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「庵に棗って……どっちかって言うと酒よりお茶って感じの名前だよな」閉店ぎりぎりに来た椚は、最早客の残っていない店内を見回しつつ、呟いた。
「何ですか? 藪から棒に」楡棗が苦笑する。
「いや、茶室っぽくないか? 棗って確かお茶の葉を入れる入れ物だろ?」
「どうかしたんですか? 椚さんにしては……」
「お茶もありますよ?」珍しく割り込む様に言ったのは棗の兄にしてこのバーの店主、庵だった。「瀧さんに頂いたのですが、なかなかの銘茶です」
「よーし!」不意に椚は席を立った。「じゃ、それで温かいお茶でも淹れて公園で深夜の花見と行こうじゃないか」
『え……?』兄弟二人の怪訝そうな声が揃った。
折りしも桜は五分の咲き。深夜ともなれば未だ冷たい風も吹き抜ける。
何を考えているのやら――とぼやいた庵も棗がそちらに一票投じてしまい、致し方なく魔法瓶に湯を入れた。すっかり店を片付けると、三人は徒歩十分程の公園へと出向いた。
「それで……茶室で何かあったんですか? 普段なら精々『和室』って言う所だと思いますけど。事件でも?」桜の花越しに未だ冴々とした月を仰ぎ見ながら、棗が口を開いた。
「棗」庵が静かな声で、しかしきっぱりと窘める。「警官には守秘義務があります」
しかし彼の正論を無視したのは他ならぬ警官、椚だった。毎度の事だが。
「そう言うな。お前が店で『コロシ』の話はしたくなさそうだったから、場所を選んでやったんだぞ?」さっき割り込んで話を逸らそうとしただろう、と笑う。
「椚に気を遣われるとはね……」庵は苦笑いした。
昨日の午後の事、ある旧家にて事件が起こった。但し、未だ殺人と自殺の両面からの調査としか公表されていないと言う。だが、些かおかしな事になっているらしい。
「どういう状況なんですか?」棗が問う。庵は桜の樹近くの四阿(あずまや)で、お茶の支度をしている――弟程には関心がない顔だが、聞いてはいる様だ。
「昨日午後二時、秦博(はた・ひろし)と言う茶道家宅の茶室で、客の巌隆(いわお・たかし)が死体で見付かった」
巌も同じく茶道家、それも秦家より格上であり――齢六十七にして、秦家の三人の娘の誰かを嫁にと望んでいたらしく、昨日の訪問も彼女達のご機嫌窺いの様だ。
「それ、家の権威を笠に来て……って事ですか? 感じ悪い爺さんですね」素直に口に出す弟と、同じ事を思っているのを眉間にだけ表して、無言で先を促す兄。それぞれを見比べて、椚は話を続けた。
巌が秦家を訪なったのは午後一時半頃の事。直ぐに現場となった茶室に通され、順に娘達が来るのを待っていたと言う。但し、彼女等の中で彼の評判はすこぶる悪く、先を譲り合っていた様だ。無理も無いよな、と椚も彼女等に同情した。只でさえ親に結婚相手を決められるなど、年頃の娘には嫌な事だろう。然も相手が父より年上とあっては……。
「結局順番は? それ以前に死因は何ですか? 自殺の可能性も考慮って?」棗が訊く。
「死因は毒物。但し、経口物ではなく、何か鋭い物で喉を突かれ――あるいは突いて、その凶器に即効性の毒が付着していたらしい。只、その凶器が見付からない為、殺人の可能性が高いという訳だ」
「喉を……」棗が顔を顰める。「毒が無くても失血死しそう……」
確かに、現場は血の海だったらしい。
然もその中に倒れた巌の傍らに、着物の裾を血に染めた少女が居たのだから、通報者の使用人はさぞかし肝を潰した事だろう。
「娘さんの一人が居たんですか? じゃ、その人が第一発見者?」それとも……という言葉を、棗は一時保留した。
「発見された当時彼女は真っ青な顔をして……巌に愛用の玉簪(かんざし)を突き立てていたらしい」
然して広くはないだろう、血の匂いに満たされた茶室の中、老人の喉に凶器を突き立てる少女――その情景を思い描いてか、流石に二人も顔色を失くす。
そして同時に疑問を呈する――その少女が犯人ではないのか、と。横暴な縁談に嫌気が差した娘がそれを回避する為に、より深い悲劇を選んでしまったのではないのかと。
