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「ねぇ、出口を知らない?」
自分の口から零れ出た言葉を、彼女は慌てて咳払いで誤魔化した。何か言ったかという友人の問いに、曖昧に笑って頭を振る。
そして、先に行くからと言い置いて、化粧室を後にした。
油断していた、と臍を噛みながら。
化粧室なんて、人と一緒に行ってはいけなかったのだ。
そこには必ず、鏡があるのだから。
一箇月程前だったろうか。鏡の中に、もう一人の自分が居る事に、真奈が気付いたのは。
それは勿論鏡像であり、彼女の表情、仕草を真似るだけ――だが、その眼に、自分とは別の意思が宿っていると、真奈は感じ取った。
真奈がどれだけ着飾って満足げに自分の姿を見ていても、それをどこか冷めた眼差しで見詰めている、鏡の中の、彼女。
涙に暮れて腫れぼったくなった瞼に更に落ち込んでいても、どこかそれを嘲笑っている様な、鏡の中の、彼女。
鏡を覗く度に、冷たい視線を向ける、彼女。
それは自分に対して敵意を持っている、と真奈は感じていた。丸で影が本体を羨み嫉む様に、鏡像の彼女は真奈を見ているのだと。
自分がおかしくなったのかとも思った。鏡は鏡。只の器物でしかない。そこに映った鏡像が本体を羨むなど……。だが、どれ程それを否定してみても、やはり鏡の向こうからの刺す様な視線を感じ、徐々に真奈は鏡を覗かなくなった。
丸で自分の居場所を狙われている様な気がして。
勿論、自分と鏡の中の彼女が入れ替わる事なんてあり得ない、そうとは解っている……心算だったが。
そして今、真奈は彼女が鏡の前に立つ度に――本体の方が未だ肉体への影響力が強いという事だろうか――向き合っている時のみ辛うじて動かせる口を使って問うのだ。
ある晩夢を通じて引き摺り込まれた鏡の空間からの帰還を願って。
「ねぇ、出口を知らない?」
―了―
ちょっと疲れ気味なので短めに~(--;)
「後、三十三回」そいつはここ数十日の慎也の苦労を嘲笑う様に今日も現れて、にやりと笑った。「三十三回――私を殺さないと」
にやり、ピエロの化粧を施された口元が笑みの形に広がる。糸の様な目は笑っているのか泣いているのか、はたまた別の感情を持っているのか、窺い知れない。赤い団子鼻は滑稽だが、この顔の中では寧ろ、グロテスクだった。
「もう、無理だ……」慎也は喘ぐ様に言った。「もう嫌だ」
「何故?」そいつは大仰に首を傾げて見せる。その動きはやはりピエロめいているが、人を楽しませるどころか苛立たせる効果がある様だった。
「何故って、もう嫌なんだよ……! お前を殺し続けるなんて!」
「なぁぜ?」上半身ごと、傾げて見せる。「二箇月前、私を殺したじゃないですか。そしてそれからも殺し続けてきた。これからもその様にすればいいのです――後、三十三回」
ドライブの途中、山中で見付けた廃屋。棟は傾き、瓦は剥がれ落ち、板壁も所々捲れ上がっている。庭と辺りの草叢の区別も付かず、勿論人の気配など感じられなかった。
心安らぐ緑に溢れながらも単調な山道に、些か飽きが来ていた僕達は二言三言、言葉を交わすとそちらへとハンドルを切った。未だ夕方にも間があり、時間的には全くそれらしくないが、肝試しと洒落込もうと思ったのだ。
築何十年位だろう?
住人はどうして居なくなったのだろうか?
何か事件でも……?
