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「流石にこんな天気の夜には、もうお客様も来そうにないですね」時間的にも弊店間際、がらりとした店内を見回して、楡棗は言った。
外はしのつく雨。バーで一休みして、また濡れて帰るよりも、真っ直ぐ帰ってシャワーでも、といった気分にさせる。一旦は立ち寄った客も、雨脚が酷くなるのを恐れてか、退(ひ)くのが早かった。
そんな晩でもカウンター席に陣取る男が一人、居た。それも丸で他の客が居なくなる閉店時間を待ってでもいるかの様に、酔いもせずに粘っている。
何か酒を飲む事とは別の用がありそうなその男への、先の棗の言葉は誘い水だった。
「実は管内でゆ……」あっさり乗り掛けた男の前に店主の影。男は苦笑いして一旦、口を噤んだ。
男の同窓生でもある店主、楡庵は軽く溜め息をつきつつ、毎度の事を訊いた。守秘義務という言葉を知っているか、と。
「知ってるって。だから客が退ける迄待ってたんじゃないか」警官、椚要はそう言って笑った。
「私達も当然、民間人なんですが」という庵の呟きは椚と、誰より棗によって黙殺された。
椚の説明によると誘拐事件が発生。被害者は資産家の二十歳になる娘。犯人からは身代金の要求の電話があり、営利誘拐という事で公にはされていない。
「問題なのは娘が連れ去られた状況なんだ。それが何時かが判らない」
「目撃者や、直前に会った人とかは?」棗が訊く。庵は聞かない振りで閉店準備中だ。
「このお嬢さん、自主休校――要はサボりを決め込んだとかで、ずっと自宅に居たらしいんだが、この自宅、結構出入りが多くてな。殆どは彼女の友人なんだが、中には在宅勤務の父親の取引相手も商品の売り込みに来るらしい。中には彼女との縁談希望の者も居るらしいが。後は使用人も数人、居るしな」
そうして聞き込みの結果を纏めた所によると――と椚は手帳を取り出した。
午前九時起床。これは食事を用意した使用人によっても確認されている。
午前十時、友人が訪ねて来る。女子高時代からの友人で、彼女自身は午前中休講になった為、暇潰しを兼ねて来たらしい。お互いに自分の所持している石――宝石やら半貴石といった類で、娘はこれらが好きで特に詳しく、大事にしていたらしい――の話をしたりした後、午後十一時半、彼女は此処から大学に向かった。
午後十二時、軽食の後、午睡。ここでも空が曇って冷えてきた為に窓を閉めて回っていた使用人に目撃されている。
午後二時、父親の取引相手A氏が訪れ、廊下で擦れ違った彼女に挨拶している。A師は二時半には家を出た。
午後三時、やはり取引相手のB氏が来訪。縁談相手候補でもあるらしい。B氏には娘も些か心を移しているらしく、急用で父が家を出てからも、お茶を淹れる等普段使用人にやらせている事迄して、甲斐甲斐しく相手をしていたと言う。家庭的な所でも見せたかったのだろうか、簡単な軽食迄作って出していた。後でキッチンを見ると、後片付け迄してあったと言う。因みに彼が帰ったのは午後四時過ぎと思われるが、気を利かせた使用人達は二人を見ておらず、彼の車が去って行く音を聞いただけだった。
午後四時半、やはり縁談候補者のC氏が来たが、父が戻っていないからと、使用人を通して面会を断られたと言う。
そして午後五時半、父親が戻った時に彼女の姿は無かった。
「という事で、殆ど誰かが居たんだ。だからその誰かに家から連れ出されたものと思われる」
「じゃあ、その誰かが犯人、もしくはその仲間だと?」棗が首を傾げる。「勝手に出て行った可能性は無いんですか? 午後四時半から午後五時半の間は?」
「C氏が帰った後、濡れたロビーの掃除をしていた使用人から、部屋のドアはよく見えていたそうなんだが、その間は部屋から出る様子も無かったし、午後四時頃から降り出した雨で窓の外の庭はぬかるんでいた――そしてそこに足跡等の痕跡は無かった」
「だったら簡単じゃないですか。B氏が連れて出たんですよ」棗は事も無げに言った。「C氏は直接そのお嬢さんに会った訳じゃあないし、ロビーの掃除を始めたのは午後四時半以降。それ迄は彼女の部屋の扉を見ていた人は居ないんでしょう?」
「確かに直接会ってはいないが、使用人は彼女に言われて面会を断っている」
「それはC氏が来たとお嬢さんに伝えてからそう言われたんですか? それとも、彼女としては本命らしいB氏との邪魔をされたくなくて、誰が来てもそう言うように、予め言い付けていたんじゃないですか?」
「それは……」確認が取れていない、と椚は冷や汗をかいた。確かにそれは確認すべきだろう。
確かに、椚も彼が怪しいとは思っていた。実際、もし伝言が前々からされていたものであれば、最後に彼女の姿を見たのは彼という事になる。
だが、それだけで事情聴取に迄持ち込めるか、未だ椚の自信は揺らいでいた。
「楡、お前もそう思うか?」彼は友人に質した。
庵はもう幾つか確認してくれれば、と微苦笑した。
午前中、彼女と一緒だったという友人と使用人に、その日彼女が石――特に指輪を着けていなかったか確認して欲しい、と庵は言った。そしてそれが未だ家にあるか、と。
