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〈2007年9月16日開設〉 これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。 尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。 絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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「この残暑厳しい最中に、何で毛布被ってんだ、お前は」俺は出迎えてくれた友人の姿に呆れ、声を上げた。
「いや、この間から寒気が治まらなくて……」
「何だ? 夏風邪か? 熱でもあるのか?」額に手を当ててみるが、特に高熱は感じられなかった。「そんな事してたら、熱中症で倒れちまうぞ?」
「でも……寒いんだ……」友人はその身に毛布をきつく巻き付け、玄関先に蹲ってしまった。
「おい、大丈夫なのか?」尋ねつつも、大丈夫じゃない、と俺は思った。
 そう言えば熱中症でも、感覚が狂ってしまうのか、言動がおかしくなる事があると聞く。そこ迄行くとかなりの重症で、命の危険さえ生じる。
 俺は慌てて救急車を呼ぼうと、携帯を取り出した。

 と――。
「あ……」俺の手にした携帯を見上げて、友人が声を上げた。
「どうした?」一つ目の1のキーを押した儘、俺は尋ねた。
「そう言えばお前にあの写メ貰ってからだ。寒気がし始めたの」
「写メ?」
「ほら、お前がこの間どっかの心霊スポットに行って来たって言って、要らないってのに送って来たじゃないか。何か窓硝子の向こうにぼんやりした顔っぽいものが写った写メ。あれ以来だよ、確か!」
「ああ、あれか。どうせ影がそんな様に見えただけだろうけど、何かお前に送んなきゃいけない様な気がして、送ったんだ。そんな気にする程のもんじゃないだろ。俺なんてこの待ち受けに……うわっ!」俺は慌てて携帯を放り出した。
 小さな画面の中、懐中電灯に間接的に照らし出された窓の向こう、本当にぼんやりと写っているだけだった筈の顔らしきものが――はっきりとした恨みがましい表情の女の顔となって、画面一杯に広がっていた。
 然も、俺は既にキーを押していた。当然待ち受け画面ではかった筈なのに。

 俺と友人が慌てて画像を消去して、寺に駆け込んだのは言う迄もない。
 それにしても、何故写メを撮った俺ではなく、送り付けられただけの友人に影響が出たのか?
「きっとお前が鈍いんで、俺の方にとばっちりが来たんだよ」お祓いの効果か回復し、暑い暑い、と毛布を放り出した友人がぼやいた。
 そうなのかも知れない。
 只少し気になるのは、俺はあのスポットに行かなきゃいけない気がして行ったという事と、写メを奴に送らなければいけない気がして、送ったという事だ。
 もしかしたら、あの画像を奴の所に届ける為に、俺は呼ばれたのかも、知れない。
 そう言えば、あの時慌てて放り出し、直ぐ様消去したあの顔は、この所姿を見ない、奴の彼女に似ていた。

                      ―了―
 未だ未だ昼間は暑いっすねー(--;)

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 きっとこの暑さの所為なんだろう。
 視界の右隅で、白い影がちらちらしているのは。
 そして誰も居ない筈の部屋の中で、声が聞こえるのも。

「こっちに来ないか?」と。

 そう、きっとこの暑さで、僕の感覚がおかしくなっているに決まっている。
 白い影が手招きして見えるのも、きっと錯覚なんだ。
 家に帰って、思う存分スポーツドリンクでも飲んで、シャワー浴びて……一眠りしたらきっと見えなくなってるさ。
 だから――と僕は車のアクセルに乗せた足に、力を込めた――早く帰ろう。

