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〈2007年9月16日開設〉 これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。 尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。 絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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「祖母ちゃん、祖母ちゃん、ポチが子犬を産んだよ」
「何を言ってるんだい、悟志。ポチは雄だよ」夕食後の後片付けをしながら、祖母は食後直ぐに駆け出して行ってはまた戻って来た悟志の訴えにそう返した。
「ちぇ、引っ掛からなかったか」
 口を尖らせる孫をその場に残して、祖母は流しへと皿を運ぶ。
 その背後には、未だ何やら企んでいそうな、孫の気配。やれやれ、と彼女は肩を竦めた。

 エイプリルフールだか四月馬鹿だか知らないが、朝から続く孫の与太話には呆れてしまった。よくもこう、次々と思い浮かぶものだ。飽きもせずに。
 庭の桃の木から林檎が生えてるだの、池に鰐が居るだの、屋根の上に宇宙人が居るだの……。
 普段は、些か落ち着きには欠けるものの、嘘などつかない子供なのだが、やはり嘘をついてもいい日という免罪符の所為なのだろうか。まぁ、何れも、他愛もなさ過ぎて引っ掛かる道理もない様な内容だが。

「祖母ちゃん、祖母ちゃん、お月さんが二つ浮かんでるよ」また、悟志が駆けて来て言う。
「何を言ってるんだい、悟志。お月さんは一つだけだよ」最初こそいちいち驚く振りをして付き合っていたものだが、最早淡々と返すだけになっている。
「ちぇ」悟志はまた口を尖らせつつも、また、次の『嘘』を訴えた。

 そして、祖母は理解した。
 孫は今し方発した自分の言葉を、否定して欲しかったのだと。数多の否定の言葉の中にごくさりげなく、それでいてはっきり。
 嘘だ、と。

「祖母ちゃん、祖母ちゃん、僕、捨てられちゃったよ」今迄の、真剣さを装いながらも笑みの透けて見えていた瞳が、真摯な色に満たされる。
 祖母は一瞬言葉に詰まり、脳裏では家を出て行った娘の顔に叱咤の言葉を叩き付けていた。馬鹿娘! と。
 やがて彼女は言った。
「嘘ばっかり言って。祖母ちゃんはあんたを捨てた覚えはないよ」娘が捨てたとしても、とは心の内だけでの言葉。
 どんな日であれ嘘のつけない正直な老婆の、やや焦点をずらした返答に、悟志はまた、ちぇっ、と口を尖らせて見せた。
 その相好は見る間に崩れたけれど。

                      ―了―


最後の『嘘』が、違うのが思い付いて困る……(・_・;)

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「おはよう」鳥籠を覗き込んで、千里は言った。「おはよう、だよ。おはよう」
「ちーちゃん、今日も来たのかい。精が出るねぇ」鳥籠の持ち主であり、当然その中の鳥の飼い主にして、煙草屋の店先の主である老人は笑顔を浮かべた。
「だって、キューちゃん、全然おはようって言ってくれないんだもん」千里は頬を膨らませた。「何でかなぁ? こんにちはとか、他の言葉はお喋りするのに」
 その言葉を証明するかの様に――実際には千里の言葉に反応しただけかも知れないが――籠の中の黒い鳥はコンニチハ、とやや甲高い声を上げた。黄色いワンポイントのある、れっきとした九官鳥だ。
「何でかなぁ?」千里は不思議そうに、首を傾げた。

 老主人が自分の体内リズムに合わせているのか他店よりも早く開店準備をしている、小学校への通学路に面した煙草屋で、千里はほぼ毎朝、看板ペットのキューちゃんに話し掛けている。
 おはよう、と。
 だが、おはようと返ってきた事は、未だなかった。千里をちーちゃんと呼ぶ老主人を真似て、彼女の名を呼ぶ事はあったが、何故かおはようとは言わない。だが、帰宅途中の「こんにちは」には、素直に返事が返ってくるのだ。

「何でかなぁ?」首を傾げながら帰って行く千里の小さな背中を見送りながら、老主人はふと寂しげな笑みを浮かべた。
 傍らの鳥籠を見詰め、小さく、呟く。
「おはよう……」
 くりっと首を傾げ、円らな瞳で九官鳥は主人を見詰める。だが、その嘴が動く事はない。
 だが、主人は何もかも解った風で、何やら頷いただけだった。

