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〈2007年9月16日開設〉 これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。 尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。 絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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 天井が近い。
 そしてその分、床が遠い。
 二段ベッドの上段、そこに乗り降りする為の梯子は長さは然程ないものの、細くて華奢で、そして何より他は柵で囲われていてそこからしか上がって来られないという事実が、子供心には自分のささやかなテリトリーへのたった一本の細道の様に感じられ、そこを上る度に何やらわくわくとしたものだった。
 だけど、ある年の夏以降、僕はそこで寝るのを止めてしまった。

 丁度、下に寝ていた兄は中学に上がったという事もあり、遂に自分だけの部屋を貰い、結果的に僕にはこの部屋が丸ごと、残されたのだった。小学校四年の僕には、念願の個室だった。
 兄の荷物が新しい部屋に移され、少し広く感じる様になった部屋で、それでも暫くはいつもの習慣もあって、僕は上の段で寝ていた。
 そこから柵の隙間越しに見下ろすのは全て自分の部屋。自分の領土。思わず、僕の顔はにやつくのだった。
 だが、そこからは見えない場所が、直ぐ足元にあった。
 マットレスだけになった、下の段。そこからはもう兄の寝息は聞こえてこないし、夜中にこっそりやってる携帯ゲームの音も漏れては来ない。
 そう考えると、少し寂しくもあり……少し、怖かった。
 もしも、夜、誰かの寝息が聞こえてきたらどうしよう?――杞憂だ。兄はこの部屋に忘れた物を取りに来る以外、来はしないし、他の家族が此処で寝る訳もない。でも、だからこそ、もしも聞こえてきたらそれは一体何者の寝息だろう?
 馬鹿な。僕はぶるりと頭を振った。きっとテレビで怪談番組なんか見た所為だ、と。
 けれど、自分の部屋の中にありながら自分の目の届かない場所は、やはり少しだけ、僕を不安にさせ続けた。

「お前、本当は寂しいんじゃないのか?」部屋を替わって以来僕が妙に大人しいと、兄はからかう様に言った。
 そんな事はない、と僕は言い返した。
「兄ちゃんと喧嘩しなくていいから、落ち着いただけだよ」
「喧嘩って……あれは構ってやってるだけだよ。お前が何かとちょっかい掛けてくるから。タオル丸めて投げてきたり」
「ちょっかい掛けてたのは兄ちゃんの方だろう? 夜中にベッドを下から叩いたり! だから止めろって、上からタオル投げ込んだんじゃないか!」
「は? そんな事してねぇよ」兄は本気で、目を丸くしていた。元来、演技とかいった器用な事は全く出来ない兄だった。
「じゃあ誰が叩いたって言うんだよ?」それでも、それを否定したくて僕は言い募った。「他に誰も居なかったんだぞ?」
 しかし、下の段からベッドの天井――と兄は呼んでいた――を叩こうとすれば少なくとも上体を起こすか、何か長い棒が必要だろう。眠いのにそんな事して迄お前にちょっかい出すかよ、と兄には一蹴されてしまった。
 けど、それなら、あれは一体……?
 尤も、兄はずっとそこで寝ていた訳だが、特に何も感じなかったと言う。

 それ以来、尚更ベッドの下の段には、普段は居ない何かが時折訪れるのではないかと思われてならず――僕は寝床を下に移した。
 何かが来るのなら、下の段は余計に怖いのではないかって?
 足元、いや、背中の下に見えない大きな空間がある方が、僕には余程、怖い。
 然も、兄は居ない。
 もしこの状態でまた誰かが下から叩いたら――そう思ったのだ。

 尤も、下で寝るようになった今は今で、ベッドの天井に阻まれて見えなくなった元僕のささやかなテリトリー、上の段が少し、怖い。
 天井が近くて、誰も立って歩けない筈のそこから、時々、足音がするから。

                      ―了―


 只のびびりかも知れん(笑)

