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〈2007年9月16日開設〉 これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。 尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。 絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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 ゴロゴロ、ガラガラ……遠くで雷が鳴っている様だ。
 俺は横たわった儘、ぼんやりとそれを聞く。目を閉じて――いや、目が開かないのだ。瞼が何か柔らかい物で塞がれている感触がある。
 何だ?
 手を遣ろうとして、手の、いや手を含めた身体の感覚がない事に気付く。
 どうなってるんだ?――状況が判らず、俺は狼狽した。
 そもそも……俺はいつ、寝たのだろう?

 覚えている、最新の記憶を辿る。
 そうだ、確か俺は友人二人と、街外れの廃屋に肝試しに行ったんだった。
 小さいながらも古びた洋風の煉瓦造りで、更に夕方からの雷雨が雰囲気を否が応にも、盛り上げてくれていた。何でも、昔は病院として使われていたという噂で、それだけに尚、俺達は――無茶な話だが――何かあるのを期待していた。
 だが、二階建ての廃墟の一階部分には、俺達同様の探検者の形跡しか見付からなかった。粗野な落書き、投げ捨てられた酒の缶や煙草の吸殻、そんなお馴染みの光景だ。
 時折、破れた窓から射し入る稲光が影を浮かび上がらせ、色を添えてはくれるが……。
 この分では二階も期待は持てないだろう。雷雨も酷くなりそうだし、早々に切り上げようか――俺がそう提案した時だった。
 雷の音に混じり、二階から物音がした。
 俺達は顔を見合わせた。付近には俺達の物以外、車もバイクも無かったと思ったが、他にも入り込んだ人間が居たのだろうか? それとも……?
 そこ迄何も無かった事に気が大きくなってもいたのだろう。俺達は面白半分に、二階への階段を駆け上がっていた。

 それから……どうしたんだっけ?
 物音の発生源を手分けして探す内、先ず一人が居なくなり、そいつを捜す内にもう一人が姿を消した。
 そう、姿を消した――俺の目の前で。すうって、姿が薄くなって行って……。
 我が目を疑ったよ。当然だろう? 生きた人間が、仕掛けも何も無しに消える訳がない。勿論、その場に手品の仕掛けなんてある訳もない。何度も、何度も眼を擦った。それでも何も変わりはなかった。
 事此処に至って、此処はやばいんだって、理解した。頭じゃなく、呆け切った本能が。
 薄情な話だが友人を捜すとか、そんな事は頭から消え去った。此処に居たら次に消されるのは自分だ――それだけが、頭を占めた。
 逃げる! その思いだけで俺は廊下を駆け、階段を駆け下り……。
 そうだ、階段を駆け下りていて、不意に絡んだ何かに足を取られ、転倒したんだ。
 そして、意識を失った。

 それからどれ位経ったんだろう? そして此処は……?
 ゴロゴロ、ガラガラ……雷は相変わらず鳴っている。
 視界を閉ざされ、身体の感覚もない俺には、今、聴覚しかない。いや、待て、もう一つ、嗅覚が残されていた。これは……消毒薬の臭いだろうか?
 もしかして、俺は怪我をした所を発見されて、病院に担ぎ込まれたんだろうか? 
 もし、病院なら誰か居るんだろう? 誰か説明してくれよ!
 思わず、微かな声が漏れた。唸り声と言うよりも、気道から息が漏れる序でに、音になった様な、あやふやで弱々しい声。
 それでも、傍に居た誰かが気付いてくれたらしく、耳の端に何者かの吐息が近付いてきた。酷く、臭い。だが、聞こえてきた声は優しげな女性のものだった。
「大丈夫ですよ。貴方がおかしくなったと疑っていた眼は、当院で完全に治しましたからね。もう、おかしな物なんて見えません。安心して下さい」
 眼? 眼の事なんて、医者に言った事はないし、そもそも俺は階段から落ちたんじゃないか。目がおかしくなったなんて、素振りでも見せたのはあの廃墟の二階で友人が消えた時しか……。
 あの、元病院だったと噂の廃墟でしか……?