 おはよう――それは目覚めを告げる言葉。
 眠りから醒めた事を、今日も会えた事を、お互いに喜び、確認する言葉。
 五年前、夜の内に容態を悪くし身罷った妻に、遂に告げられなかった言葉。
 そしてそれは、毎朝一番目の「オハヨウ」を彼女に告げてきた九官鳥にとっても……。

「うちのに言わない内に、他人に『おはよう』は言えねぇもんなぁ」餌を与えながら、老主人は九官鳥に語り掛けた。「わしとお前、どっちが先に行くかは解らんが……もし、お前が先に会ったら、宜しくな」
「ヨロシク、ヨロシク」了承した、と言う様に、九官鳥はそう鳴いた。
「ちーちゃん、悪いなぁ。こいつの『オハヨウ』はわしでも聞けんよ」
 家族以外との関わりを気にする事もなく、純粋に言葉を抱いた儘、再会を待ち続けられる――老主人には、少し、九官鳥が羨ましかった。

                      ―了―
 


や、洗脳された訳じゃないですよ?
ぽぽぽぽ~ん(笑)

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「この世に一つしかない、薬だよ」旅の途中、余りの大荷物に見兼ねて荷運びを手伝ってやった老婆から、そう言って差し出されたのは一見何の変哲もない、小さな薬瓶に入った液体だった。硝子瓶が濃い茶色をしているので、中の色は全く判らない。
「何の薬だい? 生憎と僕は至って健康なんだが」苦笑して、僕はそう言った。
「もう直この辺りで流行る疫病の、唯一の特効薬さ」真面目な顔で、老婆は言う。
「疫病? それなら自分で飲みなよ。大体、もう直流行るって……あんたは予言者かい?」
「予言も少しだが、するさ。あたしは魔女だからね」
「魔女!?」我ながら、頓狂な声を上げてしまった。当然だろう? 今のこの世に魔女と名乗る人間が居るなんて。
「信じないならそれもいいさ。今時親切な若者だと思って、礼をしようとしたんだがねぇ」
 どうしたもんだろう?――僕は考えた――常識的に見て、疫病の流行を予言し、医師でさえ知り得ないだろうその特効薬を持つ魔女など、現代のこの世に存在するとは思えない。魔女……殊に白魔女は薬草の知識などに通じた、所謂民間医療の習熟者なのだとは聞くが……。

「で、でも、それが本当なら何で自分で飲まないんだ? それ一つしかないんだろう?」俺は探りを入れる事にした。
「何。あたしはもう充分に生きたからね。それに、病が流行るよりも前に寿命が尽きる予定さ」
「じゃ、じゃあ、何でそんな薬作ったんだよ?」
「疑り深いねぇ」
「だって、自分には必要ないのに、そんな薬を、然もたった一つだけ作るなんて……」
「……本当はね、たった一人の孫娘の為に作ったのさ。けど、娘と一緒に行き先も告げずに遠くに行ってしまってねぇ。魔女なんて言っても箒で飛べる訳でもない、年老いた老婆さ。捜す事も出来やしない。せめて形見として渡したかったが、それも出来ないなら、せめて……最後に親切にしてくれた人にと思ったんだがねぇ……」そう言って、老婆は俯いた。声が、嗚咽に震えている。
 そう迄言われて、怪しいから要らんと突っ撥ねられる程、僕は薄情ではない。
「解りました。僕でよかったら、有難く頂きます」僕はそう言って、小瓶を受け取ったのだった。
 更に詳しい話を――殊に孫娘とやらの特徴を詳しく聞き出しながら。

                      * * *

「さて、これで五十六人目、と」大荷物をひょいと担いで、老婆は呟いた。「一人位は行き付いてくれるかねぇ? あの子に」
 明らかに長旅をしていると見える若者を狙って、薬と孫娘の情報をばら撒く事半年。
 何処に居るかも判らない孫娘に、それでも通りすがりに会う事があればと、彼等にそれとなく託したのだが……。病の予言を信じずとも、形見と迄言われれば、旅の序でに気に掛けておいてくれる事を願って。
 行き着くとしても、本当に疫病が流行るのに間に合えばいいけれど――流行ってしまえば、どれ程親切な人間だろうと、我が身が可愛い。奇跡を祈って、飲んでしまうだろう。
 だが、まぁ、それでも構わない。薬を棄てる事もなく――もしかしたら――孫娘の姿を目の端ででも、捜してくれていたのなら。
 寧ろ、助かって貰いたい――老婆は自分の思いに、苦笑いを浮かべた。
 これじゃあ、孫娘を助けたいんだか、彼等を助けたいんだか。
「ま……善なる者に幸いあれ、さ」呟いて、老婆は歩き出した。

