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〈2007年9月16日開設〉 これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。 尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。 絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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 殺した相手に殺される。
 奪った物を奪われる。
 裁いた罪人に裁かれる……。

 そんな夢を、ここ二、三日続けて見た。
 いずれも、現実には殺した事も、奪った事も、裁いた事も、俺自身にはありはしない。
 俺はごく普通の平凡な人間だったから。
 
 だが、殺した相手、奪った相手、裁いた相手――それは皆、見知った顔だった。
 毎日鏡の中に見る、俺自身の顔だったから。

 今夜もまた夢を見て、俺は夜中に目を覚ました。
 その儘眠る気にもなれず、憂鬱な気分で電気も点けずに洗面所に立ち、ざぶざぶと顔を洗う。冷たい水の清冽な感触が、少し、気持ちよかった。
 だが、顔を上げた時――俺は思わず、声を上げていた。
 洗面台に嵌め込まれた大きな鏡の中の俺の、突き上げる様に俺を睨み据える目から、視線を外せずに。
 しかしそれは一瞬の事で、次の瞬間には鏡は何事もなかったかの様に、大口開けた俺の呆けた顔を映している。

 鏡の中の俺――それは俺の内面を映したものなのだろうか?
 俺が日々、平穏に生きる為に自らの意思を殺し、周囲との摩擦を避ける為に大事な者を手放し、厳しい両親の意思に沿うように自らを裁き、律し……。
 それによって蓄積された、俺自身への恨みを、鏡の中の俺は抱えているのだろうか?
 それとも、俺が勝手にそれを投影しているだけか……?

 俺は鏡を睨んでみる。
 突き上げる様に。
 そして、挑む様に。
 これ以上殺さずに、奪わずに、そして裁かずに生きてみたい、と。

 現実の暮らしの中では直ぐに萎んでしまいそうな、泡沫の夢の様な想いだが……。

                      ―了―


 取り敢えず、伯母は大丈夫そうでしたー。

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「連れて行かないで!」そう叫ぶ女を置き去りに、小舟は出て行く。
 襤褸布を頭からすっぽりと被った船頭と、蒼白い顔で濡れ鼠になった一人の男を乗せて。
「どうして? どうして連れて行くの? いつもいつも……!」
 女の問いに、船頭は少しだけ、棹を操る手を止めた。
「どうしてって、これがわしの仕事さ。この男はもうこの世に居られない――死者だからな。それを渡すのがわしの仕事だ」
「そんな……! じゃあ……どうして私を連れて行ってくれないの!?」そう言う女の顔は蒼白く、水に濡れた髪も服も、最早乾く事はない――彼女もまた、死者だった。
 船頭は溜息をつき、彼女の足元を指した。
「それは、あんたが寂しさからか呼び込んじまった――この男の様な――犠牲者の恨みが重石となっているからさ」

 女は未だ、独り、水際に立っている。

                      ―了―


 お見舞いコメント下さった皆様、有難うございますm(_ _)m
 何とか復帰(?)

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 何気なく車のバックミラーを見て、ふと、思った。
 今夜は自棄に車が少ないな、と。より具体的に言えば、後続車が。
 いつものこの曜日、この時間なら、ヘッドライトが眩しい位に距離を詰めた車が列をなしているものだが、今夜はバックミラーが、暗い。反対車線はそれなりの車の流れなのだが。
 片側だけでも車列が無いと、夜の幹線道路ってこんなに暗いものだったっけ?
 まぁ、いい。後ろからせっつかれて走るのは好きじゃない。法廷速度を少し下回る位の速度で、私は車を走らせた。

 と――不意にけたたましいクラクションの音が耳を突き刺し、慌てふためいた私はその音の出所も判らない儘、飛び上がった。
 慌てて周囲を確認するけれど、反対車線はごく正常に流れているし、交差点でもないから横から車が来る事もない。
 けど、後ろは――そう思ってバックミラーを見遣った私は目を瞠った。
 眩しい程のヘッドライトの列! 私ののろのろ運転に業を煮やした様に皓々と連なって、ミラー越しに私の目を射る。
 ついさっき迄、真っ暗だったのに……! 動転しながらも、私はアクセルを踏み込んだ。
 ごめんなさい、ごめんなさい、と何度も口の中で呟きながら。

