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〈2007年9月16日開設〉 これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。 尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。 絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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「この処こんな物が毎日届くんだがね」そう言って紙の束を取り出したのは、美術評論家の丙忠(ひのえ・ただし)だった。
 カウンターに並んだ馴染みの連中が顔を寄せ合う。

 ・ 丙 † 忠

 白地に黒の縦書きで、そう印刷されたB5サイズの紙が十数枚。
 いずれも郵便受けにその儘入っていたらしい。
「どれも同じ文句だね」瀧が見比べて言う。「あ? いや……何か周りに書いてあるな。これだけが毎日違うみたいだが……?」
 瀧の言う通り、件の文字の上に先ずは点。着順に並べてあると言うそれを順に見ていけば、その点が翌日には線になり、翌日には更に延び……といった有り様が見て取れる。その変化に気付いた為に危うく屑篭に入っていた一枚目もゴミの日を直前に回収された様だ。
 そしてそれが十数日分集まったという事か。

 丙の名を中心にして先ずは右へと緩やかに弧を描きながら下り、不意に途中から真横に延びて、やや行くとまた今度は小さく弧を描いて名前に近付いていく。そして先に曲がった真下辺りで今度は下へと方向転換。その先でまた弧。上がってまた下がり、更に弧を描いて今度はまた延々上がっていく。そして左に直角に曲がって……後はほぼ左右対称な形でもう直ぐ線は元の点に届こうという所迄来ていた。

「人型……?」瀧は一見間延びした星の様なその形が簡略化された人型である事に気付いた。左右対称に大の字を描いた人型――それがもう直ぐ完成しようとしていた。
「面白いだろう?」丙が笑う。「丸でぱらぱら漫画みたいじゃないか」
 確かに、端を持ってぱらぱらと流して見ると、人型が描かれていく様子がアニメーションの様に瀧の目にも映った。
 しかし、一体誰がこんな物を毎日、届けに来るのだろう? 何の意図があって?
「心当たりは?」瀧が尋ねる。
「いや、近所の子供の悪戯だろう」丙は首を振りつつも笑っている。
「随分と根気のある子供だなぁ」瀧は首を捻る。「然も線は手書きだけど名前とこの変な記号はパソコンで打ち出したものだろう?」
 暫し考えた挙げ句、瀧は件の紙束をカウンターの向こうの店主に差し出した。
「楡さん、何か意味があると思うかね?」
 楡庵は瀧同様に紙をぱらぱらとやった後、些か言い辛そうに質問を口にした。
「丙さん、大変失礼な事をお伺い致しますが……どなたかに恨まれる様な覚えはおありでしょうか? 逆恨みという事もあろうかと存じますが……」
「恨み? そりゃ、まぁ、こんな職業だからねぇ。批判した相手から恨まれたりはよくある事だし、覚悟の上だが……。この悪戯と関係があるのかい?」特に気分を害した風も無く、丙は尋ねた。
「無いといいなぁって思ってる処ですよ。ね? 兄さん」合間を見てカウンターに戻って来た店主の弟、棗が言う。手には銀盆の代わりに例の紙束。
「これがどうしても気になりまして……」庵は棗から最新の一枚を受け取り、紙のほぼ中央を指差す。

 †

「……これが?」瀧が器用に片方の眉を上げる。「そもそもこれ、何の記号だい?」
「本の脚注とかに使われるんですけどね」棗が言った。「まぁ、今は装飾的に使われる方が多いかも……」
「正式な名称としては、その形から〈ダガー〉もしくは〈短剣符〉と申します」庵が続けて言い、細い眉を顰めた。

 「人型の中心に短剣……然も御名が書かれているとなりますと、やはり嫌な感じが致します。人型も今日にでも完成してしまいそうですし……」庵は紙を見据えた儘、憂鬱そうに続けた。
「毎日っていうのも何だかカウントダウンみたいだね」棗も言う。「然も何か凄い執念って言うか……」
「おいおい、脅かさないでくれよ」丙は苦笑いするが、冷や汗が浮かんでいる。「今日これから帰るんだよ? 郵便受けにまたこれが入ってて、完成してたら……」
 どうなるんだ?――人型の中心、胸から腹の辺りに例の記号は刺さっている。恨まれるのも覚悟の上、とは言ったものの、この人型が自分の身であったなら……。
 と、ほぼ閉店間際というこの遅い時間にも拘らず店の扉が開き、その入って来た客を見て、庵がにこりと微笑んだ。
「いらっしゃいませ。椚巡査」

「楡に〈椚巡査〉なんて呼ばれた日にゃ、碌に飲めやしない」夜道を丙と連れ立って歩きながら、椚要はぼやいた。
 因みに庵の彼に対する呼び方は三通り、ある。普段は学生時代からの長年の友人という親しみから「椚」、店の客として扱う時は「椚さん」――分け隔てはしないという他の客への礼儀でもあるのだろう。そして椚が職務中、もしくは職務中に押し戻したい時は「椚巡査」――丁度今の様な場合だ。
「済みませんねぇ、椚さん」丙が詫びる。店の常連同士顔馴染みではあるが、特に親しいと言える仲でもない。その彼に用心棒を頼んだのは勿論、庵だ。「マスターも心配性ですね」
「いや、只の取り越し苦労ならいいんですが、あの兄弟はなぁ……」椚は唸る。
「あ、もう直ぐそこですから」丙は自宅の門を指差して声を上げた。そして、眉を顰める。
 郵便受けに、目を止めて。