「そうそう、次は身体を治す為の手術です。大丈夫です。完全に治しますからね。麻酔が効いているから痛みもありません。勿論……逃げられませんよ?」
 ゴロゴロ、ガラガラ……止まない雷の音は、身体の感覚も自由も奪われた俺を更なる闇へと運ぶ、ストレッチャーの音だったのだ。

                      ―了―


 暑いから( ̄▽ ̄)

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 割合大きな横断歩道の向こう側で、赤い傘の下、こちらに向かって懸命に手を振っている女の子が居た。何か呼び掛けてもいる様だが、生憎の雨の音と、水溜りをものともせず走る車の音で聞こえない。
 見た所、小学三、四年生位――僕と同い年位だ。
 そう言えばどこかで見た顔の様な気もする。同じクラスではないが、同じ学校の同学年なのかも知れない。
 でも、どうしたんだろう?

 梅雨の日暮れ時、空模様の所為か、人影は疎ら。件の横断歩道に至っては、信号の変化を待っているのは僕と、対岸の女の子だけ。そんな状況だから、僕に向かって、手を振っているのには間違いないだろう。
 何だろう? 何か困っているのかも知れない。
 兎に角、この信号が変わったら、駆け寄ってみよう。
 
 そして信号が青に変わり――駆け出そうとした僕は、ドジな事に慣れない長靴の所為で、危うく転びそうになった。水溜りに突っ込みそうになって、どうにかそれだけは避けるべく、危うい所でバランスを取り、踏み止まった。
 その目の前、ほんの僅かの所を、トラックが猛スピードで走り去った。盛大な水飛沫を、僕に浴びせながら。
 ぶるぶると頭を振って水を振り払うと同時に、僕はハッとした。もしあの儘、僕が駆け出していたら……。今僕の顔を濡らしているのは水ではなく、僕自身の血だっただろう。尤も、僕がそれを自覚出来たかどうか――その知覚が残っているかどうかは怪しい所だけれど。
 どくん、と鼓動が跳ね上がった。
 雨と傘で視界が悪く、雨音で聴覚も半ば塞がれていたとは言え、何でこんな不注意な事を……。
「そうだ、あの子!」
 改めて対岸を見遣る。居ない。
 もうこちらに渡ったかと、横断歩道を含め周囲を見回すけれど、赤い傘の女の子の姿は何処にもなかった。
 真逆、あの子が事故に……? いや、そんな形跡は無い。僕がずぶ濡れで立ち尽くしている事を除けば、平穏無事な光景だ。
 でも、僕に向かって手を振り、呼び掛けていた筈のあの子が、一体何処へ……?
 ぞくり、寒気がするのは濡れた所為だけだろうか?
 確かなのは此処に居ても仕方がない事。そしてこの儘では風邪をひきそうな事だった。僕は家に向かって、歩き出した。
 あの子が何を言おうとしていたのか、疑問を抱えた儘。

                   * * *

 只、それが疑問の儘であった方がよかったんじゃないかと、あれから一年経った今では思う。
 この一年の間に例の横断歩道は無くなり、代わりに歩道橋が設置されていた。
 何でも前々から事故が多発していた場所で、住民の要望も多々、あったらしい。僕が危うく轢かれそうになったあの日の一年前にも、女の子が事故で亡くなっていた。そう言えば、ニュースで見たかも知れない。あんたも気を付けなさいよ?――母にそんな事を言われた記憶が、微かに残っている。
 そう、ニュースで……あの子の顔写真を見た。そんな記憶が……。
 
 その顔写真が、慰霊と報告を兼ねてだろうか、暫くの間歩道橋脇に花束と共に安置されていた。
 赤い傘のあの子。
 君は何を言おうとしてたんだい?――そんな思いで、僕はそっと、手を合わせた。
 そして、立ち去ろうとした僕の耳に、確かに届いた、声。

「こっちにおいで!」

                      ―了―


 交通安全祈願(-人-)

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 夜道を自転車で走っていると、不意に後ろの荷台に何かの気配を感じ、ペダルが重くなる――よくある怪談だ。
 大抵は特定の何処かを通った直後で、慌て慄きながらも走り続けていると、いつしかふっと気配は消え、加重も元に戻っている。恐らくは特定の場に縛られて動く事の出来ない、自縛霊の類なのだろうとか、そんな話だ。
 しかし――だとしたら、今僕の後ろに居る奴は何処迄が『場』なのだろう?

