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〈2007年9月16日開設〉 これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。 尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。 絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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「おかしな向き?」
 庵はマドラーを刃物に見立てて棗に向けた。
「この状態で腹部を一突きしようとすれば……」棗に防御体制を取らせる。「傷は掌を突く様に、あるいはその外縁に切り付ける形になりますよね? でも、中に一つ……刃物を握り込んだらしいものがあったんです。然も……根元を手前に」
 棗は庵が突き出したマドラーを握った。但し、正面からではなく――庵の背後から彼が握るのと同じ向きに。
「どういう……事……?」佃が二人を見比べる。
「母は……あの林で、自殺しようとしている女性を見付けたんです。そして止めようと、思わず手を出した」言いながら構えを解き、庵は奥の扉――階上の居住スペースに続く階段があるらしい――から暫し消え、戻って来たその手にはスクラップブックが一冊。
 その一ページには小さな記事。あの住宅街近くの林に開発の手が入り――白骨化した女性の遺体が発見された。遺書その他から自殺と判断された。そして残された衣服からは彼女以外の人間の血。
 そして遺書にも、予め書かれたらしき文章に加え血文字で「助けてくれようとした人迄刺してしまった。やっぱり私は死んだ方がいい」と加えられていた。
 だが彼女が見付かったのは祈の事件から二年程後の事で、関連付けられはしなかった様だ。
「手首を切ろうとしている所を止めようとして刃を握り、その儘揉み合いになり……彼女も母を殺す気など無かったのだと思います」庵は噛み締める様に言った。
「そしてその儘逃げて、初志貫徹……か」棗は皮肉げに笑おうとして、笑えていない。
 暫し、一同声も無かった。

「ちょ、ちょっと待ってくれ」やっと声を上げたのは佃だった。「この女性が発見されたのは事件の二年後なんだろう? お父さんも気付かなかったのかい?」
「残念ながら、その頃には各地の不審者情報を求めて東奔西走」棗が肩を竦めた。「僕は当時八つかそこら。兄さんは……暫く僕にも教えてくれなかった」
「八つの子供に教えられると思いますか?」と庵。「当時は私だって……訴えた処で犯人を逮捕出来る訳でも、罰を与えられる訳でもないと解って、こんな理不尽な事があるものかって……! 然も彼女は死んだんですよ! 母が助けようとした命を捨てたんです……。だから、言えませんでした。棗には勿論、父にも……。『犯人を探し出し殺す事』を生き甲斐とする父には……そんな支えでも、失わせる事は出来ませんでした。でも……本当は父だって気付いていたのかも知れません。自分の手の届かない所に犯人が居る事位」
 そして五年前、楡誠は亡くなった。
「それ以来、私は……私達は惑っています」庵は微苦笑を浮かべた。「本当に教えない方が良かったのか。教えて、別の生き甲斐を求めるよう説得するべきだったのではないか、と。だから……」
 
 『Ringwanderung』

 父が探し物を見付けられるように――いや、見付けない方が……そんな思いを少年期の庵は抱え込み――やがて棗が追い付いた。
 兄が悩んでいる事は、そのどこか心あらずな様子から、子供心にも感じ取っていた。だが、当時訊いた処で兄が答えてくれないであろう事も。
 彼はきっと棗に懊悩を分け与えようとはしなかっただろうし、また、当時の自身にそれを理解する事が出来たかどうか? だから棗は兄に追い付こうとし……実際に追い付いたのはいつだったか。
 それからは二人で、惑い続けてきた。

「それでも……」長い沈黙の後に、庵が言った。「父がこの店を遺してくれたのは……いえ、続けるよう遺言を残してくれたのは有難かったです。勉強は大変でしたけれどね。接客とか……」苦笑を浮かべる。「でも、人との縁は切れなかった……」
 だから惑いながらでもやって来られたのだ、と庵は言った。
「それに……もう一つの惑いはこうして解消する事が出来ました」
 言って――柴恵の前にカクテルを差し出す。
「お待たせ致しました。御注文の品です」
 佃はその時改めて、柴の前にグラスが無かった事に気付いた。佃自身は庵がいつも通りに出してくれた麦酒を前にした儘で……流石に飲む手は止まっていたのだが。
 佃も飲む方だが、彼でさえ滅多に頼まない様な、苦い種類の酒――女性が飲むには不似合いだと佃は思った。
 だが彼女はそれを、然もほぼ一気に飲み干した。
 そして――哂った。
「少し、素材が足りないみたいだけど?」
「申し上げましたでしょう? もう一つの惑いは解消したと」庵は笑って、小さな包みを取り出す。
 包みは次の瞬間には灰皿の上で火を付けられ……灰になっていた。
「証拠隠滅。青酸カリなんていつ迄も持っておくものじゃありませんからね」
「せ……!」佃が思わず腰を浮かす。そして柴を見遣るが、その様子に変化は無い。
「大丈夫。足りないって言ったでしょう?」柴の笑いは穏やかだ――穏やか過ぎる程。
「し、しかし何故貴女がそんな物を……? 楡さん、彼女が犯人を見付けられなかったからって……!」
「違うの」頭を振ったのは柴恵。「記事をよく見て――数日後、身元判明って記事」
「自殺者の身元は――柴……薫……?」茫然と、佃は読み上げた。「まさ……か……」
「私の娘よ」そうきっぱりと宣言した柴の顔は凛々しくさえあった。「だから庵君にさっきの包みを渡したのに……使ってくれなかったのね」
「自殺幇助なんて御免です」叩き付ける様に、庵は言った。「全く、親子揃って……!」
 佃が初めて聞く、苛立った庵の声。
「棗君も、これでよかったの?」柴は弟に質す。
「……それは貴女が態と自殺死体と母の事件を関連付けなかったかにもよるけど……取り敢えず、兄さんを殺人犯にはしたくないし、僕がやって兄さんを一人にもしたくないから」棗は冷たい眼で彼女を見下ろして言った。「だから、せめてもうこれ以上惑わせないで」

