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道を間違えたのかと思った。
余りに、辺りの景色が変わっていたから。
それに此処に来るのは十数年振りなのだ。多少道順を忘れていても、無理もない。
だが、よくよく見ればそこかしこに、変わらない、見覚えのある光景。
雑貨屋の壁に貼られた色の剥げたブリキの看板、昔のガス灯をモチーフにしたらしい古めかしい電灯、雑貨屋の前の小さな児童公園、大して遊具も無いそこにぽつんと置かれたオート三輪。今では滅多に見掛ける事もない代物だが、十数年前に来た時は未だ現役で、雑貨屋の荷物を運んでいた筈だった。
どうしてこんな所に停められているのだろう、と近寄って見れば、かつては店の顔としてそれなりに綺麗に磨かれていた青い車体も所々塗装が剥げ、白い傷跡が覗いている。子供達が遊び道具にでもしたのだろうか、傷の中にはマルバツ遊びの跡もある。その様子から察するに、もう長い事、此処に留め置かれているのだろう。
私は雑貨屋を振り返った。
正面の硝子戸も、タバコ売りの店番の老婆が陣取っていた小さなカウンターも、今はきっちりと閉ざされ、外から板で打ち付けられている。もう随分前に、閉店と相成った様だ。
そこから数軒行った先には新しく明るいコンビニエンスストア。時代の流れという奴だろうが……。
私は少々物寂しくなって、オート三輪に手を掛けた。
「お前も、お払い箱になって此処に居るのか?」詮無い、問い。
答えのある筈もないその言葉に、思いがけず声が返った。
「お払い箱って何?」
見ればオート三輪の陰に、小さな女の子が、立っていた。
「要らなくなって捨てられたって事だよ」しゃがみ込んで目線を合わせ、私は答えた。
「じゃあ、もって何?」
「え?」私は一瞬意味が解らず目を瞬いた。
「おじちゃん、さっき『お前も』って言ったでしょ? 何で『も』なの?」
「それは……」リストラ、などという言葉をこんな、幼稚園に上がったかどうか位の子供に言って解るだろうか。解ったとしても、こんな幼い子に、そんな寂しい言葉は未だ覚えさせたくないし、私の身の上を語っても仕方がない。「ほら、あっちのお店も閉まっちゃってるだろう?」
女の子は雑貨屋を振り返った。
「あのお店、あたしがこの公園に遊びに来るようになった頃にはもう閉まってたの」と、彼女は言った。「この足三本しかない車もあってね、お祖父ちゃんは昔はこんなのが普通に街中を走ってたんだよって言ってた。でも、足が三本しかない車って、壊れてるんじゃないの?」
「足三本か」小首を傾げる女の子に、私はふと、苦笑する。「足じゃなくてタイヤ。それにこれは壊れてるんじゃなくて、元からタイヤは三本なんだよ。ほら、今の車は前に二本、後ろに二本だけど、これは前の真ん中に一本、後ろに二本でバランスが取れてるだろう? 尤も、こいつはもう……走れないだろうけどね」
「でも、これは此処に置いておくんだって言ってたよ、お祖父ちゃん」と、女の子。「昔、こんなのがあったんだよって、忘れないようにだって」
「そうか……。こいつにはこいつの役割が未だあるのかも知れないな……」
かつての日本の街の姿を伝えて行くという……。
「も、だよ。おじちゃん」
「え?」感慨に耽っていた私を、女の子の言葉が現実に呼び戻す。
「あのお店も、お店はやってないけど人は住んでるの。役目が変わっただけなんだって、お祖父ちゃんは言ってた。未だ未だ、要るものなんだって」
「……そうか……」私は二週間前にリストラ――子会社への出向――が決まってから初めて、ほんのりと笑う事が出来た、と思う。「そうか、役目が変わっただけか」
「うん!」女の子は元気よく頷いた。そして夕日に彩られ始めた空を見上げ、そろそろ帰るね、と踵を返した。
気を付けてお帰り、と彼女を見送り、私は再度、オート三輪に話し掛けた。
「私も、未だ別の役目があるのかも知れないな……」
そうであって欲しいという希望も込めて。
何もかもが変わって行き、それに付いて行けない物寂しさから逃れようと訪れた街だったが……街だっていつ迄も同じ姿ではない。
きっと、私も――。
―了―
今日は仕事で疲れてミステリー考える余力がありませーん( ̄▽ ̄;)
オート三輪……未だ見掛けます?