 帰宅して、人心地ついた頃、同僚から電話があった。
 そうして言うには、どうやら同じ方面に帰宅する彼女は、私の車の直ぐ後ろを走っていたらしい。
 でも、一体いつの間に近付いていたのだろう? 後続車も一杯……。
 それを訊く前に、彼女が逆に尋ねてきた。
「貴女の車の後ろ、黒い影みたいなのが蟠ってたんだけど……大丈夫だった? 何か怪しかったんで、咄嗟にクラクション鳴らしてみたら、さっと居なくなっちゃったんだけど」
「……」
 その影の所為で後続車のライトが見えなかっただけだったのかと納得しながらも、そんな得体の知れないものを車に付けた儘帰宅せずに済んだ事を、私は同僚に感謝したのだった。
 取り敢えず……いつも以上に暗い道には、ご用心。

                      ―了―


 や、何か今日は自棄に車が少なかったのさ~。

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 眠いから少し休む、と一言残して、琢也は後ろに倒した運転席に凭れ掛かり、あっという間に眠りの国に旅立ってしまった。
 助手席の美砂が文句を言う間もあらばこそだ。
 深夜の小さなサービスエリアの駐車場。山間部ながら街灯や自販機の明かりで、真っ暗という事はないが、人影も少なく心細い。
 とは言え、午前中に家を出てから目的地迄三時間。夜迄遊んで折り返して、此処迄で二時間。殆どの距離を、琢也が運転して来たのだ。免許は持っているものの、山道や高速には自信がなく、任せっ切りの美砂としては仕方ないと溜息をつく他なかった。後少しの距離とは思うが、ここで居眠り運転でもされては堪らない。
 何より、お疲れ様、と彼女は後部座席から取り寄せた膝掛けをそっと琢也の肩に掛けた。
 自身も眠かったが、流石にこんな所で二人して眠る訳にも行かない。外の気温からして、車のエアコンを、ひいてはエンジンを切ってしまう訳には行かないし。
 少し仮眠したら、琢也にもうちょっとだけ頑張って貰わなければならない。
 目覚ましに缶コーヒーでも買って置こうか、と美砂は窓の外に視線を転じた。

 と――ふと目に付いたのは街灯の傍に佇む、小さな人影。
 子供が居る時間でもないだろうにと、眉を顰めた美砂の視線に気付いたか、それは彼女に向かって気安い様子で片手を上げ――美砂が途惑った一瞬の間に姿を消した。
「え!?」慌てて周囲を見回すが、何処にもそれらしき姿は無い。第一、どこかに駆け出したとか、そんな消え方ではなく、本当に一瞬で消えたのだ。
 気味が悪くなり、美砂は今更ながらに車のドアロックを確認した。
 大丈夫。全て降りている――自分に言い聞かせる様に、彼女は一つ一つ、確認する――でも、一瞬で消える様な「何か」を相手にこんなロックが役に立つの?
 琢也を起こそうかとも思ったが、見間違いだ、転寝していて夢でも見たのだろうと言われればそれ迄だ。実際、自分でも太腿を抓って夢でない事を確認している位なのだから。
 しかし、不安の為に高鳴った鼓動は未だ落ち着かず、最早外に出て確かめる事さえ考えられなかった。
 早く此処から離れたい――その一心で、琢也が目覚めるのを待つ。
 いっそ席を替わって運転しようか。そんな事迄考えたものの、整っているとは言え、深夜の高速道。慣れない彼女が運転するのは、此処に居るのとは別の不安があった。
「早く……早く起きて……!」小声ながら、祈る様に彼女は呟いた。
 と、その祈りが通じたのか、琢也はうっそりと頭を上げた。重い瞼が上がり、膝掛けが肩から滑り落ちる。
「琢也! 早く出ましょう!」
 縋る様に訴えた美砂の前で、彼は不意に気安い様子で片手を上げた――先の小さな人影がそうした様に。
 そして、言った。
「挨拶にはちゃんと挨拶を返そうよ、お姉さん」妙に甲高い、明らかに琢也とは違う声。
 悲鳴を上げて車を飛び出そうとした美砂は、しかし先程確認したロックに阻まれ、更にパニック状態になる。それでもどうにかロックを上げてドアを開け放ち、駆け出そうとした時に腕を強く掴まれた。

