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〈2007年9月16日開設〉 これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。 尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。 絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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 今日夜霧――夜原霧枝先生――は、東南から順に、と時計回りに並ばせた彼等が本来何の仕事がしたかったのかと尋ねて回れと、僕と京に命じた。
 そのいずれもこの学園の卒業生――僕達の先輩だ。
 同窓会を懐かしい学び舎で、と休みの日取りに合わせて数年振りにこの学園に来たそうなのだけど……そこで数人が一悶着起こしてしまったのだ。
 僕と京は偶々学園内の図書館に来ていたのだけれど、夜霧の怒鳴り声で何事かと顔を出したのが運の尽き。別室に彼等を引き連れて行こうとしていた夜霧に見付かり、自分は他の卒業生達との話があるからと言う彼女は、尋問役を僕達に押し付けてしまったのだ。
 それは確かに京は寮内では纏め役だし、生徒達の話を訊くのは慣れてるけど……相手は先輩方だ。
 それでも解りましたと二つ返事で頷いた京を、僕は頼もしく思うべきなのか、不安に思うべきなのか……。いや、正直に言えば不安なのだが。
 兎も角、僕達は諍いの余韻なのか些か剣呑な目をした男女と共に、教室に閉じ込められたのだった。
 
「兎に角、何があったのかお話願えませんか?」京にしては丁寧に、それでも見た所五つは上の相手に臆する事無く、質問が開始された。僕は夜霧への報告用に、一問一答を書き留めて置く役だ。
 ぐるりと並んだ男女は五人。男性三人に女性が二人。いずれも互いの視線を憚る様にしつつも、相手の顔色を窺うという器用な真似をしている。見た所男性三人はサラリーマン風。女性の内一人はぴしっとしたスーツが決まったキャリアウーマン風。一人はやはりスーツだったけれど、それがそのふっくらした体型にどこか馴染んでおらず、然も樟脳の匂いが微かにしていた。普段スーツを着る職種ではないのだろう。
 京の問いに最初に答えたのはキャリアウーマン風の女性だった。見た目に相応しいテキパキとした説明で、あらましを語ってくれた。
 それによるともう一人の彼女が学生時代に語っていた夢を、結局夢半ばに捨てた事を男性の一人が哂った。それに対してもう一人が同調し、後の一人がそれを諌めた所、言い争いになり、彼女が割って入ったのだと言う。

「先輩方に申し上げるのも僭越ですが、他人の夢を哂うのは如何なものでしょうか?」慇懃無礼――そんな京の言葉に二人の男性が眉を顰める。
「だってよぉ、こいつ、学生時代何て言ってたと思う?」女性を不躾に指差して、男の一人が言う。
 が、京は涼しい顔でそれを制した。
「兎も角、夜霧先生のお達しです。順にお伺いしましょうか」言って、先ず端の席に座ったキャリアウーマン風の女性に話を振った。「貴女が本来したかったお仕事は何ですか?」
「お嫁さん――と言うのは嘘」そう言って彼女は悪戯っぽく微笑する。「学生時代からそういうの興味無かったのよね。男に負けない位仕事して、自活して……それが夢だった」
「その夢は叶いましたか?」京はそう訊いたけれど、その答えは彼女自身が体現している様だった。
「今の所順調よ」そう言って彼女は笑った。

 次に訊いたのは元クラスメートを諌めた男性。
「俺が本来したかったのは……英語の教師だった。成績が悪くて結局中小企業のサラリーマンだけどね」男は苦笑するが、そこに卑下の色は無い。それなりに、今の自分に満足しているのだろうか。「中小企業とは言っても海外からの受注が多くてね。俺の英語でもそれなりに役に立つって言ってくれてて……」
「なるほど、特技を生かしたお仕事をされてる訳ですね」京がそう相槌を打った。
 そして次へと移った。