 友人の家からの帰り道、こっちの方が近そうだからと初めて通った道で、僕は件の怪談そっくりの事態に遭遇してしまった。それ迄快調に走り続けていた自転車は不意に重石でも乗せられたかの様に重くなり、僕は慌ててバランスを立て直した。
 そして、同時に出現した、背中に張り付く様な、この冷気……。
 自分には霊感なんてものはないと思っていたが、これだけはっきり感じられるというのは、相手がそれだけ力を持っているという事なのだろうか?
 停まって確かめるのも恐ろしく――肩越しに振り向いた途端に顔半分崩れた様な幽霊ににやりと笑われたりしたら、その儘倒れてしまうじゃないか――僕は只管自転車を走らせた。
 この気配と重さが消えるのを、只々祈って。
 因みにやはり道は我が家への近道ではあったが、僕は門前を凄い勢いで通り過ぎた。何となく、こういった怪しいものに住処を知られるのは拙い気がしたのだ。

 早く、早く、早く――離れてくれ……!
 只、それだけを思い、疲れた足でペダルを漕ぐ。道はいつしか上り坂。それでも戻る事も出来ず、僕は道なりに走る。
 早く、早く……畜生! 何処迄付いて来るんだ!?
 自転車がふら付く。ハンドルを握り締める手が痛い。脚が重い。
 この道を走り続ければ、確か街を一望出来る、高台の展望公園。そこからは……未だ逃げられる道があっただろうか?
 早く……早く……は……や……く……!
 展望公園の柵の向こうに星空が開ける頃には、僕の目は霞み、息は完全に上がり、脚は戦慄いていた。それでも、最早自動機械の様に脚はペダルを漕ぎ続ける。只、前へ向かって。
 もう少しで逃れられそうな、そんな気がして、自然、僕の口元が緩んだ。

 と――。

「危ない!」危険を知らせる鋭い声と同時に、僕は左腕を力一杯掴まれ、引き摺られる様に自転車ごと、倒された。何が何だか解らない間に、天地が引っ繰り返った。
「……いっ、いてぇ……!」ややあって、ひりひりする痛みにハッと我に返り、僕は声を上げた。
 慌てて上体を起こしてみると、そこには未だ僕の腕を掴んだ儘の、四十絡みの男。公園の職員らしき、制服を着ている。
 そして、僕達二人の直ぐ傍には、展望公園の柵――その向こうには、十数メートルの、崖。後少し、ペダルを漕ぎ続けていたら、僕は勢いの儘に柵を飛び越えていただろう。
 そして、木立が形作る闇の中に、僕は見た。口惜しげな表情で僕達を睨む、妖しく燐光を放つ少年を。見る間に、それは消えてしまったけれど。 
 公園職員氏の話では、此処では時々、今の僕みたいに凄まじいスピードで自転車を走らせて来ては、柵を破って転落する、そんな事件が起こっていたらしい。その所為で見回りを強化していたそうで――その御陰で僕は助かったのだ。

 よくある怪談――大抵は特定の何処かを通った直後で、慌て慄きながらも走り続けていると、いつしかふっと気配は消え、加重も元に戻っている。恐らくは特定の場に縛られて動く事の出来ない、自縛霊の類……。
 だが、自縛霊が死の疾走コースの起点に存在するとは限らない。
 丸で糸を張り巡らす蜘蛛の様に罠を広げ、その中心でもある終点で、待ち構えている――そんな事もあるかも、知れないのだ。
 仲間を求めて……。

                      ―了―


 ねーむーいー(駄々捏ね)

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 思えば、裏庭の池を埋め立てると聞いた時の、まどかの様子はおかしかった。
 父の言葉に、ふぅん、と無関心を装いつつも笑みを噛み殺している様な表情を僅かに覗かせた。それでいて時折、寂しさを含んだ、妙にしみじみとした視線を、裏庭の方へと向けてもいたのだ。