 足止めされ凄まじい悲鳴を上げた彼女の前を、大型のトラックが通り過ぎて行った。
「美砂、何やってんだ! 飛び出したりしたら危ないだろう!」琢也の――いつもの琢也の――怒鳴り声。
 彼女の腕を掴んだ手が、少し震えている。
 美砂はその手に縋って、一頻り泣き、恐怖を訴えた。
 聞けば先程手を上げた事など、琢也自身は全く覚えておらず、彼女の声に眠りを覚まされ、危険な道に飛び出そうとしている彼女の腕を慌てて掴んだ、との事だった。
 結局、あれが何だったのかは解らなかったが、此処には居ない方がいいと、彼等は直ぐに車を出した。

 以来、美砂は車の運転練習に励んでいる。
 深夜の駐車場で、彼が眠ってしまわないようにと。

                      ―了―


 眠い……(--)。゜

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 窓の外に人が居る――幼い妹のそんな訴えを、孝太は聞き流して、彼女をリビングに押しやった。部屋に入るんじゃない、そう言い渡して。
 間近に受験を控え、妹に構う余裕はなくなっていた。自分なりに、志望校に対して充分な程の努力はしたし、学校や塾の講師からもほぼ大丈夫と言われている。それでも不安が拭えない。実際に試験を受け、合格通知を手にする迄は、何が起こるか解らない――そんな不安が付き纏う。
 だから、恐らくは構って欲しいが為だろう妹の与太話になど、付き合ってはやれなかった。
 高層マンションの、此処は八階。窓の外に人が居る訳がない。
 いや、待てよ? もし居るとしたら……。
 孝太は慌てて部屋を出て、妹に質した。
 もし居るとしたら泥棒――それも、行きずりなどではなく、ちゃんと準備を整えた上での犯行だと、判じたのだ。
 この縦の並びの、上の階か更に下か。真逆、うちという事はあるまいと思いつつ、孝太は妹が指差した窓を見遣った。
 そして、怪訝そうに眉根を寄せる。
 彼がそれとなくイメージしていたのはベランダに通じる大きな窓だったのだが、妹が指差したのはこのマンションの角部屋にのみ存在する、明かり取りの小さな窓。その下には全く足場は無いし、窓自体も人が通れる大きさではない。小さな子供位ならば通れるだろうが……。
 詰まりは、泥棒が出入りする為に某かの機材を使って迄、そこに居る様な場所ではないのだ。
 様子を窺っていたのか?――いや、それならやはりベランダ側の方がいいだろう、と孝太は首を捻った。
 人の居ない好機と見ても、また上に登るなり下に降りるなりして出入りの出来る窓に行かねばならない。そんな事をしている間に状況は変わってしまう。移動中で室内を窺えない間に住人が帰って来ては元の木阿弥だ。これがベランダ側なら、直ぐ様、実行に移せるではないか。

「和歌、本当に人が居たのかい?」疑いが声に出るのを隠しもせずに、孝太は訊いた。
 こっくりと、妹は頷いた。信じてくれていないのは幼くとも解る。口がへの字になっている。
「じゃ、どんな人だった? 男の人? 女の人?」
「男の人……お兄ちゃん位の」
「高校生位?」益々、泥棒とは考え難い。「どんな風にしていたの?」
「逆さでね、下に降りて行ったの」
「……」妹の答に、孝太は少し、蒼褪める。
 真逆と思うが、それは飛び降り……。孝太は慌てて件の窓に駆け寄った。
 人が出入り出来る大きさではない窓だが、開けて顔を出して下を確かめる位は出来る。
 クレセント錠を外し、開けようと手を伸ばした時だった。