 解ったわ――その一言を置いて、柴恵は去った。
 以来、彼女の姿は楡兄弟の近辺からは消えた。

「佃さん、申し訳ない事を致しました」たった一人残った客に、庵が弟共々、深々と礼をする。
「あ……いや、私こそ……聞くべきじゃなかったね」
「いえ……私達だけでしたら正直、使わずにいられたかどうか……」庵の眼は灰になった包みを見詰めている様だった。「でも、御陰様でもう吹っ切れました」
「僕も」棗が頷く。「佃さん、これに懲りなかったらまた来て下さいね。もう、こんな事は無いから」
「ああ」佃は頷いた。そしてふと首を傾げて言った。「次に来る時には――『Wanderung』になってる?」
 二人は笑って首を横に振った。
「父の件に関しては未だ惑っていますし、こちらは答えが出そうにもありませんから」と、庵。
「それに……」棗が悪戯っぽく笑う。「惑ってるのは僕達だけじゃないのがこの店続けてて解りましたからね」
「確かに」佃は自身も此処に持ち込んだ事もある事件の数々を思い出した。「惑える者の溜まり場かも知れないな」
「だからいいんですよ。『Ringwanderung』で」

 店を出た佃は、夕方感じた違和感の正体に改めて気付いた。看板の字に新旧があったのだ。夜は気付かなかったけれど。
 だが、関係無い。
 今現在、この店はもう『リングワンデルング』なのだから。
 また彼自身を含む誰かが迷い込み――ひょっとしたら帰る頃には『リング』が取れているかも知れない。そんな店なのだ。
 あの兄弟は惑い続けるのだろうが……決して孤独ではない。楡誠は――全て解っていたのだろう。妻の事も、息子達の事も。
 だからこの店が、ある。

                      ―了―

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無題
うーん。
複雑です(>_<)
恨むべき相手に死なれちゃうと、気持のやり場に困ります。かといって、のうのうとされてても腹が立つし^^; 
柴さんが犯人の死に驚かなかったのはそのせいだったのですね。庵兄さん、頭いいだけに、背負うものも大きくって可哀想。知らないふり、辛かっただろうな・・・(しんみり)

夜霧ちゃん「皺・・むにゃむにゃ」って!!
ひょっとして「夜霧ちゃん抱っこ作戦」ばれてる(汗)
夜霧ちゃん、お手柔らかにお願いしますよ~(>_<)
moon 2007/12/08(Sat)23:34:00 編集
Re:無題
庵達が何より腹立ててるのは、祈さんが命かけて迄助けようとしたのに、彼女が自殺しちゃった事。そこで生きててくれれば、憎しみが向く事はあっても未だ母の行動に意味があったんだとは思える。
だからそういう想いを踏み躙る様な行為にはちょっと過剰反応しちゃうかも。消火器の時の棗とかね。

夜霧……やはり侮れない
巽(たつみ)【2007/12/09 00:18】
う~ん。
自分を殺させようとして、青酸カリを持ち込む感覚がよく理解できない。本気でしてるんだとしたら、とんでもなく甘ちゃんな婆さんですね。
非常識って言ってもいいんじゃないかな?
そんな婆さんにならないようにしなくっちゃ!
ぷん URL 2007/12/09(Sun)12:43:35 編集
Re:う~ん。
それで償いになると思ってる辺りが特にね(--;)
誠お父さんの事も知ってたから、その所為もあるかも?
楡兄弟にとっては大迷惑な話(苦笑)
巽(たつみ)【2007/12/09 13:34】
無題
こんにちは。
昨夜からの連続投稿で驚いちゃった。

う~ん、そういう話かぁ。
毒殺しても、何の解決にもならないし、しょうがないわなぁ。

遺書に加筆があったのに調べられなかったのは、ちょっと奇妙かも。
あと、刑事さんを女性にしたのには、何か意味があるの?
afool 2007/12/09(Sun)16:41:10 編集
Re:無題
こんにちは♪
昨日のは流石に手首が疲れました(笑)
刑事さんが女性なのは特に意味は無いです。何と無くイメージで男じゃないな、と。
遺書の書き加え……う~ん、助けてくれようとした人を「傷付けた」にしとけばよかったかな? これなら悩む自分に助言してくれた人の心を傷付けたのかとも考えられるし。
巽(たつみ)【2007/12/09 19:15】
続きがきになってました
日曜日続きが気になってましたよ~!!
買い物どころじゃない!?

複雑ですね…。
殺されたから、殺す…を繰り返しても終わりはないです。毒入れたら、楡兄弟が殺人犯になってしまうじゃないですか!!><
ふわりぃ URL 2007/12/10(Mon)16:09:53 編集
有難うございます^^
例え本人が遺書を残していても嘱託殺人になりますもんね^^;
それが解っていても入れるなら、二人も覚悟の上だし。入れる訳無いけど。
柴元刑事も「入れない」と解っていた?
巽(たつみ)【2007/12/10 18:01】
うう
いまさらだけど、なかなか辛い話だねー
婆さんデカも許せないよ。
冬猫 2007/12/11(Tue)04:56:39 編集
Re:うう
婆さんデカは自分なりに片を付けたかったのかも?
自己満足に過ぎないけどね。
巽(たつみ)【2007/12/11 12:35】
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