                      ―了―


 眠い眠い(--)。゜

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 大学に受かったら、家を出て下宿するんだと、兄は荷物を纏めていた。
 因みに試験は二日後。発表となると未だ先の話。
 それなのにもう荷造りしているのは、自信の表れなのか、緊張から来る現実逃避なのか――私と母は後者だと推察している。その証拠に、長時間、参考書に首っ引きになっては、ふと思い出した様に作業に掛かる。
 夏休みの宿題を仕上げなきゃならない時に、どうでもいい事が気に掛かる様なものだ。
 そんな暇があれば勉強しろと言いたい所だけれど……多分、そうやって圧し掛かるストレスを少しでも軽減させようとしているのだろうから、此処は黙っていてあげよう。
 
 と、そうして押入れの荷物を引っ繰り返していて、何やら懐かしい物を見付けたと、兄が箱を持って来た。三十センチ×二十五センチ程だろうか。厚みはそれ程ない。元は何か、お土産のお菓子でも入っていたのではと思われる紙箱だった。
「何?」箱の角の削れ具合からして幼い頃の物だと判断した私は、素っ気ない声で応じた。幼い頃に取ってあった物なんて、高校生にもなって見れば実に他愛のない物が殆ど。不思議と、あの当時はその他愛のない物が、宝物だったのだけど。
 兎に角見てみろと言う兄に、私は態とらしく溜息などつきつつ、古くて少し毛羽立った紙の箱に手を掛けた。
 上蓋を持ち上げ、中を覗いて見れば――案の定と言うべきか、兄のものと思しき細々した玩具と、写真が数枚。
 それで? という私の視線に、兄は写真を取り出して見せた。
 懐かしいだろう、と。
 
 四、五歳だろうか。幼い兄の隣に母がしゃがみ込み、私を抱いている。私は何が気に入らなかったのかぐずっていて、余り納得の行く写真ではない。そして、その私達の後ろに、父が立っていた。でも、小さな兄としゃがんだ母にファインダーを合わせているから、辛うじて顔は入っているものの頭の切れた、納まりの悪いおかしな写真になっている。
 別の写真では、ジャングルジムの天辺に陣取った兄と、やはり私を抱いて、自慢気な兄に笑い掛ける母。そして、片隅に、父。
 何だろう?――私は違和感を覚えていた。
 他の写真を見ても、スナップと言うよりは、ちゃんとカメラに注目を集めての写真と思われるのに、何だか父だけ、浮いて見える。
 そうだ、物心付かない年頃の私は兎も角、母と兄はしっかりカメラを見詰めていると言うのに、父だけがカメラ目線じゃないんだ。
 何処を見詰めているかと言えば、じっと、そして愛しそうに、私達家族を、見詰めていた。

「な? 懐かしいだろう?」すっかり黙り込んだ私に、兄が笑い掛ける。「それに、父さんの写真、少ないと思ってたのに、こんなにあったんだ。何で思い出さなかったんだろう? アルバムにも似た様な構図のはあったけど、父さんが写ったのは無かったよなぁ」
「それはね……」溜息と共に、私は言った。「五年前に死んだ父さんは、家族写真ではいつもカメラマンだったからよ」
 そう。当然、この写真を撮った時も……。
 家族と一緒に写りたいという気持ちと、家族の姿を自分の手で写真に収めたいという気持ちが、父の中には共に存在していたのかも知れない。
 そして、亡くなってからも私達と共にありたいという気持ちが、今も……。
 アルバムで見たのはきっと同じ写真の焼き増しなのだろう。なのに何故、しまい込まれていたこの写真達にだけ、現れたのか解らないけれど。あるいは目に触れる所に現れて、私達を不安がらせたくなかったのかも知れない。

 取り敢えず兄さん、もうちょっと観察力と、何より落ち着きを身に着けないと、荷造りが無駄になるわよ?