だが、椚は言った。その少女は三人の娘達の誰でもない、と。
先ず家族構成から順に話した方がいいな、と椚は言い、お茶を一口含む。
「苦っ! 俺、やっぱり日本茶苦手かも……」
「お茶を所望したのは君ですよ」香りを愉しみながら、庵が言葉を返す。「普段子供みたいに甘いものばかり飲んでいるからです。目が醒めていいでしょう?」
椚はぶつくさ言いつつも、話を続けた。
「先ず当主がさっき言った秦博。妻・泉夫人。その二人の娘が、長女・茜(あかね)、二十五歳。次女・翠(みどり)、二十歳。三女が紫(ゆかり)、十八歳……」
娘達の若さに、また兄弟が眉を顰める。三十代前半の庵――と椚――は兎も角、二十六の棗から見ても下ではないか。
「後一人、四女に当たる瞳、十八歳――彼女が茶室に居た少女だ」椚は言葉を続けた。
「四女? 娘は三人って……」棗が首を傾げる。「それに微妙な言い方ですね。三女と同じ歳なのに、双子という訳でもなさそうですね? その感じじゃ」
「ああ。所謂妾腹の子だそうだ。幼い頃母を亡くして引き取られたが、今回の巌との縁談にも含まれてはいなかったそうだ」
「姉妹が公平に扱われていた訳では、ない様ですね」庵が小さく息をついた。
しかし椚達が聞き込んだ処では、彼女達四人の仲は意外にも概ね良好だったらしい。さばさばした姉達二人に何かと押され気味な、気弱な紫などは歳が同じな事もあってか瞳の陰になっている所もある様だ。
只、泉夫人の生家が家柄もよく、彼女自身もそれを誇っていた為、その血を引く三人の方が何かと取り立てられがちではあったと言う。
それではその四女、瞳は茶室に呼ばれてはいなかったのかという棗の問いに、椚は首を捻った。呼ばれていた訳ではないが、巌を待たせる間に茶菓子を運んだり等、使用人の手伝いはしていたらしい、と。巌を茶室に通したのも、彼女だと言う。
尚、本来なら茶室には専用の控えの間や台所などが奥に備えられているのだが、今回は巌の意向で人払いがされていたらしく、本宅の厨房での準備という事になっていたらしい。
「詰まり、彼女に他の三人の様な動機は無いという事ですか。でも、その状況じゃあ……現行犯じゃないんですか?」と、棗。
「傷の形状と、彼女の所持していた簪の形状が一致しなかった。確かに鋭い物だったし傷口は一つだけ――彼女はまさにその傷に簪を刺していた――が、長さが足りなかった。毒は付着していたが、傷に刺した時に逆に付いたものかも知れないという事だ。よって彼女の罪状は現在の所、死体損壊……」
「その、彼女は何故そんな事を? 自供は?」大きな目を丸くして、棗が訊く。
「かなり混乱しているらしいが……自分がやったと言っている」
「……」楡家の兄弟は顔を見合わせた。
「しかし凶器が合わないという訳ですね?」庵が質す。「然も他に凶器も見当たらないと」
「そう。だから彼女が誰かを庇ってるんじゃないかって意見があってな。他の家人の行動も洗っている所だ」
当時、家族全員、そして使用人が一人――彼が通報者だ――秦邸に居たと言う。
午後一時半、巌が訪れ、瞳が彼を茶室に通した。その後彼女は三人の娘達に、茶室へ挨拶に行くようにという博からの命令を伝え、茶菓子等の準備に厨房へ。
娘達は巌が来る事は予め聞いており、行く順番で揉めていたらしい。よもやこの家で妙な事にはならないだろうが、年頃の娘達が警戒するのも致し方ないだろう。
結局茜が茶室に行ったのが一時三十七分。巌が話を続けようとするのを、さらりと挨拶だけで躱し、四十分には退室。
次いで四十五分に翠。彼女も二、三の応答だけで逃亡に成功。
そして三人目、紫は五十五分頃、戻って来た翠に言われて渋々向かい、外から声を掛けたものの返事が無く、余程気分を害しているのかと怖くなって入らなかったと言う。
その話を聞いてご機嫌窺いにと向かおうとしていた当主博が、先に使用人に様子を見に行かせ、使用人が巌の死体と瞳を見付けたという次第だ。
「じゃあ、三女が行った時にはもう殺されていた可能性もあるんですね」棗が確認する。
