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〈2007年9月16日開設〉 これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。 尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。 絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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 何処かの馬鹿が誤って水門を開けてしまった様だ――そんな怒鳴り声で目を覚ましたのは、棗が先だった。
 真夜中だと言うのに、降り頻る雨音にも負けない怒鳴り声。確か、この祖父の家より下流に行った所のおじさんの声だと、ぼんやりと思い出す。田舎の事だから――この九歳の棗の身でなくとも――結構距離がある。それが何故こんな雨の夜に態々出向いて来たのだろう? そう思い至ると、棗はさっさと飛び起きた。
 兄は隣の部屋で寝ている筈だが、果たして起きているかどうか――八つ年上の、寝起きの悪い兄の部屋を覗くと、やはり、布団は規則正しく上下していた。
 怒られるのを覚悟で叩き起こすか。そう思った時、廊下の向こうからパタパタと、祖母の足音が近付いて来た。
「棗君、起きてたの? 近くの川が危険な状態なの。此処は上流だから水に浸かる事は無いとは思うけど、一応動ける準備を……」
 祖母の声に慌てて兄の部屋を振り返った時、庵は漸く、長めの髪を掻き上げながら、身を起こしていた。

 二階の窓をそっと開けて見ると、降り続く雨は近くを流れる小川を増水させ、更に細かい流れをも合流させ、山を勢いよく下っていた。それでも、地盤、土台共しっかりしたこの家には影響は無さそうだが……。
「下流の方にはね、小川が集まって大きめの川があるんだけど」祖母が棗の疑問に答える様に言った。「そこにはこんな時の為に水量を調節する、水門があるの。ところがそれを誰かが間違ったタイミングで開けてしまったらしくて……所々、冠水しているそうよ」
「大変だね。繁君の家とか、大丈夫かな?」窓を閉め、心配そうに棗は言った。
「駐在さんも走り回ってるみたいだしねぇ、怖い思いをしていないといいけど……」
 棗の友達、谷繁は駐在所の子供だ。将来は父の跡を継ぎたいと言う、しっかりした子ではあるが、荒れる水が相手では如何ともし難いだろう。

 そんな繁が恐怖よりも興奮に彩られた表情で現れたのは、翌朝の事だった。幸いにも雨は上がり、ぬかるんだ地面に足を取られながらも彼は元気に上って来た。
 彼によると下の町の方では床上,床下浸水の被害も出、未だ冠水している道もあるらしい。
「大変だったね。大丈夫だった? 繁くんち」落ち葉に覆われた庭先の片付けをする兄を手伝いながら、棗は言った。
 勢い、繁もそれを手伝いながら話を続ける。
「うん。うちは大丈夫だったよ。土台が結構高く作られてたからね。窓から見てたら、裏に置いてた大きなゴミ箱とか流されてて吃驚したけどね」
「うわ。ゴミ散らなかった?」
「母さんが念の為しっかり閉めて、紐で括ってたから大丈夫。でも,殆ど満タン入ってたのに持ってくなんて、水の力も馬鹿にならないね」
 そして、それよりも、と話を切り替えた。
「あの騒ぎの最中に泥棒が入った所があったんだ」
「泥棒?」火事場泥棒ならぬ水場泥棒? などと思いつつもそれは不謹慎かと口にせぬ儘、棗は首を傾げた。
「それも僕達がすっぽり入れそうなサイズの金庫ごと」と、繁は頷いた。「被害額は未だはっきりしてないけど、かなりの額になりそうだって」
「それは……例の水害で家の人が避難してたの?」
「うん」繁は頷いた。「丁度水門の近くでね、土地も低めで、一番に避難した一帯にあるんだって。その家。勿論戸締りはしっかりして出たそうなんだけど、水の勢いもあってか雨戸が外から破られてて……床上浸水もしてて。見回りの手が足りなかった所為もあるんだけど、避難するように言った手前、父さん、責任感じちゃって……」
 俯き、手が止まってしまった繁に、棗は困った様に兄を見上げた。
 確かに駐在としてはこういった場合、住民の生命と財産を守る使命がある。しかし、棗達の祖父を始めとした協力してくれる人員を足しても、街の全てを守れる訳ではない。そして生命と財産、どちらを優先させるかと問われれば、谷巡査は間違いなく生命を取るだろう。
 しかし一方、被害者から見れば、必要最小限の物のみ抱えて逃げろと言ったからには、それ以外の物を守ってくれなければ困る、という訳だ。
「犯人が解ればいいんだけど……金庫の推定重量からして複数犯という事位しか……」そう呟く繁の口から、溜め息が漏れた。