                      ―了―


 誕生日だけど、心霊写真ネタです(笑)

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「駄目よ! 戻りなさい!」
 突然の、女性の怒鳴り声に僕は思わず足を止めた。
 だが、それは勿論僕に掛けられたものではなく、折りしも僕の横を摺り抜けようと走っていた五、六歳の男の子に向けられたものだった様だ。僕と同じ様にはっと足を止めた男の子は、振り返り、道路を挟んだ向こう側に声の主――恐らくは母親なのだろう――の姿を見付けて満面の笑みを浮かべ、今度はそちらへと駆け出す。
 が――。
「危ない!」僕は慌てて男の子を抱き止めた。
 不思議そうな顔で僕を見上げる男の子の前を、何食わぬ顔で車が通り過ぎて行った。

 子供の視野は狭い。これは目の前の興味のある物に集中してしまう性質だけでなく、顔の構造的に大人に比べて狭いのだそうだ。そして経験的に、危険に対して警戒が甘い。
 公園横の、車通りの割には信号も横断歩道も無い道。公園の入り口が立ち木によって見え難い所為だろうか、運転手達は意外と何の警戒もなく車を走らせている。
 一人で離れてしまった子供の姿を通りの向こうに見付けて思わず「戻って」と言ってしまったのだろうが、彼女が声を掛けたのはかなり危ういタイミングだったのだ。
 子供と手を繋ぎ、往来を確かめて僕が彼女の元へと道を渡った時には、声を聞き付けたものか、公園に居たらしい若いお母さん方が彼女の周囲に集まっていた。

「まぁまぁ、大丈夫? えっと……確か、この間、近くに越して来たのよね? お名前は?」
「そう、タカシ君っていうの。タカシ君、ちゃんとママの目の届く所で遊びましょうね」
「そうそう、この道、結構事故が多いから、お母さんも気を付けてあげた方がいいですよ」
 道を渡り切って、手を緩めた僕から弾ける様な勢いで母親の元へ向かった男の子――タカシ君――と、彼を抱き止める母親の周りで、お母さん方が口々に喋る。問われて答えながらも、子供も目を白黒させている。
「ご心配お掛けして済みません。この公園、初めてだったものですから……」戦慄く手でタカシ君の肩を抱きながら、母親は頭を下げた。「あの……止めて頂いて、有難うございます」僕に対しても、深々と。ウェーブの掛かった髪が、その顔を覆い隠す程に。
「いえ。じゃあ、僕はこれで」僕も軽く、頭を下げた。「あの……きっと、大丈夫ですから」
 彼女はもう一度、頭を垂れて僕を見送ってくれた。

 道を渡って、暫く僕は公園を見詰めていた。
 きっと大丈夫――そう言ったものの、彼女がまた、タカシ君の手を放さないか……そして態と危険なタイミングで声を掛けないか、確信が持てなかったのだ。
 引っ越して来たばかりの街、初めての公園デビュー。僕にとっては聞いた話でしかないけれど、若いお母さん方は何かと気を遣うものらしい。
 先住者の機嫌を損ねて、子供が仲間外れにされたりはしないか。そしてそれに伴って、自分自身がこの地域で孤立したりはしないか。
 彼女も、タカシ君を伴ってこの公園に来はしたものの、お母さんグループの輪に入れずにいたのだろう。グループの一員らしき女性は、転入者があった事は解っていながらも、子供の名前を知らなかった――未だお互いに名乗っていない証拠だ。グループ内での情報交換などしながら、彼女達もまた、新参者の様子を窺っていたのかも知れない。遠巻きの儘。
 様子を窺い、窺われる。
 そんな居心地の悪い時間を、彼女はどれ程この公園で過ごしたのだろう?
 何を思ったのだろう?
 どうすれば円満にグループに迎え入れて貰えるか? 本当にグループに入る必要があるのか? あるとしたら誰の為? 自分? それとも子供? 子供の為に……こんな居た堪れない時間を過ごさなければならないの……?
 いや、これは僕の勘繰り過ぎかも知れない。
 態と自分達が被害者になる様なハプニングを起こす事で周囲の注目と庇護を集めようとしたのだろうとか、あるいはそれで悩みの元となった子供がこの先自分の手に戻らなくなって構わないと迄思っていたのかも知れないとか、そんな事は。
 そう、僕ごときに解る筈もない。
 緑濃い立ち木に囲まれた公園の中の事なんて。

