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〈2007年9月16日開設〉 これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。 尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。 絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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 こんな暑い日にはちょっとだけ、良介君が羨ましくなる。不謹慎かも知れないけれど。
 恐らく亡くなった時の儘の格好なのだろう、長袖の綿シャツと半ズボン。それでも当然の事ながら汗一つかかず、涼しい顔をしている。
 幽霊だから暑さとか関係ないんだろうけれど――この空調の利いた図書館に来たが最後、もう外に出たくない! という程の熱波に襲われた身にはちょっとだけ羨ましいと同時に、その長袖、見てるだけで暑いんだけど、と突っ込みたくもなる。
 取り敢えず席を確保して、本格的に本探しに行く前に一息つく私に、鹿嶋良介君はくすくす笑いながら言った。
「すばるお姉ちゃん、暑がりだねぇ」
 私は普通だと、断固抗議したかったけれど、それは彼の現在の身の上を突き付ける様な感じがして、私は暑さの所為にして口を噤んだ。
 と、そんなに暑いなら、と良介君は昔話を始めた。

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「書いて行かれませんか?」その言葉と共に差し出されたのは一枚の細長い色紙――短冊だった。
 町立鹿嶋記念図書館の入り口ロビーは然して広くはないけれど、ちょっとしたイベントホールになっていた。そこにこの数日前から幾本もの笹が飾られ、空調の風に葉を揺らしていた。
 笹には既に十数枚ずつ、色とりどりの短冊が、様々な願いと共に下げられている。
 短冊を差し出した職員によると主に子供を中心に書いて貰っていたのだけど、それだけだとかなり余りそうなのだとか。確かに、色紙で作った鎖やぼんぼり、紙の西瓜、そんな物で飾られた笹には未だ薄い緑が目立つ。だから大人に迄対象を広げたのか。
 私はちょっと考えて、短冊を二枚貰い、帰りに下げるからと、いつもの席に向かった。
 読みたい本を何冊か脇に置いて、私はそっと話し掛けた――傍らに立つ、この図書館に住む幽霊、鹿嶋良介君に。
「何かお願い事、ある?」そう言って、薄い青の短冊を一枚、書見台に置いた。

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 どうしてこんなに眠いんだろう――読み掛けの本に栞を挟み、本棚にしまいながら私は欠伸を噛み殺した。
 この処の曇天続きで、体内リズムが崩れているのかも知れない。起き掛けに太陽光――もしくはそれに近い明かり――を浴びる事で体内時計がリセットされると言うけど、この天気では望むべくもない。
 そんな事を考えながらも、私は睡魔に捕らわれて重い頭と身体を、ベッドに横たえた。そして最早睡眠の要らない身となった相手に、小声で言った。
「おやすみ、良介君」
「おやすみなさい」電気を消した、薄明かりだけの部屋から、小さな子供の声がした。その姿は薄ぼんやりとしていて、よく見えない。
 今更だけど、薄明かりの部屋から聞こえる幽霊の声が怖くないって……私も変よね――そんな事を考えている内に、意識は遠退き、私は眠りに落ちた。

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 梅雨時は嫌だね、と良介君は呟いた。
 図書館の窓から、薄曇の空を見上げながら。
「やっぱり雨は嫌い?」私はふと微苦笑して訊いた。実の所、幽霊である良介君には雨さえも――本人が望みでもしなければ――当たらず、その場所を擦り抜けていく。雨に濡れるという感触を、疾うの昔に彼は失くしていた。
 それはそれで、寂しい事かも知れないけれど。
 雨の度に髪が言う事を聞かなかったり、服装に気を遣ったりする生身の私としては、少しだけ羨ましかったりする。何より……。
「本が湿気ちゃうじゃない」
「そうそう、それよ問題は」良介君の言葉に我が意を得たりと、私は思わず大きく頷いていた。
 本馬鹿と言う勿れ。大事な本には長持ちして貰いたいのだ。況してや此処の本は公共物だもの。
 町立鹿嶋記念図書館。良介君の父である鹿嶋氏の死後、町に寄贈された此処には、古い貴重な本も数多く所蔵されている。
 偶に、変な本もあるけれどね。

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 居なくなっちゃった――そんな、ちょっと寂しげな呟きが耳に入ったのは閉館時間を迎えた図書館を出た所だった。
 何が?――あるいは誰が?――と斜め下を見ると、一緒に出て来た良介君が道路の向かいの電柱の辺りをじっと見詰めていた。そして私は、何と無く納得してしまった。
 何の変哲もないコンクリート製の電柱。だけどその下には、もう十年程前から新しい花の絶えた事がない。今もやや変色を始めたピンク色のカーネーションがほんのり、色を添えていた。名前迄は覚えていないけれど、女の子が飲酒運転の車に撥ねられるという事故があった所だという事は私も知っている。
「もしかして……ずっと、居たの? あそこに……」痛ましい様な寂しい様な……そんな思いで私は尋ねた。
 良介君はこくりと頷いた。

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 図書館に幽霊が出る――そう聞いた時、私は思わずぎくりと肩を強張らせた。もしかして良介君が私以外の人に見られたのでは、と思ったのだ。
 鹿嶋良介君はこの町立鹿嶋記念図書館に住み着いた幽霊。七歳で亡くなった時の姿その儘に、この図書館に長年、誰にも見られる事無く存在していた。
 私、佐内すばるに見付かる迄は。
 しかし波長の所為なのか、何なのか、それ以降も私以外には見えなかったのだ。良介君の父、鹿嶋氏に仕え、彼の死後、この図書館を預かる事となった山名さんにさえ。
 それが何故噂に――?

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 名残り雪舞う校庭で、私は良介君の背中を見詰めていた。
 今居るのは私の母校――そしてその前身となったのは良介君の通っていた学校だったのだ。ある意味、良介君は私の先輩という事になるのか……。その時を留めた小さな姿に、複雑な気分になる。
 春休みに入った小学校には人の姿も殆ど無く、未だ在籍していた私の恩師は――辛うじて私の事を覚えていてくれたらしく――快く、見学を許してくれた。勿論、私の他に良介君が居る事は知る由も無かっただろうけれど。
 私にしか見えない、話も出来ない幽霊じゃあねぇ。 
 良介君はすっかり様変わりしてしまった校舎を背に、校庭の片隅を見上げていた。そこに見える一本の老木だけが、彼が居た頃の面影を宿しているらしい。

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