一緒に来たらお菓子を上げるよ、と老人は言った。
「知らない人に付いて行っちゃ、駄目なんだからね」背中のランドセルがとても大きく見える、小さな女の子が言い返した。
知らない人じゃないよ、としゃがみ込んで小さな女の子に目線を合わせつつ、老人。
「嘘。私はお爺さんを知らないもの」
私は知っているよ、綾ちゃん……そう言って、老人は笑った。
女の子は途惑う。確かに彼女の名前は「綾」だった。けれど、彼女の記憶に、この老人の姿はない。
「お爺さん、誰?」首を傾げて、綾は訊いた。「パパかママの知り合いの人? それとも、真逆、お兄ちゃんの……?」
鷹揚に頷き、教えてあげるから一緒においで、と老人は微笑む。
好々爺然とした表情と好奇心に、綾の足は一歩、踏み出し掛けた。
駄目だよ、と背後から声が掛かった。
「お兄ちゃん!?」振り向いて、綾は目を丸くした。
知らない人に付いて行っちゃ駄目だ、と先程綾自身が言った事を、兄は繰り返した。
「でも、あのお爺さん、綾の名前知ってたよ?」
その綾の胸を、兄は指差した。
学校帰り、当然背中にはランドセル、そして胸には名札が付いていた。
一年二組、佐竹綾、と記された名札が。
「!」はっとして、綾は慌てて老人から距離を取った。兄の背後に回り、頭越しに老人を窺い見る。
老人は打って変わった厳しい顔で、二人の子供を見下ろしていた。
小さな兄は、しかし精一杯妹を守らんとして、毅然と二人の間に立ちはだかった。
「あら、綾ちゃん、今帰り?」不意に掛けられた隣のおばさんの声は、酷く場にそぐわない、和やかなものだった。「こんにちは」
「あ、はい……。こんにちは」反射的に綾は振り向いて、挨拶を返した。
そして再び視線を巡らせた時、その場には老人の姿も、兄の姿も、なかった。
「何だったの……?」呟く綾に、隣のおばさんはにこやかに話し掛ける。
「一緒に帰りましょうか。最近は物騒になったものねぇ。綾ちゃんのお兄ちゃんも未だ……あ」慌てて、彼女は自分の口を押さえた。「ご免なさい。ついついお喋りが過ぎちゃうのよね。悪い癖だわ」
一つ上の兄が皆の前から姿を消して約二年。誘拐されたのではないかという説が有力だった。両親は未だ、どこかで無事に生きていると信じていた――あるいは信じたがっていた――が……。
「……お兄ちゃん……」二年前の背比べでは全く届かなかった兄の頭が、自分の目線より低い位置にあった意味を感じ取り、綾は思わず涙を浮かべた。彼は成長していなかったのだ。
その涙を自らの失言の所為かと慌てて宥めるおばさんに気丈な笑みを見せて、綾は彼女と手を繋いで家路に着いた。
例え何者であれ、知らない人には付いて行っちゃ駄目なんだ、と再度頭に刻みながら。
―了―
幽霊の誘拐犯なんて嫌だー(--;)
早く成仏しやがれ☆
「いつ迄も綺麗な街にしたいわ」
緑豊かに、しかし美しく整えられた箱庭を見下ろして、一団は会話を交わしていた。
「この白い壁も、石畳の道も、汚れ一つなく保とうと言うのかい? 永久に?」
「ええ、そうよ。勿論、緑の森林も、青い海もよ。笑わないで頂戴、おじ様。だってこんなに綺麗なのよ? この儘で置きたいと思うのは当然じゃないの」
「確かにねぇ。でも、難しい事よ? 私も前はそう思って、頑張ってみたけれど……。結局手に負えなくなって、捨ててしまったわ」
「おば様が諦めてしまわれるなんて……。やはり難しいのかしらね。でも、時間はたっぷりあるもの。私も挑戦してみるわ」
「そう? 頑張ってね」
「有難う、おば様。実は一つ、考えがあるの。この完成された街に、あれを配置しなければいいのよ」
「あれ……を?」老齢の女性は目を瞬かせた。「でも、それは完成と言えるのかしら?」
「……私にとっては、これが完成だわ。あれに汚され、朽ちて行く事を思えば……」若い女性は俯き、自らの美しい箱庭を見詰めた。「前に他の庭を見たの。街には得体の知れない物から出来たごみが放置され、薄汚れ……生臭い匂いがしていた。ああはしたくないわ」
「そう……」優しく頷く老女。「それもいいでしょう。好きにやってみるといいわ」
手を取り合う二人の女性の傍らで、年配の男性が独りごちていた。
それでも生命があるのなら、意思はやがて現れる……と。
* * *
どれだけの時が経ったか。
緑を育てる為に数も名前も知れぬ程の微生物や虫が、そして時にはそれらを捕食する鳥や小動物が、更にはそれらを捕食し、バランスを保つ肉食動物、そして死後、それらを土に還す微生物が、絶妙なバランスで管理されていた。
管理は巧く行っている――女性はそう、満足げに頷いた。
生き物が居れば当然汚れはする。けれどもそれは土台となる微生物が分解してしまえる。
あれが作り出す、化学物質や産業廃棄物とやらに比べれば、造作もなく。
「あれが作り出す造形物は時に美しいけれど……時に醜悪だわ。然も醜悪な物程、長く朽ちないなんてね」女性は呟き、新しく作った石造りの搭を配置した。彼女が美しいと認める物の一つだった。
ところで最近、数種の雑食動物が妙な知恵を付けてきている様な――と、彼女は眉を顰めた――気の所為よね?
