〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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女は右手の中で小さな鍵を転がしていた。何度も、何度も。
顔には逡巡と陰り。落ち着かない視線は先程から床と自らの右手、そしてテーブルの上に置かれた小さな宝石箱とを不定期に巡っていた。
宝石箱は彼女の物。鍵はそれを開ける為の物で、十年前、彼女が十二歳の時に失くした物だった。
それがどういう経緯で渡り、また彼女の元に現れたものか、兎に角それは一人の少女によって届けられた。
十歳位だろうか、茶色の髪に青いリボンのよく似合う、可愛らしい少女。青い服のベルトには古めかしい鍵束が下げられ、その中から抜き出したのが件の鍵だった。
摘み部分の華奢な飾りに特徴のある、小さな鍵。見紛う事無く、彼女の鍵だった。
十年前、転居のごたごたの際に失くしたと思い、散々探し回ってそれでも見付からず、暫く泣き暮らした鍵。あれ以来、宝石箱は開けられぬ儘、彼女のクローゼットの奥にしまい込まれ続けていた。
その鍵が、彼女の手に返って来たのだ。
喜んで、少女から受け取った筈だった――そう、確かに彼女の中に喜びはあった。
だが、いざ宝石箱をクローゼットから取り出して、ふと、そこで彼女の動きが止まってしまった。
顔には逡巡と陰り。落ち着かない視線は先程から床と自らの右手、そしてテーブルの上に置かれた小さな宝石箱とを不定期に巡っていた。
宝石箱は彼女の物。鍵はそれを開ける為の物で、十年前、彼女が十二歳の時に失くした物だった。
それがどういう経緯で渡り、また彼女の元に現れたものか、兎に角それは一人の少女によって届けられた。
十歳位だろうか、茶色の髪に青いリボンのよく似合う、可愛らしい少女。青い服のベルトには古めかしい鍵束が下げられ、その中から抜き出したのが件の鍵だった。
摘み部分の華奢な飾りに特徴のある、小さな鍵。見紛う事無く、彼女の鍵だった。
十年前、転居のごたごたの際に失くしたと思い、散々探し回ってそれでも見付からず、暫く泣き暮らした鍵。あれ以来、宝石箱は開けられぬ儘、彼女のクローゼットの奥にしまい込まれ続けていた。
その鍵が、彼女の手に返って来たのだ。
喜んで、少女から受け取った筈だった――そう、確かに彼女の中に喜びはあった。
だが、いざ宝石箱をクローゼットから取り出して、ふと、そこで彼女の動きが止まってしまった。
何を迷っているの?――彼女は自身に問い掛けた。やっと宝石箱が開けられるのに。中には大事な物が入っているのに。
丸でその答えを誤魔化す様に、彼女の思考は回り道を始めた。
そもそもあの少女はどうしてこの鍵を手に入れたのだろう。十年前、転居先では作られた荷物を全て解き、転居前の家にさえ行って、冷たい目に怯えながらも頼み込んで探させて貰った。それでも発見には至らなかったのに。
あの家の所縁の者だったのだろうか。もしかしたら未だ探し足りない所があって、そこから出て来たのかも知れない。しかし、そうだとしても今頃、態々届けてくれるだろうか。あの少女の歳ではあの当時の事は知らないだろうけれど。
それにしても――彼女は宝石箱に目を転じた――この箱は、どうして今迄開けられる事がなかったのだろう?
確かに鍵は無かった。
けれども、これは頑丈な金庫ではない。彼女の力でも、工具を使うなどすれば開けられない事はなかった筈だ。なのに十年間も、何故しまい込むに留めていたのだろう?
大事な物が入っているのに。
大事な物――何だっけ?
「……?」彼女は記憶の欠落に、愕然とした。
とても大切な物。その思いはあるのに、それが何だったのか思い出せない。あるいは――思い出したくない? 何故?