「馬鹿! 何処見てんの!」途端に左耳を直撃した怒鳴り声に、僕ははっと、我に返った。
 次いでガクンと、車のスピードが落ちる。助手席で眠っていた筈の彼女が、咄嗟にサイドブレーキを引いたのだ。更に無理矢理脚を伸ばして、ブレーキを踏み付ける。僕は慌てて、アクセルから足を退けた。
 熱帯夜の夕涼みがてら、山道のドライブ。後続車が居なくて幸いだった。
「あ……?」状況に付いて行けず茫然とする僕に、彼女は更に怒鳴った。
「目の焦点合ってなかったわよ? そんな状態でアクセル踏むなんて自殺行為じゃない! と言うか、私も乗ってるんだから心中? どっちにしても冗談じゃないわよ!」
 状況を理解するのと比例して、僕の心臓がどくどくと大きな鼓動を刻み始める。
 目の前には崖に張り出した左曲がりの急カーブ。
 
 彼女の怒鳴り声以外、もう在らぬ声は聞こえない。
 崖の外――視界の右隅をちらちらしていた白い影はもう見えない。
 それが何だったのか……やはり暑さの所為だったのかも知れない。
 何にしても、当分、彼女には頭が上がりそうにない。

                      ―了―


 今日は短めに(^^;)

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「特に……何も起こらないよね?」闇が訪れた周囲をそろりと見回して、紗枝は囁いた。
 カーテンの隙間から控え目に差し込む月光と街灯の明かりだけが、今この部屋にある光源だった。完全な闇には程遠いが、それでも車座に並んだ友人達の表情を窺い知る事は出来ない。
 だが、互いの緊張は空気に溶け込み、大きな動きは勿論、声を出す事さえ憚られた。
 皆の中心では未だ、吹き消されたばかりの蝋燭の煙が、ゆらりとたゆたっている。それも直に空中に解け、動きを見せるものはなくなった。
 
 百の怪を語れば、怪至る――百物語を、彼女達は行っていたのだ。
 流石に百本もの蝋燭や灯心を用意する訳にも行かず、かなり略式にアレンジされたものではあったが。
 
 三分だろうか、五分だろうか。実際にはもっと短い時間だったに違いないが、全ての動きが止まった様な時間が流れ、どうやら何も起こる気配がない様だと、彼女等の緊張は徐々に解れてきた。
「何だ、やっぱり何も起こる訳ないじゃん」ほっと息を吐いて、京香が――それでも未だ囁く様な声で――言った。
「そうだよね。百物語なんて、やっぱり只のお話だよね」と、美智花。緊張の反動からか、引き攣った様な笑みを含んだ声音。
「それか略式だったから、駄目だったのかなぁ?」この会の提案者でもある貴子の声は物足りなさそうだ。「怖い話も本で掻き集めた様なものだったし。あんまり怖くないのもあったし」
「それは仕方ないよ」紗枝は言った。「私達の実体験なんて無いに等しいんだから」
「そうそう、たった四人だし。てか、実体験で百話なんて無理だよね」美智花は肩を竦めている。
「そろそろ電気点けよう? 何も無いんなら、こんな暗い所で話す事もないじゃん」京香が天井から下げられた紐の影に手を伸ばした。
 が――。
「あ、そうね」そう言って、手元に用意していたリモコンで灯を点けたのは部屋の主である紗枝だった。ピッ、という軽い電子音と共に、室内に明かりが満ちる。
「え……?」手を伸ばした儘の姿勢で、京香が固まった。
 てっきり電灯のスイッチだと思っていた、月明かりに浮かんでいた細長い紐の影は無くなっていた。
 そしてそんな物はこの部屋には始めから無かった事京香は思い出した。つい、先入観でそれを電灯の紐と思ってしまったのだが……。
「あの影……何だったの……?」

 その問いには、美智花の甲高い悲鳴が答えてくれた。
「かっ、髪……! これ! 髪!?」

 四人の中心、紐が下がっていた筈のその下の床には、消えた蝋燭に絡み付く様に、此処に居る誰のものでもない長い黒髪が、じっとりと、とぐろを巻いていた。

                      ―了―


 取り敢えず、そんな部屋ではもう寝られないと思う(--;)