他愛もなくそんな話をしていた僕達だったが、納戸だろうか、薄い板の破れた箇所から家の中に踏み込んだ時には、長年放置された場所特有のすえた臭いに思わず黙り込んでいた。
そして納戸から母屋に繋がっているらしき戸を開けた時、僕達は――住人と鉢合わせした。
「済みません! 本当、済みません!」
「あ、怪しい者じゃないんです! その……大変失礼なんですが、人が住んでいるとは思わなくて……。す、済みません!」
連れの二人が慌ててぺこりぺこりと何度も頭を下げている。玩具の水飲み鳥の様で、些か滑稽だ。
しかし彼等の表情は必死だった。僕にも頭を下げろと蒼い顔で囁く。
それと言うのも、そこに人が居たのもさる事ながら、その人――着物姿の、意外にも若い女性だった――が震える手で包丁を構えているからに相違なかった。
「済みません! こんな所から勝手に入り込んで、怖がられるのも解りますが、その……本当に怪しい者じゃないんで、それ、下げて頂けませんか?」そう言う仲間の声も震えている。
しかし彼女は動かない。蒼褪めた顔で唇を戦慄かせ、大きく見開いた目で僕達を――いや、正確には僕達の背後を見詰めるばかりだ。
その視線に気付いた連れの一人が釣られる様に振り返ろうとするのを、僕は止めた。
彼女が見ている者。それと目を合わせてはいけない。そう直感したのだ。
頭を下げた儘、彼女とも目を合わせるな――二人にそう囁いて、僕は彼女の傍を摺り抜けた。二人は声を上げたものの、彼女に動きはない。その様子と僕の手招きに、二人は恐る恐る足を踏み出し、やはり何事もなく彼女の横を摺り抜けて来た。
「ど、どうなってるんだよ?」尋ねる二人に、僕は小声で答えた。
「振り返って見てもいいけど、目だけは合わせるなよ」と。「気付かれなければ多分、危害は加えられない」
因みに僕の視線はずっと、下の方に向けている。
それに倣う様に二人は床に這わせた視線を徐々に延ばしていき――腰を抜かしそうになったのを辛うじて支えてやる。
そこには、納戸との仕切り戸から入って来たばかりといった風情のみすぼらしい姿をした男が一人。手には鉈を持ち、着物の女性と対峙していた。
「い……いつの間に……。俺達の直ぐ後ろに!?」
「気付かなかった……いや、誰も居なかったぞ!?」
「いや、ずぅっと居たのさ」僕は言い、二人の背中を押して、玄関と思われる方に進む。「多分、この家が放置される前から、ずぅっと……」
勿論、彼女達はもう人間じゃあない。
それは、板張りの廊下に染み付いた、赤黒い染みが物語っていた。
後日、調べた所では、件の家では五十年程前に、留守番中の若い女性が壊れた納戸から侵入したらしき男に殺害されていた。尤も、男の方も彼女に包丁で傷付けられ、動けなくなっていた所を逮捕され、数日の後に亡くなったらしい。
二人の必死の睨み合い――本当にとんでもなく場違いな場所に踏み込んでしまったものだ。
以来、僕達は二度と廃屋には近寄らない。
―了―
今日は蒸し暑い~(--;)
確かに人目にはつかないし、これから心霊スポットに行こうと言うのだから雰囲気満点ではあるけれど、意外と薮蚊も多いし、何より薄気味悪い。心霊スポットに遠出する迄もないんじゃないか?
おまけに相手は遅れて来た癖に謝りもせず、僕が約束と違う場所で待っていたからだと難癖をつけてきた。
「何でだよ、夜の十一時に墓地南側の楠の所って、確認し合ったじゃないか」眉を顰めて、僕は文句を言った。「もう十一時半だぞ? 三十分もこんな所で待たせやがって」
「何言ってんだよ、お前……」相手は呆れた様にぽかんと口を開けた。「確認しといて何でこんな所で待ってるんだよ? 携帯にも出ないし。こちとら気味の悪い墓地の中、探し回ったんだぞ?」
「はぁ?」僕はやはり呆れ顔で彼を見返してやる。「こんな所って……何寝惚けてんだよ? お前」
僕の傍らにはかなりの樹齢を誇るのだろう、大きな楠が枝葉を広げて、ざわざわと風に木の葉を揺らしている。勿論、これが墓地南側の楠だ。これが目に入らないとでも言うのか?