開けてみれば解る。
彼女はいつしか汗ばみ始めた右手で鍵を摘み、ゆっくりと宝石箱へと近付けて行った。
長く使われていなかったにも拘らず、鍵はスムーズに回り、カチリと軽い音を立てた。
繊細な飾り付けの施された蓋を、そっと開ける。中の紅い布張りは昔の儘の色を留めていた。
そしてその紅の中にぽつりと、銀色の指輪。彼女のものにしては大きく、サイズからして男物と思われた。
「これは……」彼女は恐る恐る、それを摘み上げた。とてもシンプルな指輪だ。しかしよく見れば内側に、イニシャルらしきものが彫られている。「……お父さんのイニシャル?」
そうだ――これはお父さんの結婚指輪。そして、お父さんの形見。
父が若くして亡くなり、元より折り合いがよくなかったあの家を母と一緒に出ると決まった時、せめてもの形見にと貰った物だった。そして大事にこの宝石箱にしまい込んだ。
そして……それ自体を無かった事にしたくて、この鍵を手放したのは自分だった事を、彼女は思い出した。その記憶さえも放り落としてきた事も。
この指輪を見ようと見まいと、父が亡くなった事も、家を出た事も、何一つ変わりはしないのに。何一つ、取り戻せる物などありはしないのに。
いつしか指輪を握り込んだ手を口に当て、彼女は声を殺して泣いていた。
悲しくて、そして十年間、父の死を直視したくなくて自分を騙してきた事が情けなくて。
一頻り泣いて、彼女はそっと指輪を宝石箱に戻した。但し、もう鍵は掛けない。もう、目は逸らさない。
今度、母と一緒にお墓参りに行こう――この十年間、かつての家に遠慮してか彼女を気遣ってか、独りひっそりと墓参を続けてきた母と一緒に。
「ご苦労様」華奢な飾りの付いた鍵を鍵束に収め、青い少女は囁いた。「記憶を封じても、目を逸らしてもそこにある現実――目を瞑った儘で先には進めない……」
唄う様な声が夜の街に流れた。それは風の音に紛れ、その主と共に、いつしか消えて行った。
―了―
最近、どんどん更新時間が遅くなってるぞー?(^^;)
ありす、出番少ないな(汗)
丸でその答えを誤魔化す様に、彼女の思考は回り道を始めた。
そもそもあの少女はどうしてこの鍵を手に入れたのだろう。十年前、転居先では作られた荷物を全て解き、転居前の家にさえ行って、冷たい目に怯えながらも頼み込んで探させて貰った。それでも発見には至らなかったのに。
あの家の所縁の者だったのだろうか。もしかしたら未だ探し足りない所があって、そこから出て来たのかも知れない。しかし、そうだとしても今頃、態々届けてくれるだろうか。あの少女の歳ではあの当時の事は知らないだろうけれど。
それにしても――彼女は宝石箱に目を転じた――この箱は、どうして今迄開けられる事がなかったのだろう?
確かに鍵は無かった。
けれども、これは頑丈な金庫ではない。彼女の力でも、工具を使うなどすれば開けられない事はなかった筈だ。なのに十年間も、何故しまい込むに留めていたのだろう?
大事な物が入っているのに。
大事な物――何だっけ?
「……?」彼女は記憶の欠落に、愕然とした。
とても大切な物。その思いはあるのに、それが何だったのか思い出せない。あるいは――思い出したくない? 何故?
開けてみれば解る。
彼女はいつしか汗ばみ始めた右手で鍵を摘み、ゆっくりと宝石箱へと近付けて行った。
長く使われていなかったにも拘らず、鍵はスムーズに回り、カチリと軽い音を立てた。
繊細な飾り付けの施された蓋を、そっと開ける。中の紅い布張りは昔の儘の色を留めていた。
そしてその紅の中にぽつりと、銀色の指輪。彼女のものにしては大きく、サイズからして男物と思われた。
「これは……」彼女は恐る恐る、それを摘み上げた。とてもシンプルな指輪だ。しかしよく見れば内側に、イニシャルらしきものが彫られている。「……お父さんのイニシャル?」
そうだ――これはお父さんの結婚指輪。そして、お父さんの形見。
父が若くして亡くなり、元より折り合いがよくなかったあの家を母と一緒に出ると決まった時、せめてもの形見にと貰った物だった。そして大事にこの宝石箱にしまい込んだ。
そして……それ自体を無かった事にしたくて、この鍵を手放したのは自分だった事を、彼女は思い出した。その記憶さえも放り落としてきた事も。
この指輪を見ようと見まいと、父が亡くなった事も、家を出た事も、何一つ変わりはしないのに。何一つ、取り戻せる物などありはしないのに。
いつしか指輪を握り込んだ手を口に当て、彼女は声を殺して泣いていた。
悲しくて、そして十年間、父の死を直視したくなくて自分を騙してきた事が情けなくて。
一頻り泣いて、彼女はそっと指輪を宝石箱に戻した。但し、もう鍵は掛けない。もう、目は逸らさない。
今度、母と一緒にお墓参りに行こう――この十年間、かつての家に遠慮してか彼女を気遣ってか、独りひっそりと墓参を続けてきた母と一緒に。
「ご苦労様」華奢な飾りの付いた鍵を鍵束に収め、青い少女は囁いた。「記憶を封じても、目を逸らしてもそこにある現実――目を瞑った儘で先には進めない……」
唄う様な声が夜の街に流れた。それは風の音に紛れ、その主と共に、いつしか消えて行った。
―了―
最近、どんどん更新時間が遅くなってるぞー?(^^;)
ありす、出番少ないな(汗)
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無題
どもども!