* * *
更に数知れぬ時が流れ……結局、彼女の箱庭は放置された。
気になっていた雑食動物の中からあれが発生し、彼女の街を汚し出したのだ。
彼女は腹立ち紛れに海の水を掻き回し、地表の森林、建築物は全て水に飲み込まれた。
それを見た彼女は立ち去り、それきり関心を失った。
だが、更なる年月の後、残された種は水の退いた地表に現れ、再び自らの生きる場所を獲得し始め……循環の輪は機能し始めた。
そして再度現れた「あれ」は……。
「この有史以前の遺跡は非常に不思議だ。建物としての進化の跡がない。普通、村から街へ、更に大きな街へと拡大した跡が残るものだが……此処は元から完成された街として、配置された様だ。余程優れた計算の元、形作られたのだろうか」
「先生、こちらの石造りの搭の造作も見事なものですよ。痕跡が残されている大洪水さえなければ、此処にはどんな古代人達が培った一大文明が広がっていたのでしょうね」
彼女が残して行った遺物を、目を輝かせて研究しているのだった。
―了―
あれ=人間という事で……(--;)
夜、遅くなったからと言って駅からの近道に、その公園を通ってはいけない――引っ越して来たマンモス団地に、代々伝わっていると言うタブーを聞いて、真智子は首を傾げた。
確かに団地から駅への道はその公園を迂回する様に延びている。中を突っ切ってしまえば一番の近道だろう。現に朝の通勤通学時間など、皆よくそこを利用している様だ。
なのに、夜は通ってはいけない、とは。
「どうして?」当然の疑問を、同じ高校に通っている縁もあって、直ぐに仲良くなった隣室の美春に投げ掛けた。彼女も、このタブーを教えてくれた中の一人だった。
「私も小さい頃からそう教えられてて、通らないようにしてたから……」美春も首を傾げた。「お母さんは『やっぱり一人歩きは危険だから』とか言ってたけど……周りの道だって、大差ないわよね?」
こくり、と真智子は頷いた。寧ろ、公園の方が街灯があって、明るい位だ。
「変質者でも出るの?」
「そういう話は聞かないわね。もう長い事、誰も夜には通らないみたいだし」
「徹底してるんだ」真智子は目を丸くした。「なのに、理由は解らないの? 何なのかしら?」
さあ? と美春は肩を竦めた。彼女は幼い頃からこの団地に住んでいて、周りの大人達からそう教えられ続けてきたからか、もう、それが当たり前になっているらしい。
だが、越して来たばかりの真智子には、不思議でならなかった。部屋の窓から件の公園を見下ろし、木々の樹冠の下、小さな子供達が元気に遊び回る様を、首を傾げて見るばかりだった。
ハロウィンのシーズンになると、僕は家に籠もりがちになる。
様々な仮装を施した子供達が陽が落ちた後も堂々と歩き回っていて、騒々しい上にこちらは仕事にならないからだ。全く……子供はさっさと、クローゼットのお化けに怯えながら、ベッドに潜り込んでいればいいものを。
今夜はハロウィン本番だから尚の事、夕方から街は賑わっている。
勿論、僕は街に出ない心算だ。
ところが……。
「とりっくおあとりーとー!」たどたどしい発音で決まり文句を言いながら、僕の家のドアを叩いたのは、小さな小さな魔女だった。ローブを着ていると言うよりは埋もれているんじゃないかという様な有様だ。やはり大きな三角帽子の下から覗くのはくりっとした円らな瞳。小さな鼻の周りに散る雀斑は、寧ろ愛嬌だろう。
他に子供の姿は無く、僕はこんな小さな子供を一人で歩かせる良識のなさに憤慨した。