「ああ。しかしそれぞれ単独だったし、彼女達が茶室に入るのを見ていた者も居ない。話をしているのを聞いた者も居ない。あくまで自己申告だ」
「その申告を取り敢えずは信じるとして、彼女達は何か凶器になる様な物は所持していたのですか?」後ろできっちりと括った肩迄の黒髪を風に揺らしつつ、庵が問う。
「彼女達も和服で、長女と三女は長い髪を結い上げていた。簪も挿していたが、かなり繊細な品で人を刺せるとは思えないとの事だ。因みに次女は今はショートだが、簪自体は長くしていた頃の物を持っているらしい。後は木と布の扇子――しかし痕跡は無し」
後一人、夫人の泉は厨房の監督をしていたと言う。粗相の無い様に、との事だが……娘達に巌への礼儀を強制するのは彼女も躊躇われたらしい。どうやら夫婦共に、縁談には乗り気ではなかった様子。それでも断り切れない力関係だったのか。
「詰まる所茶室に近付いたのは順番に瞳、茜、翠、紫、それから使用人という事らしい。証言通りならな」
「その内瞳さんは幾度か出入りしていた訳ですね?」と、棗。「最後に入ったのは一体いつだったんだろう……? いつからその……簪をご遺体に……?」
「茜は碌に見もしなかったから気付かなかったと言うが、翠が行った時には確かに茶菓子があったらしい。泉夫人も巌の訪問後直ぐに出させたと言うから、多分茜が行く前には一回は行っている筈だ。その後は翠が出た後だな。だが……」
混乱しているという本人の証言をどこ迄信用していいか――彼女は五十分頃に行き、刺したと言っている。しかし食い違う物証も彼女の証言を危うくしていた。
「確かに翠と行き違いで行ったとすれば返事が無かったと言う紫の証言とも合う。しかし実際には五十五分頃には、泉夫人が厨房で瞳を見ていたし、特に変わった様子も無かったそうだ。だとすると紫の証言さえ怪しくなってくる――という事で、楡、頼んだ」
「お茶が冷めてしまいましたね」話を逸らす様に、庵は殆ど手付かずの椚の茶器を見遣って言った。「全く。こんなに桜の花弁が入ってしまって……。これはこれで風流ですけれど……。桜茶みたいで」
「いや、風流だの侘び寂びはいいから……」話を戻そうと、その冷めたお茶を苦そうな顔で飲み干して、椚は再度言った。「知恵を貸してくれ。頼むから」
―つづく―
今回のは某掲示板で謎解きクイズとして出したものです。冬猫姐さん達は知ってるよね(^^)
後編(謎解き編)は4/5日更新予定。よろしかったら謎解きして待ってて下さいね。勿論、犯人、犯行方法が解った方はコメにてどんどん書き込みどうぞ♪(勿論後編は既に確定しております。また知っている人も複数おられるのであっさり当てられても誤魔化しようがない・笑)
椚に知恵を!(笑)
くうぅっ、思い出しても切ないけど、でもこの犯人当て(お話)好きです。
あ、そういえば、本家に書きましたけど、まーたまた延びましたね、アレ。もう今更驚かない。
それでもやっとタイトルは出たんだ(生温かい目)
今度はすんなり確定と行きますかどうか(苦笑)
えーもう、驚きませんとも! タイトルが変わろうが発売日が変わろうが!
……兎に角出してクダサイ☆(笑)
時期的にももう葉桜になってる所もあるという話だし! また季節外れる~(笑)
「当時、家族全員、そして使用人が一人――彼が通報者だ――秦低に居たと言う」
秦低じゃなくて秦邸じゃない?
う~ん、何処に自殺の可能性があるんだろうね。
何で、巌が厨房の人払いしたのかも分からない。
瞳が母が誰なのかも知りたいところ。
時間があったらもうちょっとゆっくり考えてみる。
巌が人払いしたのは、まぁ、一人ずつ挨拶に来させる位だし? はっきり言って嫌な爺さんなので(笑)
瞳の母親に関しては出て来ませんので! 深く考えなくていいですよ。死んだって明記してもよかったな。
夜霧の投稿見てると!(笑)
ご指摘有難うございます~☆
う~~ん!分からん!
でも、これで自殺の可能性もあるの?
普段でも働きの悪い頭が、ここ数日、特に悪くなっているので・・・・ダメだぁ~~!
また、きまぁ~す!
は~い、お待ちしております(^^)ノ
お互いが好きなら歳の差も構わんけどさ~☆