 妙にゆっくりと、それは現れた。
 丸でスローモーションの様に、髪、額、眉、眼鏡を掛けた目、そして鼻……それらが統合された顔が上から降りて来る。
 口はへの字……いや、本来の体勢なら口角の釣り上がった、嫌な笑みが張り付いていた。何かを――孝太を、そして自分をも嘲笑う様な、不自然な程の笑みが口元に深い影を作っている。
 眼鏡の奥の、隈の浮いた目にはやはり嘲笑と、怒りと……更に焦りと嘆きを、孝太は感じ取った。
 それと目が合った一瞬、鏡を見た様な気がした。顔立ちは全く似てはいないけれど。
 そして悟った。きっと彼も、この何かに追われる様な、あるいは何かをしなければならない様な不安感と焦燥感を抱え、そしてそれに耐え切れなかったのだろう、と。
 きっと、余裕を失くした今の自分も、そんな目をしているのかも知れない、と。
 目を見開き、動く事も出来ずにいる内に、それはゆっくりと降りて行った。堕ちて行くと言うよりも、降りて行く――そんなスピードに感じられた。
 きっと、自分に見せる為だと、孝太は感じた。
 お前もこうなるんだ、と。
 それが去った後も暫く、彼の心臓は激しく脈打ち、彼は茫然と、立ち尽くした。

 妹に声を掛けられ、やっと正気を取り戻したものの、もう窓の外を検める必要は感じなかった。
 あれが、生きている人間の筈はない。
 妹が見、そして自分が見たのだ。真逆数刻も間を置かず、別の自殺志願者が同じ場所から飛ぶとも思えない。何より、通りに面している下の街路からは、全く騒ぎが伝わって来ない。
 あれはきっと、繰り返しているのだ。死の瞬間を。
 これ迄もそうだったのだろうか?
 自分が、あれに近い状態になった今だから、現れたのか?
 それは警告だったのか、あるいは誘いだったのか……。
 自分は、ああなるのか……?
 いや。
「和歌」肩の力を抜き、孝太は妹の頭を撫でた。「久し振りに、本でも読んでやろうか?」
 妹は満面の笑みで、頷いた。
 
 そう、自分はああはならない。なりたくない――そう孝太は思う。
 しかし、不安感も焦燥感も、やはり消す事は出来ない。
 けれど、ほんの少しの――油断にならない程度の――余裕が、救いになるかも知れない。
 ほんの少し妹を構ってやる、存分に受験勉強が出来るよう気を遣ってくれている両親を気遣う、そんなささやかな余裕が。

                      ―了―


 ちょこっと復活。

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 いいから兎に角一緒に来て!――声を掛けられた私がいつも、どうしたの? とか、何処に? とか尋ねてはぐずぐずしていた所為だろう。よく人からおっとりした性格だと言われる私とは正反対の、五つ下の妹は結局は癇癪を起こしてそう怒鳴っていたものだった。
 痛い程に手を引かれて行ってみれば、子供連れの犬が居たり、昨日迄は蕾だった花が咲いていたり……そんなささやかな日常だったのだけれど。それでも、あの子はそんな日常のささやかな喜びを、私に分けようとしてくれていたのだろう。
 
 でも、今私を引く手の先には、暗い闇が蟠っている。
 それもきっと、仕方ないのだと、私は黙って付いて行く。
 あの日の夕暮れ道、道路を挟んだ向こう側からの大声の呼ばわりにいつもの様におっとり反応した私の目の前で、痺れを切らせて駆け寄ろうとしたあの子が、トラックに撥ねられた。
 トラックは無灯火で、然して広い道ではないにも拘らずスピードを出していた。それでも――声を上げて妹を押し留める事も、その身を突き飛ばしてでもトラックの軌道から逃がす事も、どうにも出来なかった自分が、私は嫌いだ。私がもっとしっかりしていたら、あの子を救えたかも知れない……いいえ、きっと救えたのに!
 だから……この何処とも知れない闇の中でも、あの子の手が導くのなら、私は付いて行く。あの子と全て、分かち合う為に……。