                      ―了―
 ご無沙汰っすm(_ _)m

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 淡々とした少女だった。
 淡々とした表情、淡々とした立ち居振る舞い、淡々とした言葉、そしてやはり淡々とした、処刑判決の受け入れ。

「何か言い残したい事はないの?」処刑当日の朝、私は尋ねた。「幼かった貴女を誘拐し、暗殺者として育てた組織への恨み言とか、貴女が手に掛けた被害者への謝罪とか……」
 ない、と断言した彼女はこう続けた。
「一つ間違ってる、暗殺者ではなくて暗殺機。機械に感情など無い」
 やはり淡々とした言葉。そう言えば彼女の言葉には主語がない。
 それでもそこに、自分は機械なのだと自分自身に言い聞かせる事で少しでも罪の重圧から逃れようという人間的な感情を見てしまう。それはあるいは私の願望かも知れない――人は人を殺して平然としていられる存在ではないと思いたいという。
 これでは彼女は悔いるという感情もない儘、処刑される。それでは本当に、只、処分されていく機械の様だ。

「ねぇ……。貴女が最後に狙った警察署長は私の父よ。それでも言う事はないの?」
 淡々とした眼差しが私を見る。驚きも悔恨も何も浮かんでこない。 
 私の胸中には、恨み、嫌悪感、哀れみ、疑惑……様々なものが渦巻いていると言うのに。
「ねぇ! 貴女は死ぬのよ!?」
 私の突然の感情の爆発にも、表情は動かない。
 人間はこんなにも無感情になれるのだろうか。

 と、私と彼女、そして立会いの係官だけが居た部屋のドアが開いた。
「お嬢さん! 署長が――意識不明で生死を彷徨っていた署長が――今し方、意識を取り戻しました! もう大丈夫だそうです!」
 私が喜びの声を上げた次の瞬間――彼女は無表情の儘、一粒の涙を零した。 
 その意味するものが安堵だったのか、任務失敗への悔恨だったのか、淡々とした表情からは終ぞ、窺い知る事は出来なかった。

                      ―了―


 咳が治まらん~(--;)
 最近こんな風邪ばっかりや。

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 さぁ、帰ろう――そう会社の玄関を出た時、悟は何か違和感を覚えた。
 いつもの街並み。いつもの道。その筈なのだが、見慣れた景色の中の何かが引っ掛かる。
 オフィス街を突っ切る大通り。激しく走り抜ける車の川。その対岸の軒の低い、馴染みの街並み。
 そうだ、今日もあの店に寄って帰ろう――その懐かしさに思わず違和感の正体を探る事も忘れ、悟は足取り軽く歩き出した。この所痛むようになった膝も、今は滑らかに動いてくれている。不思議な位に。

 軒の低い、古惚けた玩具店。蛍光灯の考量が足りないのか、林立する棚の所為なのか、店内は薄暗い
それでも通い慣れた悟は迷う事も棚の前に迄平積みされた箱に躓く事もなく、お目当てのプラモデルが置かれた一角に直行する。
 売る気があるのか、展示用なのか。子供が手にするには高価過ぎる機関車や戦車――かつて恨めしげに見上げた値札が今は……。
「これなら……」悟は財布の中身を思い出してみた。この店、カードは使えないよな。それでも、朝確認した時にはこれだけあって、昼飯はワンコインのコンビニ弁当で……。何とかなりそうじゃないか。何で今迄買わなかったんだ?
 と――悟が新品の箱に手を伸ばそうとした時だった。