「えと、とりっくおあとりーとー!」僕が反応しないからか、彼女は今一度、それを繰り返した。「お菓子くれなきゃ悪戯しちゃうぞー! ……だよね?」
うんうん、文句は間違ってない。只間違っているのは、こんな街外れにひっそりと籠もっている様な奴の所に、小さな子供が一人で来るもんじゃない、いや、行かせるもんじゃないという事だ。
「君一人かい?」僕は尋ねた。「一緒に回ってくれる子は居なかったのかい? お母さん達は?」
「えと、ママ達は忙しいんだって。来る子供達を驚かすんだって」
つくづく良識のない親だな。
「お友達もね、驚かす方が楽しいんだって。でも、あたしはお菓子が欲しかったの」
「そうか。んん、残念だが、うちにはお菓子は無いな。もっとこう、ハロウィンらしい飾り付けをしてある家を訪ねた方がいいんじゃないかな?」
ちっこい魔女は可愛らしく小首を傾げた。
「えと……お兄ちゃん、ハロウィンっぽいよ?」
「……いや、これは……地だから」言葉に困りつつ、僕は苦笑する。「ほら、街の方迄送ってあげるから」
こくり、と頷いてちび魔女は地面に擦らんばかりにバスケットを振り回しつつ、踵を返した。
街には様々なモンスターが闊歩していた。
吸血鬼、狼男、フランケン……ベタな奴等だ。変わり所で宇宙人。あれ、モンスターか?
街迄行けば人が居る。見回っている大人達も居るのだから、送り届けさえすればいいだろう。僕はそう高を括っていたのだが、ちび魔女はここ迄繋いできた僕の手を放そうとしない。あんな街外れの家を訪ねて来た癖に、街中の如何にも子供大歓迎! って飾り付けの家のドアを叩くのに躊躇するなんて、本当に子供は解らない。
結局僕は彼女の手を引いて、バスケットがクッキーやキャンディーで一杯になる迄、街を歩き回る羽目となってしまった。僕達が訪ねると、家の住人達はこぞって仮装を褒め、お菓子を弾んでくれた。
……思ったより、楽しいかも知れない。ハロウィン。
そんなこんなで夜も更け、僕はうつらうつらし出した魔女に、家に帰るよう促した。そろそろ、魔法の夜も終わりだ、と。
「えと、お兄ちゃん、今夜はありがとね」にっこり笑って、ちび魔女はバスケットから一握りのお菓子を――小さな手での精一杯の一握りは、キャンディーとクッキーが一個ずつだったけれど――僕に差し出した。「えと、お土産!」
お土産じゃなくてお裾分けだろうと訂正しつつも、僕は礼を言ってそれを受け取った。
「家は何処なんだい? もう遅いし、送るよ」
「大丈夫なの。呼んだら来てくれるの」
なるほど、こんな小さな子供でも携帯とやらを持っている時代なのか。僕がそう感心していると、やにわにちび魔女はポケットから取り出した笛を吹き鳴らした。
は?――呆然とする間もなく、上空から何かが近付く気配。振り仰いで見れば、古式ゆかしき正装を、箒に乗った、魔女。彼女は地に降り立つと、僕に一礼してちび魔女を前に乗せ、再び空中に浮かんだ。
……仮装じゃなかったんだ。
まぁ、それは……僕も同じだけど。
道理で彼女の親や友達も付いて来ない訳だ。魔女なんてちっこく見えても子供とは限らない。尤も、精神年齢は外見に比例するんじゃないかと、僕は常々思っているけど。
「ありがとねー! カボチャ頭のお兄ちゃーん!」そう言って遠ざかって行く魔女達を見送って、僕は帰途に着いた。
さて、僕も仮装の振りをして……子供達でも驚かそうかな?
―了―
やっぱりやってしまう、ハロウィンネタ(笑)
本物が紛れ込んでたら面白いのにな~(?)
