知れませんね。
はい、言葉遣いは敢えて子供としては違和感のある、大人っぽいものを心掛けました。だって中身は大人やもん^^
巽(たつみ)【2009/01/10 22:17】
こんばんは☆
この世の記憶を持って
生まれ変わりたいなとは思っているんだけどねぇ
生まれ変わってまた巡り会うなんていいよねぇ(^^)
つきみぃ URL 2009/01/10(Sat)23:05:14 編集
Re:こんばんは☆
色んな事があるけれど、死んだら忘れてしまうってのも寂しいですものね。
せめて好きだった人位は覚えて置きたいかも(^^)
巽(たつみ)【2009/01/11 21:28】
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