〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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「開かなかったわよ?」不満げにそう言って、銀色の鍵を突き出す様にして見せたのは十七、八の少女。尤も服装やメイクだけはもっと大人を装っている。だが、尖らせた唇ややや吊り上がった目は正直で、やはり未だ幼さを残していた。
彼女の前には、公園のブランコに腰掛けて、僅かに揺れる十歳ばかりの少女。茶色い髪に青いリボン、青い服のよく似合う可愛らしい少女だった。
銀色の鍵はその少女――ありすと名乗った――から貰った物だった。
何の変哲もない、しかし疾うに捨てた鍵。かつては大事だった筈の鍵。
それを何処から手に入れたものか、古い鍵を集めていると言う少女が持っていた。そしてそれに目を止めた彼女に、意味ありげに鍵をくれたのだが……。
「開かなかったわよ?」彼女はもう一度、やや強く言った。「大事な物でしょ、なんて解った様な事言ってたけど、あたしの鍵じゃなかったんでしょ」
少女は小首を傾げて、彼女の目を見上げた。
彼女の前には、公園のブランコに腰掛けて、僅かに揺れる十歳ばかりの少女。茶色い髪に青いリボン、青い服のよく似合う可愛らしい少女だった。
銀色の鍵はその少女――ありすと名乗った――から貰った物だった。
何の変哲もない、しかし疾うに捨てた鍵。かつては大事だった筈の鍵。
それを何処から手に入れたものか、古い鍵を集めていると言う少女が持っていた。そしてそれに目を止めた彼女に、意味ありげに鍵をくれたのだが……。
「開かなかったわよ?」彼女はもう一度、やや強く言った。「大事な物でしょ、なんて解った様な事言ってたけど、あたしの鍵じゃなかったんでしょ」
少女は小首を傾げて、彼女の目を見上げた。
「この公園で別れてから未だ三十分と経ってないわ。随分急いで行って来たのね?」ふ、と笑って青い少女は言った。自分よりも年上の相手に文句を付けられているとは思えない、どこか悪戯っぽい表情。
「べ、別にそんな事ないわよ!」対する少女の頬に朱が差した。「それより、これ、返すわ。あたしには鍵を集める趣味なんてないし……」
「持っていたら思い出すだけだから?」足元を蹴って、ブランコを揺らし始める。
「……あんた、あたしの事どれだけ知ってるって言うのよ? 今日、初めて会ったのに……」訝しそうに、彼女は質す。
「さぁね」はぐらかす様な返事と共に、ブランコは遠ざかる。「それより、どうして開かなかったのかしら?」近付く少女の問い。
「それはこれがあたしの鍵じゃなかったからだろ? 確かによく似てるし……一時はあたしもそうだと思ったけど」少女は今一度、鍵をしげしげと見遣る。何の変哲もない鍵――それだけに似た物は幾らでもあるだろうが、持ち手に付いた、子供向けのシールを貼った跡や、僅かな傷、それらが彼女の記憶の鍵穴と合致していた様に思われたのだが。
だが、思わず早足で辿り着いた思い出の場所は、この鍵に応えてくれなかった。
あるいは錠前を替えられたのだろうか。
看板は前の儘だった。カーテンが掛かっていて中を確認する事は出来なかったが、そのカーテンも以前の儘だった。なのに鍵は開かない。
自分を拒否された様で、腹立たしくて悔しくて、そして悲しくて、彼女はそれらを振り切る様に公園迄走って取って返した。せめてこの少女に文句を言いたくて。
こんな鍵を渡されなかったら――行こうとはしなかっただろうし、こんな思いもしなかっただろうにと。
尤も、本当は解っていた。それは八つ当たりだという事が。