しかし妹は地団太を踏みそうな勢いで、駄々を捏ねる。
「お兄ちゃん達だけずるい! あたしも木の上から下の街、見たい!」
「聞き分けのない事言うなよ」孝雄は溜息をついた。樹上では仲間が困った様な、苦笑を浮かべている。
樹は高台の突端近くにあり、その上からは眼下に広がる住宅地がまさに一望出来るのだ。
勿論、高台そのものからも充分にその眺望は堪能出来るのだが、此処は格別なのだ。紗智子は未だ登った事はないが、兄やその友達の話に、そこからの眺めにかなりの期待を抱いているらしい。
しかし、そんな場所にあるだけに、危険でもあった。万が一足を滑らせて、高台の外側に落ちるような事にでもなったら……。本当は学校でも、登らないようにと指導されていたし、付近にも立て看板が――辺りの景観を壊さないよう、控えめに――注意を促していた。
だから、自分達は自分達の責任で、その樹に登る事はしても、紗智子には登らせてはならない――それが彼等の中では暗黙の了解となっていた。
孝雄と紗智子の両親は共働きで、彼は絶えず妹の面倒を見ていた。その分、友達との遊びにも制限を受けたけれど、彼らもいつも協力的に、紗智子も加わって出来る遊びを考案してくれた。
それでも、此処だけは譲れなかったのだが……。
いつ迄も、小さいから駄目だ、では通らないだろうな――孝雄は頬を膨らませた妹を見下ろして、一人ごちた。
そんなある日、夜に、子供達だけであの高台に集まろうという話が持ち上がった。流星群を見に行こうというのだ。
孝雄は迷った。かなり遅い時間だが、彼が行くと聞けば紗智子は仲間外れにするなと、意地でも付いて来るだろう。然も、場所が場所だ。友達と一緒に見たいのは山々なのだが……。
「早く寝かし付けて、そっと抜け出して来るのは?」仲間の浩太が言った。
「あいつ、僕が隣に寝てないと直ぐに目を覚まして、捜しに来るんだ。妙に勘がよくって困るよ」
「でも、その時間ならお父さんお母さん、帰ってるだろ?」
「二人ともご飯食べて、お風呂入ったら直ぐにぐっすり。紗智子と逆ならよかったのに」孝雄は肩を竦める。
「……紗智子ちゃんが、あの樹に登りたいと思わなけりゃあ、いいんだよな」
「まぁ、下で見る分には危険はないし……。何かいい案でもあるのかい?」
「うん。先ず、あの樹に登らせるのさ」
事も無げに言う浩太に、孝雄は目を丸くして、驚きの声を上げてしまった。
「紗智子、ほら、この枝に足掛けて」翌日の昼、直ぐ後ろに付いて逐一指示を出しつつ、孝雄は樹を登っていた。足を滑らせやしないかとはらはらし通しだ。実際、枝の間隔が彼女には広過ぎる所など、危ない所はあったが、仲間達の助力もあって、どうにか、彼女は下の街に向かって張り出した枝の付け根迄到達する事が出来た。
これで満足して貰おうって事なのかな――孝雄は浩太の考えを推測する。確かに一度登ってしまえば、満足するかも知れないが、逆に味を占める事にもならないだろうか?
現に紗智子は自分の力――実際にはそれだけではなかったのだが――で登り切った事で、誇らしげにしている。
そうして、楽しみにしていた樹上からの景色を味わおうと少し身を乗り出そうとした。
「あっ、危ないよ、紗智子ちゃん!」浩太が慌てて抱き止める。「この先の枝は細いからね。身を乗り出しちゃ駄目だよ。ほら、此処からでも充分、下の街は見えるからね」
「う、うん……」自分では危なかったという自覚は乏しいのだろう。紗智子はぼんやりと頷き、改めてその場から、下を見下ろした。
しかし、孝雄はこの樹をよく知っていたから、内心、首を傾げていた。
枝は確かに細くなるが、子供の体重を支えるには充分だった。そして今、紗智子が居る位置からでは、高台の突端が邪魔して下の街は外縁部の公園地帯位しか、見えないのだった。
案の定、自分や友達の家が見えるかと期待していたらしい紗智子は、それでも暫く伸び上がって見たりなどしていたものの、やがて詰まらなさそうに、もう帰る、と言い出した。
後はまた皆で力を貸して、安全に彼女を下に降ろしたのだった。
そして問題の夜。
流星群を見に集まった孝雄達はあの樹に登って、その光景を味わった。
星が一つ、二つと流れる様に歓声を上げながら、時折孝雄は樹の下を見下ろす。そこにはやはり付いて来た紗智子の姿があった。彼女も――時に木の枝に遮られつつも――この天体ショーを楽しんでいる様だった。
そして孝雄と目が合っては、不思議そうな顔をするのだった。
あんな下の街も見えない所に登って、何が楽しいのかしら、と。
孝雄達が居るのは、先日彼女が止められた枝の辺り。
下の街が見下ろせないその枝は、しかし上には視界を遮る枝葉が無く、空を見上げるには絶好の場所だった。
ごめんな、紗智子――内心で詫びつつも、孝雄達は手が届きそうな程の星空を、堪能したのだった。
―了―
ここの所、天気がイマイチ~(--;)