 が――。

「お姉ちゃん! 何してんのよ!? 早くこっち来て!」
「!?」私は混乱して振り返った。
 何故なら、その声は私達の背後から掛かったからだ。詰まり、妹が私の手を引くのとは逆の方……どういう事?
 振り返った私の眼に、妹の姿。どうしようもない子供でも叱る様に、腰に手を当てて仁王立ちしている。
 でも、私は未だ、闇へと向かう手に、ぐいぐいと引かれている。
「ど、どうして……?」その場に留まりながらも途惑う私に、妹はいつもの様に柳眉を逆立てた。
 そしてずかずかと近付いて来ると、私の空いている方の手をぎゅっと握った。
「いいから兎に角一緒に来て!」
 そして私は痛い程の力で引かれ――その痛みで、目を覚ました。

 常夜灯の下で、私は茫然とベッドに身を起こしていた。両腕を、膝の上に投げ出して。
 未だ、手を握られていた感触が残っている様な気がする。いや、確かに……。
 でも、何か感触が違う……?
 私は慌てて枕元のスタンドを点けて見れば、元から引かれていた手には何かの獣の毛が付着していた。うちには動物は居ない。毛布の毛とも全く違っている。何より、こんな生臭い毛を、その儘使う訳もない!
 薄気味の悪さに咄嗟に払い落とそうとして、もう一方の手が目に付いた。後から来た妹が握った手。こちらには毛は付いていない。代わりに、蚯蚓腫れの様に赤くなった部分が、手の甲に文字を為していた。

 しゃんとしなさいよ! と。

 それは、きっと罪悪感から何物とも知れない妖しいモノに誑かされようとしていた私への、妹の最後の叱咤激励。
 そう。あの子が私に分けてくれたのは、いつもささやかな喜びだった。死の苦しみや寂しさを私に与えようなんて、する子じゃない。
「ごめんね……。頼りないお姉ちゃんで、ごめんね……」これで最後にするからと思う様、涙を流し、私は妹に詫びた。本当に、手の掛かるお姉ちゃんでごめんね、と。

 翌朝には獣の毛も、あの子が残してくれた文字も、丸で元から何も無かったかの様に消えていたけれど、その記憶と、あの子の言葉だけはしっかりと私の中に残っている。
 だから、少しずつでも、歩いて行く――しっかりと前を向いて。

                      ―了―


 大概、妹の方が、行動がせわしない気がする(^^;)

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「あ、ごめん、携帯の充電切れそうだから、また後で電話するわ」電池の残量表示が一本になったのを見て、私は舌打ちした。「この頃、充電減るの早いのよね。電池が寿命なのかなぁ」
〈使い過ぎなんじゃないの? 充電機差しっ放しでネットとかさ。電池寿命が短くなるって言うじゃない〉からかう様な声が返ってきた。
 否定は出来なかった。だから早々にショップに行って、電池を新しいものに換えて貰った。
 ところが、これで一安心と思いきや……。

「あ、まただ」昨日より強い、舌打ちが漏れた。「電池換えたばっかなのに」
 当然、今回は差しっ放しでの使用は控えている。そして外出直前に、充電は完了していた。
「また?」今日は直ぐ隣から、友人の声。自宅から十分の最寄り駅で待ち合わせ、買い物にと赴いたのだ。
 今は未だ、たった二駅電車に乗った所。その間は二人で喋っていて、携帯なんて弄りもしなかったのに、時刻を確かめようと取り出したら、残量が一本になっていたのだ。
「交換した電池が不良品だったのかしら? 嫌ねぇ」彼女は自分の事の様に、頬を膨らませた。「帰り、ショップ寄る?」
「そうね、不便だし……」私は溜息をついた。携帯は時計代わりでもあり、目覚まし代わりでもあり、何より友人達との大事な連絡手段だった。家族との共用ではない、私だけの番号、私だけの繋がり。いつ切れるか判らないんじゃ、外で使えないじゃない。元々、外出先で使う為の物なのに。
 けれど、帰りに寄ったショップでは異常はないと言われ、充電して貰った携帯は私達の目の前で、ごく正常に作動したのだった。電池が急激に減る様子もない。

