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〈2007年9月16日開設〉 これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。 尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。 絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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「やれやれ、最近暖かいからかねぇ」いつものカウンターで、瀧は嘆息する様に言った。
「何すか?」隣でやはりいつもの様に麦酒を啜りながら、牧武が訊く。
「新聞読んでないのか? 『吸血鬼』だよ」
「え?」武は暫し考える。「暖かいからって、もう蚊が出ましたか? 新聞に載る程?」
「……お前さんは相変わらずだねぇ」瀧は大きな溜め息を漏らした。「本当に新聞位読みなよ。『吸血鬼』って呼ばれてる変質者の事だよ!」
「え! そんな奴が居るんすか! 止めて下さいよ、俺、お化けとかはもう……」
 その様に瀧は三度の溜め息をつき、他の常連達も思わず失笑を漏らす。
「大丈夫ですよ。牧さん」流石に微苦笑しながらも穏やかに、カウンター奥から店主・楡庵が最近の新聞を差し出す。「お化けではなく変質者……椚巡査にお任せしておきましょう」
「大体この『吸血鬼』好き嫌いが激しいらしいですよ」店主の弟にしてこのバーの店員・棗が言った。「牧さんは多分外れてます。安心して下さい」
 それはそれで何やら複雑そうな顔で、武は新聞を覗き込んだ。そして詳細を読んで納得した様子で頷いた。確かに外れている、と。
「被害者はいずれも十代半ば、か」実年齢より若く見られがちな武だが、それでも十代には見えない。「でも、男女の区別は無し……美女に拘らないんすね」

 被害者は皆、塾帰り等夜に襲われており、犯人の顔をまともに見た者は居ない。それと言うのも犯人は何やら薬品を用いているらしく、不意に妙な匂いを嗅いだと思ったら気を失っていた――そんな証言が大半だった。どうにか振り返った者も、目深に被ったフードや顔の上半分だけを隠した仮面に阻まれ、顔を検めるには至っていない様だ。

「えーと、昏睡から醒めた被害者には、右肩に鋭い何かで付けられたと思しき傷跡が二つ並んでおり、これが『吸血鬼』と呼ばれる所以である……か。真逆本当に血を吸ってるなんて事、無いっすよね?」おどけと幾分の怯えを含んだ武の言葉は瀧に一笑に付された。
「続き読んでみな。被害者はいずれも軽傷、出血もごく僅かと思われるってあるだろ?」
「それどころか傷口からは唾液も検出されていない様ですよ。ですから噛み付いてもいないんです」と、棗。「その分血液型も判らないって椚さんがぼやいてました」
 庵が横で溜め息をついている。どうも彼の旧友は警官にしては守秘義務というものを心得ていない。聞いてしまう好奇心旺盛な弟も弟だが。
「えーと、ていう事は完全に只の人騒がせの悪戯……って事っすか?」
「そうとも言えないかも知れませんよ?」笑ったのは棗だった。


 そもそも何故『吸血鬼』が傷を付けるのが右肩なのか――棗はそんな謎掛けめいた事を言い出した。吸血鬼を騙るのであれば、頚動脈の通る左ではないのか、と。
「それは……どうせ血を吸う訳でもないし、どっちでもいいやって事じゃないんすか?」
「どちらでもいいなら右に拘る必要も無い筈ですよね?」
「えーと……あ、犯人は左利きだとか! 何使ったか判らないけど、刃物をこう手に持って」慣れない左にペンを握り、振り下ろす振りをする。「ぐさ! って」
「それがですね……ん、これを言わないとアンフェアですね。椚さんから聞いたんですが、先日同僚が巡回中に現場に遭遇したそうなんですよ。残念ながら犯人は逃した訳ですが、犯行だけは防げたそうです。只、その時の犯人の振る舞いが奇妙でして……」
「奇妙?」武と瀧は身を乗り出した。

 その夜、椚の同僚巡査は警邏重点地域とされた公園付近を回っていた。この公園では十数年前にも殺人事件が起こっている。その時は真夏の昼日中だったが、見通しのよくない木々と噴水の音が隠蔽感を生み、犯罪を誘うのか。幸い、殺人犯は直ぐ逮捕されたが。
 小規模な公園に足を踏み入れた時、微かな声と、何かが倒れる様な音――彼は緊張した。
 やや街灯の白光から外れた暗がりに、その怪人物は居た。
 その腕に既に意識の無いらしい被害者を抱え、巡査に気付いたか、彼を見上げた。暗がりと噂通りのフードの為に、詳しい風体は判らない。
 懐中電灯と警棒を手に、巡査は駆け寄った。被害者の白いシャツに血の色は未だ無い。今なら被害は最小限――そう思っていると、やおら吸血鬼は被害者の右肩を破り、巡査が制止の声を上げる間にも舌打ちを一つ残して、逃走に転じた。