 郵便受けからはみ出す様に、紙が一枚。 
 但しそれはいつもの白い紙ではなく、門灯の明かりに黒く浮かび上がっていた。
「下がって!」低く鋭い声で椚が丙を制し、前に出る。「どうやら完成日だ」
 何?――と思う間も無く、門柱の陰から男が飛び出した。その手には「ダガー」――鈍く光を反射する実物の。
 男の奇声と丙の悲鳴が交錯する中、椚は突き出された短剣を半身で躱すと逆にその腕を抱え込み、男の肘の自由を奪い手刀で剣を叩き落す。そしてその儘、男の腕を捻り上げ、脚を払って遂には地面に叩き伏せた。
 時間としてはほんの一瞬の、攻防だった。
「殺人未遂の現行犯……だな」
「ちくしょう……」男の口惜しげな声が路上に零れた。
 先日個展で些か辛辣な評を付けた男だ――丙は覚えがあった。名前迄は覚えていなかったけれども。

 後日、リングワンデルングで椚と顔を合わせた丙は、深々と礼をした。
「先日は本当に……。マスターや弟さん共々、有難うございました」
「いや、俺は職務だし」椚は苦笑する。「楡、今日は何も無いよな?」さり気なく、牽制する。
「ええ、平穏無事なものですよ。椚さん」穏やかに、庵は微笑する。
「やっぱり辛い評を付けられた恨みで?」棗が横から訊く。
「ああ。でもあの容疑者の絵の評価は元々余り高くはなかったらしいよ」椚は肩を竦める。「いっそこれの方が俺としてはいい出来だと思う」
 取り出したのは例の紙束――を写した写真。実物は証拠物件として押収されていた。
「ちょっとブラックだけどな。このぱらぱら」最後の一枚を差し出して、椚は言った。
 郵便受けから回収された紙はこれ迄とは反転した黒字に白の線――人型の完成されたそれは、現場で死体を囲む白墨の様に、彼等には見えた。

                      ―了―
 

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無題
おもしろかったです☆
このお話、1日で作っちゃうんですか?
すごい~!!
あれ、十字架じゃなくって、短剣符だったんですね。あとで誰かに知ったかぶりしよーっと(^^)
moon URL 2007/11/02(Fri)23:31:55 編集
Re:無題
有難うございます(^^)
えーと、この話は前に掲示板サイトで書いたものの再録なんですが……作るのはほぼ一日ですね。思い付いたら一気に(忘れない内にとも言う)書いてしまう方なので。
この記号(†)本当は何? って調べたら短剣……何かミステリーっぽい! と(笑)好奇心はネタになる(時もある)
巽(たつみ)【2007/11/02 23:59】
今日、気付いたんだけど
katsukixのアンテナ からここに来ると、私の携帯からじゃコメント出来ないよー。(T-T)

まだvodafoneだから!?そろそろ機種変するかなー
携帯に†は有るのだがー(^^)
冬猫 2007/11/03(Sat)01:13:41 編集
Re:今日、気付いたんだけど
アンテナからだとPC扱いになるのかな? フルブラウザとかなら書けるのかしらん?
携帯もねー、何か色々新しいのが出てくる度にサービスとか新機種対応になっちゃって。「お客様の機種には対応しておりません」が増えてくるのよね
有るのだがー有るのだがー有るのだがー……(木霊)
巽(たつみ)【2007/11/03 01:38】
手の込んだ
殺人予告ですね。
評価というのは最終的には個人的な好き嫌いの問題でもある思うんですが、権威の酷評は致命的な打撃を与える場合もありますよね。
しかも、政治的な打算だ入ったりすることもままあるでしょうし。なんにせよ、権威主義がはびこるのはイカンと思うのよ、私。
表現の世界では、特に。

巽さん。
夜霧がね、単語しか喋ってくれなくなってしまった・・・しつこくクリックして嫌われてしまったのかも試練。
ぷん URL 2007/11/03(Sat)15:36:35 編集
Re:手の込んだ
夜霧「戦国あげようかな」って言ってましたよ(^^)
要る?(笑)

美術・芸術の評価は特に個人の好みによる所が大きいですからねぇ。テレビの某鑑定団見てても、えっ、これにそんな大金出すの!? と思ったり、逆にそんなもん!? だったりしますからねぇ。
ごく僅かの人の評価だけで決まるのは確かに問題。この人に睨まれたら大成出来んと自分の筆ではなく只かけば、筆を荒らす元にもなる。生前評価されなかった人の作品が後の世に恐ろしい値段が付けられたりする辺り、やはり絶対的評価など無いという事ですかねぇ。
巽(たつみ)【2007/11/03 17:06】
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