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〈2007年9月16日開設〉 これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。 尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。 絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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 息が苦しい。目覚めて直ぐに知覚したのはその事だった。
 そして一面のもやもやとした煙。
 あの時と同じ――彼は慌てて身を起こそうともがいた。が、身体は凍った様に動かず、やがてその意識さえも靄が覆い尽くしていった。

                    * * *

「発見されたのは荻勝(おぎ・まさる)。三十九歳の様であります!」
 妙にしゃちほこばってそう報告したのは谷繁(たに・しげる)。九歳だった。
 祖父、父と代々この田舎町で駐在を務めてきたからだろうか。いずれは自らも継ぐ気でいる。だが何故かそれ以上は目指していないと言う。
 因みに彼が今、父達の会話から――こっそり――収集した情報を報告している相手は、夏休みで祖父母宅に帰省中の楡庵、棗兄弟。
 棗が繁と同い年の誼(よしみ)で二年程前の帰省の折りに仲良くなり――昨冬の事件で、庵は「友達のお兄ちゃん」以上の存在に、繁の中では昇格していた。
 だからこそ、昨日発見された変死体に関して聞きかじった事を報せに来たのだが……。
「聞いてます? 庵さん」思わず、尋ねる。
 弟の棗も、縁側で本を読み耽っている様にしか見えない兄の袖を引く。
「……聞いてるけど……何故僕に?」本から僅かばかり眼を上げて訊き返す。
「庵さんは前に殺人犯逮捕のお手柄を立てたじゃないですか! 今回もちょっとおかしな事があるんで、是非……」
 勢い込む繁とは逆に庵は再び本へ。
「……」繁は救いを求める様な視線を棗に送る。
 棗は頭を振って、苦笑した。
「あれでも聞いてるからさ、話してみなよ」
「じゃ、じゃあ……」見えない顔色を窺いながらも、繁は詳細を話し出した。


 荻勝はこの町の出身だった。だが二十数年前、高校生の時に家出。以来行方不明となっていたと言う。評判は決して良くはなかった様だ。
 その荻の変死体が何故かこの街の山手の洞窟内で見付かったのが昨日の朝の事。付近に住む男が昨夜煙が出ていたと朝になって通報してきたのだ。
 洞窟はごく単純な作りの自然洞窟。脇道も無ければ入り口以外の穴も無い。その入り口も子供達が入らないようにと、簡単にだが封じてあった。
 尤も成人男性の力で壊れない程のものではない。現に荻が壊して入ったらしい跡が下方に。自宅に戻るでもなく、ここに隠れようとでもしたのか。
 そして……その中で、彼は窒息死していたのだった。
 寝床にしていたらしい寝袋から這い出し、入り口を目指した格好で。

「入る時に開けた穴が充分じゃなかったのかな? それで寝てる間に窒息しちゃったとか」棗が言った。それとなく、兄の耳を気にしている。「それとも……いや、でも、変なガスとか溜まってたら最初から寝袋出して迄そこで寝ようとなんか出来ないだろうし……」新たに考えた案は自ら却下。
「うん。この辺には火山とか無いしさ、そういうガスも検出されなかったみたい」繁が頷いて、補足する。「大体ガス中毒じゃないよ?」
「あ、煙が出てたって言ってたよね? その通報した人が見たって。火でも焚いてその儘眠り込んじゃったのかな? それで一酸化炭素中毒とか……」
「……」繁が何やら意味深に、沈黙した。薄笑いさえ、口元に浮かんでいる様だ。
「違う……みたいだね」棗は肩を竦めた。
「火を焚いた跡はあったけど、小さめの灯油缶に焚いただけで、火は綺麗に消えてたってさ」
 燠火さえ、残ってはいなかった様だと言う。
「なのに窒息……」棗は首を捻る。「一応訊くけど、絞殺死体だったりは……」
 ない、と繁は断言。自ら這いずった以外の傷や痕跡は無かったと。
「むむむ……別の方から考えてみようか」一丁前に腕を組んで棗は唸った。
 本から一向に顔を上げない兄をちらり、と横目で見ながら。