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「浩介ってば、本当にこんなので、犯人が判るのぉ?」忍び笑いを含んだ声が、暗い室内に響いた。
「さぁ?」答えた男も、おどけた表情で肩を竦めて見せる。「まぁ、雰囲気だけはあるし。面白そうじゃないか」
 過去に殺人事件があったとされる地元でも有名な幽霊屋敷での、こっくりさんなんて――そう言葉を続けて、男は笑った。
 
 木造一部二階建ての日本建築。もう何十年前からこの街の一角に建っているのか、そして何十年、放置され続けているのか。屋根瓦は所々剥がれ落ち、覗いた土には野の草がへばり付く様に生えている。土壁も脆くなって皹が入り、歩く度に鳴る床板の強度もかなり、怪しい。
 そして街の誰もが好んでは近付かない様な、そんな古びた屋敷には付き物の、幽霊屋敷の噂。
 六十年程昔、一家惨殺事件が起こり、老婦人と息子夫婦、そして未だ幼い兄弟三人が犠牲になった、と。尤も、年代や家族構成に関しては、噂の常と言うべきか、幾らかの差異が見られた。
 只一つ、どの噂に関しても一貫しているのが、一番末の子供、千鶴子に関してだった。その名前がどこから出て来たのかは、定かではない。当時近所に住んでいた老人から聞いたのだとか、検索で調べた古い記事に載っていたのだとか、いずれも「聞いた話だけど」が枕詞となる様な情報だった。
 だが、これだけは何故か一貫している――室内の、血に塗れたどの現場にも、その小さな足跡がくっきりと残されていた、と言うのだ。
 凶行は恐らく夜だったろうとされている。騒ぎに目を覚まし、心細さに親の姿を求めて屋敷内を歩き回ったのか、よもや犯人が千鶴子を連れ歩いたのか。
 そして彼女が最後に、手に掛けられたと伝えられている。

 折角名前も判ってるんだし、その千鶴子に話を聞いたら、犯人も惨劇の状況も判るんじゃね?――そう冗談交じりに言ったのは浩介だった。
 勿論、大学生にもなってこっくりさんなんて、信じてはいない。只、幽霊屋敷でのこっくりさんというシチュエーションが面白そうに思えた。それだけの事だった。本当にあったかどうかも解らない何十年も前の事件の犯人を今更糾弾しても仕方ないし、そもそも本当に判るなんて思ってはいない。
 只、日頃の遊びにも飽きていただけだった。
 結局、その話に乗ったのは、沙知香だけだった。参加予定者自体は他にも居たのだが、何かと用事が入ってしまい、来られなくなったのだ。
「皆、何だかんだ言って本当は怖くなったんじゃないのぉ?」沙知香は笑った。「でも、見た感じ、血の跡も何もないみたいだけど……。やっぱり只の噂なのかな?」
「ま、兎に角始めようぜ」
 二人はどうにか水平を保てる場所に、残されていた卓袱台を運んで蝋燭を立て、紙を広げた。鳥居、はい、いいえ、そして五十音……。単純な作りのそれが、霊との橋渡しになるのだと思うと、何かしら可笑しかった。
 十円玉を置き、そっと指を乗せる。流石に少しだけ、二人の表情が硬くなった。
 そして申し合わせた様に一呼吸置くと、二人は「こっくりさん」を「千鶴子ちゃん」に置き換えた呼び出しの言葉を唱え始めた。