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「何処の子が来ても、戸を開けちゃいけないよ」
「開けないよ。知らない子ばっかりだもん」
 忙しそうに身支度を整えながらの祖母の言葉に、和樹は気だるげに答えた。
 小学四年の夏休みを利用して初めて一人で祖母の家に遊びに来たはいいが、その祖母の友人が急逝したとかで、彼女は急遽出掛けなければならなくなった。祖父は趣味の登山旅行に出ていて、明日迄帰らない。
 仕方なく、和樹は広い田舎家に独り、残される事となってしまった。
「お昼は冷蔵庫に用意してあるから、チンしてお上がり。夜には一旦帰って来るから。いいね、何処の子が来ても、開けちゃいけないよ?」
 再度そう言い置いて、祖母は出掛けて行った。
「……呼びに来る子も居ないよ、此処じゃあ」此処には年に一回、ほんの数日しか居ないのだから、訪ねて来る様な友達なんて居ない。和樹は肩を竦めた。

 時刻は未だ午前九時。遽しさにすっかり目は覚めてしまっていた。
 広い居間にゲームとお菓子を持ち込んでテレビをつけてみたものの、どうにも落ち着かない。しかし、テレビがあるのはこの部屋だけ。その音声がなくなるのは、尚更物寂しくなりそうで、和樹は居間に居座った。
 と――ピンポーン、とどこか間延びしたチャイムが鳴った。
 こんな時間から、誰だろう? 一応出た方がいいだろうか?
 迷う間に、もう一度――ピンポーン。
 大事な用事だったら困るし、と和樹は居間を出た。
「お祖母ちゃんは用事で居ません――それだけ言えばいいんだ」内心、知らない人に怖気付きながらも、和樹は自分の言葉に頷いた。
 玄関に出てみれば、硝子戸越しに、外の日差しと小さな影が、見えている。
 小さい……子供? 和樹は首を傾げた。子供がこんな時間に、お祖母ちゃんに何の用だろう?
 と、鍵を開けようとして、ふと出掛けの祖母の言葉が脳裏をよぎった。
 
 何処の子が来ても、戸を開けちゃいけないよ。

「だ、誰ですか?」危うく踏み止まり、和樹は先ず誰何した。影は自分よりも小さく見える。二学年程下だろうか? それでも思わず丁寧な口調で尋ねてしまう程びくついている事を、彼は自分でも滑稽に思った。思わず漏れた苦笑が、それでも緩和剤になったのか、二言目からはスムーズに、言葉が出た。「何処の子? お祖母ちゃんに用事?」
 僅かに間があり、影が身動ぎした。
 もう一度問おうかとした時、声が返った。
「遊ぼ……」
「え?」和樹は思わず訊き返した。「えっと……此処のお祖母ちゃんに用があるんじゃないの?」
「遊ぼ……」和樹の言葉に頷く様子も頭を振る様子もなく――丸でそれを一切無視するかの様に――子供はもう一度、彼を誘った。
 何かおかしい、と和樹は感じた。この辺りで一緒に遊んだ事のある子供は居ない。もし、この小さな影が近所の子供で、近所のお婆ちゃんの孫が遊びに来ている事を誰かに聞いたとしても、見も知らぬ彼を誘いに来るだろうか? それも、たった一人で。
「ご、ごめん。今日は留守番だから、家に居ないと……」和樹はそう言って、廊下を一歩二歩と下がった。
 影はそれに対しても残念そうな声を上げるでもなく、只、全く同じ口調で……。
「遊ぼ……」
「遊べないって言ってるだろ!」薄気味の悪さに顔を引き攣らせてそう怒鳴ると、和樹は居間へと駆け戻った。

 襖を閉め、テレビの音量を上げる。
「何だったんだ、今の子……」ジュースを一口、息を整えながら、和樹は独りごちる。「お祖母ちゃんが開けないようにって言ってたのは、あの子の事なのか? もしかしたら、とんでもない悪戯坊主だとか……」
 ともあれ、戸締りは祖母が出掛ける際に確認してある。こちらが開けさえしなければ、問題ない。玄関で少々声を上げた所で、居間でテレビの音量を上げていれば聞こえやしない。
 それでも聞こえる位の大声で呼ばわっていたら、それは本格的におかしい。
 そう思った刹那、和樹の耳に言葉が届いた。