本当ならあの家に行く事は――今日、そうであった様に――容易いし、本当なら鍵など無くてもインターホンを押せば、もしくは誰かが帰って来るのを待てば、家は彼女を受け入れてくれただろう。
なのに今日、そうしなかったのは――。
「貴女が原因ね」ブランコと共に視界を過ぎった少女が、そう言った。
「あたしが、原因?」茫然と、そう訊き返す。
少女は応えず、只きぃ、きぃ、と鎖の揺れる音が夕暮れの公園に響く。
「どうしてよ? 鍵は鍵でしょ? 鍵穴が合いさえすれば開くものよ? 実際鍵は回ったし、なのに――」言い掛けて、少女は黙する。
そう、鍵は回った。それは確かに鍵が合っている事、そして開いた事を示していた。
なのにドアが開かなかったのは……。
「あたしが……ドアを開けなかったから。ううん、開けられなかったから……」
何故今頃、と拒否されるのが怖くて、心配を掛けるのが怖くて、そもそも、忘れられているかも知れないと、それが何よりも怖くて。
ドアを引き開ける事が出来なかった。そしてその自分自身の勇気の無さが恥ずかしくて、怖くて……無意識の中で鍵が開かなかった事にした。
そう、原因はあたし――彼女は付き返そうとしていた鍵を、ぎゅっと握り込んだ。
顔がくしゃりと歪む。泣き出しそうで、でも子供の前で泣くのは嫌で、何もかもが怖くて……。
「もう一度行くのなら……」ブランコの上で少女が言う。「そのメイクだけでも落として行ったら? そこに水道もあるし。似合ってないわよ?」
「はっきり言う子ね……」苦笑いしながらも、彼女は水道に向かった。水道の水位でメイクは綺麗に落ちはしない。けれど、涙を誤魔化すには有効だった。
水が、思いの他心地いい。
あの場所で他の子供と喧嘩して、やっぱり涙を誤魔化す為に、そして傷を冷やす為に水の流れに頭を突っ込んだ事を思い出す。傷に沁みたけれど、カッとなった頭が冴えていく様で、気持ちよかった。それで、相手の子とも素直に仲直りが出来た。
そんな思い出のある、あの場所。十二年居て、友達も出来て、母親の様な人達も居て……五年前に巣立った筈の場所。その時、戻らない事を決めた場所。大事な場所で、大事な人達が居るからこそ、戻って心配を掛けたくない、と。
そんな人達にこんなメイクをした顔は、確かに見せられない。服装だって……。
きゅっ、と蛇口を閉め、頭を振って水気を払うと、彼女はブランコを振り返った。
「今日はもう家に帰って、明日、再挑戦するわ。もっとちゃんとした顔でね」吹っ切れた様な笑みで言った言葉に、応えたのはブランコが風に揺れる音だけで、少女の姿はもう無かった。
肩を竦めて、少女は家路に着いた。
翌日、年齢相応の服装、ちょっと頼りないと自分では感じるリップクリームだけの顔。
鏡に映ったその姿に、はにかむ様な笑みを、少女は浮かべていた。
父は休日出勤でもう居なかったが、あの場所に行く、と言うと母親は吃驚した様な、しかしどこか安心した様な顔で、頷きを返した。
「よかった……私達に遠慮し過ぎてるんじゃないかって、気になってたの」と。
その言葉に、自分が思いがけず心配されていた事に気付いた。
孤児の保護施設から引き取られた、義理の親子だから、と勝手に見切りを付けていたのは自分の方だったのだという事にも。だからこそのメイクも、服装も、必要なかった事にも。
「行って……来ます」唇を噛んで、彼女はそう言って家を出た。
鍵は結局必要なかった。
インターホン越しの「お久し振りです」の声に、かつての母の一人が大層弾んだ声で彼女の名を呼んでくれた。やっぱりメイクをして来なくて良かったと、彼女は思った。涙でメイクが崩れてしまいそうだったから。
たっぷりと思い出話をして、お茶を飲んで、友達の近況を聞いて……帰る頃にはいつ失くしたものかあの鍵は姿を消していたが、彼女にはそれも気にならなくなっていた。