 十分程、経っただろうか。蝋燭が短くなり、二人の声に苛立ちとも冷笑とも取れる響きが混ざり始めた。
 やっぱり出ないね――口では言葉を続けながらも、沙知香の目が、そう笑っていた。
 対面の浩介も、口の端を皮肉気に上げる。やっぱりな、と。
 まぁ、いい。話の種位にはなった。何なら沙知香と口裏を合わせて冒険譚を作り上げ、皆をからかうのも面白いかも知れない。
 そんな事を思いながら、儀式を終わらせようとした時だった。
 みしり……と、頭上の板が鳴った。
 二人は天井を見上げつつ、先に見て回った屋敷内の構造を思い浮かべる。確か此処は二階建てになった部分。今も見える範囲にある階段は、余りに傷んでいて、下手をすれば踏み抜きそうな状態だったから、階上は見ていない。だが、とても人が上れるとは思えない、そんな状態だからこそ、二人は思わず、互いに強張った顔を見合わせた。
「の、野良猫か何かかな?」浩介は無理に笑った。
「猫はあんな音、立てないわよ」そうであればと思いつつも、沙知香は反論した。
「とんでもないデブ猫かも。それに板も傷んでるし」
「そんなデブ猫、あの階段上れないわよ、きっと」
「じゃあ……」
 ぎっ……!――今度は階段の上の方で、音がした。
 今度は更に続いて、ぎしっ、ぎしっ……と、徐々に音が近付いてくる。
 丸で、誰かが降りて来るかの様に……。
「……」二人は十円玉の上に指突き合わせて固まった儘、階段を凝視した。逃げたい! と思うのに、身体が竦んでしまい、思う様に動けない。それに、正体を見たい、という思いもあっただろう。
 ぎしっ、ぎしっ……一歩ずつ、歩みは続く。
 姿は未だ見えない。
 そして――。

 来・た・よ……。

 突然頭上から降ってきた声に、二人は恐慌の悲鳴を上げながら、紙も十円玉も放り出して、我先にと駆け出した。遽しい足音、板を踏み抜いたかの様な破壊音、後を引く悲鳴。それらを撒き散らしながら、二人は幽霊屋敷を去って行った。
 後に残された道具を拾ったのは白い手。
「全く。呼び出そうとしておいて、直接出て来られるのは嫌だとは、勝手なものだ」そう嘆息したのは異様に白い肌に白い髪、身に着けた服さえ白い少女だった。「ま、残念ながらご指名の千鶴子ちゃんは君等に怯えて出られなかったんで、代役だがの」
 そう言って笑った少女の頭に、白く大きな耳二つ。
「さて、ちゃんと『お帰り下さい』とも言われなかった事だし……。興味本位で無情にも殺された幼子を脅かした報い、どうしてやろうか?」
 本当のこっくりさんはそう、甘くはない様だ。

                      ―了―


 随分前に出たこっくりさん、再登場(笑)

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 緑色を帯びた常夜灯の明かりに浮かぶ病院の廊下を、なるべく足音を立てないように私は自分の病室へと急いだ。
 急ぐのよ、そして音を立てては駄目。見回りの看護士さんに見付かったら怒られる。
 
 敦子ちゃんは何で言う事聞いてくれないのかな?――って。

 でも、今回は仕方ないじゃない。誰かの悪戯なのか、目が覚めたらこの病院の地下一階に居たんだもの。
 おまけに時間はすっかり夜。晩御飯も食べ損ねちゃったわ。殆ど寝た切りでお腹が減ってない所為なのか、いつも美味しくないご飯だけど、食べてないと思うと飢餓感が湧いてくる。こんな事ならお見舞いのお菓子、食べてしまうんじゃなかったわ。尤も、夜中にお菓子食べてる所なんか見付かったら、また怒られちゃうけど。
 けど、私が病室に居ないのに捜しに来てもくれないなんて、随分薄情じゃないかしら?