 次に並ばされていたのは最初に彼女を哂った男。
「本来したかった仕事? そんなもん……忘れたよ」投げ捨てる様に、男は言った。あるいは年下の僕達に尋問紛いの真似をされて、気分を害していたのかも知れない。けれど、これも夜霧のお言い付け。僕達だって好きでやってる訳じゃないんだから……いや、京はどうか知らないけど。
「現在はどの様なお仕事を?」
「所謂フリーターって奴だよ。悪いか」
「悪いなんて一言も……」京は態とらしくゆっくりと頭を振る。「すると、現在のしたいお仕事は?」
「ねぇよ」吐き捨てる様な一言。
 それでよく人の事を哂えたものだと僕は思ったし、京も同じ事を思ったらしいのが微かに表情に見て取れたけれど、ここでは何も言わなかった。

 そして次の男はと言うと。
「本来したかった仕事ねぇ。アイドル、かな?」そう言ってにやにやと笑いながら、左隣の女性を見遣る。居心地悪そうに俯く彼女に、一つ肩を竦めた。「なんてのは冗談だよ。本気な訳あるもんか。俺がしたかったのは……そうだなぁ、進路希望には医者って書いたっけな。親の手前もあって」
「その親御さんの希望は抜きにして、貴方がしたかったお仕事は何ですか?」辛抱強く訊く、京。ヤバイ。眉間に皺が寄り始めている。
「特に無いな。考えてみろよ。お前等だってその歳で将来の展望なんて、どこ迄見えてる? 何かになりたいと思っても何をすればなれるのか、解ってるのか?」
「少なくとも、それを調べる意欲はありますよ」と、京。
「優等生だねぇ」不愉快な口笛。「あ、因みに今は一応会社員やってるから」
 京の眉間には今やはっきりと皺が寄っている。僕ははらはらしながらも一問一答を書き留め続けていた。

「貴女が本来したかったお仕事は何ですか?」一呼吸置いて、少し柔らかくなった口調で最後の女性に訊く。
 俯いていた彼女はふくよかな頬を強張らせつつも、顔を上げた。先程の男の言葉から、大体の予想は付いている。それでも言葉がなかなか出て来ないのは先程からかわれた為だろうか。それとも、それを言う事で今また僕達にも笑われるのではないかと恐れているのだろうか。
「因みに」僕はそっと口を挟んだ。「今、僕がやってみたいと思ってる仕事は探偵なんですよ。友達に面白い奴が居ましてね」
「祥」京が呆れた様に僕を見る。「あいつはちょっと特殊だと思うが……」
「僕もそう思うよ。だからこそ、ああなってみたいって思うんだけどね」
 勝手にしろ、と京は肩を竦める。
 けれど、女性は僕達のやり取りを見て、ふっと頬を緩めた。
「そうよね。特殊だから、特別だから憧れる……自分もああなりたいって思う。それは可笑しい事じゃないわよね」
 全然可笑しくない、と僕達は頷く。
「私ね、アイドルになりたいって思ってた。実際ダンスのレッスンも受けてたし、何度もオーディションも受けたのよ? けど、駄目で……。捨て鉢になってる時に励ましてくれたのが今の夫――結局彼女が嫌ってる専業主婦になっちゃった」そう言って先の彼女を見遣ったけれど、その視線に負い目は感じられない。
「あら、私専業主婦を嫌ってなんていないわよ?」些か心外そうに相手は言った。「専業主婦は立派な仕事だと思ってるわ。只、私には向かないなって思ってるだけ」
「向き不向き……それも大事だよね。結局向かない仕事なんて、ストレスばかりで長続きしないし……」英語教員になりたかった男性が言う。「でも、就いてみなきゃ解らない事も多いし。難しいね」頭を掻きつつ、苦笑する。
 そんな三人を面白くなさげに眺めるのは二人の男。
「こんな事訊いてどうするんだよ?」フリーターが言う。「相変わらず訳解らねぇな。夜霧センセはよ」
 ちょっぴり同感だ、と思ってしまったのは内緒にしておく。