「それに携帯はずっと電源入れてあったけど、全然鳴らなかったぞ? 間違って他の誰かに掛けたんじゃないのか?」僕は携帯を取り出して、着信履歴を確認する。やはり、彼の番号があるのは今日の夕方、待ち合わせの場所と時間を確認した時が最後だ。
「寝惚けてるもんか!」相手はむっとした様子で怒鳴った。「お前こそさっきから訳の解らない事ばかり言いやがって。見てみろよ」
取り出された彼の携帯の発信履歴には、確かに今夜十一時台に三度、僕の携帯への発信が記録されていた。おかしい。
「記録は消す事は出来るけど、掛けてもいない発信記録を残せる訳はないもんな」鼻を鳴らして、彼は言う。「お前、もしかして今夜の心霊スポットに怖気づいてこうやって時間を稼いで行かなくて済む様にしようなんて考えたんじゃないのか?」
「何を!?」僕はいきり立った。それは確かにこんな街中の墓地でさえ薄気味悪がっている僕だけれど、嫌なら嫌で、そんな姑息な手を使わずに断るさ!「お前こそどうにかして記録残して、俺を怖がらせようとでも企んでるんだろ! そんな手に乗るもんか!」
「どうやって残すってんだよ! 本当に掛けたから記録が残ってるんだろうが!」
「知るかよ! 何か手があるんだろう!?」
「何かって何だよ! 子供じゃあるまいし!」
僕はむっとして、口を噤んだ。確かに、発信履歴が残っているという事は――何らかのトリックを講じてでもいない限り――彼が僕の携帯に掛けたという証になる。対して、着信履歴の無い僕の携帯は……消去したのだと言われてしまえば、そんな事はしていないという証拠も提示出来ない。
けれど間違いなく携帯は鳴らなかったし、僕が履歴を消去した事も無い。
どうなっているんだ?――僕は気味の悪い思いで手の中の携帯を見詰めた。
「兎に角、そういう心算なら何時になったって、行くからな。心霊スポット」僕が黙った事で勢いを得たのだろう、口元を歪めて彼は言った。
完全に、僕が怖気付いたのだと思っているその様子に、僕は思わずかっとなってその胸倉に掴み掛かった。
「序でに幽霊どもに仲間入りさせてやろうか?」そう、唸る様に言った僕の声は、後に彼が地の底から響く様だったと言った程、陰鬱だった。
そして、こんな言葉が出るなんて、と僕は僕で自分自身に衝撃を受けていた。
幽霊に仲間入りさせる――それは、詰まり……。
「ご、ごめん!!」彼の形相も険悪になり、やれるものならと言い掛けたのと、言葉の意味に気付いた僕が謝罪を口にして彼から手を放したのとは同時だった。
彼はきょとん、として僕を見る。振り上げようとした拳のやり場に困った様に。
確かに今夜の彼はおかしい。けれど、口にしていい言葉と悪い言葉はある。僕は最悪の言葉を吐いてしまったのだ。だから、謝る。
「お、おう……」やはり呆然とした儘、しかし彼は頷いた。「俺も悪かったよ。ちょっと意地が悪かった。けど、怖気付いたんでもなければ、何でこんな所で待ってたんだ?」
「だからこんな所って……」またそこに戻るのかよと溜め息をつきつつ辺りを見回した僕の目に、先程迄とは違う光景が映った。「此処……は……? 楠は!?」
あの大きな楠が無い。いや、それ以外にも、此処はこんな古びた墓ばかりだったか? 墓石も欠け、苔生し、到底長年手入れもされていない様な……無縁墓? 嘘だろう、楠の辺りは比較的新しい区画で、手入れ行き届いた墓が整然と並んでいた筈なのに。
彼が訝しげに顔を顰めた。
「此処は墓地の北側。反対側で待っててもいつ迄も来ないから、俺が捜しに来たんだろうが……お前、お化けか狐にでも化かされたのか?」
そうだったのかも知れない。
思えばお互いにこんなにカリカリしたのも、妙だった。二十分や三十分、遅れたり待たされたり……そんな事、日常的だった筈なのに、携帯が繋がらず、その辻褄も合わなかった所為で……。もしやこの携帯の行き違いも某かの物の怪の仕業だったのだろうか?