 病室のある三階へのエレベーターはナースステーションの真ん前。こんな時間に動かしたら、夜勤の看護士さんに気付かれる。仕方なく、私は病棟の端にある非常階段を上る。
 不思議と、苦しくならない。
 入院する前なんて、一階上っては休んで呼吸を整えていたのに。
 何だ、これなら病気なんて、もう直ぐ治っちゃいそうだ。そう思うと、足取りは尚更軽くなった。
 三〇一号室――それが私の病室だった。
 筈だ。
 その個室のネームプレートには、私の名はなかった。
 代わりに、知らない人の名前が書かれている。
 私は何度も、三〇一という病室番号を確認した。辺りは暗いけれど、常夜灯のお陰で読めない程じゃない。
 間違いなくそこは三〇一で、間違いなく、誰か別の人の名が記されていた。

 きっとこれも、私を地下に運んだ人の悪戯の一環なんだわ。きっと何処からか見ていて、部屋を失くした私が泣くのを待ってるんだ。だったら、泣いてなんてやらない。
 私はそっと、ドアの取っ手に手を掛けた。もし、この中に誰か居るのなら、それは悪戯の犯人か、その仲間に違いない。だって、此処は私の部屋だもの。他の誰が居るって言うの?
 出来るだけ静かにドアを開けて、私は病室へ入った。
 でも、このドアは前から滑りが悪くて、途中でがくん、って引っ掛かるの。今回もやっぱり引っ掛かって、ちょっと、音を立ててしまった。
 と、その音で起きたのか――それとも私が戻って来るのを待ち構えていた?――誰かがベッドから身を起こした。
 窓からの月明かりに浮かぶ、知らない女の子の顔。
 その子が私を見て――悲鳴を上げた。
 丸で、幽霊でも見たかの様な……凍り付いた、悲鳴。

 それからは大変だった。
 夜勤の看護士さんが飛んで来て、女の子を宥める。病状の急変を心配したんだろう、先生や他の看護士さん達もやって来た。
 でも、誰も私を見ない。丸で、此処に居ないみたいに、皆、思わず脇に避けた私の横を摺り抜けて行く。
 それで、私は悟った。
 ああ、私は本当はもう此処には居ないんだ、と。
 女の子の反応は正しかったのだと。
 やがて落ち着きを取り戻した彼女は、悲鳴の訳をこう説明した。
「あたしと同じ位の女の子が、ドアの所に立ってたんです。でもその子、姿が透けていて……。怖くて……でも寂しそうな顔、してました」

 うん……寂しいよ。
 病気だった。自分が長くは生きられないかも知れないのは聞いていた。
 でも……やっぱり寂しいんだよ。前も、寂しいから、気を引こうとして看護士さん達がやっちゃいけないって言う事を態とやったりもしていた。でも、もうそれでも看護士さん達は誰も私を見てくれないんだ……。
 
 だから……マタ来ルネ?
 君ト一緒ニ遊ベルヨウニナル迄。

                      ―了―


 や、今日は朝から寒かったっす★

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 足を引っ張られた様な気がした、と彼女は言った。
 大通りに跨る古ぼけた歩道橋への階段を上っていて、不意にバランスを崩した時の事だ。慌てて支えた僕の顔を見上げてそう言った彼女の顔は、蒼白だった。

 しかし、階段にはこの時、僕と彼女の二人のみ。両脇の手摺の付いた柵は人の手が通る程の間隔を空けて鉄の棒が並んでいるタイプだが、僕達が居たのは直橋の上に辿り着こうかという所――階段の外側から誰かが手を伸ばしても、届く様な高さではなかったのだ。近くに街路樹はあるが、こちらに伸びた枝は細く、とても人が上れる様なものじゃあない。
「気の所為じゃないのかい?」常識的に、僕はそう言った。「足が滑って、咄嗟にパニックで錯覚を起こしたんだよ、きっと」
 だが、彼女は頭を振った。
「知ってるでしょ? 私、昔家の階段から落ちた事があるから、絶対に段差の端には足を掛けないようにしてるって。階段が濡れていたなら兎も角、晴天続きで乾き切ったコンクリートの段の上なんて、滑る方が不思議よ」
「それはそうだけど……。こんな所で誰かに足を引っ張られるなんてのも、充分、不思議と言うか、不可能だよ」
「そうだけど……。確かに、誰かの手が足首を掴んだ感触が……」
 だが、そう言って検めた彼女の足首には特に異常は見られなかった。
「手形でも付いてたら、すわ幽霊の仕業か! って、写真でも撮ってどこかに売り込むんだけどねぇ」苦笑して、僕は言った。
「ひっどーい」彼女は膨れっ面を作った。「こっちは落ちそうになったんですからね! 笑い事じゃないわよ」
「ごめん、ごめん」慌てて僕は詫び、彼女の手を引いて、残りの段を上がった。