「遊ぼ……」

「!」決して大きな声ではなかった。さりとて傍でもない。なのに、それはきっぱりと聞こえたのだ。
 遊ぼ……と、更にもう一度。
「な、何なんだよ!?」どうしていいか解らず、それを掻き消そうとテレビの音量を上げる。目盛りがどんどん上がり、ワイドショーのキャスターの声が耳障りな程に大きくなっていく。
 それにも拘らず、またもや。

「遊ぼ……」

 指先が痛くなる程リモコンのボタンを押し続け、気付けば音量の目盛りは一杯になっていた。広い居間全体に、音声が反響している。頭が割れそうだと、和樹は耳を塞いだ。
 それでもあの声が聞こえるのは、最早魅入られてしまった証拠なのか?――和樹は堪らず、襖を開け放った。廊下を駆ける。
 そして見た玄関先には――小さな影が増えていた。
 いずれも、彼より年下だろうか。影で見る限り、男の子も女の子も、居る様だった。だが、それらは一様に身動ぎもせず、只一つの言葉だけを繰り返していた。

『遊ぼ……』

 夜、祖母が帰宅した時、玄関は開け放たれており――そこには一人の子供の姿も無く、只テレビだけが大音声を垂れ流していた。
「何で開けてしまったんだい……」膝を突いた祖母に、答える者も、なかった。

                      ―了―


 遊ぼ♪

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 暑いから鍾乳洞に行こうと、友人達と誘い合わせた迄はよかったのだ。
 数人ずつ車に乗り合わせて現地集合。そう申し合わせて来てみれば、一足先に着いた友人の車はあれども、姿がない。鍾乳洞前に店を出す喫茶兼お土産屋のおばちゃんに訊いてみれば、それらしき五人組なら、どうやら暑さを避けてか、先に入って行ったと言う。確かに、店内の温い冷房より、洞内の方が涼しそうだった。

「仕方ないなぁ、あいつ等」苦笑しながら、俺達四人は先の車に乗っていた五人の後を追った。
 一歩足を踏み入れると、クーラーの冷気とも違う、ひんやりとした空気にすっぽりと包まれる。外の暑さから逃れてほっとすると同時に、何故か、神妙な心持ちになる。鍾乳洞という途轍もない年月を掛けて形作られた、どこか神秘的なものに対して無意識に覚える畏敬の念なのだろうか。
 洞内にはちゃんと照明が設置され、木で組まれてはいるものの滑り易い足場を程よく――余り明る過ぎては興醒めだろう――照らしてくれている。
 天井から下がった鍾乳石、その下に育ちつつある鐘筍、奥に向かって広がる千枚皿……照明の仄かな明かりの下で煌くそれらの自然の造形美に感嘆しつつ、俺達は五人の後を追う。
「あいつ等、何処迄行ったんだ? 普通、待ち合わせてるんだから入り口で待ってるもんじゃねぇのか?」啓一が呆れ顔で言う。
 全くだ。もう大分進んだぞ。
 それでもお土産屋で貰ったパンフを見れば、この鍾乳洞は基本、一本道。多少の枝分かれはあるものの、そちらは足場も設置出来ない様な狭さで、実際この両側に欄干のある足場からは行けそうもない。
 いつか出会うさ――俺達は涼しさを楽しみながら、のんびりと進んで行った。