「本当はもっと早く埋め立てるべきだったのかも知れないけどねぇ」と、母は言っていた。「埋め立てにはお祖母さんが反対だったから……」
「ああ、あの池には昔、神様だか何だかが祀られていたから、迂闊に手を出しちゃいけないって話だね?」僕は祖母の存命中に幾度も聞かされた話を思い出していた。「でも、名前も由来も解らないって話だったし、何もしてなかったけど」
「そうそう。だから余計に薄気味悪くてねぇ。それでなくても水草が繁っていて、見通しは悪いし、何だか全体的に暗いし……。何より、まどかが小さかった頃、落ちて溺れたじゃないの。あの時はよっぽど、反対を押し切って埋めようかと思ったわよ」
 そうだった。妹、まどかは三歳の時にちょっと目を放した隙に裏庭に降り、池に落ちてしまったのだ。幸い、発見が早く、大事には至らなかったのだけれど。
 それでも祖母は、命があったのは件の神様の御陰だとして、埋め立てを断固として阻止した。
「まぁ、いいじゃないの、お母さん」まどかが言った。「これですっきりするじゃない。私も池を見る度に思い出してたから……、うん、安心したわ」
 笑みを噛み殺す様な表情は、危うく自分を溺死させ掛けた池が無くなる事に対しての暗い喜びを、表に出すまいとしていたのだろうか? だけど、それなら普通に喜べばいいのでは……?

 そもそも、どうして池に落ちる様な事になったのか、まどかは覚えていないと言う。
 無論、あれから十年も経っているし、何より三歳の頃の事なんて、僕自身、覚えていない。
 只、直前迄居間で僕と遊んでいたまどかの突然の消失と、ほぼ間を置かずに上がった池での悲鳴。それが何か質の悪いマジックを見せられていたかの様で、未だに僕の記憶に、棘となって刺さっている。
 引き上げられたまどかの蒼い顔。お気に入りだった髪留めは遂に見付からずじまい。
 目を放さなければよかった――そんな罪悪感と共に。

 ともあれ、件の池は埋め立てられるのだ。もう誰も嵌る事はない。暗くて冷たい水に、もがく事もない。
 そう、まどかが言う様に、安心だ。

 数日後、埋め立て前の予備調査とかで潜った業者の人が、未だ小さな人骨を見付けたと、大騒ぎになった。
 人知れず落ちた子供が居たのではないかと、取り急ぎ周辺地域での行方不明の幼児の調査がなされたけれど、結局該当する事件はなかった。どこか、遠くから来て事故に遭ったのか、それとも運ばれて来たのか……。
 只、引き上げられた頭骨に僅かに残った頭髪に絡んでいた髪留めは確かに……まどかの物だった。
 だが、まどかは池に落ちたものの無事、帰って来たのだ。彼女の筈がない。偶々、もがく内に外れた髪留めが、問題の遺体の髪に絡んだのだ――そう、思い込もうとしている自分に、気付いた。
「吃驚したな、まどか……」そう呼び掛けようとして振り返れば、その姿がない。辺りは僕を含めた野次馬でごった返していて、妹がいつ自分の傍を離れたのか、解らなかった。
 そしてそれ以降、まどかを見た者は居ない――。

 今でも時折、思い出すのは深い緑に濁った水面。周囲の木立の葉陰落ちる、取り分け暗い水面で、ぱしゃりと水音を立てて蠢いていたのは、あれは本当に魚だったか?
 あの池には神様だか何だかが祀られていたと祖母は言っていた。
 名も由来も解らない、それは本当に神様だったのか?
 人を水に誘い込み、それと入れ替わる――そんな妖だったのではないか?
 まどかは――事故後十年間、妹として暮らしてきたまどかは、本当に僕の妹だったのか?
 それらの疑問の全てが、深く濁った水面の向こうに、どろどろと渦巻いている様で……埋め立てられた池は今も、僕の心の中にねっとりとした水を湛えている。

                      ―了―


 眠い……(--)zzz

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 桜が咲いた頃だから、田舎に帰る――そう言って旅立った切り、新学期が始まっても義隆は帰って来なくなった。
 何となく、予想出来た事態だったので、僕は周りの連中程には動揺も狼狽もしなかった。
 何故、予想出来たかって?
 出掛ける間際の、あいつとの会話から、察しただけだ。