何しろその瞬間、僕の耳、いや頭には、こんな声が響いていたのだから。
『ちっ、殺し合いになるかと思ったのに……』
―了―
幽霊の悪戯?
悪戯にしちゃ、質悪いか(^^;)
海岸を歩く。
街を歩く。
その何処ででも、奴等の姿を目にする。
そして私が見える事に気付くと、決まって奴等は手招きする。
こっちへおいで、と。
ある日は山の中、雑木で隠された切り立った崖。
その向こう、足元の無い中空で、登山服姿の男が手招きする。
こっちへおいで。
ある日は海岸、海に向かって開いた洞窟の入り口。
水死者の遺体の多くが流れ着くと言うその深みで、髪を顔に張り付かせた女が手招きする。
こっちへおいで。
ある日は街中、スクランブル交差点の只中。
車行き交う最中で、仲良く手を繋いだ幼い兄弟が手招きする。
こっちへおいで。
行きたくない、と頭を振る。
奴等は不思議そうな顔で私を見る。
何故来ないんだ?
お前は見えているんだろう?
だからこそ、我々の足元に潜んだ死にも気付いたのだろうに、と。
けれども私は行きたくない。
このお気に入りの窓辺に居ながら、時折心を飛ばして外を見るだけでいいのだ。
私が死んだ病室の、唯一心休まる場所……。こんな場所は他には無いよ。
だから……。
こっちへおいで?
―了―
暑さで集中力欠如中~★
短めにやってみよう!
昨日越して来たばかりで右も左も判らない街に、探検気分で出たのはいいが、遠くに見える駅舎のタワーを目指していた筈が、三叉路やT字路に阻まれ、なかなか行き着けない。業を煮やして「こっちだ!」とばかりに駅方面に向かっていると思われる細い裏道に入ったのがいけなかった。
ブロック塀に両側を挟まれていた筈の道は、いつの間にか石垣に囲まれ、横道も無い儘に不安を抱えて更に歩くと、両脇は竹薮……アスファルトさえ、いつしか石畳に変わっている。流石に僕は、脚を止めてしまった。
辺りをきょろきょろと見回すも、藪に囲まれて目印としていたタワーさえ、見えない。
街の中心部を目指していた筈が、こんな道に迷い込むなんて……。
兎に角、この先へ進んでも駅には着かなさそうだ。それどころかもっと判らなくなる――そう考えた僕は踵を返した。脇道も無かった以上、この道の最初迄戻るしかない。
ところが、振り返ると同時に、僕はその場に硬直した様に立ち尽くしてしまった。
道が、無い。
そこは両脇と同じく竹薮と化していた。確かに、百八十度反転した筈なのに。
慌てて辺りを見回しても、延びるのは何処へ繋がるとも知れない道一本。
どうなってるんだよ――僕はパニックに襲われた。帰り道が無くなるなんて、あり得ないだろう!
暫し茫然と立ち尽くした後に、どうにか来た方向に戻る事が出来ないかと、僕は竹薮に分け入ってみた。が、石畳は痕跡さえ無く、脚に絡み付く下草はそこが決して道などではない事を物語っていた。
更に分け入る程に元の位置にさえ戻れなくなる事態を恐れ、僕は早々に引き返した。道さえ無い、こんな所では方向も掴めないし、真っ直ぐ歩いて行ける自信も無い。これならば未だ、あの何処へ続くとも知れない道の方がマシというものだ。
仕方がない――僕は残された道に、足を踏み入れた。
それからどれだけ経ったのだろう?
僕は未だ、件の道の上に居る。
どうした事か疲れもしないし、腹も空かない。これは夢なのだろうか?
だとしたら今直ぐ覚めてくれ!
足の下は石畳から只の土に変わり、竹薮はいつしか鬱蒼とした森になっている。
そして遠くから聞こえてくるのは……日本には動物園にしか居ない、絶滅した筈のニホンオオカミの遠吠え。
僕が居るのは一体何処で、そしていつなんだ?
解らない儘、僕は道を歩く。オオカミの声と、見知らぬ道に怯えながら。
―了―
暑い~☆