「駄目だよ」おっとりとした、どこか眠たそうな声がそれを押し留めた。
 思わず振り返って見れば、いつ来たものか悟の背後に一人の少女。十五、六だろうか。所々寝癖の付いた髪に、眠たそうに半ば瞼の下りた眼――それらさえちゃんとすれば可愛いのにと、悟は要らぬ事を考えた。
 その少女はやはり眠たげな顔で、しかし笑みを浮かべた。
「君は……この店の人?」悟は尋ねた。確か老夫婦が細々とやっている店だったが、もしかしたら孫か何かが手伝いにでも来ているのかも知れない。
 が、相手は肯定も否定もせず、不意に彼の手を引っ張った。
「お、おい?」不審気な声を上げた悟にも構わず、彼を玩具店から引っ張り出す。名残惜しげに機関車を見遣るのもお構いなしだ。
 その強引さに抗議しようとした悟だが、それより先に少女が口を開いた。
「変だと思わないかな? おじさん」
「何がだい?」おじさんと呼ばれても反論も出来ない自分の年齢を思い知りながら、悟は尋ねた。
「二宮悟。四十六歳。関東のとある下町に生まれ育ち、二十歳を過ぎてから都会で一人暮らしを始める。その後、都心のオフィス街で仕事を得、家庭を持ち――今に至る」すらすらと、非常に大雑把ではあるが、悟の生い立ちを語っていく。
「な、何で……」気味の悪い、そして居心地の悪い思いで悟は質す。彼女とは初対面の筈だ。何故、彼の名前や生い立ちを知っている?
 が、少女はそんな事はどうでもいいと言わんばかりにそれを無視し、話を続けた。
「変だよね? あの店はおじさんが子供の頃に足繁く通った、とある下町にあった店。遠く離れた都会のオフィス街からの帰り道に寄れる様な所じゃあないよね」
 あ、と悟は声を上げていた。
 そうだ。至って自然に脚を向けたけれど、あそこは遠い故郷の店。然も数年前の帰省の際、何気なくぶらついた商店街にすっかり寂れて扉を閉ざしたあの店を見たではないか。聞いた話では店主である夫を亡くした老婦人は、子供もなく、一人、老人介護施設へ行ったと言う。
「じゃあ、あの店は……あの街並みは……」
「夢、だよ」きっぱりと、少女は言った。
「夢……」悟は思わず、自分の手をじっと見詰める。少女に引っ張られた手。確かに暖かく力強い感触があった――そう感じたのに。
 だが、夢だと知覚したからだろうか。目の前の古びた街並みが、あの店が急速に遠ざかって行く。
 そうか、夢か――些か寂しい思いで、悟はそれを見送った。

「夢の中で行きたいと思っていた所へ行った、あるいは昔馴染みだった場所へ行った――まぁ、誰でも経験ある事だと思うけどね」
 少女の言葉に悟は頷いた。
 そう。思い返してみれば夢の中では距離も時間も跳び越えて、自宅で母に怒鳴られていたり、恩師に会っていたり、そんな事は度々だった。今回程にはっきりした夢はそうそうないが。それともこの夢も、目覚めればやはり茫洋とした記憶の一つとなるのだろうか。
 悟が苦笑と共にそう言うと、少女は頷いた。
「それでいいんだよ。此処はうつつの裏側。迷い込む事はあっても、留まっちゃいけない所。このアンバランスな街並みはおじさんだけの、眠りの都」
「眠りの……都」
「でも、この世界の物を手にする事は出来ないんだよ。どれだけ正確に記憶の中から抽出、再現されていても、それは許されないの」
「だからさっき駄目だって……? しかし、何故?」
「……この都に取り込まれちゃうから。此処で食べ物なんか食べるともう二度と現に戻れなくなるよ?」
 御馳走が並べられて、さぁ、食べよう、と思ったら目が覚めて悔しい思いをした――これもよく聞く夢だ。
 だが、もし食べていたら……。
「あれももしかして、君が止めてくれていたのかい?」苦笑交じりの悟の言葉に、少女もふと、苦笑いした。
「私か、他の誰かか――自分の眠りの都に留まってしまったお馬鹿さんが現を懐かしんでちょっと手を貸してみたのかもね」
「君は……!」思わず声を上げた悟の胸を、不意に少女の手が突いた。
「もう戻って。ちゃんと目を覚ますのよ?」
 その眠たげな表情が遠ざかり、オフィス街もが遠ざかり――そして悟は目を覚ました。

 覚醒して真っ先に目に入ったのは、心筋梗塞で倒れた彼を心配げに見下ろす妻と娘の顔だった。
「帰ったよ」酸素マスクの下で、彼はそう告げた。

                      ―了―


 偶に昔の馴染みの本屋(大阪の)に居ます。ええ、夢の中で。

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プロフィール
HN:
巽(たつみ)
性別:
女性
自己紹介:
 読むのと書くのが趣味のインドア派です(^^)
 お気軽に感想orツッコミ下さると嬉しいです。
 勿論、荒らしはダメですよー?
 それと当方と関連性の無い商売目的のコメント等は、削除対象とさせて頂きます。

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