「花見なら態々田舎に帰らなくても、その辺の公園で出来るじゃないか」呆れ顔で言う僕に対し、奴は真顔で答えた。
「花見じゃないんだ」
「はぁ? 桜が咲いて……花見でもなかったら、何しに行くんだよ?」
「……会いに行くんだ」
「誰に?」
「桜に」
 さも当たり前の様にそう答えるから、僕はてっきり、桜という名の女性が郷里に待っているのかと――同じ一人身だと思っていたのに抜け駆けしやがったな、このヤローと――早合点し、やっかみ半分に冷やかしの言葉を投げ掛けた。
 が、奴は僕の言う意味が解らないと言う様にぽかんとした顔で頭を振った。桜は桜だ、と。確かにそのアクセントは、樹木の「桜」を表す時のものだったが……。
「樹に会いに行くってのは変じゃないか?」僕は首を捻った。「見に行く、だろ? それに、その桜の樹じゃないと駄目なのか?」
「当たり前だろう」
 当たり前、と言われて更に僕は混乱した。
「……その樹は何か、特別なのか?」
「特別……なのかも知れない。俺にとっては」そう言って、優しい思い出に浸る様な表情で、奴はぽつりぽつりと話し始めた。

 件の桜の樹は奴の実家の裏山にある事。
 春、この時期になるとそれは見事な花を咲かせる事。
 毎年、何かに呼ばれる様にその桜の花を見に行ってしまう事。
 そして、その桜の根元には、大事な人が眠っているという事。

「え……と、詰まりお墓があるのか? 何だ、お墓参りなのか」それなら、会いに行くという言い方も解らないでもない。今では滅多に同行しないが、うちの母なども墓参りの際には「会いに来たよ、お祖母ちゃん」などと墓石に語り掛けていたものだ。
 だが、奴はそれに対しては、曖昧な笑みだけを返して寄越し……僕は、胸がざわつくのを感じた。
 墓に葬られる事なく、眠っている誰かが居る……?――そんな想像が、頭をよぎったのだ。
 そしてそれに、奴は直接的に、関わっているのではないか、と。
「お前、その……何か悩みとか、抱えてる事とかあるんなら、相談を、だな……」早とちりかも知れない、いや、そうであって欲しいとは思いつつも僕がぼそぼそと言い掛けた時だった。
 見てしまった――奴の背後に、十七、八歳位の、妙に色の白い女性が立っているのを。その姿は、半ば透けていた。
 彼女は切れ長の目でじっと、僕を睨み付けた。
 余計な事を言うな――と、その目が言っていた――言わないでくれ、と。
 毎年、奴が件の桜の下に行く事が彼女の望みなのだ。恐らくは彼女自身が眠っている桜の下に……。
 放って置いたら拙い事になるかも知れない、とは思った。所謂取り憑かれている状態なのかも知れない、と。
 だが、彼女の、義隆を見る視線はさも愛しげで、そこには一遍の悪意や恨みをも、見出す事は出来なかった。そして、どうやら彼女の姿が見えてはいない様だったが、奴自身も『桜』に会いに行く事に、丸で離れ離れの恋人との再会を期待する様な高揚感を感じている様だった。
 だから、何も言わず、僕は奴を送り出した。
 この世のものでない彼女の不興を買う事を恐れたのも確かにある。だが、それ以上に、馬に蹴られそうで。

 それに……曖昧にとは言え、僕に桜の下に眠る人の事を話したのだ。
 何をどう説得したって、奴は行く――そして、帰って来ない気かも知れないとは、その時察したのだ。
 現に奴は言っていた。
 行って来る、ではなく、行く、と。

 奴が言っていた桜の下――きっと今頃、降り注ぐ花弁の雨に覆われているだろうそこを掘り返す程、僕は無粋ではない。

                      ―了―


 桜の下には……?