 きっと彼女の気の所為だ――この時、僕はそう思っていた。
 足が段上を捉えた心算でも、実際にはそうではなかったのだろう、と。
 ところが翌日、何と僕自身が、同じ場所で階段から落ちそうになったのだ。
 危うく手摺にしがみ付き、事なきを得たものの、一歩間違えば危ない所だった。笑って悪かった――思わず、心の中で彼女に詫びを入れた。
 そして……必死に手摺にしがみ付きながら、僕は見たのだった。
 僕の足首に絡み付く、人の手に似た形をした、歩道橋傍から伸びる街路樹の葉を。

 後から近所の人に聞いた話では、件の木は歩道橋を作る時に無残な程にざっくりと、大きな枝を切り落とされたらしい。
 切り離され、地面に横たえられた枝から伸びた葉は、丸で助けを求める人々の手の様だったと言う。

                      ―了―


 足元注意ー!

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 時計が止まってから、この家には誰も人が来ない。
 毎日の様に来ていたお手伝いさんも、新聞屋も牛乳配達も。ごく稀に来ていた郵便屋も、今では一切、来なくなった。
 きっと時計が止まった所為だ。
 せめてお手伝いさんだけでも来てくれればいいのだけれど……。私はベッドに横たわった儘、目を開ける事さえ出来やしない。
 もう一度時計を動かせば……そう思ったけれど、そもそもこの家でたった一つ、常に時を刻んでいたそれは、今は何処にあるのかも解らない。止まって直ぐ、お手伝いさんが呼んだ人達が運び出して、それっ切りだ。尤も、私には手の出し様もない。
 だから今、この家には何の音も響かない。
 時にゆったりと、時に激しく打っていたあの音はもう聞こえてこない。

 そう、止まる間際、それは一際激しく時を刻んでいた。間隔も何も目茶苦茶で、どんどん加速するばかりだった。
 そして不意に――止まった。
 いつもなら、早くなる事はあってもお手伝いさんが取り出す薬で直ぐに普段のペースを取り戻していたのに。
 お手伝いさんが薬を上げなかったからかしら? 私は目を瞑っていたけれど、いつもの抽斗を開ける音も聞こえなかった。 
 こう言っていたのは、聞こえていたけれど。
「そろそろ、いいんじゃないかねぇ、奥様。遺言状を書き換えて五年……。そろそろ貴女が死んでも、この家を遺されたた私が疑われる心配もないだろう。そろそろ……さようなら、だよ」

 そうか――思い出したと同時に、私は悟った。
 この家はあのお手伝いさんのものになったんだ。それならばいつかは、帰って来る筈。
 なら、今度はあの人に時計になって貰えばいい。
 この家で唯一、時を刻み続ける――私の時計に。
 問題があるとすれば、前の時計は一切、外に出る事はなかったけれど、お手伝いさんは自由に動き回るという事かしら。
 でも、それは……あの人が私を抱き上げて開いた目を見さえすれば、前の時計にそうした様に、私は新たな時計を虜に出来る。家を出られないようにする事なんて造作もないわ。
 
 私は、この胸に時計を持たないが故に、長い年月を過ごしてきたのだもの。
 抱き上げられれば目を開き、寝かされれば目を閉じる、そんな素直な赤ん坊の姿の儘、ずっと……。

 ああ、新しい時計は未だ帰って来ないのかしら?

