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〈2007年9月16日開設〉 これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。 尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。 絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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「これ、私の絵じゃないよね?」
 母親にせっつかれて部屋の大掃除にぼちぼちと取り掛かっていた早紀(さき)は、幼い頃のお絵描き帳に交じっていた一枚の画用紙に目を止めた。小さい頃から絵が好きで、高校生になった今でもイラストを描いている彼女。だが、その幼い筆致の絵は、どの時代の彼女のものとも、違っていた。
 小学校低学年位だろうか? 描かれているのは女の子が二人。そして簡略化された家と木。線は拙いものの、色鉛筆で描かれた淡く繊細な色使いで、その年頃としては巧いと言えた。自分の子供の頃のクレヨン画と比べて、早紀は眼を覆いたくなった。
「誰のだろう?」友達の誰かのが交じったのだろう、と彼女は考えた。しかし、こんな絵を描く子は居なかった筈だとも思う。友達の中では自分が一番巧くて、いつだって褒められていたのだから。
 小学校で交じったとも思えない。幼稚園や小学校で描いた絵なら、先ずは教室後ろの壁に張り出すものだ。当然、画鋲か、テープの跡が四隅に残る。現に覚えのある絵には、全てそのどちらかが刻まれていた。しかし、この絵には無い。
 ならば、友達と遊んでいる時に描かれた物?――それが何故ここに、然も今迄解らずにいたのだろうか。
 早紀は首を捻った。
 

 裏を見ても、何の名前も書かれていない。巧いとは言っても描かれている女の子達が誰であるのか同定出来る程、はっきり特徴を捉えている訳でも――いや。
 一人の女の子の付けている紅い髪留め。それは早紀が子供の頃、とても気に入っていて、ほぼ毎日付けていた物に似ていた。いつの間にか失くしてしまったけれど。だとすればこの女の子は早紀なのか?
 しかしもう一方の女の子は特徴も無い、小学生の女の子がよく描く様なサスペンダー付きの赤いスカート、白いブラウス。髪もおかっぱよりはちょっと長い位で、友達の誰かの様でもあり、誰でもない様でもあった。
 自分が描かれているのなら、やはり友達の誰かの絵なのだろうか。早紀は暫し考えて、やはり頭を振る。該当者無し。それとも思っているよりも幼い頃の友達で、忘れてしまっているのだろうか。
 だとしたら、年上の友達?――それ程幼い頃の自分と同年代の子供が描いたものだとは思えない。いや、思いたくない気持ちもあったのかも知れない。
 と、大掃除の手が止まっている様子に、母親が階段を上がって来た。

「私が小さい頃、こんな絵を描く子が近くに居た?」丁度いいとばかりに、早紀は母親に絵を見せて尋ねた。
「実花(みか)ちゃんじゃないの?」事も無げに、彼女は答えた。
 しかしその答えに、早紀は不満そうに眉を顰めた。
「ミカって……誰?」覚えが無かった。
「何言ってるのよ。小学校……一年か二年位迄だったかしらね、仲よく遊んでたじゃないの。そうやって、絵を描いて」
「小学校?」眉間の皺が濃くなる。高校二年生の自分が忘れる程昔ではない。「それで、その子は?」少なくとも今の友達には居ない。
「三年生の春だったかしらねぇ。いっちゃったわ。そう言えば早紀、貴女お見送りにも出なかったわね」あんなに仲が良かったのに、と僅かに咎める様な顔。
 早紀には全く覚えが無かった。当時よく遊んだ顔触れを思い起こしても……その中にミカらしき顔は無い。
「やだ、大丈夫?」母親が冗談めかして言う。「その歳でボケたら、母さん困るわよ」
 それよりさっさと掃除を終えてしまわないと、足の踏み場も無いわよ――そう言って、母親は階下へ降りて行った。

 彼女の足音が行ってしまうと、早紀は弾かれた様に本棚へと走った。途中、それこそ踏み場も無く散らかったぬいぐるみに足を取られて危うく転び掛ける。が、その儘すとん、と膝を突く様にして、本棚の一番下の段を前に座り込んだ。そこに収められた卒業アルバムに手を伸ばす。例え途中で転校したとしても、スナップ位は載っている筈……そう思って。
 そして幼い頃のページを開いて、早紀は絶句した。
 自分の隣に、見知らぬ顔が笑っている。
 絵と同じ様な赤いスカートと白いブラウスの女の子。しかしその顔にはやはり、覚えが無かった。
 よくよく探せば、自分の隣には殆どいつも、彼女が居た。それ程仲が良かったという事だろう。それなのに何故、自分は覚えていないのだろう? 写真の中では互いに笑顔を向け合っていると言うのに?