「奇妙って言やぁ、風体から行いから奇妙な野郎だが……」ポイントが絞れない様子で、瀧は頭を振った。
「んーと、先ず……」武が頭を捻る。「フードと仮面は奇妙っすけど、疚しい事をしようとしてるんすから、顔を隠すのは当然っすよね」一つ、消去したらしい。「同じ理由からお巡りさんから逃げるのも、当然――棗君、何が奇妙なんすか?」
「吸血鬼の目的は何だと思います?」
「棗君、質問に質問で返しちゃ駄目っすよ」膨れ面を作りつつも、武は答えた。「血が欲しいのか愉快犯なのか知らないっすけど、何故か拘ってるらしい右肩を刺す事……じゃないんすか? その点では今回はすっかり失敗に終わったっすよね」それについては小気味良さそうに、武は笑う。
「済みません、もう一つ質問です」棗は苦笑して言った。「吸血鬼は巡査が発見した時点で被害者を失神させる事には成功していました。この後の手順として、被害者の右肩を破り、何らかの凶器で以って傷を付け、巡査から逃走する――この行動にどれだけの時間が掛かると思いますか? 小さな公園です。巡査は直ぐ追い付いて来ますよ?」
「それは……」武の眼が頭上を泳ぎ、言い淀む。無理っぽい、と思いつつ。
 傷を付ける、迄実行するとしたら、出来たと思うか? との問いには武、瀧共に首を横に振った。只刺すと言っても刺した凶器を回収する行動も含まれるのだ。
「犯人は警官の姿を認めていて、彼が駆け寄り始めてから服を破っています。それからでは後の一連の行動は間に合わない――そう考えていいですね?」
「確かに……刺した途端、取り押さえられるのが関の山だな」
「現行犯もいい処っすね」うんうんと、武も頷く。
「仮面を用意する様な計画的な犯人が、捕まる危険を冒して迄、犯行を続けると思いますか?」
「だから結局逃げたんっすね。舌打ち残して」
「その舌打ちが奇妙なんですよ」棗は肩を竦めた。「何故そのタイミングなのかが」
「え?」武は不得要領な顔で首を傾げた。
 こんがらがってきた、と瀧は庵に追加の麦酒を注文した。序でに解説も。
「犯行が遂行出来ない事は、巡査に発見された時点で犯人にも解っていた筈です」追加のグラスをそっと置きながら、庵は言った。「ならばしくじった事に対しての舌打ちなら、そこで出てもおかしくないのではありませんか?」

 しくじった事に対しての舌打ちなら――その言葉を瀧と武はそれぞれ口の中で転がす。
 ならばあの舌打ちの本当の意味は?
「楡さん、すまん、余計解らなくなっちまった」
「では、犯人の目的を、こう変えたらどうなりますでしょう?」言って、庵は笑う。「被害者の右肩を視認する事――としては?」
「被害者の右肩を、見る?」瀧の眉根が寄った。
 だとするならば犯人は目的を達した事になる。なのに、舌打ち?
「どういう事っすか?」武がお手上げのポーズを取る。
「椚さんが遅いので確認が取れませんが」そう前置きして、庵は言った。「犯人の目的は右肩に何かがある人物を探す事、だったんじゃないでしょうか」
「右肩に何か……? 何だい? それは」
「黒子か痣か……想像の域を出ませんが、恐らく個人を特定出来る程の痕跡でしょうね。それが無かったから、犯人は舌打ちした……」
「詰まり……吸血鬼は誰かを探してるって事っすか?」と、武。「顔は判らないけど、痣なり黒子なりに見覚えがあって……みたいな」
「「そしてそれを誤魔化す為に、吸血鬼めいた変質者の真似をしてる、と?」瀧が唸る。「しかし、一体誰を……?」
「十数年前の殺人事件が解決した時の顛末を、椚さんに確認したいのですが……肝心な時に居ませんね」庵の苦笑。
「兄さん、それは守秘義務違反じゃあ?」冷やかす様に、棗が言った。