 だが――。
「あれ? 終点?」何度もパンフと見比べて、啓一が訝しげな声を上げた。
「みたい……だな」俺も横から覗き込みつつ、相槌を打つ。
 公開されている鍾乳洞の最深部には見事な鍾乳石のカーテン。ごくごく薄い板状のそれらが幾重にも重なる様に、天井から壁に優雅な襞の波を作っている。本当は固い石なのだと感じさせない程の、繊細で優美な光景だった。
 足場も此処で行き止まりで、他に進む道も無い。
 ここ迄に擦れ違っていない以上、五人は此処に居なければならないのだが……その姿はない。無論、他の観光客とも、途中で擦れ違いはしたが、その中に彼等の姿はなかった。
「あ、あいつ等の事だから、もしかしたら変装して知らん顔で擦れ違っといて、出て行った俺等を驚かそうとしてるんじゃないか?」友樹がそう言って些か引き攣り気味の笑顔を浮かべる。「ほら、こっちは五人だと思ってるから、バラバラに擦れ違ったりしたら案外気付かないかも……」
 確かに、照明はあるとは言っても、帽子を被って俯いていたりしたら、はっきりとは見えないだろう。相手の数に対する先入観も、確かにある。
「仕方ないな。戻ろう」俺は溜息と共に言った。「あいつ等が外で待ってたとしても、引っ掛かったと思われるのも癪だから『お前等なんか捜してねぇよ』って顔で行こうぜ」
 その言葉に笑い合い、俺達四人は出入り口を目指した。
 いちいち歓声を上げていた往路と違い、何故か皆して寡黙になっている。水の音が、耳に付く。
 やがて外の厳しい日差しと熱気、そして蝉の大音声が俺達を出迎え――しかし、そこにも五人の姿は無かった。

「駄目だ、出ない。本当に何処行ったんだ? あいつ等」俺は苛苛と、携帯を閉じた。あいつ等のの携帯にそれぞれ電話していた他の三人も、一様に携帯を切って頭を振る。
「冗談にしてもやり過ぎだな」啓一が眉を顰める。
 出て来てみれば、奴等の車も無くなっていた。詰まりは俺達を待たずして、帰ってしまったという事か。
 余りの対応に文句の一つも言ってやろうと、温い冷房の喫茶店内に陣取って、こうして皆で電話してみたのだが、未だ誰一人、捕まらない。留守電でもなく、電源が入っていないか圏外か、のメッセージが繰り返し流れるだけだ。
 四人が四人に掛けて全敗。俺は溜息をついて、残る一人のナンバーを呼び出した。
 すると、此処に来て初めて、相手が出た。
「あっ! おい、由貴也! お前等、何先に帰ってんだよ!」開口一番、俺は怒鳴った。
 だが、相手は何を言われているのか解らないといった様子で、それでも慌てて事情を話し出した。
「憲次? 未だ連絡行ってなかったんだな……。俺、朝から具合が悪くて、乗せて貰う筈だった敦也には連絡して、今日は行かない事にしたんだ。そしたら……さっき連絡があって、そこに行く途中の道で事故があって、身元が判明して……」
 おい、何言ってるんだ?――震え、嗚咽混じりになっていく声、事故という不吉な言葉に俺は嫌な予感を覚える。
「敦也の……あの四人の乗ってた車だったって……! 全員……助からなかっ」
「もういい!」その言葉を聞きたくなくて、俺は無理矢理に遮っていた。「もういい……。後で……後で行くから」
 簡単な労いと見舞いの言葉を残して、俺は電話を切った。
 辺りで聞き耳を立てていた三人が、青い顔で俺を見る。
 土産屋のおばちゃんは確かに、五人組を見たと言った。車があったのは俺達も見た。
 だが、由貴也の言葉が本当なら……。そしてその言葉の裏は、俺達の会話を窺いながらも他の友人に電話した啓一が、しっかり取っていた。本当だ、と。
 それでも尚、あいつ等は此処に現れたと言うのだろうか。そんなに、此処に来たかったのか?
 哀しい、そして苦い笑みが、俺達の顔に浮かんだ。