此処は、いつでも来られる――来ていいのだと解ったから。
「御苦労様」銀色の鍵は鍵束に収められた。
夕暮れの公園。青い少女は一人、立っている。
「心配性のお姉さん、他人の心配は見えないんだものね」くすくす……笑い声が風に乗る。
それが更なる風に紛れる頃、公園から人の姿は消えていた。
―了―
鍵が開かない理由も様々。開けようとしなくては開く筈もなし、です。
「べ、別にそんな事ないわよ!」対する少女の頬に朱が差した。「それより、これ、返すわ。あたしには鍵を集める趣味なんてないし……」
「持っていたら思い出すだけだから?」足元を蹴って、ブランコを揺らし始める。
「……あんた、あたしの事どれだけ知ってるって言うのよ? 今日、初めて会ったのに……」訝しそうに、彼女は質す。
「さぁね」はぐらかす様な返事と共に、ブランコは遠ざかる。「それより、どうして開かなかったのかしら?」近付く少女の問い。
「それはこれがあたしの鍵じゃなかったからだろ? 確かによく似てるし……一時はあたしもそうだと思ったけど」少女は今一度、鍵をしげしげと見遣る。何の変哲もない鍵――それだけに似た物は幾らでもあるだろうが、持ち手に付いた、子供向けのシールを貼った跡や、僅かな傷、それらが彼女の記憶の鍵穴と合致していた様に思われたのだが。
だが、思わず早足で辿り着いた思い出の場所は、この鍵に応えてくれなかった。
あるいは錠前を替えられたのだろうか。
看板は前の儘だった。カーテンが掛かっていて中を確認する事は出来なかったが、そのカーテンも以前の儘だった。なのに鍵は開かない。
自分を拒否された様で、腹立たしくて悔しくて、そして悲しくて、彼女はそれらを振り切る様に公園迄走って取って返した。せめてこの少女に文句を言いたくて。
こんな鍵を渡されなかったら――行こうとはしなかっただろうし、こんな思いもしなかっただろうにと。
尤も、本当は解っていた。それは八つ当たりだという事が。
本当ならあの家に行く事は――今日、そうであった様に――容易いし、本当なら鍵など無くてもインターホンを押せば、もしくは誰かが帰って来るのを待てば、家は彼女を受け入れてくれただろう。
なのに今日、そうしなかったのは――。
「貴女が原因ね」ブランコと共に視界を過ぎった少女が、そう言った。
「あたしが、原因?」茫然と、そう訊き返す。
少女は応えず、只きぃ、きぃ、と鎖の揺れる音が夕暮れの公園に響く。
「どうしてよ? 鍵は鍵でしょ? 鍵穴が合いさえすれば開くものよ? 実際鍵は回ったし、なのに――」言い掛けて、少女は黙する。
そう、鍵は回った。それは確かに鍵が合っている事、そして開いた事を示していた。
なのにドアが開かなかったのは……。
「あたしが……ドアを開けなかったから。ううん、開けられなかったから……」
何故今頃、と拒否されるのが怖くて、心配を掛けるのが怖くて、そもそも、忘れられているかも知れないと、それが何よりも怖くて。
ドアを引き開ける事が出来なかった。そしてその自分自身の勇気の無さが恥ずかしくて、怖くて……無意識の中で鍵が開かなかった事にした。
そう、原因はあたし――彼女は付き返そうとしていた鍵を、ぎゅっと握り込んだ。
顔がくしゃりと歪む。泣き出しそうで、でも子供の前で泣くのは嫌で、何もかもが怖くて……。
「もう一度行くのなら……」ブランコの上で少女が言う。「そのメイクだけでも落として行ったら? そこに水道もあるし。似合ってないわよ?」
「はっきり言う子ね……」苦笑いしながらも、彼女は水道に向かった。水道の水位でメイクは綺麗に落ちはしない。けれど、涙を誤魔化すには有効だった。