 気が付くと、小学校からの友達に電話を掛けていた。思い出さなければいけない。そんな義務感めいたものが胸中に生まれていた。
「ね……ミカって子、知ってる?」恐る恐る、早紀は尋ねた。「小学校一、二年位に居たらしいんだけど……」
 電話の向こうで、息を呑む気配があった。それだけで肯定の答えを得た様なものだ。しかし、この反応は、一体?
〈早紀……思い出したんだ……〉
「私、やっぱり忘れてたの? その、ミカの事を」
〈実花ちゃんがいっちゃってから、早紀ってば丸で最初から居なかったみたいにしてて……。多分、ショックでそうなったんだろうから、早紀の前では実花ちゃんの話はしないでおこうって、皆の間で決まって……〉
 そんなにショックだったのか――早紀は茫然と思う――そんなに大好きだった友達の事、今迄忘れていたなんて、何て薄情なの? 皆にも気を遣わせて。
「ごめん。もし知ってたら、ミカちゃんの引っ越し先、教えてくれないかな? 見送りに行かなかった事や、忘れてた事とか謝りたいし……」
〈…………〉
 やや長い、沈黙。しかしそれは引っ越し先を調べてくれているのではないのが空気で判る。空気が固着している。
 どうしたの?――そう質そうとした矢先、相手は口を開いた。
〈完全に思い出した訳じゃないんだね。実花ちゃんは……引っ越して行ったんじゃなくて、天国に逝っちゃったんだよ。車の事故で……〉

 やはりいつの間にか、終話ボタンを押していた。
 そう言えば母も「いっちゃった」としか言わなかった。それじゃあ、お見送りと言うのは……黒と白の鯨幕が、脳裏で翻った。
「そんな事……忘れていたなんて……」余程ショックが深かったのだろうか。未だ、完全には思い出せない。それでも、頬に涙が伝うのが判る。
 申し訳なくて、情けなくて……。
 早紀は一頻り、声を潜めて泣いた。

 いつしかカーテンを透過する光は陽光から街灯のそれに変わり、早紀はのそのそと顔を上げた。
 それにしても一つ解らないのは、この絵がどうして今迄目に付かなかったのかという事だった。これ迄だってこのお絵描き帳やそれが入っていた道具箱を整理した事は数知れずある。なのに何故、出てきたのだろう。
 丸で、実花の存在を彼女に思い出させる為であったかの様に。
「きっとそうなんだ……。私が忘れてたから、思い出してって……」早紀は絵を机の前の目立つ所に貼った。「もう、忘れないからね。ミカちゃん」

                    * * *

「未だ完全には思い出していないみたいね」階上の様子を窺って、彼女は呟いた。「無理も無い……か。実花ちゃんを車の前に押し出したのが自分だったなんて……。母親の私でも忘れてしまいたい位だわ」
 自分より絵の巧い実花に、早紀が嫉妬していたのは日頃から感じていた。それでも、真逆あんな事をするなんて……。
 結局は事故という事で処理された。運転手の脇見運転も早紀にとっては幸いだった。目撃者が母だけであったのも。彼女は咄嗟に、実花は勝手によろめいたものと証言し、早紀を庇った。
「でもね、早紀……いつ迄も忘れていていい事じゃないと思うの。それに、実花ちゃんは――貴女の双子の姉さんは、私のもう一人の娘でもあったのよ? 貴女と同じ様に……!」
 だからこそ、彼女は大掃除を言い付けると共に、早紀の道具箱に実花の絵をそっと忍ばせたのだった。
 あの事故の日以来、枯れたと思っていた涙が、頬を濡らした。

                      ―了―

 そろそろ年末、大掃除の準備はお揃いですか?
 見覚えの無い物が見付かりませんように……。

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無題
ある意味・・・
今まで読んだお話のなかで、一番怖かった(>_<)
お母様、切ないですね。

見覚えのないものは見つからないですが、
見覚えのない、読めないメモはしょっちゅう出てきます。自分の字なのに、解読不能^^;
moon 2007/12/06(Thu)22:59:14 編集
Re:無題
数字だけ書いてある電話番号とかね(^^)
後から見てどこのだっけ? って悩むの(笑)

メモとっとこうって、書いといて役に立った例が無いです☆
巽(たつみ)【2007/12/07 00:54】
こんばんわ★
双子なのか!?
いっちゃった、っていうのは、そういうことなのかなって分かったけど、最後の双子のオチだけ読めなかった(@@)
そうか…
ホラーじゃないけど、サイコ系?
なかなかやるにゃ(ーωー)
モアイネコ URL 2007/12/07(Fri)00:02:56 編集
Re:こんばんわ★
有難うございます(^^)
ショックで記憶の封じ込め……普通だなーと思ったら一捻り。最早習性です。
巽(たつみ)【2007/12/07 00:56】
無題
時々、早紀→先になってませんか?ただの読み違いかな?
なんてツッコんだところで、双子オチは見抜けなかった(>_<)

見覚えないものは出てきませんが、あるはずのものが行方不明になることはあります。
やはりブラックホールな我が家…
あすか 2007/12/07(Fri)00:46:05 編集
Re:無題
>時々、早紀→先になってませんか?ただの読み違いかな?

