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「こんな所に未だソメイヨシノが残ってるの?」滑る足場を気にしながら、由里子は尋ねた。「もう無いんじゃない?」
「いいから、いいから」前を行く昌樹は笑う。「此処は気温の所為で多分遅咲きだし。きっと未だ花が残ってるよ」
「残ってなかったら……帰りは色々奢って貰うからね」主にこの疲れを取る為の甘味を、と由里子は思った。
「はいはい」昌樹は苦笑して、四苦八苦している由里子に手を貸した。
麓の里から見上げた一見なだらかな斜面は、その中に入り込んでしまうと意外に険しく、二人の人間の小ささを思い知らせてくれた。それでも、目標を目指して、彼等は登った。
どうしても見たいものがある――その為なら多少の苦労は厭わない心算だった。
多少どころじゃないけどね、と由里子は一人ごちた。
上流に近付くに連れて大きく、険しくなる岩を乗り越え、二人は目的地に近付いて行った。雪の下から覗いたばかりの山菜、木の芽、苔……。瑞々しいそれらの色が時折、目と心を休ませてくれる。
その中にぽつり、風に飛ばされて来たものだろうか薄紅の色。それは小さかったけれど、二人の目を釘付けにした。
「これ、ソメイヨシノよね?」頬さえも上気させて、由里子はそれをそっと摘み上げた。「山桜や枝垂桜とも色が違うし……。このほんのりした色……」うっとりと、それを木漏れ日に透かして見ている。
「よし、もう少しだ」頷いて、昌樹は先を促した。「これなら、奢らなくて済みそうかな」
それは別の話にしたかったが、由里子は頷いて歩を進めた。今はこの手掛かりで疲労も吹き飛んでいる。
やがて、更に斜面を登った若い緑の隙間から、薄紅の舞が見えてきた。
樹齢数十年といった所だろうか。四方八方に枝を――花の傘を広げた優美な姿。
折りしも風が、満開の薄紅の花弁を羽ばたかせ、一面をほんのり暖かい色の吹雪が覆っていた。
ぎりぎりだったな、と昌樹が呟いた。一番の見頃だ、と。
由里子は堪らず、その桜吹雪の中に飛び込んで行った。これ程の美しい景色は見た事が無かった。況してやその中に身を置いた事など。
何しろ桜の代表種、ソメイヨシノの実物を見るのは初めてなのだから。
20XX年。
挿し木や接木で各地の公園等を席巻したソメイヨシノは、いわば同一遺伝子を持つクローンであるが故に同種の病原体に弱かった。そして第一交配種――所謂雑種――である事と、同一遺伝子を持つが故の不和合成の為、種が出来にくく、また発芽も先ず望めなかった。殖やす為の挿し木が既に病や茸という敵に犯された結果、ソメイヨシノはいつしか姿を消していた――筈だった。
病原体が殖えた背景にはヒートアイランド現象や温暖化が関与しているとも言われていた。
それでも辛うじて、ぽつりぽつりとだが残っているらしい――その情報に、由里子が飛び付き、昌樹がやっと見付けたのだった。
「ね、これ、枝を持って帰って挿し木したら根付くかな?」由里子がそっと枝に手を伸ばして言った。
昌樹はその手を優しく、しかしきっぱりと抑えた。首を横に振る。
「桜は感染症に弱くてね。素人の俺等が勝手に折って、この樹迄傷付いたら……。花が見たければ、また来年二人で来よう」
「……そうだね。近くで見られればって思ったけど、人間は足があるんだから、見たければ自分が見に来ればいいんだよね」由里子は散った花弁だけを拾い、大事そうにハンカチに包んだ。
二人はその花の色を目に焼き付けて、麓へと帰って行った。
そして、下界の色鮮やかな名も知らぬ外来種を見て溜め息をついたのだった。
―了―
ミステリーでも怪談でもないけど、ある意味怖い環境問題。実際何とかサルノコシカケとかいう茸が公園の桜の間でも見付かって問題になっているそうな……。木の中が腐って洞になっちゃうから伐るしかないんだって(:;)
何年経っても、普通に花見したいなぁ。
これだけ日本中に分布したソメイヨシノが無くなるなんて、今は考えられないけど…。
何かの拍子にってのは、ありえる事ですからね。
日本人は桜が大好きって人種だけど、外来種に取って代わられても好きでいられるのか疑問っすね。。
大事にしたいもんです。その為にも環境ですね!
そうかぁ・・・そういう事も有得るんだねぇ!
この先、もしも異常気象が続いたら、桜ばかりでなく、いろいろな日本らしい物が失われてしまうかもしれないよねぇ・・・・
怖いですね!
そしてそれが日本産と雑種でも作ると雑種強勢で元々の生存域を侵してしまう事も……。
怖い怖い。
温暖化 気にしながらも パソ使う……自虐川柳(^^;)
京都に佐野藤右衛門さんという桜守さんがいますが(15代くらい続いてるはず)、愛情溢れるまなざしで桜の木を見上げてはる姿に、こういう人がいてくれて日本は幸せやなあ、と思いますね。
まぁ、確かに厳密に言えば、現在あるものもかなりの割合で、交雑種だったり、外来種だったりする訳ですが……。でもやっぱり本来この地に生じたものは大事にしたいですよね。
デグーさんの場合、そこ迄殖える前にデグーさんの身が危険な気がする(TωT)
やっぱり生き物は責任を持って飼わないとね!
コンビニも無い様な田舎に行くと、不便ばかりが目に付いてしまうし、電気使用量を抑えようと思いつつも宵っ張りでブログ巡り(苦笑)
桜……午後からの雨でまたかなり散りそうです。
う~ん、現実にありそうな話だよね。
実際、このまま温暖化が進むと、開花時期が3月のはじめにずれ込むって予想があるらしいしね。
新年度が始まる4月に、っていうか桜が咲く時期に合わせて4月を新年度にしたんだろうけど、4月をまたいで桜が咲かないと、なんか淋しい気がするよね。
う~ん、やっぱり入学式、新学期には桜が似合うよねぇ。校庭で待つのが葉桜じゃあ、ちょっと寂しいなぁ
いつ迄も大事にしたいものです。