                      ―了―


 人形ネタ~☆

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 こんな夜霧に閉ざされた夜は、人家の温もりが欲しいな。
 人里離れ、山野に逃れた罪人も、やはり同じ様に欲しいと思うかな?
 きっとそう。
 纏わり付く霧は湿り気を帯びて、身体を冷たく凍えさせようとする。更には視界を奪い、丸でこの世に自分しか居ない様な、例え様もない不安感を齎す。
 その一方、霧は姿を隠してもくれる。人の目を盗んで人家に近付き、生きるのに必要な物を失敬するには絶好の隠れ蓑にもなり得る。
 こんな霧の夜、まともな人間なら外になんか出ない――出たいと思わない。戸に鍵を掛け、暖かい火の傍で夜話でもするか、明日の晴天を願いつつ、早々に床に就くか……。

 それでも、私は外に居る。暗い、森に。

 霧のベールを通して、仄かな灯が見えてきた。人家の様だと、私はほっと息をついた。
 ゆっくりと、足音を立てないように近付いて行く。尤も、此処は森の外れ。道は作られてはいるが砂利道で、完全に足音を消すには空でも飛ぶしかないだろう。どうせならば羽音さえ極限迄抑えるように洗練された、梟の翼が欲しかった。
 それでも可能な限り音を立てずに近付いて見れば、木造平屋の然して大きくない家は、一部屋を残して灯が落とされていた。灯のある一部屋をそっと覗くと、どうやらそこは台所の様だった。
 深夜だと言うのに竃には火が入り、無骨な鉄鍋が掛けられている。何を作っているのだろう。思わずごくりと、喉が鳴った。
 だが、煙突から流れ出す煙に混じる匂いは、決して美味しそうには感じられない。
 当たりかも……そして遅かったかも知れない――私は窓から見られないよう、壁際に身を潜めた。呼吸さえも、微かな風の音に同化させる様に静め、最低限の動作で銃を抜く。
 先程、竃の前には人の姿は見えなかった。窓からは見えない位置に居たのかも知れないが。
 そこに居るのがもし、こんな夜中に下手な料理をしている物好きだったり、民間療法を信じてさも苦そうな薬草でも煎じている人間だったなら、私はそっとこの場を去る。そのどちらにも、私は用はないし、またそのどちらもお相伴に預かりたくはない。
 だがもし――私はまたそっと、窓から中を窺った。

 その途端、窓硝子が中から爆発する様な勢いで割られ、私は慌てて破片を避けて距離を取った。
 そして口の中で呟く。「確定」
 例え深夜、自宅の周囲に怪しい者の気配を感じたとしても、誰何もなしに、脆くはあっても守りの一部である窓を割って迄、先制攻撃をしようとするものか。
 それが自宅であるのなら。
 第一、足音も立てていないのに、人の気配に気付くものか。普通ならば。
 そして思った通り、壊れた窓から身を乗り出して来たのは、人間よりは一回りも二回りも大きな、熊を思わせる人獣だった。頑健そうな体躯ながら、手は人間のものと同様に細やかな作業も可能そうで、何よりその顔は、獣じみてはいても人間の目をしていた。
 黒く濁った、罪人の目を。
 
 人獣は、元は人間だったのだと、私は教わった。
 過ぎた力を求めた末の姿だったり、世を捨てた者の姿だったり、その出自には様々あるのだと。只いずれにしても共通しているのは、最早人里には戻れないという事か。
 人と関われば、先ずどちらかが傷付く事となる。化け物と罵られ、恐れられた挙句に追われるか、逆上し、相手を傷付けるか。あるいは……糧として人間を襲うか。

「一つだけ訊くわ。この家に居た人はどうしたの?」
 私の問いに、人獣は家の中で未だ火に掛けられた儘の鍋を目で示した。
「了解」言葉と同時に、私が手にした銃から、銀の弾丸が放たれた。
 弾丸は瞬時に人獣の胸に吸い込まれ――数秒後、意外な程あっさり、それはその場にどうと倒れた。
 その目が上空の私を振り仰ぎ、嘲笑う様な色を浮かべた。
 お前だって人獣じゃないか、と。
「……それでもあんた達の様になる気はないわ」その言葉を薬莢と共に捨てて、私は生まれた時から背負っている、闇色の翼を羽ばたかせた。
 そしてまた、私は夜の霧に紛れる……。
 決して手には入らない、人家の温もりに心惹かれながら。