「取り敢えず解ったのは……」京は主にその二人に向かって言った。「貴方方に彼女を笑う資格は無いという事ですね」
 きっぱりと言い切られ、流石に色めき立った先輩達だったけれど、その時がらりと扉が開いて、夜霧が戻って来た。腰を浮かし掛けていた二人は憤懣やるかたない様子ながらも再び腰を落とす。
 夜霧は僕が書き留めた聴取書を検め、状況を悟ったらしく、京に任せる事にしたのか黙って戸口に背を預けた。
「夢に挫折した人を哂っていい人間なんて居ませんが、哂われる夢さえ持たない貴方方は論外でしょう。それとも、彼女達への嫉妬ですか? 夢を持ち、叶わないそれに妥協しながらも自らの生活を持っている彼女達への」
 ガキの癖に――そんな反駁は、しかし弱かった。自分達でも解っていたのだろう。自らの餓鬼っぽさが。
「本当に、いつ迄も子供よね。生徒なんて」夜霧がふと、苦笑した。
 そして数枚の原稿用紙を差し出すと、宿題だと笑った。
「今の、あるいはこれからのやりたい仕事を書いて来る事。期限は……いつでもいいわ」
 何故かそれは、僕達二人にも配られた。

                      ―了―

 な~が~く~なった~☆

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こんばんは
夢かぁ……若い頃は将来何をしたいのか解らなくて迷うのよね~
高校とか大学とかの替わり目とかにしか、真剣に考えたりする機会は無いし…普段から考えたりするのは、なかなかね~
探偵かぁ(笑)良い夢だね☆



前半部分少し文章が………変かも~、、?
冬猫 2009/04/05(Sun)01:41:07 編集
Re:こんばんは
なかなかね~。
「○○が夢です」って言ってる子だって、どこ迄本心かは解らないし?
多分、自分自身でも。
巽(たつみ)【2009/04/05 22:42】
無題
どもども!
学生時代の夢かぁ~。可愛いお嫁さんになりたかったかも♪(爆)
ってのは冗談で(←分かってる?w)、料理の世界に入りたいって思ってたんですよね。
調理師になったお陰で夢は実現しましたけど、今は料理とは関係ない仕事になってるのが辛いっす。

あっ、あの子を見て探偵を目指すのは…ちょっと無謀な気がしますよ(笑)
猫バカ1番 URL 2009/04/05(Sun)12:30:47 編集
Re:無題
無謀っすか?(笑)
それ以前に祥に彼の真似が出来るのかどうか(^^;)
猫バカさんは料理上手……〆(。。)めもめも
巽(たつみ)【2009/04/05 22:45】
こんにちは
「なんで東南からなんだ?(もちろん夜霧の所為だが(笑))不自然だろう」と思ったら意外にも、偶然にも、不自然でないことが判明。(笑)

一般に教室は南窓、北扉が多いので、列が半周程度までなら、南向きに立った人(廊下側)から見て、左から右に並ぶことになる。←おぉ~、すごい!(爆)

夢かぁ・・・、う~ん、夢ねぇ。
とりあえず、私は、人のことを笑えないのは確かだな。(苦笑)

ところで
>別室に彼等を引き連れて行こうとしていた見付かり、自分は他の卒業生達との話があるからと言う夜霧に、、尋問役を僕達に押し付けてしまったのだ。

なんか文章がおかしくないかい?
『、』が多いし。
おっと、既に冬猫さんに突っ込まれている。(笑)
afool URL 2009/04/05(Sun)12:41:05 編集
Re:こんにちは
おお~! 偶然にも!(爆)

はう~、あれこれ書き直してたら、妙な所が残っちゃったみたいっす(汗)
巽(たつみ)【2009/04/05 22:48】
こんにちは♪
夢ねぇ・・・ん~~特に具体的には考えていなかった気がするなぁ・・・・

自分で自分が何をしたいのかが分からなかった
ような・・・・で、その何かを探していたみたいかな??

京君、なかなか良いですネ♪
クーピー 2009/04/05(Sun)13:02:52 編集
Re:こんにちは♪
なかなかはっきり「これがしたい!」って解ってる人も居ないですよね~。
巽(たつみ)【2009/04/05 22:50】
無題
夢を持ち続けるのって
結構大変ですよね
今を幸せに生きていけるように
頑張ろう、って気持ちが大事なんではと
年を重ねてから思うようになりました。
つきみぃ URL 2009/04/07(Tue)16:16:26 編集
Re:無題
夢を持ち続けるのは大変。
挫折も時には必要なのかも知れないし、そこから何かを学べばOKかも。
巧く行かないからと捨て鉢になっちゃあいけませんが。
巽(たつみ)【2009/04/07 22:28】
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