「通報したっていう人は何で今朝迄? 昨夜見たんだよね?」
「湊(みなと)さんっておっちゃんなんだけど、火にトラウマがあってね……」
「トラウマ――心的外傷? どんな?」
「何でも中学生の頃だったか、兄ちゃん達と一緒に例の洞窟で遊んでて、火遊びしたらしいんだ」
「火遊び!? 洞窟で? それこそ危ないんじゃ……」
「ん……。小さい洞窟の中、数人で火ィ焚いたものだから……一酸化炭素中毒で、何人か死んだって……」
 その所為もあって、洞窟は塞がれる事になったのだと言う。それ迄も危険だという話はあったのだが――いつでも遅きに失するのは何故か。
「そのおっちゃんの兄ちゃんもその時に亡くなったんだって」繁は父から聞いた事ながら、気の毒そうに顔を伏せた。根が優しいのだろう。「だから煙が出てるのに気付いても、確かめに行けなかったんだって。煙って言っても少なかったって言うし、どうせ浮浪者か何かかと思ったって」
 と、傍目には聞いているのかいないのか、しかとは判らなかった庵がふと、顔を上げ、訊いた。
「その荻という人は火遊びに参加していた?」
「えっ、えっ……?」唐突な質問に、繁は一瞬どもった。「えーと……はい、居た筈です。と言うかその所為で家出したんだろうって噂があったそうです」
「言い出したのが彼だった可能性は?」
「俺も噂だけなんで……でも祖母ちゃんの話では所謂悪ガキだったと。だから可能性を言えば……」
「無いとは言えないと」棗が締め括る。
 繁は頷いた。直接知ってる訳じゃないけど、と繰り返し念は押したが。
 そして恐る恐る訊く。
「真逆……荻が言い出した所為で兄貴が死んだんだって、湊のおっちゃんが復讐しようとして荻を閉じ込めて、窒息死させたって言うんですか!?」

「でもどうやって!?」繁は大声を上げた。「湊のおっちゃんは火も使えないんですよ? 使えたとしても現場には……封じてた板だって焦げ目さえ……」
 庵は一見それを無視する様に、ゆるゆると伸びをすると縁側から庭に降り立った。その雰囲気がちょっと猫に似ている、と繁は思った。
「やはり暑いね……」呟く様に言うと、弟を振り返った。「棗、僕の財布取って来てくれる? アイス奢って上げるから。勿論繁君にも」
 喜声を上げながら棗が奥へと駆け込んでしまうと、繁は途惑った様に友人の兄を見た。
「あの……アイスは有難いんですが……その……?」
「ここ、何でも屋みたいな商店が一軒あったね」
「あ、はい。と言うかそこ位しか……」繁は苦笑する。「普段住む都会とは大分違うでしょう?」
「……こういう時は楽でいいよ」意味不明の事を呟いて、庵は微苦笑した。
 三人で商店へと向かう間、繁は首を捻り続けた。

 人数分のアイスを買った後、庵は商店の女将に尋ねた。ここにドライアイスはあるか、と。
「ああ、あるよ」と、何でも屋の女将は言った。「あ、けどごめんよ。今日は売り切れ……って言うか、昨日盗まれちまってねぇ。全くあんなもんどうするんだか?」ぶつぶつ、ぼやく。
「警察には?」と庵。
 どうせサービスに付ける程の物。届ける気も無いよと笑う女将。が、庵は繁の父に調べて貰うように頼んでくれと言う。
「兄さん、ドライアイスがどう……」言い掛けて、棗は気付いた。「ドライアイスって、二酸化炭素だよね?」
 庵は頷いた。
「火の無い所から煙の出る、ね」庵はアイスの棒を振りつつ言う。「そして気化した二酸化炭素の濃度が高ければ……その分酸欠になり、窒息する」
「……火が使えない犯人は洞窟の入り口にドライアイスを置いて、洞窟内を二酸化炭素で満たし……。だから灯油缶の火も消えてたし、火の煙じゃないから姿勢を低くしても、二酸化炭素の方が空気より重くて下に溜まるから駄目だったんだ!」
「でもどうしてそこ迄して煙に……」拘ったのかと繁が首を捻る。
「同じ目に合わせたかったんだろうね」庵は言って、肩を竦めた。「僕でもそうする」
 棗の髪をくしゃっと撫でた手は、温かく優しかった。