「昨夜の、問題の水門を開けてしまった人間が誰かは、判ったの?」不意に、それ迄無言で箒を動かしていた庵が口を開いた。
 繁は顔を上げ、しっかりと頷いた。彼は友達のお兄さん、という以上の目で庵を見ており、その言葉には特に留意している。
「水道局の職員の一人で、夜に点検に出た所、川の水位が上がっていたので、拙いと思って開けてしまったという事です。此処は山間部だから海岸部みたいに潮の満ち干に影響される事は少ないんですけど、どうもより下流の方で何か土砂崩れか何かで塞がっていたみたいで、思っていたより市街地への流れが多くなってしまった……って、言ってました」
「その土砂崩れは? 確認出来た?」
「それが何か古いトラックが川に落ちていて……ナンバーも無い廃棄された物らしくて出所の特定は難しそうです。どうせ道端に放置されてたのが流されたものでしょうし。それが更に流された小枝や葉っぱを巻き込んで塞いでいたみたいですよ」
「トラックか……。じゃあ、土砂崩れと違って、誰か人間が動かす事が可能だった訳だね」
「……誰かが態と川を塞いだ、と?」繁は目を丸くする。
「そうしておいて水門を開ければ土地の低い市街地が冠水する可能性は高くなる……そうだよね、兄さん?」棗が察しよく、言った。
「そして水が溢れれば当然低地の家は避難対象になる。実際、その一帯は人が居なくなった」
「え? じゃあ……」信じられない、そして腹立たしい想像が繁の中にも膨れ上がり、彼は茫然と続きを促した。
「人が居ない一帯で、雨戸を壊し、金庫を運び出す――難しい事じゃないよね」と、庵。「然もその家は床上迄水が来ていた。複数犯でなくとも、浮力を利用しながらボートか何かに積んでしまえば、重い金庫だって簡単に運び出せる。どっしりした金庫でも、水中なら下に空気を送り込んでやれば案外簡単に浮くものだよ」
「と、いう事は犯人はあの水道局職員で、この為に……この為だけにあの雨を利用して、川にトラックを落とし、水門を開け、一帯を冠水させた、と?」繁は手にしていた箒を折らんばかりの形相で、それを確認した。
「取り敢えずトラックの出所は真剣に調査した方がいいね」掃除に戻りながら、庵は言った。「後、それ以外の家でも盗難の被害が出ていないか。これだけの事をして、その賠償を考えたら一軒だけとも思えないし」
 そういった足取り調査は宜しく、といった体の庵に九十度腰を折って、棗に笑顔を返すと、繁は急いで帰って行った。
「とんでもない職員だね」繁の代わりに、棗が憤った。「盗みの為に態々冠水させて、関係ない家に迄被害を出すなんて!」
 庵は肩を竦めながらも、乱暴に、落ち葉を掻き集めた。

 翌日判った所によると、件の職員には多額の借金があり、そしてやはり被害は他の家でも出ていたという事だった。
 すっかり乾いた夏の空を見上げながら、繁は腹立たしげにその様子を語り、棗は時折それを宥めながらも時に同調し、ちょっと離れた縁側では庵がそれらを聞くともなしに、猫の様にうつらうつらと日を浴びていた。

                     ―了―

 めっちゃ久し振りの「R.W.before」っす。忘れた人も居るかも知れない(笑)
 因みに既に夏休み突入してる設定(笑)
 水門開いてゴミ箱ぷかぷかは実際に前に住んでた所でありました☆今は上の階だから大丈夫♪

 済みません、20日18:15改題しました。このシリーズ、一番忘れてたのは私の様です(汗)
 タイトルの付け方拘ってた筈なのに、テキトーになってる(--;)

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こんばんは♪
まったく!とんでもない職員だねぇ~!
でも・・・なんか・・・現実にいそう!
火も怖いけど、水も怖ろしいようネェ!
経験はないけど、水の力って凄いよネェ!

津波の映像を観た時、いやぁ~怖ろしい!と思ったわぁ!
クーピー 2008/06/20(Fri)00:25:39 編集
Re:こんばんは♪
傍迷惑この上ない犯人でした(^^;)
水の力は侮れませんよ! 簡単に流れに足を取られますからねー。
津波は目の当たりにはしたくないですねぇ。家、海は近いし(怖)
巽(たつみ)【2008/06/20 14:59】
こんばんは
久しぶりのRing楽しませてもらいましたよ~
ゴミ箱ぷかぷか…大変な経験したんだね。
都内新宿区の親戚の家が一昨年床上浸水になったのよ。大変なんだよね水が上がると…
災害はなんでも嫌だよね~

雨大丈夫?車の運転には気をつけてね!
冬猫 URL 2008/06/20(Fri)02:05:41 編集
Re:こんばんは
今日も朝から大降り! まぁ、今は四階だからゴミ箱も流されないけど★
当時のお向かいさんはうちより土台が低くて、畳を総取り替えしてました。一旦水に浸かると、水が引けばいいってもんじゃないから困りますよね。
巽(たつみ)【2008/06/20 15:03】
おはよう!
とんでもない職員だねぇ。
さては昨日の大雨で思い浮かんだな。(笑)
子供の頃に住んでいた家で、2~3回大雨でごみ箱がプカプカを体験してる~。
あっ、今住んでいるマンションでも、すぐ下に地下鉄の液があるんだけど、大雨で地下階段に雨が流れ込んでいく所見た事ある。
アレは凄かった。(笑)
afool URL 2008/06/20(Fri)10:45:32 編集
Re:おはよう!
大雨と実際タイミング悪い水門の開放でゴミ箱ぷかぷか事件があったな~という記憶で繋げちゃいました(^^;)
一応腰の辺り迄で鍵も無いとは言え扉付きの所に置いてたのが、窓から見たら流れ出て浮いてるんですもん。水、恐るべし!
地下鉄の「駅」の階段に雨は怖いですね~。滑り落ちそう……(:;)
巽(たつみ)【2008/06/20 15:09】
こんにちはっ
雨降ってますね~。。。
職員の立場を利用して、
たくさんの人に迷惑をかけたうえ、
盗みまで!許せんですな>□<
ふわりぃ URL 2008/06/20(Fri)16:56:06 編集
Re:こんにちはっ
降ってますねー。大丈夫ですか?
最初は殺人事件にしようかとか思ってたのは内緒☆
巽(たつみ)【2008/06/20 18:12】
こんばんは
うわっ、今、気が付いた。
地下鉄の駅が地下鉄の液になってる。^^;
afool URL 2008/06/21(Sat)00:09:58 編集
Re:こんばんは
なってますねー( ̄ー ̄)にやり
どんだけ水浸しですか(笑)
巽(たつみ)【2008/06/21 00:19】
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