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「あ、あれ、三上さんじゃない?」奈々美は高校からの帰路、今日転校して来たばかりの同級生の姿を見付けて、声を上げた。「こっちの方向だったんだぁ。声掛けてみようか? 一緒に帰らないかって」
 それ迄談笑していた、同じ方向に帰る友人数人が、ぴたりと話を止める。
 微妙な空気が流れた。
「どうか……した?」奈々美は首を傾げた。
「奈々美、あんたあの子の自己紹介、聞いてたよね?」顔を顰めて、春香が言った。
 こくり、と頷く奈々美。
「それでいて、声掛けてみようかなんて言う? 本当にお人好しなんだから!」
「そうだよ。『勉強しに来たのであって、オトモダチを作りに来たのではありません。懐かないで下さいね』なんて言う奴だよ!? 誰が懐くかっての!」
 異口同音、類似の言葉が次々に吐露される。
「うーん、確かにいい自己紹介じゃなかったとは思うけど……」奈々美は困った様に苦笑する。「三上さん、人見知りするのかなぁ?」
「人見知りとかいうレベル?」春香は呆れ顔で溜息をついた。「本当に、奈々美もどっかずれてるんだから」
「でもさぁ、本当に勉強する為だけだったら、今は学校に来なくったって出来るし、高卒相当の資格取る事も出来るよねぇ? なのに高校入るって事は口とは裏腹な思いもあるのかなぁって……思ったんだけど」
「なるほど……。そう言われればそういう事もあるかも知れないわね」春香は唸った。ぼうっとしている様でいて、色々考えてるんじゃないの、という驚きもやや、含んでいる。
「でしょ? だから」本当は鎌って欲しいのかもと奈々美が言うより早く、春香の言葉は続いた。
「そうかも知れないけど、やだ。声なんか掛けないからね」
「あらら」奈々美は力なく苦笑する。
「大体、懐かないで下さいって何よ。懐くって言ったら動物とか、子供が懐くもんでしょうが。誰が懐くかっての!」
 未だ未だ文句を連ねる友人達に、話題を繋ぐのに失敗したなぁ、と奈々美は溜息をついた。
 それにしても、三上京香の台詞、あれは本当に本音だろうか?

 駅前で春香達と別れ、自宅を含む住宅街へと足を踏み入れた奈々美は、またもや、件の転校生の姿を見付けた。
 道端で立ち止まり、野良なのか迷い犬なのか、未だ幼い白い子犬を見下ろしている。その横顔は教室で見た時よりもどこかしら柔らかな表情で……しかし、不意にそれは豹変した。
「しっ! しっ! あっちへ行きなさい! 私に懐いたって駄目なんだからね!」鞄を振って――当たりそうで当たらない、絶妙な振り方だ――子犬を追い払う。「ほら! 行きなさい!」
 途惑う様な足取りで、子犬は行ってしまった。ちょっと前迄、構ってくれそうな人と判断していたのだろう。何故怒られたのか、解らない様子だ。
 そしてそれは奈々美も同様だった。何故、三上京香が突然子犬を追い払ったのか、解らない。穏やかな表情に、実は動物好きの優しい人なのかも、と夢想していただけに尚更だ。
「三上……さん!」思わず、奈々美は声を掛けていた。反対する友人はこの場には居ない。
 驚いた様子で振り返った京香と目が合った。
「同じクラスの……」名前迄は覚えていなかったのか、言い淀む京香に、奈々美は改めて自己紹介した。
「木下奈々美。奈々美でいいよぉ」自然に、笑顔を浮かべる。
「……懐かないでって言ったでしょ」素っ気なく言って、京香は踵を返した。
「あらら」奈々美は力なく苦笑する。「でも、あたしがクラスメートだって、覚えててくれたじゃない」
「それは……休み時間に貴女達が騒いでいて、煩かったから、目に付いただけよ」
「それでも、なぁんにも興味がなかったら、覚えないんじゃないかなぁ? あたし、スポーツとか全く興味ないから、スポーツ選手の顔とか全く覚えられなくて、春香達にいつも呆れられてるんだぁ」
「貴女と一緒にしないでよ」京香はにべもない。
 流石に、奈々美も溜息をつく。話の接ぎ穂が見付からず、仕方なく、単刀直入に訊いてみる事にした。
「ねぇ、さっき、どうして急にあの子犬を追い払ったの?」
 見ていたのか、という咎める様な視線をほんの一瞬送ったものの、京香は黙って歩を進める。
「犬、嫌いなの? 寸前迄、何て言うか……穏やかな顔してたけど……」
 ぴたり、京香は足を止めた。唐突過ぎて、後を歩いていた奈々美は踏鞴を踏む。
「嫌いよ」京香は言った。「犬も、犬みたいに懐いてくる人も」
「あー、今のあたしみたいなの?」自分を指差して、奈々美は苦笑いした。
 こくり、京香は頷いた。黙った儘。
 それでも……。
「嫌いなら、最初からあんな表情、出来ないと思うよ?」
「……貴女もしつこいわね。さっさと行きなさいよ! 懐くなって言ってるでしょ?」京香は怒鳴った。「行きなさい! 早く! ほら、さっさと……行って頂戴!」
 怒鳴りながらも、彼女は自ら距離を取るべく、後退りした。何故か周囲に落ち着かない視線を飛ばしながら、顔を顰めて奈々美に離れるようにと言う。それは突き放す為の命令と言うよりも、懇願の響きを帯び始めていた。
「三上……さん?」彼女のおかしな振る舞いに、奈々美は寧ろ、足を踏み出した。
「行ってよ! 私から離れて! 奈々美!」