自分の記憶を封じ込める程の物だから、きっと曰く有り気な物だと思ったのに!!
亡くなったお父さんの形見の指輪だなんて…。
血が滴ったままの状態で保存された、眼球とか出て来てほしかったな~♪(笑)
自分の記憶を封じ込める程の物だから、きっと曰く有り気な物だと思ったのに!!
亡くなったお父さんの形見の指輪だなんて…。
血が滴ったままの状態で保存された、眼球とか出て来てほしかったな~♪(笑)
Re:無題
ひーっ!(←こればっかりやな)
そ、それはどなた様の……!?(^^;)
や、罪の記憶というのも考えたんですが、長くなりそうだったのでまた次回(笑)
そ、それはどなた様の……!?(^^;)
や、罪の記憶というのも考えたんですが、長くなりそうだったのでまた次回(笑)
Re:こんばんわぁ~^^
はい(^^)
それにしてもありす、どこで依頼受け付けてるんだろう?(笑)
それにしてもありす、どこで依頼受け付けてるんだろう?(笑)
Re:こんばんは。
指も考えたんだけどね(←ひーっ!)
流石に十年間保管してたら腐敗するか、ミイラ化するか……(--;)
と言うか、誰の指ーっ!?
ありす……そもそもありすの一生って……どん位?(笑)
某お嬢様とは気が合うかも知れない(^^;)
流石に十年間保管してたら腐敗するか、ミイラ化するか……(--;)
と言うか、誰の指ーっ!?

ありす……そもそもありすの一生って……どん位?(笑)
某お嬢様とは気が合うかも知れない(^^;)
Re:無題
車のキーですか^^
そう言えば私も前の車のキー、捨ててないかも^^;
そう言えば私も前の車のキー、捨ててないかも^^;
Re:こんばんは♪
むむむ? 序盤で彼女が逡巡し過ぎた所為かな? それとも……ありす物だから?(^^;)
何故か皆様の脳裏に血腥い想像が(笑)
何故か皆様の脳裏に血腥い想像が(笑)
Re:こんばんは
心臓って何だろうって……何を言うのかな、あの猫は(--;)
また何やら血腥い想像しちゃうじゃないか。
お母さん、苦労してると思います。折り合いの悪い姑とか、ある意味現実逃避してる娘とか……。金銭的にも大変そう★
また何やら血腥い想像しちゃうじゃないか。
お母さん、苦労してると思います。折り合いの悪い姑とか、ある意味現実逃避してる娘とか……。金銭的にも大変そう★
Re:記憶
確かに嫌だから封印してた訳で……。まぁ、中にはいい思い出が眠ってる事もあるかも知れないけど☆
それにしてもありす、見た目子供なのに夜中に出歩いてて大丈夫か(笑)
それにしてもありす、見た目子供なのに夜中に出歩いてて大丈夫か(笑)
久々ありす^^
やっぱりありすは何者だぁ~@@
ある時は・・・
封印したくなる思いも、時に起こるかも知れない。
悲しみや苦しみから実際逃げ出す事は出来ない・・・
でも、どんな出来事も時が必ず解決してくれる。
ありすは、そのタイミングに鍵を届けたのね♪
ある時は・・・
封印したくなる思いも、時に起こるかも知れない。
悲しみや苦しみから実際逃げ出す事は出来ない・・・
でも、どんな出来事も時が必ず解決してくれる。
ありすは、そのタイミングに鍵を届けたのね♪
Re:久々ありす^^
何かの悩みがふっと解消する時期って、ありますよね♪
吹っ切れると言うか。
ありすが何者かは……謎(笑)
吹っ切れると言うか。
ありすが何者かは……謎(笑)