水が、思いの他心地いい。
あの場所で他の子供と喧嘩して、やっぱり涙を誤魔化す為に、そして傷を冷やす為に水の流れに頭を突っ込んだ事を思い出す。傷に沁みたけれど、カッとなった頭が冴えていく様で、気持ちよかった。それで、相手の子とも素直に仲直りが出来た。
そんな思い出のある、あの場所。十二年居て、友達も出来て、母親の様な人達も居て……五年前に巣立った筈の場所。その時、戻らない事を決めた場所。大事な場所で、大事な人達が居るからこそ、戻って心配を掛けたくない、と。
そんな人達にこんなメイクをした顔は、確かに見せられない。服装だって……。
きゅっ、と蛇口を閉め、頭を振って水気を払うと、彼女はブランコを振り返った。
「今日はもう家に帰って、明日、再挑戦するわ。もっとちゃんとした顔でね」吹っ切れた様な笑みで言った言葉に、応えたのはブランコが風に揺れる音だけで、少女の姿はもう無かった。
肩を竦めて、少女は家路に着いた。
翌日、年齢相応の服装、ちょっと頼りないと自分では感じるリップクリームだけの顔。
鏡に映ったその姿に、はにかむ様な笑みを、少女は浮かべていた。
父は休日出勤でもう居なかったが、あの場所に行く、と言うと母親は吃驚した様な、しかしどこか安心した様な顔で、頷きを返した。
「よかった……私達に遠慮し過ぎてるんじゃないかって、気になってたの」と。
その言葉に、自分が思いがけず心配されていた事に気付いた。
孤児の保護施設から引き取られた、義理の親子だから、と勝手に見切りを付けていたのは自分の方だったのだという事にも。だからこそのメイクも、服装も、必要なかった事にも。
「行って……来ます」唇を噛んで、彼女はそう言って家を出た。
鍵は結局必要なかった。
インターホン越しの「お久し振りです」の声に、かつての母の一人が大層弾んだ声で彼女の名を呼んでくれた。やっぱりメイクをして来なくて良かったと、彼女は思った。涙でメイクが崩れてしまいそうだったから。
たっぷりと思い出話をして、お茶を飲んで、友達の近況を聞いて……帰る頃にはいつ失くしたものかあの鍵は姿を消していたが、彼女にはそれも気にならなくなっていた。
此処は、いつでも来られる――来ていいのだと解ったから。
「御苦労様」銀色の鍵は鍵束に収められた。
夕暮れの公園。青い少女は一人、立っている。
「心配性のお姉さん、他人の心配は見えないんだものね」くすくす……笑い声が風に乗る。
それが更なる風に紛れる頃、公園から人の姿は消えていた。
―了―
鍵が開かない理由も様々。開けようとしなくては開く筈もなし、です。
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Re:こんばんは
まぁ、改心という程グレてもないですが……(^^;)
今の子、メイク位普通にしてるしなぁ。若い頃なんてその儘でいいのに(--;)
Re:こんにちは
そそ、要らん所で心配して遠慮して、結局周りにも心配掛けてるの(^^;)
今の家で何かあったんじゃないかとか、不満があるんじゃないかとか、思わせまいとして……却って思わせてたり(苦笑)
素直が一番♪
今の家で何かあったんじゃないかとか、不満があるんじゃないかとか、思わせまいとして……却って思わせてたり(苦笑)
素直が一番♪
Re:難しいのよね
先生も大変ですよね(^^;)
今の子、本当、普通にしてるもんなぁ。メイク。折角若くて肌も綺麗な時期なんだから、塗らなくてもいいだろうにねぇ。
今の子、本当、普通にしてるもんなぁ。メイク。折角若くて肌も綺麗な時期なんだから、塗らなくてもいいだろうにねぇ。
Re:お~
有難う~(^^)
な?
な?
Re:あれ?
り♪