 それにしても、由貴也が抜けていたと言うのなら、奴等の車に乗って来た五人目は一体、誰……あるいは何だったんだろう?
 土産屋のおばちゃんに詳しく訊いてみれば、その見知らぬ誰かが、率先していたらしい。
 もしかして、そいつが彼等の手を引いたのだろうか。
 あの世へ。
 そしてこの神秘的な空間の中に、そこへの道があるのかも知れない。
 生者には見えない、道が。

                      ―了―


 今日も暑い~(--;)

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 暑くなってきたからと夕涼みがてら海に出掛けたのは、流石に早計だった様だ。
 未だ梅雨の残る七月始め、それも夕方なんて人っ子一人、居やしない。何より空模様も怪しく、空気にはむっとした熱と湿気が籠り、涼むどころじゃない。
 これならワンルームで生温い扇風機の風を浴びていた方が、ガソリン代消費しないだけ未だマシだったか? いや、結局電気代は使うか。
 他愛もない事を考えながら、俺は車に戻るべく、波間に背を向けた。車で窓開けて走ってるのが一番、涼しいかも知れない。
 と――ごぽっ、と妙な波音がした。
 砂浜の傍らに見えていた岩場が削られた穴にでも波がぶつかった音だろうかと思いつつ、何気なく俺は振り返った。
 そして直ちに後悔し、砂に足を取られ躓きながらも、慌てて車に駆け戻った。

 何故ってそこには、直前迄人っ子一人居なかった波間に浮かぶ、妙に皮膚の白い、女の顔があったから。
 綺麗な卵形の輪郭で、無表情ながらも切れ長の美しい瞳でこちらを見詰める――常人の三倍はあろうかという大きさの、女の顔だけが。

 そこの岩場から海に掛けてが自殺の名所だなんて事は、後から知ったのだった。
 それにしても……彼女の瞳は綺麗だった――あれから、思い出す度にハンドルを海に向けて切りたくなるのを、俺はどうにか抑えている……今は。

                      ―了―


 暑いから短く行こう!
 因みに今日は「波の日」だそうにゃ。

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 夜霧が出ていたけれど、彼はカーブでも殆ど減速しなかったよ――未だ激しく打つ鼓動を鎮めながら、僕は駆け付けて来た友人達に語った――停めろと何度も言ったけれど、ブレーキを踏まなかった、と。
 僕達の前では崖下に転落した車から上がる炎と煙が、白くたゆたう霧を掻き乱し、妖しげな色合いに染め上げている。僕達はそれを茫然と見詰めるしかなかった。

 幽霊が出ると噂されるこの峠に、こんな真夜中に出掛けようと言ったのは誰だったか……。
 高校の同級生で、今ではそれぞれに進学したり、職に就いたりといった面々――その懐かしさに、すっかり高校生の頃のお気楽な気分に浸ってしまったのだろうか、明日が休みという事もあり、僕達は特に誰一人反対する事もなく、二台の車に分乗して出発した。
 散々居酒屋で騒いだ後ではあったが、勿論、ハンドルを握った二人は飲酒していない。元々、下戸だと言う二人に近くの駅迄送って貰う事で話もついていた為でもある。
 そうして走る事、小一時間。
 走る程に減って行く商店や民家、疎らになっていく街灯……夜の景色の中に尚黒々と迫って来る、山。道路は整備されているものの、両脇から覆い被さる木々の影は濃く、更に湧き出した霧が視界を遮り始めた。