「おかしいよねぇ」未だ腑に落ちない様子で、友人は私の携帯を覗き込んでいた。「電車に乗ってる間は使ってなかったし……。ね、どこかネットに繋ぎっ放しにしてたって事はない? それなら電池食うのも解らないでもないけど」
「ないない。それなら見た時点で解るわよ」
「そか」
「大体、昨日の夕方に電池を交換してから、余り使ってない……ん?」何気なく履歴を確認していて、私はふと、見知らぬ番号に目を留めた。それも何故か、発信履歴に。「こんな番号……掛けた覚え、ないけど?」
 時刻を見れば、折しも私達が電車に乗っている頃。詰まりは急激に電池が減る直前だった。更に遡って見れば、昨日の電話の直前にも、その番号への発信があった。番号からして、相手も携帯電話らしいけど……。
 私達は気味の悪い思いで、互いに顔を見合わせた。
「ね、あんたがあたしをからかおうとしてるんでなければ、あんたの携帯が、本人の知らない番号に勝手に発信した事になるんだけど……」
「からかってない、からかってない」私は頭を振った。「寧ろこっちが狐に摘まれた様な気分よ」
「そうよねぇ。電車の中では携帯を出しもしなかったのは、あたしも見てるし……」友人は唸った。
 そして顔を上げて、こう言った。
「ね、掛けてみる? その番号に」
「ええ? 嫌だよ!」反射的に、私はそう言った。「怪しい人だったらどうするのよ」
「でも、どうせこの携帯の番号は知られてるんじゃないの? こっちから発信してるんだし」
「それはそうだけど……」
「じゃ、こうしよう。公衆電話から掛ける。相手が怪しそうだったら、間違い電話の振りして切っちゃえばいいのよ」
 なるほど、と頷いたけれど、今度は公衆電話がなかなか見付からない。序でにテレホンカードなんて持ってない。携帯電話の普及に伴い、撤去され、減りつつあるのだ。でも、訳あって携帯が使えない人には不便じゃないの、これ。
 兎も角私達は硬貨で掛けられる公衆電話を探し出し、件の番号を恐る恐る、プッシュした。
 が――。

〈お掛けになった番号は、電波の届かない所か、電源が入っていない為お繋ぎ出来ません……〉
 機械的なメッセージが、淡々と流れるだけ。
 気負い込んでいただけに、私達の口から落胆とも安堵とも取れる重く長い溜息が、それぞれに漏れた。
 何度目かのメッセージを聞き流し、切ろうとした時だった。
〈お掛けになった番号は――〉
 不意に、声が変わった。女性の声が歪み、上擦り、耳障りな男の声へと化した。嘲笑と揶揄の入り混じった声音が告げる。
〈――いつでもお待ちしておりますよ〉
 誰をとも、何をとも告げず、電話は向こうから切れた。いや、そもそも、回線が繋がった様な感じもしなかった。不在メッセージがその儘、歪まされた感じだった。
 私達は受話器を叩き付ける様に戻し、狭い電話ボックスから転がり出た。

 あれが何だったのか、そして何者が私の携帯から発信していたのか、結局は解らない。あれ以来二度と、あの番号には掛けていないからだ。公衆電話からも、そして何より、携帯は解約してしまった。
 あれが待っているのは、携帯からの発信だ――そう思えてならなくて。
 私だけの番号、私だけの繋がり――そこに紛れ込んだ、あれに対して発信し続ける異物が、おぞましくて。
 だからきっと、この先も携帯は持たないだろう。
 また、使った覚えもないのに急速に充電が減ったりしたら……そう思うと。
 
                      ―了―


 電池減るのが早いんですよー(:_;)
 や、単にゲームのし過ぎなんですが(笑)

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プロフィール
HN:
巽(たつみ)
性別:
女性
自己紹介:
 読むのと書くのが趣味のインドア派です(^^)
 お気軽に感想orツッコミ下さると嬉しいです。
 勿論、荒らしはダメですよー?
 それと当方と関連性の無い商売目的のコメント等は、削除対象とさせて頂きます。

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