                      ―了―


 ん? 何か人獣ものが続いた(^^;)

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 夜、日本間の、木の天井板を見上げて寝ていて、その木目や染みが気になった――そんな事は多分、誰でも一度はあるんじゃないだろうか。
 特に木目がおかしな風に並んでいたりすると、見れば見る程にそれが人の顔に見えてきたりする。そんな時、僕は暑い最中でも布団を頭迄被って、その顔からのある筈もない視線を避けてみたりしたものだ。
 でも、今、僕はその天井をじっと、睨み据えている。
 その天井に浮かんだ、紛れもない、人の顔を――決して、負けないように。

 僕の部屋は安普請のアパートの一階で、上の階には二十代後半の女性が一人、住んでいた。大人しそうな女性だったけれど、時折友人が訪ねて来ては馬鹿騒ぎをして、隣の人に大家さんを介して注意される事もあった様だ。確かにそんな日は、僕も天井からの騒音に悩まされた。流石に、怒鳴り込んでは行かなかったけれど、テレビのボリュームを上げて、対抗した気になっていた。
 その彼女の部屋から、一切の生活音が消えたのは三週間前だったろうか。
 人が騒ぐ声は勿論、洗濯機の稼動音も、足音もせず、何の気配も感じない。
 旅行にでも行ったのだろう。暫くは静かでいいや――階上の静けさに気付いた当初はそう思っていた。
 けれど、それが一週間を過ぎると、長過ぎやしないかと気になり出した。もしかして引っ越したのだろうかとも思った。が、それにしては荷物を運び出した様子もない。何気なく話をした大家さんも、知らないと言った。引っ越したなら僕に挨拶する義理はなくとも、大家さんに告げない訳はない。
 嫌な予感がし始めたのと、アパート全体に嫌な臭気が立ち込め始めたのは、ほぼ同時期だった。
 どうしても気になった僕は、もしもの事があったら……と大家さんを脅して、鍵を開けて貰った。
 そして実際、もしもの事――彼女の遺体――を発見し、慌てふためいて通報したのだった。

 結局、彼女の部屋から生活音が消えた途端に一切訪ねて来なくなった友人が、発見から数日後には逮捕された。

 だから、これらは終わった事なのだ。
 遺体は発見され、犯人は逮捕された。発見前ならば話も解るが、何故今になって出て来るのだろう? この上何を望むのと言うのだ? 彼女は。
 それとも、これは階上に無残な死体を発見した僕の、臆病な心が作り出した幻影なのだろうか?
 天井一杯に浮かんだ、無念そうな女の顔を、僕はじっと睨み据える。
 と、その唇が動いている事に、気付いた。声は聞こえない。僕は読唇術なんてやった事はなかったけれど、どうにかそれを読み取った。

 アナタガキヅカナケレバ、カレハツカマラナカッタノニ……。

 僕は睨むのを止めて、目を閉じた。
 馬鹿馬鹿しい、と。殺されても、相手の男を庇うなんて。それだけ、彼に依存していたのか……。
 負けまいと気を張る程のものでもない。
「前から言いたかったんだけど……近所迷惑だよ。あんたら」
 僕の呟きに、返る言葉もなく、気配はいつしか、消えて行った。

                      ―了―


 幽霊を残留思念と捉えたら、思念=気の強い方が勝つかと(^^;)

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プロフィール
HN:
巽(たつみ)
性別:
女性
自己紹介:
 読むのと書くのが趣味のインドア派です(^^)
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 勿論、荒らしはダメですよー?
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