椚が携帯電話を酷使しまくった結果、その日彼女がしていたのは青いターコイズを削って造られた円形の指輪で、彼女と共に姿を消していた。因みに棗が言っていた件も、父親が家を出た直後に、彼女に言い付けられたという。どうせ未だ来るだろうけど、と。
「それがどうかしたのか?」怪訝そうに、椚は尋ねた。
「ターコイズの様な多孔質の石はねですね、水に弱いんですよ。多孔質と言うだけあって、表面には目に見えない程の微細な孔が開いています。これに水が浸透する事によって変色し易いんです。石に詳しく、大事にしていたという彼女が知らない筈はありませんね?」
「それはそうだろうが……」未だ話が見えない。
「そんな石を着けた儘家事、それも台所仕事なんてしませんよね。況してや後片付けなんて……」言って、庵はそれこそ今し方迄グラスを洗っていた手を広げた。「勿論洗剤もNGですからね。因みに一旦外して仕事をしたとしても、肌に残った水気がありますから、余り着けたくはなかったでしょうし、着け難かったでしょうね。もし彼女が本当に家事をしたのなら」
「彼女がしたんじゃないって言うのか? じゃ、誰が……Bが? 何故?」椚は目を丸くする。
「彼女を連れ出す際に、彼女が使用人に出掛ける、という様な事を言えば、直ぐに自分が連れ出した事が、ばれてしまいますよね? 秘密裏に連れ出したかった彼は薬を使ったのかも知れません。だからこそ、食器を洗った。彼女が彼に軽食を用意したと仰いましたが、 その間、彼女だってお茶位はお相伴したでしょう。そこに薬を入れ、その痕跡を消す為に、彼が後片付けをしたのではありませんか?」
「確かに、彼女が後片付けをしている姿を見た者は居ない……。後から見たら片付いていた、というだけだ」
「そしてB氏が家を出る所を見た方はおられないのでしたね。詰まり彼が一人だったか、彼女を抱えていたかは不明……。椚さん、彼が薬を入手した先が判れば、何故そんな物を必要としたのか、突っ込んで話を訊けるのではありませんか?」
「痕跡が残っていないとも限らないですしね」棗が笑う。
「解った。直ぐに確認を取る」椚は急いで席を立った。
「ええ。急いだ方がいいですね。犯人と被害者が顔見知りという事は……最悪の結果になり兼ねませんから」庵は頷いて、彼を送り出した。
翌日、睡眠薬の出所を押さえられ、警察に締め上げられたB氏は、質の悪い金融業者の借金の返済の為に彼女を誘拐したと自白した。眠らせたものの、彼女が目覚める前に監禁したので、顔は知られていない筈――だから始末する心算などは無かったのだ、と。
「つくづく甘い奴だよ」翌晩、バー『リングワンデルング』にて、椚は愚痴っていた。「彼女はしっかり気付いてたよ。元々……ちょっと離れた隙にお茶の味が変わっていた時点で。奴の経済状況も解っていた。それでも、思い直しはしないかと、薬を飲んだらしいのに……」
そして彼女はB氏に、あのターコイズの指輪を別れに贈ったらしい。女心はよく解らん、と言う椚に、庵は微苦笑した。
「ターコイズは古来、旅人に贈るといいと言われています。彼女は、彼の行く末を思ったのでしょうね。決して平坦ではない道を」
―了―
すっげー久し振りのこのシリーズ。
うう……眠い。
無理しちゃいけないよぉ~~!
ほんに久しぶりだネ♪
最初、お嬢さんも仲間なのかと思ってしまった。
お嬢さんはショックだろうねぇ!
わっちも眠い・・・・・
おやすみなさぁ~い♪
目がしょぼしょぼ……(*_*)
お嬢さんは……借金があるなんて聞いたらB氏、見限るし(笑)
ま、お嬢さんを誰も見掛けてないのだし、なにもかも使用人任せのお嬢さんが、後片付けをきちんと出来る訳無いだろうーとか言われると何なんだけどさ
それにしても久しぶりだねー懐かしい~
もしかして、RingwonderungのRingと指輪のRingを、かけ合わせたのかな?
因みに石だけを削り出して作った指輪って、金属のよりも何と言うか融通が利かない感じがします。同じサイズでもシルバーやチタンより馴染み難い様な……(私だけか?)
まぁ、だから庵が手を広げて言ってるんですが……?
>もしかして、RingwonderungのRingと指輪のRingを、かけ合わせたのかな?
いや、全く(きっぱり)
ターコイズ――トルコ石はお手軽に手に入ります♪
でもブルー系なのに何故か今一つ好きじゃない★
私も睡眠薬が効いて……(んな訳ない)
私の誕生石はトルコ石なんですけど、せっかくなら、サファイアみたいに透き通ってきらきらしたものがよかったな(>_<)といつも思います。
ところで、、
A師は二時半には家を出た。→A氏?
そそ、椚は相変わらずです(笑)
石なら、らすねるさんの方が詳しいと思います~。パワーストーンとか。
まぁ、邪魔になる時もあるものねぇ。ちょっと窮屈感があるし。
事件とかの内容も面白かったけど
一人一人のキャラ設定がしっかりできてて
それを感じ取りながら読むのが楽しかった♪
他のシリーズものとかも読ませてもらいますねーw
頑張って書きますんで、これからも宜しくです(’-^*)/