 奈々美――そう呼ばれた事に思わず顔を綻ばせたのと同時だったろうか。
 突然、右足に痛みを覚え、奈々美はその場に蹲った。何かに噛まれた様な、鋭い痛みに思わず悲鳴が漏れる。そして、それと同時に感じたのは、獣の臭い――犬だろうか? だが、先程の子犬などとは違う、もっと歳老いた、獣に近い臭いだ。
 だが、その姿は見えない。痛みを訴え続けている足にも、何も噛み付いてなどいない。只、歯型の様に、やや鋭い弧を描く赤い点がぽつりぽつりと、浮かび出していた。
「止めて!」奈々美の悲鳴と被さる様に、京香が、こちらもまた悲鳴の様な声を上げていた。「止めなさい! お願いだから、もう止めて!――シロ!」
 シロ――それがこの現象を引き起こした元凶だと、奈々美は瞬間的に察した。
 そして、怒鳴った。
「こぉら! シロ! 犬の幽霊だか何だか知らないけど、ご主人を困らせるんじゃない!」
 途端、怯んだかの様に傷みが退いた。ここぞとばかりに奈々美は言い募る。
「犬はご主人を守るもんでしょ? 心配掛けたり、困らせたりするんじゃないの!」
 
 ほんの僅かの間、何者かの気配を、奈々美は確かに感じた。それは途惑う様に彼女と京香を見比べて、やがて消えて行った。
 ぺろり――奈々美の足を済まなさそうに舐める様な感触を、そっと残して。

「シロは昔飼ってた犬でね……兄弟みたいに育ったんだけど、去年死んで……。それ以来なの。私が誰かと、あるいは何かと仲良くしていると、嫉妬なのか、心配なのか……。ああして邪魔するようになって」公園に移動して、濡らしたハンカチで奈々美の足を冷やしながら、京香は言った。
「だから、子犬も、人も懐かないようにしてたのね?」
「うん……」
「でも、ま、もう大丈夫なんじゃない?」奈々美は笑った。「多分、解ってくれたよ、シロ」
 だから、友達になっていいよね、と笑う奈々美に、京香は穏やかに頷いた。

                      ―了―


 長くなったー(--;)

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 指に糸が絡む。
 そう、これは糸――只の、黒い、糸。

 強張った手に、指に、無数の糸が絡む。
 丸で逃さない、とでも言うかの様に。
 しなやかな、それでいて強靭な、糸の群れ。
 纏めて引き千切ろうとしたがそれも果たせず、絡む糸に細やかな動きを奪われながらも、少しずつ、それらを外していく。何本も、何十本も……。
 着実に外している筈なのに、ちっとも減った気はしない。
 寧ろより強く絡み付いてくる気さえ……。

 馬鹿な、と私は頭を振った。
 これは糸――只の、黒い、糸なのだ。

 ああ、それにしても、この忌まわしい糸の先で、私を見上げているのは……?
 どこかで……見た……顔……?

「!!」私は声にならぬ悲鳴を上げて、飛び起きた。
 夢だった、という安堵感と、何故今更あんな夢をという疲労感がどっと、湧き上る。
 その私の首に、微かな、それでいて確かな感触。煩わしく絡む、細くて長い……。

 理由すらも忘れた程の昔、首を絞めて殺めてしまった女の、長い黒髪にも似た――黒い、糸。

 逃さない……。

 …………逃れられない。

                      ―了―
 短めに行ってみよう!

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プロフィール
HN:
巽(たつみ)
性別:
女性
自己紹介:
 読むのと書くのが趣味のインドア派です(^^)
 お気軽に感想orツッコミ下さると嬉しいです。
 勿論、荒らしはダメですよー?
 それと当方と関連性の無い商売目的のコメント等は、削除対象とさせて頂きます。

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