はわ! 確認してみます~(>_<)
ブラックホール、それは一家に一つは装備されていると言う……★
巽(たつみ)【2007/12/07 00:59】
げげっ
こんばんは。
げげっ、そんな話だったのかぁ。
ぞわわって来ちゃったよ。
双子の姉さんかぁ。
「いっちゃった」は、死んだって分かったけどね。
afool 2007/12/07(Fri)01:23:41 編集
Re:げげっ
こんばんは♪
やっぱり「いっちゃった」は平仮名にした所為もあってか、直ぐばれましたね(苦笑)
で、友達が気を遣って話さないでいたのに、お母さんがあっさり「実花ちゃん」の名前を出したのは何でだろう、と。絵の事もあるし。
それで話を膨らませると……こんなんなりました☆
巽(たつみ)【2007/12/07 02:01】
複雑
だろうな…お母さん。きちんと話して、受け止めさせるのも辛いだろうと思うけど、話すべきだと思う。
双子の片割れだからこそ、記憶喪失の度合いが高いのでしょうかね。

少し違うけど若い頃、酔っ払うと記憶を無くしてました。かなり失礼な事してたんだろうな~。あの時の皆様すみません…と、この場を借りて謝っとこう。ごめんなさいm(__)m

そうそう、季節感が合ってますね~☆
冬猫 2007/12/07(Fri)02:24:45 編集
Re:複雑
うん、複雑。娘を庇いたいっていうのと、でもこの子がもう一人の娘を……という二律背反な訳で。

>少し違うけど~
大分違うとツッコミ入れていいのかな? これは(^^;)
これから飲み会シーズンだけど、程々にね~
巽(たつみ)【2007/12/07 14:17】
う...
鳥肌たちましたね・・・
良いですよ~短く、完結にもとめてあって・・・凄いなぁ~
私も高校の頃、良く本を書いてたんですけど、今思うと笑ってしまうわ^^
それでも、友達は楽しみにしてくれてたんですけどね。
私も恋愛小説、いつか書いてみたいって思ってるんですよ。
ぴぴ 2007/12/07(Fri)12:40:01 編集
Re:う...
有難うございます(^^)
大掃除で見付かるもの、意外なドラマが隠されているかも知れませんよ。

>私も恋愛小説、いつか書いてみたいって思ってるんですよ。
それは楽しみです♪
巽(たつみ)【2007/12/07 14:27】
思い出したら
すべてを思い出したら早紀ちゃんはどうするんでしょう…。
かばったお母さんも辛かったのですね。

私は忘れっぽいので、身に覚えのないもの
しょっちゅうありますよ><
ふわりぃ URL 2007/12/07(Fri)15:55:48 編集
Re:思い出したら
ある意味この話の主役はお母さんかも。

時々出てくる昔の絵は……地雷です(あ、今のもか・笑)
巽(たつみ)【2007/12/07 16:47】
いいね!
面白い。
誰でも忘れたことはあるし、なかったことになってることも、まあ、あるよね。
しかし、実の娘じゃお母さんの心境は複雑だ。
ぷん URL 2007/12/07(Fri)20:32:35 編集
Re:いいね!
有難うございます(^^)
思い出せない事、思い出したくない事、でも思い出さなきゃならない事、色々ございます。全部記憶してたら脳はどうなるんでしょうね?
巽(たつみ)【2007/12/07 20:37】
無題
流石ですねぇ。
自分で押しちゃっていたんですね。
それは記憶に入れたくないですよね。

人の跳ねられるのを、小さいときに間近でみたら……って想像すると怖いですね。
てか、実花ちゃんも可哀想だけど
運転手も悲惨だな。賠償金とかもろもろ……。

トラックファブィ!
見習猫シンΨ URL 2008/08/18(Mon)15:31:21 編集
Re:無題
有難うございます(^^)
確かに運転手も悲惨かも☆
でも、脇見運転してたしなぁ(苦笑)
記憶は時に嘘をつく――それは自分を守る為であったり、甘やかす為であったり……。でも、思い出さない方がいい事も、中にはあったり?
巽(たつみ)【2008/08/18 15:50】
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