 幽霊が出るにはお誂え向きじゃないか――強がりとも取れる言葉を吐いたのは僕が乗った車のハンドルを握る、向井だった。
 この頃にはすっかり酔いが醒めつつあった僕は、曖昧に笑って頷いた。来るんじゃなかった――やっと後悔するだけの理性が戻って来た。勿論、時既に遅し、だが。
 この車には後一人、この辺に詳しいと言う奴が乗っていた。奴は道案内役として助手席に座っていた。
 と、不意に後続車からクラクションとハイビームが浴びせられた。ライトは霧に拡散してはいたけれど、何度もローと切り替えられる灯に、僕はそれが何かの合図なのだと気付いた。
「おい、向井、後ろの連中が何か言いたいみたいだけど」後部座席から身を乗り出して、僕は言った。「ちょっと停めてみようぜ」
 だが、向井はスピードを緩めなかった。助手席の奴も、こちらを振り返りもしない。
 後ろからは未だ、クラクションとハイビームが続いている。
「おい、向井ってば!」僕は少し、声を張り上げた。
 この霧に視界を塞がれた夜の山道で、殆どアクセルを緩めようともしない向井の運転にも、些か不安感を抱きつつあった。奴は呑んでもいない筈なのに……。
 と、ぐん、とGが掛かり、僕は後部座席に押し付けられた。
 詰まり、車は更に加速したのだ。
「な、何やってんだよ、向井!」どうにか身を起こし、僕は怒鳴った。「停めろって言ってんのに、何でアクセル踏むんだよ!?」
 答えはない。前の二人はじっと前方だけを注視して、こちらを振り向こうともしない。
 車窓から辺りを見回せば、白い闇の中から時折近付いて来る木々の影が、丸で件の幽霊の様だった。いつしか舗装された道から外れたのか、ごつごつとした感触がタイヤを通して伝わって来る。車体が揺れた。時折向井が切る急ハンドルに従って、車体は更に左右に振られ、その都度、僕は後部座席を転がった。
「おい!」思わず出した声は、情けなくも悲鳴の様だった。
 どうにかシートの端を捉え、運転席に迄身を乗り出した僕は、一瞬切れた霧の隙間から、見た。
 車の鼻先に迄迫った、ガードレールとその先にぽっかりと広がる黒い穴――いや、崖下の森を。

 どうやって逃げ延びたのか、自分でも覚えていない。兎に角必死に後部のドアに取り付き、ロックを外したんだろう。転げ降りた所は運良く、柔らかい草叢だった。
 それでも、車がガードレールを突き破る音は転落の衝撃に掻き消された。猛スピードの車から飛び降りたのだから、無理もないだろう。
 痛む身体でどうにか顔を上げた時には、崖下からはもうもうと煙が湧き上がっていた。
 そして僕は、程なくやって来た後続車の仲間達に救助されたのだった。

 向井の葬儀の日、集まった僕達の話題は自然と、あの夜のドライブの事になった。
「向井の奴……あんな山道でスピード出し過ぎてると思ったから、後ろから合図したのに、益々アクセル踏みやがって……」そう慨嘆したのは後続車のハンドルを握っていた奴だった。
「あ、あれ、やっぱりそういう意味だったんだ」と、僕。
「ああ。気付かなかったのか?」
「真逆。僕は気付いてたし、向井にも何度も言ったよ。停めろって。なのに……」
「向井……真逆――真逆とは思うが――自殺って事は……?」
「止せよ! あの車には僕も居たんだぜ? 巻き添えにする気だったって言うのかよ? もう一人の奴だって居たし……」
「もう一人って……?」一様に目を丸くして、友人達は首を傾げた。
 は……?――茫然とするのは僕の方だ。
「もう一人……何だっけ、名前思い出せないけど、居ただろう? 道案内を買って出た、奴だよ!」皆の顔を見回して、僕は言った。「そう言えば、奴の葬儀は? 誰か、家族から連絡受けてるか?」
 誰もが首を横に振った。それどころか、誰も、奴を知らない、と。
「……奴は……向井を何処に、案内したんだ……?」
 薄々気付いてはいても、誰一人、それを口にする事はなく、只沈鬱な表情で頭を振るだけだった。

                      ―了―
 カーブは充分な減速を!

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プロフィール
HN:
巽(たつみ)
性別:
女性
自己紹介:
 読むのと書くのが趣味のインドア派です(^^)
 お気軽に感想orツッコミ下さると嬉しいです。
 勿論、荒らしはダメですよー?
 それと当方と関連性の無い商売目的のコメント等は、削除対象とさせて頂きます。

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