                      ―了―

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なかなか、
今日の庵さんは、鬼畜のいきおい!
いいですね、今日の(個人的趣味)。ぽち。

夜霧が「里親の悪い。」って言ってた。
ウソじゃないよ。
ぷん URL 2007/10/26(Fri)20:22:29 編集
Re:なかなか、
有難うございます。
冷たいお兄さんは好きですか?(笑)

夜霧今さっき「夏休みもらった♪」って……何月だと思ってるのかしら?
巽(たつみ)【2007/10/26 21:41】
ぶんさんへ
はじめまして!

個人的趣味で鬼畜…?
犯人相手には恩義なんか関係ないし、残酷に扱っても良いけど…趣味が鬼畜…?
怖いです…((゚Д゚ll))

…89
冬猫 2007/10/26(Fri)22:32:57 編集
残酷に……もなかなか鬼畜♪
横レス失礼。
姐さん、口程怖い人じゃない(筈)ですよ(^^)
ところで89って何?
巽(たつみ)【2007/10/26 23:49】
無題
こんばんわ(^o^)丿
ドライアイスって、怖いんですね。
っていうか、怖いです。
触るとやけどするみたいだし。
科学、苦手だったから、
いまだにあの仕組みが謎のまま
大人になってしまいました(^_^;)
moon 2007/10/26(Fri)23:30:52 編集
Re:無題
moonさん、こんばんは♪
あれは火傷と言うか、凍傷ですね。
直接触ると、余りの低温に皮膚やその下の組織内の水分が一部凍り、流れが悪くなるんだそうです。下手すると血液の流れが完全に遮断されて……大変な事になりますよ!
巽(たつみ)【2007/10/26 23:43】
89=破竹
ぶんさんは【破竹の勢い】の駄洒落で【鬼畜の勢い】にしたんだな~と思って…
「正解、解ったよ~」の暗号です。
くだらなくて解らないよね。ゴメン(笑)
冬猫 2007/10/27(Sat)00:07:33 編集
Re:89=破竹
あ、なるほど~(^o^)
ごめんごめん。
洒落の説明求めるなんて無粋な真似を
巽(たつみ)【2007/10/27 00:31】
これはまた、
お冬姐さん、挨拶遅れまして失礼さんにござんす。後から入ってきて我が物顔に振舞うぷんと申します。
万端、よろしくお願いいたします。

>冷たいお兄さんは好きですか?(笑)
リアルでは、掴み合いの喧嘩になるかも。

しかし、「89」は難易度高くね?
ぷん URL 2007/10/27(Sat)06:41:43 編集
Re:これはまた、
ま、作中の趣味とリアルは普通、違いますよね(^^)

……姐さん、暗号好きだからなぁ。
巽(たつみ)【2007/10/27 12:26】
ぷんさん、巽さん
ぶんさん、
我が物顔でもなんでも振る舞って下さいましね。どんどん巽さんをもり立てて下さい(^^)
巽さん
解説ありがとう♪
暗号好きなの…勘弁してね?いろいろ迷惑かけました。多分、これからも…気をつけるけどさ(笑)とりあえずゴメンねm(__)m
冬猫 2007/10/27(Sat)13:05:21 編集
姐さん
暗号は私も好きだから気にしなくていいですよー^^
89は解らなかったけど☆

巽(たつみ)【2007/10/27 15:30】
無題
コメント欄で広げられる暗号ワールド(笑
見習猫シンΨ URL 2008/07/21(Mon)00:17:04 編集
Re:無題
暗号あり、ツッコミあり(笑)
お陰様で楽しいコメ欄に!^^;
巽(たつみ)【2008/07/21 14:27】
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