 いつもの如く弊店間際に現れた椚によれば、実際に事件が起きたのは十一年前。通り魔的な犯行だったらしい。それだけに目撃者が居なければ手間取ったろう、と言う。
「目撃者が居たんっすね」武は頷く。「真昼間の公園っすからね」
「だから目撃者の子供も遊んでた訳ですね?」と、棗。「多分、噴水で」
 椚が眉を顰める。子供だと言ったろうか、と。事実そうではあるのだが。
「犯人は顔ではなく、身体的特徴で人を探しています」珈琲を淹れながら、庵が言った。「尋ね人が大人ならば十年位でそうは変わりませんが、子供――公園の噴水で遊ぶ位の性別も不明な子供――ならば、十年も経てば、よく知った者でもなければ判りませんからね」
「……詰まり、その通り魔が既に出所していて、目撃者を探している、と?」椚は疲れた頭を珈琲で無理矢理覚醒させた。
「出所云々は僕達には解りませんからね」棗が言った。「そこから先は椚さんが調べて下さいね。目撃者に関しても、資料は残ってるんでしょう?」
「そんな奴がそんな方法で探しているとなりゃあ、碌な目的じゃあねぇだろうからな」瀧が唸った。「犯人より先に、目撃者を保護するか、犯人を抑えるかしねぇとな」
 椚は頷いて、席を立った。
「あ、椚巡査」行ってらっしゃいと手を振る棗の横で、庵が言った。「保護は大事ですが、警察の動きで犯人に尋ね人を知らせるような事があっては、駄目ですよ?」
 犯人が態々騒ぎになる様な真似をしているのには、警察の動きを見る為もあるのかも知れないから、と。椚は了解した。

 身元、行動半径の知れた吸血鬼は、数日後、くいも無く逮捕された。

                      ―了―

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無題
楡庵さんはバーをやめて探偵になったらいいのに。><
巽さんも名探偵になれるのでは!?
復讐の為に子供を襲うとは…恐ろしい。
室井滋の殺されそうになった話を思い出しました…
ふわりぃ URL 2007/11/21(Wed)23:15:25 編集
Re:無題
私がやったら多分「迷」がつきます(笑)

室井滋さんの話と言うと警官が「怪しい人を見ませんでしたか」って来て、でも実は……きゃーっ(>_<)
巽(たつみ)【2007/11/22 00:12】
こんばんわ★
ラストの『吸血鬼は、数日後、くいも無く』っていうのは、吸血鬼の天敵『杭』とかけてる…?
あ~、気になって眠れないにゃ(@@)
モアイネコ 2007/11/22(Thu)00:55:26 編集
Re:こんばんわ★
はい。『杭』とかけてます。
わ~い、気付いてくれた
安心してお休みなさって下さい(^^)
巽(たつみ)【2007/11/22 01:05】
事件が片付いたら
くいっと一杯、引っ掛けて寝るかニャ(笑)
冬猫 2007/11/22(Thu)02:08:05 編集
Re:事件が片付いたら
>くいっと一杯、引っ掛けて寝るかニャ(笑)

「くいっ」と「杭」?
飲み過ぎてくい改める様な羽目にならないでね(笑)
巽(たつみ)【2007/11/22 12:31】
無題
ここまで用意周到に目撃者を探すからには、
冤罪だったりして☆
私、いつも思うんですけど・・・
目撃者の証言って、目撃者が知人同士ならまだしも、よく通りすがりの他人のこと、覚えてるなぁって。
私なんておとといの夕ご飯も思い出せない^^;
moon 2007/11/22(Thu)06:10:43 編集
Re:無題
余程目立つ容姿をしていたのか……(^^;)
幼心に焼き付いちゃったのか(涙)

でも、実際記憶は嘘をつく――後から入った情報で改変される事もあるって言いますからねぇ。目撃証言も可能な限り大人数から集めて、摺り合わせてるのかも。
昨日……何食べたっけ?(笑)
巽(たつみ)【2007/11/22 12:57】
武さん。
相変わらず、いい味出してますね。
この人ってアレでしょ、頭に寝癖とか立ってるタイプでしょ。
ぷん URL 2007/11/22(Thu)16:44:19 編集
Re:武さん。
そしてネクタイも曲がってます(笑)
ボケ役としては書いてて楽しいキャラです。
巽(たつみ)【2007/11/22 17:20】
無題
あ、これは。。。。
吸血鬼と蚊のネタは、8月のジョークでそのうち出てきますw(笑

蚊より、最近ダニがいるような気がする。
かゆーい。
見習猫シンΨ URL 2008/08/07(Thu)14:35:05 編集
Re:無題
タケ坊、ちょっぴり新米君に通じる所があるかも知れない(笑)
いや、あそこ迄は……(^^;)
何かもう、暑いから蚊やら汗疹やら……アトピーもあるから痒くて(笑)
巽(たつみ)【2008/08/07 16:05】
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